(絵 益田あゆみ)



(朗読 栗原康子、縁)

 
龍の沼のほとりの小屋で、ちろちろとたき火の炎がゆれる。
龍王と后(きさき)は、相変わらず、この粗末な小屋で暮らしていた。
多くの村人たちに推挙され、龍王にはなったものの、
生活スタイルを変える気など毛頭なく、后が住むこの小屋での
生活を続けているのだった。
 

(龍王)

「人間はすぐに死ぬ。
 これは私が今まで人間の暮らしを眺めてきて、いつも観じていることだ。
 悠久の時を生きる私から見て、人間の一生は短く、はかない。
 その生にどんな意味があるのか、私にはわからぬ。
 だが、同様に、私がなぜ悠久の時を生きているのかもわからぬ。
 生きるとは、長さで価値が決まるものではない、そう感じる。
 その意味では、私が人間たちより優れているわけではないし、
 宇宙の神の前ではともに平等なのだろう。
 私もいつか、この生から解放されたいものだ。」
 
(龍后)

「まあ、それでは私は、どういたしましょうか。
 せっかくあなたに出会えて、自分の人生に意味を見いだしましたのに。」

龍王はあわてて弁明。


(龍王)

「いや、そなたと会ってから、私の生は変わった。
 それまでの無味乾燥したものではなく、毎日が喜びで満たされるようになった。
 そなたにはとても感謝しているぞ。」
 
龍の后は笑って、龍王のまなざしに答えた。
 

(龍王)

「そなたは不思議な存在だ。
 今まで出会ったどの人間ともちがう。
 私にとってかけがえのない存在であることは間違いないが、
 ただの人間の娘にすぎないそなたがなぜか愛おしい。
 この気持ちはわが生において初めてではないように感じる。
 どこか遠い昔、記憶の外側にある時に感じていたような思いだ。
 その時の記憶は私の中に封印されていて、思い出すことはできぬ。
 なぜ封印されているのかすらわからぬ。
 だが、わが魂魄(こんぱく)はそれを知っている。
 そう、心の中で何者かが囁くのだ。
 なんじの妻を愛せよ、と。」
 
龍の后は、頬をあかく染めて、うつむいた。
だが、とてもうれしそうな表情を浮かべていることに龍王は満足した。
 

(龍后)

「私は、夢の中で、あなた様に何度もお会いしてきました。
 私の夢の中では、あなた様は青く輝く龍であり、宇宙を縦横無尽に飛び回っておられます。
 けれど、今のあなた様は黒い龍のお体。
 私が思いますのは、あなた様の黒き肉体の中に宿る魂魄は、青き龍のみたまなのではありますまいか。
 それが、ゆえあって、黒き体をまとっているように思えてなりません。」


(龍王)

「后よ。そなたの夢は私に希望の光を与えてくれる。
 どうかもっと語っておくれ。
 あなたが夢で見た、そのすべてを。
 私は、私が何者であるのか知りたい。
 もし、それが失われたものであるのなら、
 私は、私がかつて何者であったのか、それでもよいから知りたいのだ。」
 
后は、王の求めに応じて、すっと立ち上がると、舞を踊り始めた。
そして、踊りながら、龍の夢にまつわる物語を歌った。
 


(龍后)

「青き龍、
 宇宙の創成とともに生まれ、
 神の眷属として、宇宙創造のため、働く。
 らせん状に回転し、
 その中から流星が生まれ、
 数々の星が生まれた。
 龍は創造の神に仕えしもの。
 誇り高き存在。
 宇宙を泳ぐ龍の姿は
 一条の青き光。」
 
シャン、シャンと
鈴をかき鳴らし、
さらに歌は続く。
 


(龍后)

「白き龍、
 青き龍に寄り添いて、
 ともに宇宙(そら)を渡る。
 白き龍は
 青き龍と一対(いっつい)のものとして
 神に創造されしもの。
 この宇宙の定めにより、

 一つの魂が二つに分かれ、
 青き龍、白き龍となれり。
 青き龍は男性性
 白き龍は女性性
 二人合わせてひとつ。
 ゆえあり分かれてふたつ。」
 
龍王は后の舞を見ながら、言った。

(龍王)

