伊原青々園。若狭物語 鉄砲伝来記 | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

伊原青々園:若狭物語(1908)春陽堂

 

伊原青々園といわれても今となっては「誰っ?」で、私も忘れていた。『若狭物語(1908)春陽堂』は明治41年の出版。都新聞連載時『鉄砲伝来記』だったタイトルは単行本出版時に改題した。作者は本著を「新講話」と語るが「新講談」なのかな。

 

種子島に伝来した鉄砲を藩内生産するに際し、刀鍛冶である若狭の父は藩主から鉄砲のコピーを命じられる。若狭は煩悶苦闘する父を見かね製造の秘伝を聞きだそうと、恋しい許嫁と別れてポルトガル人に嫁すのだが。

 

伊原青々園:若狭物語 鰭崎英朋 扉

 

 

仮表紙付きの補修本

 

B6小版の和綴じ本で梶田半古の木版画口絵が挟まれる。ただ残念なことに表紙はちぎれ終盤の一部が落丁し状態は悪い。とりあえず仮表紙を付け、最終部数ページの落丁は国会図書館のデジタルデータをコピーし補填した。もっとも稀覯本ゆえ古書価は高め、美本完本であれば私などは手に負えない。

 

梶田半古の木版口絵

 

梶田半古描く口絵は、ポルトガル人夫に騙され二度と日本への帰国が叶うまいと知らされた若菜は、大嵐のなか帆柱に辞世を刻み投身自殺を決意する。が、幸運にも難破船は日本近海に流され帰国を果たすと、父の鉄砲製造の完成を確かめ、己が操を汚した恥そそがんと、元カレが試射する弾道に飛び込み自決する。

 

今となっては「なんだかなぁ」ですが、父のため、近習である恋人のため、家、藩や国のために己が身を捧げる。明治の時代は女子といえども銃後の備え(国家族のために家庭を支える)として、滅私奉公する心構えを是とし称揚した。当時の道徳(徳婦)を「新講話」する教養小説でもあったのでしょう。