【警告】PC選びの落とし穴「安かろう悪かろう」で後悔したくない方へ。。R∞PCダイレクトhttps://rpc.ringrow.co.jp新品なのに不安?“安すぎるPC”の見極め術と本当に買っていいモデル2025/05/26 — 新品パソコンを安く買いたいけれど、「本当に大丈夫?」と感じたことはありませんか?この記事では、3万円〜5万円で売られている“安すぎる新品PC”の見極めポイントをプロ視点で徹底解説。避けるべき仕様・注意点から、逆に“買っていい構成”まで、初心者でも安心して選べる実用情報をお届けします。今買うならこの1台という ...AI による概要+6新品格安ノートパソコンの「からくり」は、主に性能を抑えた部品(低速CPU、少メモリ、eMMCストレージ)の使用、型落ちモデル、販路の工夫(BTO、直販)、サポート体制の簡略化などでコストを削減している点にあり、特に5万円以下の製品では性能不足やバッテリー、サポート面で妥協が必要な場合が多いですが、型落ちやアウトレット品、特定のメーカー(Lenovo, HPなど)なら性能と価格のバランスが良い製品も見つかります。 格安品の主な「からくり」(コストダウンの理由)低性能パーツの採用: 処理速度の遅いCPU(Celeron、Pentiumなど)、メモリ4GB、安価なeMMCストレージで価格を抑える。型落ちモデル: 最新モデルの発売で在庫になった旧型モデルを安く販売。販路の最適化: BTO(受注生産)やメーカー直販で中間マージンを削減。サポートの簡略化: 海外メーカーやノーブランド品は、日本語サポートが薄かったり、修理に時間がかかったりする。OSの制限: Windows 11の「Sモード」など、機能が制限されたバージョンが搭載されている場合がある。本体・部品の品質: 安価なバッテリーや筐体素材が使われ、バッテリー持ちが悪かったり、耐久性が低かったりする。 失敗しないためのチェックポイントCPU: N100以上の性能、または型落ちでもCore iシリーズなどの実用的なものを選ぶ。メモリ: 8GB以上が快適。4GBは避ける。ストレージ: SSD搭載(eMMCではなく)、できれば256GB以上。サポート: 国内メーカーや大手メーカー(Lenovo, HP, ドスパラなど)ならサポートが期待できる。バッテリー: 持ち時間を確認する。 賢く買うならアウトレット・リファービッシュ品: 展示品や返品されたものを整備して安く販売。状態が良く保証付きのものも多い。セール時期: 3月末~4月、年末などが狙い目。 安価な新品には魅力がありますが、快適に使うにはスペックの見極めが重要で、妥協すべき点とそうでない点を見極めることが「からくり」を理解する上で大切です。新品なのに不安?“安すぎるPC”の見極め術と本当に買っていいモデル2025/05/25 — 5. まとめ|「安い」は武器だが、「選び方」を知らなければ失敗する * 「安すぎる新品パソコン」にありがちなNGポイント→ 型落ちCPU、eMMC、メモリ4GB...R∞PCダイレクト【なぜ安い?】5万円以下のOffice付きPCの落とし穴と、おすすめノートパソコン2025/12/28 — 価格重視の注意点 * 性能の低さ CPUやメモリ、ストレージといった主要なパーツが最低限の性能しかなく、WebやOfficeの動作が快適性に欠けます。 * バッ...Office 2024 購入ガイド知らなきゃ損!アウトレットノートパソコンのメリットデメリットを徹底解説 ノートパソコン アウトレットの基礎知識:お得になる仕組みとは? * 型落ち品:最新モデルが発売されたことで在庫が余った「旧型モデル」をセール価格で販売しているも...ドスパラ【新品は危険?】5万円以下のOffice付きPCを買う前に知っておきたい ...2025/08/27 — 5万円以下の新品PCは避けるべき * 性能の低さ CPUやメモリ、ストレージといった主要なパーツが最低限の性能しかなく、WebブラウジングやOfficeソフトの...note買ってはいけないノートパソコン10選!回避するためのコツやおすすめ ...2025/09/07 — 買ってはいけないノートパソコン10選 * 処理性能が控えめなCPUを搭載したモデル * メモリ容量が4GB以下のモデル * SSDではなくHDDのみ搭載している...www.mouse-jp.co.jp【2025年最新版】安いパソコンこそ「ちゃんと」選ぼう!5万円以下の ...ここまで紹介してきたように、安いパソコンと高いパソコンの主な違いは、 ①スペックや機能 ②本体の材質やデザイン ③ソフトウェアの有無であり/
親愛なる読者の皆様
おはようございます!