「されば、もし私が青きものであるならば、
 后は白きものであろう。
 私のかたわらに常におり、
 私を支え、私を励ますもの。
 私にとって、なくてはならぬもの。
 それがそなただ。
 私は乞い、願う。
 私のために、白き龍であってほしい。
 そして、私が青き龍として目覚めるまで
 そばにいてほしい。」
 
后は踊りながら、龍王にうなずき、歌を終えた。
 
二人だけの神聖な夜は、こうしてふけてゆくのだった。
 
   よっくる

 

 

 

 

1.出会い

ここは、月の神殿。
月に宿る女神、セレニティを祀る場所。
この神殿に、満月の夜、赤子が捨てられた。
どのような理由により捨てられたのか、
誰も知らない。
この神殿に仕えている巫女が、
満月の祈りをしに、神殿にやってきて、
赤子を見つけた。
お腹がすいて、元気よく泣く赤子を可哀想に思い、巫女は赤子を神殿の中に入れた。
月の女神の像のある部屋は、祈りにやってくる人たちが集まる。
そこに赤子を連れて行くと、
『うるさい!』
とつまみ出されるだろう。
仕方なく、台所の方に行くと、信者たちに供するスープを料理人が煮立てていた。
(ここはダメ。仕事の邪魔になるわ。)
そう考えた巫女は、物置き部屋に赤子を連れ込んだ。
そこには窓辺から月明かりがさし、部屋の中を明るく照らしていた。
わらを敷き詰めて、赤子をそこにおくと、赤子は月の光に照らされて、にこにこと笑っている。
(よし、このすきに。)
巫女は急いで自宅にもどり、ミルクを用意すると、神殿に戻った。
赤子が誰かに連れて行かれないかとヒヤヒヤしたが、赤子は幸いなことに、その部屋にいた。
(よかった、誰にも見つからなかった。)
巫女はミルクを布に含ませると、赤子の口にあてた。
赤子は一生懸命、布をはむはむしながら、ミルクを少しずつ飲んだ。
(元気な子。
生きようと必死だ。
私が守らなければ。
でも、どうやって?)

巫女はミルクを少しずつ赤子にやりながら、自分の身の上を振り返った。
自分自身もまた、身寄りのない身で、この神殿に連れてこられ、ここで巫女見習いをするようになった。
多少の霊感があるのを認められ、巫女の修行をすることを許されたのだ。
ここでは、月の女神のお告げを巫女が取り次ぎ、信者に伝えることをなりわいとしていた。
お告げは大層人気があり、熱心な信者はなけなしのお金を持ってきては、お告げを聴いていた。
貧しい人ほど熱心なのだ。
たまにお金持ちの信者がくると、神殿の神官たちが出てきて、一生懸命接待し、耳障りのよいことを言って、お金を落とさせる。
神殿の経営も大変なのだ。

巫女はそうした神殿の裏側を知るにつけ、
(このままではいけない)
と思うようになった。
お金を得るために、有る事無い事を言うのは信者をだまして、お金を搾り取っているだけ。
そんなことを続けていたら、いずればちが当たるに違いない。
巫女は、女神様のお告げをなんとか聞き取ろうと修行を重ね、やがて、たまにではあるが、祈っているときに、短い言葉が降りてくるようになった。
それを信者に伝えると、なぜかとても心に響くようで、大変感謝されるのだった。
そのようにして、巫女は信者たちの信頼を少しずつ勝ち得て、神殿の中でも一目置かれるようになった。
そんな巫女を神官たちは利用するだけ利用してやろうと思うのだった。
客寄せパンダくらいにしか思われていないのだ。

そんな状況だから、巫女は決して裕福ではなかった。なんとか食べていけるだけの暮らしをしていた。
でも、巫女は幸せだった。
月の女神に仕え、その声を聴き、信者たちのために伝える。
ただそれだけのことに生きがいを見出したのだった。

巫女には正直言って赤子を育てる余裕などなかった。
ミルクを買い続けるお金もなかった。
でも、自分を頼る赤子を見ていると、なんとかして自分が育ててやろうと思うのだった。
巫女は家政婦などの日雇いの仕事をするようになった。
赤子を背中におぶって、掃除や洗濯をする。
この街には決して珍しくない光景だった。
そうして奉公する家には大抵子供たちがいて、その子守もするのだ。
巫女はとてもやさしく子供たちに接したので、子供たちも巫女によくなついた。
そして、巫女の育てる赤子の相手もしてくれて、とても助かった。
貧しくても、忙しくても、人のやさしさがあれば、つらくとも楽しい。
そんな毎日を送り、巫女は幸せを感じていた。
 

