今日は娘を連れて芋掘りに行ってきました!幼稚園以来やりましたよ私も。

すっごい楽しかったー!
沢山穫れてホクホク^_^

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豚汁や綿あめ、うどんに鶏飯、プリンも食べてヨーヨー釣りもしました。

こんだけやって食べて、総額450円!ズッシリ芋付きで!
驚愕!!

併設する施設でバザーがあっていて
綺麗なブルーのモヘアのニットに
一目惚れして買ったんですけど、
50円でした 笑

先月も、近所のバザーでマスタードイエローのプリーツワイドパンツを買ったんですよねー。
それも50円でした 笑

言っとくけど、どっちもめっちゃ良い!
今年っぽいよ!(ドヤ顔)

今度写真乗せますね。

なんかその金額、ゼロの数おかしくね?って生活してますね私(°_°)

今の一番の娯楽は、職場にある壮大な図書館で本をジャケ借りすることだしなー。

とりあえず、お金使わなくても全然楽しめる人間なので、そこんとこ自分で自分を評価してます。

情報集めて、工夫して、どこへでも出かけ、娘と楽しんでますよ。

今、事情があって、実際使えないんだけど。

ま、今は踏ん張りどきだからね。
この経験も絶対役に立つ!
明日からまた仕事頑張ろ。
もちろん節約の鉄則、弁当も作るze!
今日は職場のイベントに夫と娘を連れて参加して来た。

子供向けの講座に出たり、食べ歩いたり、夜には花火も。

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冬の花火は、澄んだ夜空にパッと花開く閃光が特別美しい。

現実を忘れた。



一難去らぬ内に、また一難やってきて、
現状を恨んだり、落ち込んだり。
おかげで昨日、今日と娘まで不安定だった。

母は家庭の太陽でなければと思うのに、
そう取り繕う余裕すらない自分の弱さが情けなかった。

そんなトゲトゲカサカサにササくれた心が、家族と眺める花火にスゥーっと癒されていくのを感じた。


夫と幾度も話し合い、少しずつ選択と決断を積み重ねていく。一つずつ潰して前に進んで行く。それ以外にない。

これは修行だ。
互いを信頼して尊重して協力し合うことを同時に学んでいるように思う。

私たち家族は、きっと誰よりも強くなれる。だから今向き合う。それだけだ。


実家のお仏壇にお線香を点てて、その日あったことを報告するのが好きです。

実家から帰った夜、寝ようと真っ暗な部屋で横たわると、鼻の奥にお線香の香りがなんとなく残ってる気がして、不思議だなぁといつも思う。


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祖母は先立った祖父の仏前に、毎朝早く炊きたてのご飯をお供えして、読経していた。

お線香の香りを嗅ぐと、いつも思い出す姿だ。勤勉な人だった。

ある朝、祖母は仏前で泣いていた。

祖父のことを思い出していたのだろう。

幼いながらに、その姿から、愛する人を失う淋しさを知ったものだ。

そんな祖母も私が高校生の頃に亡くなった。

晩年、1人暮らしでは心許なくなった祖母は、私たちの家の近くへ引っ越してきた。

でも、祖母はその頃から急速に元気を失ってしまった。

幼かった私には、イマイチその理由が分からなかった。近くに住めて私は嬉しかったから不思議だった。

でも今なら、とてもよく分かる。

祖父との思い出の詰まった、大事な場所だったのだ。そこを離れて辛く不安で淋しかったろう。でも誰にも言えなかったのではないだろうか。

どうしてこんな簡単なことを理解してあげられなかったのだろう。

祖母の気持ちに寄り添うことができなかったことを私は今でも後悔している。

歳を増すごとに、祖母の気持ちが理解でき、切なく、やるせなくなる。
今年も命日が近くなり、また胸が締め付けられる。

消せない後悔が、積もっていく。


目まぐるしい毎日に、「感じること」が、おざなりになり、すぐに目を背けてしまう大事なことが沢山ある。

毎日、積み重なる刹那を大事に、少しでも悔いのない生き方をしたい。






久々に夫と喧嘩をしてしまった。

めったに怒らない夫が怒っていた。
と、言っても感情的になるのではなくダンマリ地蔵になるだけ。

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私と夫は、育った環境も、物事の考え方も、大きく異なる。

そこを擦り合わせていくのは至難の技だなぁと時々頭を抱える。

なぜ理解してもらえないのだろう。

そんな時、夫も同じことを感じているのだろう。

でも違い過ぎる私たちは、
お互いに不足するものを補い合うことができる。


知り合ってから13年になる私たちだけれども、
未だに自分には全くない発想に触れたり、
新しい発見があったりもする。

娘は両極端な私たちの、
様々な局面を見ながら育つからか、
幅広く誰とでも仲良くなれる。
何にせよ偏りが少ない。

何事も一長一短なのだ。

これからも、私は夫と衝突してしまうこともあるだろう。

でもお互い学び合って、
磨きあって行けたら、
それはそれで素敵な夫婦かもしれない。





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今宵の月も美しかった。

いつの日か  輝くだろう  今宵の月のように

綺麗な月を見れると、必ず頭に流れる一節。
エレカシの大好きな歌。

この歌が世に生まれた頃、私は15歳だった。
とにかくこの歌が好きで、それこそリアルにテープが擦り切れる程聴いた。

(まだテープかMDウォークマンの時代ね、もうiPodとか想像すらつかない世界でした)

私もいつか、今宵の月のように輝こうと、ずっと思って生きてきた。

なのに、

一向に輝けない私。
歳だけとっていく私。

未だに通勤中にこの歌を聴くけど、
なんとなく真っ直ぐな気持ちで聴けなくなってきていた。

そんな折、アドラーの提唱する「自己受容」なるものを知った。

自己受容とは、ありのままの自分を、ダメなところも引っくるめて、受容すること。

よく言う自己肯定とは似て否なる。

自己肯定とは、きっと私はやればできるのよ!という鼓舞の元、自分の価値を認めることなのだそう。

なんとなく腑に落ちた。

今あるもの、
今ある私を、
認めないと何も始まらないのだ。

うん、大丈夫。
今の私も、そんなに捨てたもんじゃない。
きっと輝ける日は来るだろう。

そんな思いを馳せた月夜だった。