皆様、2026年、新年明けまして、おめでとうございます。昨年は、大変お世話になりましたこと、厚くお礼申し上げます!
今年は、いよいよ神国日本及び人類にとって「正念場」になると思われます!神国日本人の【集合意識】が変わる年です!否、真実に気付き、変わらないといけません!今年も「神軍候補メンバー」の最新発信情報を拡散し、人類秘蔵書『暗夜の光明』を中心に、世界最新情報の記事各種をご紹介させていただきます!
ロニの周りには、現在、使命ある「魂」が結集しつつあります!この星を地上天国に変える「神軍の天使」の皆様であられます!武器を持たない神直轄の「影武者」です!ロニのブログにご縁があられた「貴兄」もその一人かもしれません!
現在は「光と闇」の最終戦争の様相を呈していますが、光と思われた方が、実は闇落ち豹変「反キリスト」になるかもしれません!
然しながら「善と悪」二元の世界での修行を終え、肉眼の奥に眠った「心眼」を拓くのは、地球人類が、神の道、即ち「自他一如、共存共栄の神の道=大日本精神」に入ることであります!
そして、それは「世界精神」でもあります!
新年ご挨拶の最後に、人類秘蔵書「暗夜の光明」の真骨頂「神軍の教え」をご紹介させていただきます!
一、神の敵は自己心中の悪魔のみ、神に組みして汝、心中の悪魔と戦へ。
一、悪魔を征伏(せいふく)するは、神と、神に従ふ真人(しんじん)のみに得らる。人は神の子にして、神は人の味方なり。神は人を悪魔の手より救はんとして汝と戦はん。
一、一大神軍の許(もと)に団結せよ。この外(ほか)に勝利者たる途(みち)なし。此の一大神軍には敵中に味方現はれ、反する者は味方の中に敵現はる。神軍に敵はなし。神軍に反する者の銃口は己に向ふ。危ふし。危ふし。
一、一大勇猛心を以て神軍に参加せんか、忽ち万人彼の味方となる。況や一国団結して精進なさんか。忽ち暗雲去って、光明無上の理想社会足下に展開せん。
神軍リクルーター
ロニサランガヤ
2026年元旦合掌
今年、2026年は皆様がお喜びの日々を過ごせますようにお祈り申し上げます。
皆さん、こんにちは🎵ロニサランガヤでございます! ロニも、CMCペンダントC型を購入して首にかけております!また、友人から聞いたことですが!CMCの資料集をつぶさに読んだら、それが、ガンマ線の電離放射線も吸収して無害化することが判明したとのことです!
CMCペンダントC以上ならば、それが可能とのことでございます!
なので、枠珍接種された方から出ている電離放射線被曝をブロックできるようです!
また、枠珍を打たれた方も、CMCペンダントC以上を常に携帯すれば、酸化グラフィンによるベータ線の内部被曝を抑えることができるとのこと!素晴らしいですね!
CMCペンダントCタイプ内のカーボンマイクロコイル量は、0.5gです。
よって、0.5g以上の物を購入すれば正解です。皆様にもお薦めさせていただきます!

