ついにセンター試験1日目が終わり、もうすぐ2日目に入りますね。
そこで今回は『センター試験1日目~退路を断って臨む~』ということについて書いていこうと思います。
●たまには強気になったっていいじゃない●
僕は昔からセンター試験が嫌いでした。
最終的には違う学部に行きましたが、途中までは京大理学部志望だった僕。
その当時は確かセンター試験で68%ほど点数をとれば受験票がもらえたように思います。
ただ、2次試験に行くと、センター試験での得点は無関係となり、入試としては珍しい、得点率が「センター:2次試験=0:100」の試験でした。
だからこそ「センター試験なんて全然関係ないや~」と受験生のときは思ってましたね。
実際にほとんど過去問も解かず、半分勢いだけで行った記憶があります。
でも、そんな「センター試験が全くの無関係」とも言える僕でさえ、そして高校入試を受けた身としては3年前にも受験したにも関わらず、センター試験では非常に緊張したことを覚えています。
基本的にそれほど緊張が表へ出ないタイプらしいのですが、そのときばかりは、駆けつけた高校の担任が「あいつ緊張してんな~」と思ったほどでした。
そんな中1日目特有の「試験開始までのやたら長い待ち時間」というのもあり、より一層緊張感を高めていきましたが、実際に始まってしまえば、普段通りって感じでしたね。
僕は昔から入試に関してはどこか達観した思いを持っていました。
「これで落ちたら仕方ない。今できる限りの準備はした。確かに完璧ではないけど、最善は尽くしたはず」という思いを常に試験前には持つようにしていました。
そして極端なまでに「自分以外の周りは全員あほ。俺にできずに誰にできる? できるわけがない! そんな奴を落とすなら落としてくれ」なんて思いを持って入試に臨んでいました。
これは僕なりの自己暗示みたいなもんでしたね。
誰だって緊張はする。「もっとこれやっとけば良かったなー」なんて思う。
でも実際にはその緊張からは逃げることはできないし、もう入試が来た以上、今から学力を上げるわけにもいかない。
そのときの素の自分で戦っていくしかないわけです。
こんな僕も普段は心配性です。
だから講師となった今は、入念に授業準備をします。
決して変なことにならないよう、徹底した準備をします。
だから余計に仕事の準備に時間がかかるし、無駄もきっと多い。
でもそういった心配性を全開に出した準備だからこそ良い授業を提供できると信じています。
もし受験勉強という点に関して言うなら、心配性だからこそ、本当にできるか不安を抱えるからこそ、どんどん勉強していくのだと思います。
そういった意味では楽観的に物事を考え過ぎるよりも、ちょっとくらい心配性な方が勉強といった意味では良いんじゃないかと思えるほどです。
でも、入試ではそれはダメだと思っています。
完全に退路を断って進むしかない道。
普段退路を準備しまくってる人にとっては非常にツラい道かもしれません。
でも、普段から退路を断って挑戦する心を持ち続けてきた人であれば、少々傲慢に、少々強気になったっていいじゃないですか。
僕は受験生はそういった姿であるべきだと思っていますし、少なくとも僕の生徒はそういった思いで入試に向かっていってくれていると信じています。
だからこそうまくいってほしいですね。
心配性全開な今の僕は生徒の状況が不安ですが、大きな期待に応えてくれると信じています。
そこで今回は『センター試験1日目~退路を断って臨む~』ということについて書いていこうと思います。
●たまには強気になったっていいじゃない●
僕は昔からセンター試験が嫌いでした。
最終的には違う学部に行きましたが、途中までは京大理学部志望だった僕。
その当時は確かセンター試験で68%ほど点数をとれば受験票がもらえたように思います。
ただ、2次試験に行くと、センター試験での得点は無関係となり、入試としては珍しい、得点率が「センター:2次試験=0:100」の試験でした。
だからこそ「センター試験なんて全然関係ないや~」と受験生のときは思ってましたね。
実際にほとんど過去問も解かず、半分勢いだけで行った記憶があります。
でも、そんな「センター試験が全くの無関係」とも言える僕でさえ、そして高校入試を受けた身としては3年前にも受験したにも関わらず、センター試験では非常に緊張したことを覚えています。
基本的にそれほど緊張が表へ出ないタイプらしいのですが、そのときばかりは、駆けつけた高校の担任が「あいつ緊張してんな~」と思ったほどでした。
そんな中1日目特有の「試験開始までのやたら長い待ち時間」というのもあり、より一層緊張感を高めていきましたが、実際に始まってしまえば、普段通りって感じでしたね。
僕は昔から入試に関してはどこか達観した思いを持っていました。
「これで落ちたら仕方ない。今できる限りの準備はした。確かに完璧ではないけど、最善は尽くしたはず」という思いを常に試験前には持つようにしていました。
そして極端なまでに「自分以外の周りは全員あほ。俺にできずに誰にできる? できるわけがない! そんな奴を落とすなら落としてくれ」なんて思いを持って入試に臨んでいました。
これは僕なりの自己暗示みたいなもんでしたね。
誰だって緊張はする。「もっとこれやっとけば良かったなー」なんて思う。
でも実際にはその緊張からは逃げることはできないし、もう入試が来た以上、今から学力を上げるわけにもいかない。
そのときの素の自分で戦っていくしかないわけです。
こんな僕も普段は心配性です。
だから講師となった今は、入念に授業準備をします。
決して変なことにならないよう、徹底した準備をします。
だから余計に仕事の準備に時間がかかるし、無駄もきっと多い。
でもそういった心配性を全開に出した準備だからこそ良い授業を提供できると信じています。
もし受験勉強という点に関して言うなら、心配性だからこそ、本当にできるか不安を抱えるからこそ、どんどん勉強していくのだと思います。
そういった意味では楽観的に物事を考え過ぎるよりも、ちょっとくらい心配性な方が勉強といった意味では良いんじゃないかと思えるほどです。
でも、入試ではそれはダメだと思っています。
完全に退路を断って進むしかない道。
普段退路を準備しまくってる人にとっては非常にツラい道かもしれません。
でも、普段から退路を断って挑戦する心を持ち続けてきた人であれば、少々傲慢に、少々強気になったっていいじゃないですか。
僕は受験生はそういった姿であるべきだと思っていますし、少なくとも僕の生徒はそういった思いで入試に向かっていってくれていると信じています。
だからこそうまくいってほしいですね。
心配性全開な今の僕は生徒の状況が不安ですが、大きな期待に応えてくれると信じています。