関川左木夫訳。ダウスン詩集Ⅲ | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

アーネスト・ダウスン

 

ダウスン(1867-1900)は19世紀英国の世紀末詩人でボードレールの影響を受けた。偶然、関川左木夫訳の『ダウスン詩集Ⅲ』が目にとまり購入した。ダウスンというよりも訳者である関川左木夫の造本に興味があった。ただ限定本が多くいずれも高額なことから、これまで手することはなかった。

 

関川左木夫訳:ダウスン詩集Ⅲ(1967)大雅洞

 

関川左木夫訳による「ダウスン詩集」は全4巻本で装釘はそれぞれ異なる。『ダウスン詩集Ⅲ』普通本は限定200部、他は100〜120部ほど。特装版もあるが高額すぎて手がでない。この3巻が比較的価格がこなれている。ダウスンの詩は岩波文庫でも紹介されている(現在絶版)が読むのは初めて。

 

 

 悲しいといふのでもない また泣くほどのことでもない

 想い出のかずかずは 今睡りにつかうとして

 

 眺めてゐる 河が白く朧に変わっていくのを

 日もすがら夕暮れまで 眺めてゐるその移ろひのさま

 

 日もすがら夕暮れまで 眺めてゐる 雨が

 物憂く 窓の硝子を叩つのを

 

 悲しいといふのでもない ただすべてが倦はしい

 曽つての日希つた あらゆることどもが

 

 女の唇 その瞳 日もすがら

 まさに影の影なるものとなり了つた

 

 日もすがら ひと恋ひ慕った その心もすべて

 忘れはてた 夕闇の忍び寄りくるまでは

 

 さるを 悲しみに取残され ただ泣かんとする

 睡らすことのできぬ かずかずの想い出のために

             アーネスト・ダウスン 鬱憂

 

失恋と数々の不幸に打ちのめされた諦念に満ちている。巻頭言に星野慎一は「マス・プロ時代に入る以前の素朴な人間情感をまっすぐにうたいあげたもの」で、関川左木夫は詩の持つリズムを活かし「言葉の渋滞のなく、てらひもなく、あえかな真情が」溢れていると賛辞を述べている。

 

献呈本