シンボリックメソッドを活用して東京から北海道に引っ越し、再婚した久保田陽子です
北海道に引っ越す心境記事はこちらです。
何のためにブログを書くのか?
自分に問いかけ、シンボリックメソッドを活用した私の変化だけでなく、私の生きざまを残したいと思った時、お義母さんをお母さんと思えるようになった経緯を書こうと思う。
これからの記事は私の苦労話として、お母さんの悪口、捌け口として書くものではないことを先に記しておきます。
北海道に引っ越したのは2017年7月23日。
今から2年半前くらい。
羽田空港で兄弟の見送りにさんざん涙した翌日から嫁、姑の心の中での戦いは始まった。
今日くらい朝ごはん、お義母さんが作ってくれてもいいのに。
そんな思いから始まり朝、昼、晩と食事づくり、洗濯、掃除に紛争した。
朝から駆けずり回っている私にお義母さんはまったく手伝わず、お茶碗1つ2人してさげず上げ膳据え膳の日々。
あげくのはてにお義母さんはクチをあけば小言を言う。
料理の時、換気扇をつけない私に対して。
朝、電気をつける私に対して。
お風呂のお湯の交換に対して。
東京から持ってきた本をリビングに置く私に対して。
道を覚えない私に対して。
草と作物の違いがわからない私に対して。
パンを朝食にしようとする私に対して。
買い物をまとめてしない私に対して。
しまいには、朝4時には起きて6時には畑にでるように言う。
お義母さん、私がくる前この家はどうしてたの?
洗濯もの1つ、自分の下着1つたたまない。
町にゲイトボ―ルに行っても買い物1つしてくれない。
家計費もいっさい出さない。
普通手伝うだろうと..
何にもしないなら黙っていろ❗と
私はいつも腹をたてていた。
続きは長男の嫁2へ。
百姓の妻&セラピスト陽子❤