今年2025年になり、コロナ問題で揺れた日本社会環境も、落ち着いて来ました。
コロナ4年+1と表現しています。
先週はお盆休みで、横浜 金沢八景の地元でゆっくり過ごしました。
お盆休みで、「静かな日本の夏」を久しぶりに楽しみました。
コロナ問題でも無縁・無関係で完全に早い時点で勝利宣言をして、いろいろと思い出すこともあり、振り返り 分析して有意義な時間でした。
今年は、初めての中国訪問 研修から40年だったのです、これまでに数えられないほど多く中国大陸へ足を運び、上海体育学院、安徽省体育運動武術学校武術隊、湖北省体育運動武術学校武術隊、北京体育学院、北京市体育運動武術学校武術隊。
現地の学生たちや、安徽省亳州市での伝統五禽戯など 民間の老師を訪れて学び修練を重ねて来ました。
数えれば1985年からコロナ問題の始まる2019年まで、中国大陸を34年ずっと見続けて来ました。
20代は武術専門学校での、トレーニング留学、30歳になり、太極拳に意識を集中して修養を重ねました。
武術拳種は数多くできる限りのものを習得しました。
全日本大会は、1984年の第1回大阪大会から、出場し、優勝・上位入賞を早くから経験しました。
審判員、指導員、強化コーチも数多く運営も担当しました。
太極拳では、24式は1982年から、始めましたが、套路の内容は古く老人向けで現代的にはあまり面白く効果もないので一般教養的な位置づけにしています。
陳家溝太極拳、孫式太極拳、龍身蛇形太極拳を行います。
推手は、陳家溝太極拳、龍身蛇形太極拳の2種類です。
それから健身気功 五禽戯は発表された2003年の翌年で古巣の上海体育学院で学び、八段錦、馬王堆導引術を体得しました。
養生導引操を総編し、2007年より2018年まで5回安徽省亳州市で伝統気功 華佗五禽戯を理論と共に体得出来ました。
私は東京都狛江市で生まれ育ち、20歳まで過ごしました。
その後に実家が府中へ移転することになり、府中で10年過ごしました。
1997年に、横浜市港北区に就職でスポーツクラブ運営会社に入り、配属が綱島地区になりました。
単身、横浜で生活し、とても快適でした。
会社が倒産して、運営教室を「横浜武術院」として、まとめ、武術クラス、気功・太極拳クラスとして活動を始めました。
コロナ期間の2022年に「創設20周年交流会」を行いました。
その後も、教室運営では会場の使用制限や、会員さんも外出を控え、感染症への恐れが目立ち、私の仕事先のスポーツクラブも2会社から、契約解除を受け、大変でした。
なんとか状況を変えなければならない、と考え抜いて、生活拠点を自分が横浜に来て、お気に入りの場所の「金沢八景」に移転することにして2022年の仕事納めをした翌日に金沢八景に引っ越しました。
あれから3年目、本当に金沢の土地は穏やかで、歴史も長く、純粋な鎌倉文化を大事にする素晴らしい環境になりました。
最近の報道で「日本人の人口が、1億2000万人を下回る」という報道を知りました。
日本を大事に守らねばならない、そう感じました。
2025年、武術、太極拳、健身気功キャリアは43年、指導キャリアは29年になりました。
この春夏で、ふと感じたことは「もう中国的スタイルや考え方から卒業」して、日本的横浜 金沢スタイルとして、純日本的な太極拳活動に昇華させたいと考えています。
中国での学びや思い出、身に付けた技能、理論をこの金沢で付加価値の高い「学術的なスタイル」の感覚として「世界無形文化遺産の太極拳、日本版」として広めていこうと決めました。
もう既に金沢区、港南区、鶴見区、港北区で「新しい横浜武術院の活動」を開始していますが、日本人の日本による、日本人のための太極拳スタイルとして、皆さんと共に今までになかった「全く新しい太極拳活動」を展開して参ります。
よろしくお願い申し上げます。