なので付け替えてみました




皆さん、こんにちは🎵ロニサランガヤでございます‼️
ロニも、CMCペンダントC型を購入して首にかけております!
また、友人から聞いたことですが!CMCの資料集をつぶさに読んだら、それが、ガンマ線の電離放射線も吸収して無害化することが判明したとのことです!
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また、枠珍を打たれた方も、CMCペンダントC以上を常に携帯すれば、酸化グラフィンによるベータ線の内部被曝を抑えることができるとのこと!素晴らしいですね!
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よって、0.5g以上の物を購入すれば正解です。皆様にもお薦めさせていただきます‼️
国民の覚醒を促す
物質科学による指導原理は
全面にわたって矛盾を生ずる
最近、新聞・雑誌・ラジオ・テレビ等で、ガンの恐ろしいことを絶えず一般に伝えているため、大衆はガン・ノイローゼにかかりつつ戦戦兢兢としている。
ガンの手術には根本的な誤りがある
しかし惜しいことに、まだガンの原因が発見されていない。そして治す方法がない。結局現在のところ、悪いところを切って捨てるより術がなく、しかも切除して必ず治るとは決まっていない。ひどいのになると二度、三度と手術し、さらに高見順という人などは、莫大な金をかけて四回も手術して、亡くなってしまった。そして恐ろしいことには、この現代医学で不治の病と言われるガンは日増しに急増している。最近、ある町会で自主的に集団検診をやったところ、百人中ガンになる恐れの注意人物が十数人出ている。このように、全部の人が危険な立場に置かれているとすると大変な問題になる。現在この病を治そうとして手術する。そして、肝心の必要な内臓を惜しげもなく切りとってしまう。甚だしい場合には、胃袋をとって食道と腸を直結してしまう。また大腸等がガンでふさがってしまうと、横腹に穴をあけて腸をつなぎ、そして排便は横腹から定期的でなく不自然に出通しに行なっている。
■流行の外科手術も方法と手腕が問題
あるいは池田前総理のように咽喉ガン等になると、手術後には咽喉としての機能を失ってしまう。そのために、鳩尾(みぞおち)に穴をあけて、食べ物を噛んで流し込まなければならない惨状である。もし、手術がうまくいったとしても、その後は、割れた陶器類を抱えているように非常に不安定で、いつ再発して死ぬか分からない。全く生きた屍(しかばね)同様である。しかも、その手術をするのには莫大な金がかかる。手術も非常手段としては肯(うなず)けるが、洋服の仕立職人にしても、あるいは料理屋の板前にしても、綺麗に仕立てができ、万人の口に賞美されるだけの一人前の名人になるには、相当の年数をかけて訓練と経験を積まなければならないということを、手術に関しても考慮する必要があるだろう。仮にドイツか英国か、あるいは米国かで、名医が治療法をいろいろ研究して、その結果成功したとする。すると現在では、もう交通通信機関が発達しているから、その治療法がいいとなると、全世界の医学界に忽ち広まっていく。しかし、たとえその治療方法を用いるにしても、洋服の仕立ての名人や一流板前と同様に、十分の経験を積み、そして確信のある者が、それをとり上げてはじめて、いくらか安心もでき、また成功するかもしれない。また仮に、その治療方法によりガンが治ったと発表して、その時は成功したように見えても、ある程度の日数が経ってみなければ本当に確実とは言えない。と言うのも、この前にも人工心臓を入れていったん成功したように新聞に報道されたが、間なしに亡くなってしまった。故に、もしその成功した方法を採用したとしても、その手術に相当な経験と手腕と自信のある人によってのみはじめてそれがなし得られる。それからまた、非常に精力の旺盛な抵抗力の強い人にそれをほどこし成功したから、誰にでも同じ結果が得られるかというと、その点も疑問である。