2.別れ

 

スピリチュアルファンタジー
『その後の泣いた赤鬼/アリとキリギリス』

泣いた赤鬼は利他の愛のお話ですが、その続編を書きました。
今の時代にこそ、読んでほしいお話。

Kindleでは第4位にランクインしました。



ペーパーバック版(紙書籍)は朗読アイテムとして
最適です!
どうぞご自由に朗読会などでお読みくださいませ。

購入頂くと、谷よっくるの作家活動の応援になります❗️


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絵は、めぐっぺさん です。


【泣いた赤鬼~スピリチュアルバージョン】


「泣いた赤鬼」という日本昔話があります。とても心暖まるお話ですが、赤鬼のために自らが悪者になって、村を去った青鬼がかわいそうと思った人も多いのではないでしょうか。

でも、本当に青鬼はかわいそうなだけの損な役回りだったのでしょうか。

これは、そんな疑問に答えるために書いた後日譚です。


・・・


さて、そのあとのお話。


赤鬼のために、自分が犠牲になり、姿を消した青鬼。

そのやさしさと友情に、赤鬼は、泣きながら、とてもとても感謝しました。

感謝しても、しても、全然し足りないと思いました。


そこで、赤鬼は真剣に考えました。

『姿を消した青鬼の友情に報いるには、自分はどうすればいいだろう。』

赤鬼は、何日も、何日も、真剣に考えました。


そして、


『そうだ。青鬼くんが私のために身を捨ててくれたように、

私も、村人たちのために働こう。

  私が青鬼くんに代わって、青鬼くんのように、村人たちのしあわせ

のために粉骨砕身、働くことが、青鬼くんからもらったご恩に報いる唯一の方法にちがいない。』


そう心に決めた赤鬼は、村に行くと、村人に

『何か困ってることはないか』

と尋ねました。

村人は、

「最近、日照りが続いていて、水が不足している。

近くの川から水を農地まで引けるといいのだが」

と言いました。


赤鬼は、

『そうか、お安いご用』

と言って、村から川までの水路を一人で掘り始めました。

赤鬼は、怪力でどんどん水路を掘り進めていきました。


そんな重労働はいやだと思っていた村人たちは、はじめは遠巻きに赤鬼をながめていましたが、

やかて、一人、また一人と、赤鬼の作業を手伝うようになりました。


村の子供たちも、

「家の手伝いはせんでいいから、赤鬼さんを手伝っておやり」

とお母さんに言われて、おっかなびっくり、赤鬼のところにやってきました。

最初は、赤鬼を怖がっていた子供たちでしたが、赤鬼や村人が頑張っている姿を見て、

自分にできる仕事はないか、それぞれが探し始めました。


いつの頃からか、夜になると、村人の誰かが酒を持って来るようになり、

夜は赤鬼を囲んで、みなで酒を酌み交わすようになりました。


貧しい村でしたので、そんなにたくさん、お酒が飲めるわけではありませんでしたが、

赤鬼は、村人の心遣いに感動しました。

そして、自分を囲んで、村人たちが楽しく語り合い、薄い味の酒を分かち合いながら、

歌ったり、踊ったりするのを見て、

赤鬼は、自分の心にあった、何か硬いものが浄化されるのを感じました。

そして、ますます『村のために頑張ろう』と、決意を新たにするのでした。


結局、川と村をつなぐ水路ができるのに、それから一年の歳月がかかりました。

水路の完成を祝って、誰かが

「この水路を“赤鬼水道”と名付けて、末代まで語りつごう」

と言い出しました。

みんな、

「そうだ、そうしよう」と賛成しました。


しかし、赤鬼は、

『この水路は自分一人が作ったんじゃない、

みんなの力を借りて、作ることができた。

だから、みんなの名前も入れてほしい』

と言いました。


すると、誰かが、

「みんなの名前を入れたら、長い長い名前になってしまって、覚えられんから、

やはり、ここは、みんなを代表して、赤鬼水道でいいんじゃなかろうか」

と言いました。

