長与善郎「或る人々」岸田劉生の装釘 | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

長与善郎:或る人々(1920)春陽堂

 

長与善郎「或る人々」春陽堂版が函付で手ごろな価格だったので手に入れた。大正9年発行の初版本、装釘は岸田劉生による3色刷の木版装で、花木の下に眠る猫を描いたもので劉生らしいモチーフである。劉生が最盛期30歳ころの鵠沼時代のもので、後に優れた装釘本で知られる若き中川一政が寄宿していた。

 

長与善郎:或る人々 見開き

 

長与善郎:或る人々 扉

 

見開き・扉とも2色木版刷で簡潔にして意匠に破綻がない。デザインに無駄な力みがなく、自信に満ちた劉生の相貌が浮かんでくるようだが、個人的は多少は破調に踏み込んだ冒険が見たくもある。冒頭を読む限り、内容はこの時代に多い(経済などの)格差社会的な背景の人間像を描いているようすだ。

 

長与善郎は1911年(明治44年)志賀直哉や武者小路実篤らの同人誌『白樺』に参加、そこで岸田劉生を知ったものだろうか。長与は岸田に師事した河野通勢とも優れた装釘本を造っている。現在では作品そのものより、その装釘本ゆえに有名ともいえる。のではないだろうか。