戦前戦後の長岡市大手通り。旧長岡市役所 | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

 長岡駅前通り:大手通り

 

長岡駅前「大手通り」の絵はがきで「祝ご成婚記念」の立て看板があります。昭和天皇のご成婚だとすると1919年(大正8年)になるのですが、中央上部に写り込んでいる長岡公会堂(現長岡市役所の場所)は大正15年の落成なので昭和初期の風景でしょうか? 駅に向かって撮影したのかな? 誰のご成婚?

 長岡市役所(国民精神総動員の垂れ幕が下がる)戦前か?

 

 長岡市役所(旧長岡大和の場所)

 大手通り

 

大正10年に竣工(片岡謙吉が設計)した2代目の長岡市役所の尖塔が道路の左手に見えるので、道の突き当たりが(自信はありませんが…)長岡駅ということになります。その向かい側の建物は長岡病院(後の日本赤十字病院)ですね。

 

 戦後の大手通り

 

昭和30年ころ。現長岡市役所辺を背に西に向かって撮影したようだ。「姫桜印綿」看板の上に「機那サフラン酒」の看板が見える。フレームから切れるが「アトラス毛糸」の右側に、大光銀行の建物があるはずである。戦時中空襲で灰燼に帰して10年、復興著しい。昭和31年に「もはや戦後ではない」と宣せられる。