他の村人も、「そうだそうだ」と言いました。


赤鬼は、『それならば』と、みんなに青鬼の話をしました。

『自分がこれほどがんばることができたのは、青鬼が悪者役をして、

自分とみんなを友達にしてくれたからなんだ、

だから、青鬼のことも、みんなには覚えていてほしい』

と涙ながらに語りました。


村人たちも、

「そうだったのか、知らなかった」

と、もらい泣きしました。


「そんじゃ、青鬼の名も入れて、赤鬼青鬼水道にしよう」

と、また誰かが言いました。

今度は、みんな大賛成でした。


こうして、新しい水路は、赤鬼青鬼水道と呼ばれ、

末代まで赤鬼青鬼のお話とともに、語り継ぐことになりました。


それからも、赤鬼は、村のために数多くの仕事をしました。

赤鬼は、三百年生きました。

その間、村人たちは、十世代入れ替わりました。

三百年も生きると、赤鬼の面相も白髪、白ヒゲの仙人のようになり、体力も衰えたため、村人の代表に知恵を授ける長老のようになりました。


赤鬼は、村人の尊敬の対象になり、毎年、赤鬼の住むほこらの前で、お祭りが開かれるようになりました。

赤鬼は、村人たちの祭りをながめながら、酒を飲むのが何よりの楽しみになりました。


ある朝、赤鬼が目覚めると、ほこらの中にきらきら光る階段が現れていました。

赤鬼は、驚きましたが、

『これはきっとお迎えが来たな』

と思いました。

『自分の人生になんの未練も、やり残したこともない』

赤鬼はそう思いました。

そして、ためらうことなく、光の階段を登っていきました。


階段はとても高い階段でした。

登っても、登っても、階上に行き着きません。

けれど、少しも疲れないのです。

『これは、きっと、天国へと続く階段にちがいない。』

赤鬼は、そう思いました。


やがて、うっすらと階上らしきものが見えて来ました。

誰かが階上で、赤鬼の到着を待っています。

赤鬼は、一目で、それが青鬼だとわかりました。

赤鬼は、飛ぶように階段を駆け上がりました。


ふと、気づくと、赤鬼は若い頃の姿に戻っていました。

青鬼も、別れた時の姿のままでした。

赤鬼と青鬼は、がしっと抱き合い、再会を喜び合いました。

お互いの目をとめどなく涙がつたっていました。

赤鬼は、青鬼に何度も何度も、『ありがとう』をいいました。

青鬼は、ただ黙ってうなづいていました。


すると、二人の頭上に、天からの声が響いて来ました。


「「赤鬼、青鬼よ。あなた方は、見事に人生での課題をクリアされました。


あなた方の課題は、


                  友愛


を体験することでした。


そのために、青鬼が赤鬼のために村を去ることを、あなたがたは生まれる前に話し合って、人生計画で決めていたのです。


さあ、あなたがたの人生の結果をご覧なさい。」」


天からの声がそう告げると、

空中に何やら映像が浮かび上がりました。

それは、赤鬼がいたほこらでした。

村人たちが、ほこらを立派にお祀りし、熱心に参拝していました。


赤鬼は、その映像を見ると、顔を手でおおって、おいおいと泣きました。


天からの声が告げました。


「「あなたがたの示した友愛が、村人たちの心を打ち、

友愛の種をあの村に残したのです。


  赤鬼よ、今後、あなたはあの村の守り神となり、

彼らの子々孫々までを見守りなさい。

  そして、これからは、この天界で青鬼とともに仲よく暮らし、

時々は、光の階段を降りて、村人たちの声に耳を傾けなさい。

  あなたがたがまいた友愛の種がどう育つか、見届けなさい。」」


こうして、赤鬼、青鬼は、仲よく天界の住人となり、

今も、村人たちの子孫を見守っているそうです。


残念ながら、赤鬼青鬼水道と名づけられた水路は、その姿をとどめていませんが、

今も、どこかの村はずれに、赤鬼を祀った神社は残っているようです。


そして、赤鬼青鬼の友愛の物語は、昔話「泣いた赤鬼」として、

今も多くの人々に語り継がれ、人々の心に友愛の種をまき続けているのです。


どっとはらい