■貴重な生命をまかす前に医者を選べ
だから、どちらにしても、医者から診察治療を受ける場合には、その医者を先に診察して、そして信頼のできる人に治療を受けることが先決問題である。であるから、手術する時どういう方法にすればいいか、まず医者に聞いてみて、完全に責任を持って治してくれると言い得られる自信のある医者にかかることが必要であり、それが安全な方法と言える。自信が持てない、さらに、甚だしいのは、開いてみなければ分からないというような頼りない医師にかかることは、考えるのも恐ろしい。人間の大切な命は二つないのである。請け合うこともできず、自信もない医師に軽々しくかかって、そして開いてみたらもう手遅れと言われ、胃袋を取り、あるいは子宮を取ってしまったでは、後の祭りでどうにもならない。それならいっそ、手術をせずに天寿を待つ方がはるかにましである。しかし、そのような放任主義でなくとも、幸いここに、「最善最上の道」を神が残してくれてある。
■病を治すには原因を看破し善処せよ
そもそも、万病いかなる病でも、生来のものでなく生まれて後の病は、何か「神の道・自然の法則」に反した結果生理機能に障害を起こし、そして健康を損なっているのである。故にその不自然な状態を正しい自然の法則にかなった正常な状態に引き戻していけば、神の偉大な力が流入して万病がたちどころに癒される。その妨げをしているのは何が多いかというと、先祖代々からの悪因縁である。人類が発生して今日まで、いろいろの良い因縁を残してはいるが、その反面にまた悪い因縁を積み重ねてきている。その悪因縁のためにものの判断を誤って、そして正しい軌道から外れて進んでいくとき、事故災難ともなり、悪質の業病にもかかる。そして苦しみ抜いてこの世を終わっていくことになる。その「過去の悪因縁」を断つことは、人間の力でどれほど努力しても不可能である。その努力をしていること自体が狂っている。それは、過去の悪因縁によって心の鏡に曇りや歪みを生じ、ものの正しい判断ができないためである。その狂った心眼でものを判断していくときは、旅先で方角を間違えた人のように、東へ向かって行こうとしているのに北や南へ行ってしまう如く、とんでもない方向に進んでしまうことになる。すなわち恐ろしい罠にかかって、ガンにもなり結核にもなり、災難にも遭って、そして再起不能の結果に陥ってしまう。その迷い苦しんでいる様相が、そのままこの世の地獄となる。
■迷いから覚めれば地獄が極楽となる
ものはどんな良いところにいても、迷い誤り用いたら、たちどころに災いとなる。悪因縁によって、自分の心に狂いを生じてきた場合には、全部のものが正しく映らない。一つ間違えれば、どれほど重宝なものでもみな災いと変わる。ものに固定した善悪はないが、その運用の如何によって善悪が生ずる。それほど日々のことは重大な岐路に立っていると言える。それを正しく見極めて、善処する時には、現代の迷える人類が最悪の地獄のような状態から一変して、この地球上が即極楽になり、天国の境涯となる。なぜならば、この地球は天体のどの星よりも結構で、住みよい星だからである。ところが、正しい道を自力によって看破するということは殆ど不可能である。が、「非常手段」として神の配剤によって出現している、本当の神の力を体得した偉大な指導者の指揮のもとに、疑わずしてついていく時には、その軌道に従い、太陽に照らされた霜や氷が融けるように、過去の悪因縁罪障がたちどころに消滅して本然のきれいな姿となって、そしてあらゆる矛盾が解消し、この世そのままが極楽となる。
■神の声に目覚めれば何人(なんびと)も救われる
