本末転倒?
案の定、本日下半身筋肉痛。なさけない。ホントーに情けない。しかしこれが実状である。明らかなる運動不足。まぁ、これは分かっていたことだ。筋肉痛はまだしも、間接などを痛めぬよう、本日は少しゆっくりと走ることにする。水分も十分取るようにする。以前から我が家には「アクティブ・ダイエット」は常備してあったので、これで補給。走り出す前に飲むことにする。走った後は、少しでも筋肉痛に効けばとクエン酸の入った「キリン903」を飲むことにする。…と思ってスーパーで探すが、最近は「903」は売っていないようだ。
しかたなく、走りながら途中の販売機で「903」を探すことにする。もはや「走る」ことより「903」が優先になってしまった。…しかし、結局販売機でも「903」は見つからず。
こりゃー明日も筋肉痛だな。
走りはじめました
本日より夜のランニング開始。そんなに一生懸命走るわけじゃないから実質「ジョギング」か? ジョギングと言うと、なんだかとても「中年おじさんの運動」的な響きがあるので、やはりここは「ランニング」とあえて言いたい(実際、オジサンの運動なんだけど)。しかし、オイラ走るの嫌い。特に長距離大嫌い。若い頃からマラソンとか長距離走とか、もうサボりたくてサボりたくて…。全校マラソン大会の時、折り返し地点で手にマジックで印をつけられるんだけど、そこまで行くのが嫌で自分で勝手に印を描いて帰ってきた。先生が何色のマジックを持ってるか分からないから、友達と手分けして8色ほど用意し、折り返してきた先頭集団の手を見て色を把握したり…そんな面倒な事をするほど長距離嫌い。
しかーし、明らかに運動不足。芝居の稽古で基礎運動をするとはいえ、それだけではお腹のお肉を取り去る事はできないのだ。結局、嫌だろうが何だろうが「走らないとダメだ」というのは分かっていた。しかしなかなか実行に移せなかった。気乗りしなかった。
こういうのは思い切りが大切。まもなく秋へと変わるこの季節、ようやく夜の気温も控えめになってきた。会社からの帰宅が21時前の日は、少し走ると決意したのだ。いやー、しかし…ちょっと走っただけでモモがパンパンなんですけど…。
写真は、今日の折り返し地点、ダイエー前。本当にちゃんと走ってきたのかカミさんに疑われるから、とりあえず証拠の写真を撮った。
本当の「シャア」は誰か
舞台裏
本日、朝からイトーヨーカドーにてお仕事。ここのところ3日に1回はヨーカドー。まぁ、今回の仕事内容といえば、朝の開店前にゲームコーナーに置いてある機械からデータを吸い上げるだけ。いつものような機械修理とかトラブル絡みの仕事ではない。いたって簡単。しかし間違いは許されない。データ値の見逃し1つで、すぐに会議沙汰になる勢いなのである。慎重に確実に…。
割と昔、別のブログに書いた事があったが、スーパーの裏側というのは面白いものである。オイラは開店前に仕事をするので、従業員口から入り、バックヤードをぐるっと歩いて売り場へ出るルートを取るわけだが、バックヤードには想像以上に色々なモノがある。楽屋のような舞台裏のような感じがある。意外と広いし。
舞台裏の雰囲気でドキドキするのはオイラくらいだろうか? 「これから本番」という空気があると興奮するのはオイラだけだろうか? 緊張しながら山積みのストック商品の横を歩いていると、辿々しいイントネーションで若いアジアン女性の店員さんからニコヤカに挨拶された。
東京タワー
遅ればせながらリリー・フランキー著「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」を読んだ。息子であるリリー氏から見た、ちょっと変わった家族の様子をオモシロおかしく綴る自叙伝的な本だと思って読み出したのだが、読み終わった時、これは彼の本心で書いた「手紙」だと感じた。毎週のように彼の書いたコラムなどは目にするのだが、それらはいつも独特の視点で語る、ちょっとヘンでマニアックな感じばかりが先行していた。もちろん、その味は十二分に入っているが、この本はなんだか彼のもうひとつ奥を見てしまった気がして、そして自分でも曖昧なままにしていた己の内面と重なる気もして、胸がつまる。
30代から40代なら、色々な時代背景も共感できるだろう。そして「息子」である男性だけでなく、「母親」となるもしくは「母親」になった女性も、この本を読んでみてほしい。家族とはどんなものだろうか?それを何かのモノサシで定義することより、誰かを愛する気持ちが大切であると気付かせてくれる。
リリー・フランキー
東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~
木漏れ日の中
まだまだ残暑。暑い日が続きます。とはいえ、なんとなく真夏とは違う空気。夏の到来と同時に伸び始めた梅の木の新芽も、そろそろ落ち着いてきて、もう少ししたら来たるべく落葉の準備も始まるでしょう。まだオイラの身長も抜けない小さな木ではあるのだが、こんな枝葉を見て思い出すのは槇原敬之の「優しい歌が歌えない」という曲。「夏に間に合うように木の葉は、日陰を作ろうと大きくなり、木の葉曇る小さな陰を、愚か者にも分けてくれる」という詩があるのですよ。
さて、天気も良いので、水まきも兼ねてトイレのマットを洗浄しました。我が家のトイレ、人工芝が敷いてあるのですが、これが結構ホコリもたまるしヨゴレもとれない。ときどき丸洗いしてやらないと。
いやーなかなか気持ちよい!




