獅子文六「てんやわんや」の淡島千景が見たい | mizusumashi-tei みずすまし亭通信
.-夫婦善哉
夫婦善哉の淡島千景と森繁久彌

忘れられた国民作家獅子文六の傑作のひとつ「てんやわんや」は昭和23年11月22日より昭和24年4月14日まで毎日新聞に連載され、挿絵は宮田重雄が担当した。漫才トリオ“獅子てんや・瀬戸わんや”命名は、獅子文六のこのヒットにあやかり、映画化は佐野周二・淡島千景によって1950年に封切され、彼女は第1回ブルーリボン&主演女優賞を受賞した。が、映画「てんやわんや」のスチールを探してみたが見当たらない。しかたがないので夫婦善哉の淡島千景を、レタッチがすぎて淡島らしくないか。今年2月に亡くなられましたね。

$.-花の生涯
NHK花の生涯:ヒロイン村山たか役の淡島千景

時代設定は終戦4ヶ月後から約1年。平凡にして臆病、忍従癖がしっかりついた主人公犬丸順吉は、主人鬼塚のいいなり状態、これに強引にして貪婪な花輪兵子に振り回される。戦後の混乱期に右往左往する犬丸は四国に渡ると「本当に日本は負けたのですか?」と訊ねられるほどの桃源郷。ずるずる居着く犬丸は遠来の客を一夜妻でもてなすという山村でアヤメ(淡島千景)に出会い恋に落ちるのだが、さて。戯画化された登場人物はブラックな笑いを秘め、戦後日本人の品性の凋落ぶりを問うている。

さて、アヤメは都会では見られない(おそらく祖母から母へと伝えられた晴着の)古い黄八丈に着替えていて「さ、どうぞ、お引き(お酒を飲み干し)なせ」と酌をする。唇には日本紅が光って、髪だけは、やや洋風に束ねてあったが草双紙の絵のような風俗だった。細い目、高い鼻、やや受け口の唇が、無表情の底に、深い愁いをたたえているようで、名作の能面ではないか、と思われた。少しも刺激的ではなく、魂を引込むような魅力だった。犬丸順吉は夢のような一夜を共にする。

漱石「坊ちゃん」が名作ならば「てんやわんや」も名作の部類と思われる。中学高校の教科書に取り入れ品性を教えたらよろしい。品性のない私が勧めるのもどうかと思うが。