キリストや釈迦はその理想の世界をはるか天の彼方に見て、キリストは東方の天国の理想郷に父なる神を認め、釈迦は西方の浄土に阿弥陀如来を認めて、それに近よらんとした。そして霊格の高い指導者は近よらしめる道を説いて、長い間努力してきたが、時来たって今は、その信仰の目標としておった神が地上に到達して、皆が直接接することのできる好機が展開したのである。それにふれていく時には、何人(なんびと)も労せずして救われる。太陽の光に照らされて植物が生育伸長するように、智者も愚者も、年寄りも幼児も、平等に救われる時代が展開しつつある。それが神霊教である。そこに入れば、今までガンで命を落としたり、神経衰弱になったりして恐ろしい思いをし、あるいはまた生体解剖同様の悪い結果に陥らんとしている人々が、皆救われる。そして世の中には、このような憐れな人がどれほど多いか分からない。そういう人に早く神霊教を知らしめて、この偉大なる神の御光のもとに連れ立って来たならば、たちどころに、その最悪の地獄から最善の世界へと出てこられる時期が来たのである。今は皆、全世界の人々が神を見失ってしまい、一枚の紙を隔てたならば向こうの見えないような肉眼、五感の常識をもって、そして事をしようとしているところに、いまだ人類発生以来経験したことのない恐ろしい地獄相が現われてきている。この際、すべての人々が早く「神の声」に目覚めて、もう扉が開かれている新天地の世界に入ることが必要である。そのことが、この人類の終末的な悩みを救う唯一の残された道である。
大塚寛一先生
<御道話口述筆記>禁転載

皆さんこんにちは🎵
ロニサランガヤでございます‼️
今日の人類大救世主大塚寛一先生のみ教えのロニ如是我聞は下記でございます‼️
神軍リクルーターロニサランガヤ
この宇宙一切のものには必ず中心がある。いかに大きくても、また小さくても、大きければ大きいなりに、小さければ小さいなりに必ず中心点がある。
そして、宇宙にある一切萬有の中心点を一つところに集中してゆくと、そこが宇宙の中心になる。
その中心点から出発した道に、帰納統一してゆく時に、真理・神の道が現われてくる。
真の神の教えは、政治・医学・教育・その他一切のものに通じ、しかもそれらを最高の姿に導くことができるのである。したがって
ワシの教えに従うことにより、今、全世界の名医を集めても如何ともすることが出来ないガンをはじめとして、結核・脳腫瘍・小児麻痺・高血圧・脱疽・原子病・喘息・その他あらゆる業病・難病が治るのである。
環境的・経済的なもろもろの苦悩や不測の事故災難からも救われ、運命が好転する。さらに子供が生まれる時には、十五分くらいの無痛安産で健康健児を授かり、人生の最後には天寿を全うして、皆、崇高な転生ができている。
今日の人類文化は、西洋人の特徴である物質科学文化だけが驚異的に発展している。その為、人類は物心両文化の均衡を失い、破壊滅亡前夜に陥ってしまっている。
この破行的に発達した物質科学文化の欠陥を補い、それを正そうとして、急速に東洋の精神科学文化が興隆しようとしている。
そして、その物心両文化が、時計の振り子のように交互に動いて均衡がとれ、永久に働いてゆこうとしているのである。
その精神文化の最先端を切って進んでいるところが、真の日本神道の教えなのである。
したがって、人類は「夜の時代」から、共存共栄の理想社会「昼の時代」に移り変わってゆくようになるのである。
したがって、ワシの説く真理=神の道に目覚め、全国民が心眼を開いて自己本来の日本精神を再確認し、一致団結・総決起したならば、今日の暗雲を取り去ることができるのである。
そして、破壊現象を続けている今日の国家・民族を救い・守り、日本を再興させることができるようになる。
さて、日本は肇(ちょう)国(こく)以来運命付けられている精神文化を興隆させ、その「日本精神」により、物心調和の取れた世界を実現させる使命を課せられている国である。
即ち、神の道・日本精神は、暗夜に道を見失い、百鬼夜行の混乱の渦中に陥っている今日の世界人類を照らし、万民をして、今の世の中の矛盾に気づかせ、理想社会へと導く原動力なのである。
