にくいNickくん氏の記事
にブログ愛読者氏からコメントが来てました。
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(始めの方は略)
ブログで自分の意見を発信するのは自由ですが、自分の意見だけが絶対に正しくて、自分が神であるかのような発言には猛反発します。これが私のこのブログを読んで感じる感情です。大変不愉快です。ブログ主の教会の教会長には、即刻このブログをストップさせるように本部に苦情を提出します。
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「大変不愉快」という自己中心的感情によって動かされ
「ブログ主の教会の教会長には、即刻このブログをストップさせるように本部に苦情を提出します。」と発しています。
自分では論破できないから、権威ある者にチクる。
という餓鬼(子供)の発想、大人としては情けない限りです。
しかし、ブログストップはできないと断言します。
本部へ質問状を出している「くいNickくん氏」です、本部は誠意ある対応をしていない負い目があるから本部は動かない。
仮に、動いても命令できるのは教会長までで、教会長は「くいNickくん氏」個人の動きを止める権限も権利はない。
命令を受けた教会長が出来ることは「お願い」程度、でもこの場合、教会長は「くいNickくん氏」の疑問に根拠を持って答える義務が発生ます。
が答えられないでしょう。
よって、ブログ愛読者氏の「大変不愉快」な状態は続きます。
「大変不愉快」を解消するのはブログを読まなきゃいいだけです。
権威ある者にチクって止めさせるという発想は、ブログ愛読者氏ご自身が権威や権力に弱いから他人もそうである、という自分の心理的反映なのでしょう。
そして、チクるだけでは物足らずに、家族まで引き合いに出し暴言を吐く「ブログ愛読者氏」。
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>にくい Nickくん
ブログ記事で読みましたが、韓国人の奥様だとのこと。親孝行を重んじる国の生まれである奥様は、このブログを読んで何も言わないのでしょうか?韓国ではあり得ない無礼を親に向かって働いているのですから、知っていたら止めるでしょう。
仮に悪の条件だったとしても、解散命令請求と結び付けて親を敬う心を微塵も感じない、礼を知らない夫に呆れることでしょう。私の知っている韓国人の感覚ですが、奥様はそうではないのでしょうか?
----<引用終わり>-----
これは完全なパーソナルアタックです。
いくら感情的になったとは言え、ブログ記事と直接関係のない身内をのことコメントするとは。
「ブログ愛読者氏」は完全に一線を越えました。
論戦では勝てないからでしょう。
「くいNickくん氏」が「真の父母論(独生女論)」が間違いとする根拠は以下のようにブログにあります。反論したらいいだけです。
■アボジの多くのみ言との不一致がある。
■イエス様の時、新婦が存在もしていなかったことはありえないと思う。
■アボジの最初の結婚は間違っていなかったと思う。
■神様に通じているアボジが、生涯、オモニの本来の価値に気がつけなかったとは考えにくい。
■真の父母論を進めている家庭連合の運勢が落ちているようにみえる。
■理想的な妻とは、夫を高め、夫を喜ばすものであるが、理想的な妻の代表であるオモニの実相が自分よりも夫が高まることを喜び、自分の満足よりも夫の喜びを優先し、夫の栄光を何よりも喜ぶ美しい妻の姿にはみえない。
■原理では、男女平等と同時に、男性と女性は、主体と対象という大事な教えがあり、それ故に、神様は男性のメシヤを送り、男性のメシヤを通して、女性を復帰していくというアボジのみ言に共感できる。真の父母論は、主体と対象の関係があいまいになってしまっているように思える。
■カルビンの書籍の年代などで詐欺的手法を使うのをみると学者たちの良心基準に疑問を感じる。
■熱心に真の父母論を信じる兄弟姉妹と対話してみると、アボジには原罪があったとか、
アボジは霊界でオモニに謝っているだとか、アボジの価値をみなとても低く見ている。
■アボジの晩年には、オモニに対して、原理どうりではないとか、自分勝手にしてはいけない、
などとたびたび、忠告されていたことを思うと、オモニが原理でないことを心に抱いていた可能性は少なくないと判断できる。
■本当に、オモニが唯一の新婦ならば、神様は、1945年の一番のチャンスにあわせて、
主の花嫁として送るはずなのに、送っていないのはおかしい。
■もし、生まれながらに、オモニに完全な資格が与えられていたのなら、
12人以上の子女を生むという過酷な蕩減条件は必要なかったのでは?
■統一原理には、「責任分担論」「成長期間」「蕩減条件」「授受作用」などなどの
画期的な教えがちりばめられているが、真の父母論の主張は、摂理の中心は、男性メシヤではなくて、女性メシヤである!
それだけしか主張していないように私には読み取れる。
他に、何も主張するものを持っていないように思える。
上でみてきた内容などから、私としては、真の父母論は偽りではないかな?
と思っている。
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これらの疑問に対し本部も、教会長も、真の父母論を支持する教会員も根拠を持って答えればいいだけの話です。