蟠桃宮跡を探して<上>(明北京城城墻遺存。東便門から崇文門) | みどりの果敢な北京生活

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11月12日。最高気温17度。最低気温6度。空気質量指数152。

先週の平日、「明北京城城墙遗存」へ。北京は昔、城壁で囲まれていた。その一部が残っている。建国门の南の东便门。下が公園になっている。

 

 

修復がきれいすぎるが。

 
花は咲いていて、写真を撮っている老人が多かった。海棠、桃とほかでも見られるので写真を撮らなかった。城壁の上に上がることもできる。
 
この右下がチケット売り場。10元。

 

马道。坂道だったが、観光客が上りやすいように、1988年に階段にした。

 

上に上がったところで振り返る。ここへ前回来たのは10年以上前。眼下に北京駅が見える。この日は西の山もくっきり見えた。

 

铁炮。1638年製。これ本物だよね。野ざらし。

 

反対側に崇禎十年(1638年)と書いてある。1963年に广安门駅で発見されて、ここへ移動。

 

この中に入る。20年くらい前はここに画廊が入っていた。のちに崇文区を紹介する記念館になったが、今はそれもなくなっていた。

 

中に入って、「おー」と叫ぶ私、貸切。写真映えする場所じゃった。

 
二階まで上がれて、三階は立ち入り禁止になっていた。画廊だったときを思い出したよ。

 

今は「内九外七」の展示。

北京城门引分为内城九门,外城七门,皇城四门,龙脉口四门,宫城四门,现代城门等。

 
北京にあった城壁は以下のとおり。
 
 
内九外七
<内九> ▪正阳门 ▪ 崇文门 ▪ 宣武门 ▪ 东直门 ▪ 西直门 ▪ 朝阳门 ▪ 阜成门 ▪ 安定门 ▪ 德胜门
<外七>▪ 永定门 ▪ 左安门 ▪ 右安门 ▪ 广安门 ▪ 广渠门 ▪ 东便门 ▪ 西便门
 
これは今残っている部分。德胜门永定门正阳门(箭楼。城楼)北京城东东角楼

 

马镫(あぶみ)。埃かぶって、気の毒なくらい。「」って本物だよね?

 
昔の城壁の門にはそれぞれ役割があった。どこからでも好きなように入っていいのではなかった。たとえば、宣武门
 

清代は菜市口が刑場だったので、宣武門は死刑囚が通る門だった。興味ある人はここを読んで。

 

城門をめぐる――明(人民中国)

宣武門は刑場に向かう死刑囚が通る門でした。清代になってからも、こうした門の役割はあまり変わらなかったようです。北京を舞台にした浅田次郎さんの小説『珍妃の井戸』で、清末の啓蒙思想家の譚嗣同が清朝政府に捕えられ、菜市口で処刑されるくだりがありますが、譚嗣同も宣武門を出て刑場に向かっています。

 

 

行刑刀(清)

 

ここで撮った写真は个人图书馆に入れた。外に出て見上げる。
 
 
石碑「北京城東南角楼」。これは古くない。
 
微博で見た記事。「三月三,游已经无存的蟠桃宫…」。←ここに載っている石碑を見たい。チケット売り場の人に聞いたら「蟠桃宫はもうないよ」。いや、それは知ってるよ。微博の写真を見せても「わからない」と言われる。諦める。
 
バスに二つ乗って、「新世界」(デパート)へ。造花の桜がお出迎え。趣味がイカれてる。

 

入ったらすぐに行列。北京冬季五輪のグッズ売り場だった。
 
ここに行ったのは何年ぶりだろう。地下一階にスケートリンク。
 
目的は「折扣店」(ディスカウントショップ)の「失重宝藏」。かなり広い。商品が入っているダンボールに「HIT GOO」と書いてあるものがあり、チェーン展開している「嗨特购」(HIT GOO)グループだと知る。何も買わなかった。
 
近くにカフェはいくつもあるが、寄り道せず帰宅。
 
最後に過去記事。「東便門」へ前回いつ行ったか、自分のブログで検索した。そしたら二つ出てきた。
 
一つ目。これで2007年に行ったとわかった。

二つ目。自分で書いたのに、全然覚えてないし、密かに爆笑。

东便门の写真が驚くほどある中国人のサイト。ファンにはたまらない。ファンっているのか?

 

 

5時追加:今日は最高気温30度。明日の天気は風。

 

 

 

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