日本人の心に古来から吹き込まれている日本精神・神の道という道は、天地自然の法則に基づき、日本人はそれにより統一されてきたのである。
それは、日本人が結束する精神でもある。それゆえ、長い間日本民族の間に受け継がれて来た忠孝の道、親は子を大切にし、子は親に孝行を尽くす。そして親子一体、夫婦一体、国家と国民が一体の生き方、すなわち日本精神に従ってゆくことにより、共存共栄が得られる道なのである。
つまり日本民族の一貫した流れの中に、秩序整然とした理法がある。その長い間に出来上がった秩序、精神が、日本精神といえる。日本の家族制度というものは、人為的でなく、自然に発達した実にすぐれた合理的な組織である。
だから各家庭にあっては、親がいかに年を取り力を失い、また無学であり、子がいかに若くて勢力があり、学問をしていても、親は親としてどこまでも立ててゆく習慣が昔から残っていたのである。
開国の祖・国家の中心も、またそれと同様に立ててきて、そこに偉大なる団結力が生まれ、今日まで進んできたのである。
蜜蜂は昔も今も少しも変わりなく、女王蜂を中心に秩序整然と団結している。そして虎でもライオンでも倒してしまうほどの偉大な力を持っている。このことを見ても、精神的団結ということが如何に偉大な力を発揮するかということがわかる。
その肝心な精神的団結を、今日の日本人は失ってしまった。そして、大和(やまと)心(ごころ)・日本(やまと)魂(だましい)という最も立派な自国の精神を忘れ、新しい外国の思想にとらわれている。
日本精神は世界精神でもある。だから真の日本精神に立脚してゆくと、世界のいずこの人とも円満に共存共栄してゆくことができるようになる。
一輪の花は、雌しべ、雄しべ、花弁、ガクにより成り立っているが、みな同じ目的に向かって働いているのであって、別々の目的を持っていない。中心の雌しべを全部のものが守り、その雌しべの中に秘められている永遠の生命を受け継ぎ発展させるところに目的があるのである。これは全人類にも同じことがいえるのである。
ところが、日本に長い間伝わっている日本精神、つまり国家民族の中心としての皇室、一家の中心としての親、そして年寄りを大切にし、尊敬してゆくという気風により、他国が模倣することのできない偉大な団結力があったということを、日本人自身が忘れてしまっている。そして、他国により押し付けられた民主主義・主権在民によって、皇室を無視し、多数決によって事を運ぼうとしているが為に、扇子の要が無くなったような状態に陥ってしまった。
それゆえ、日本人は根本をはっきり見出して、即刻日本本来の姿に立ち戻らなければならない。そこに他国が犯すことのできない偉大な力が生まれるのである。
この際、一億国民が真の日本精神に目覚め、一切の私利私欲を捨てて立ちああり、欧米物質科学文化の欠陥を補ってゆけば、今の物質文化が、真に人類を益する文化となり、人類は神の道にかなった本来の正しい姿に立ち返るようになる。
そして、我々の祖先が、過去に営々と励んできた努力が有意義に実を結び、子孫が永遠に発展できる素晴らしい社会を築くことができるのである。
また共存共栄の大和(だいわ)の精神によって、世界の「廃藩置県」が断行され、世界が一つになって、人類が世の初めより求めて得られなかった「共存共栄の理想社会」を建設することができるのである。にもかかわらず、いまだに多くの人々はこの警鐘に目覚めず、放心状態に陥っているが、これに勝る憂いはない、坐して滅亡を招くか、起ちて永遠の発展を求めるかにかかっている。
その昼の時代を導く精神科学の最高指導理法が、昔から太陽を意味する国旗「日の丸」で象徴されているように、日本の国に引き継がれているのである。そして、今まさに、その日の丸が東の水平線上から出て、非常な勢いで昇りつつある。
その昼の時代の最高指導理法、真の神の教えが、日本中に知れ渡ってゆくと、国民は喜んで合流してくる。そして日本人が神の道・日本精神によって一体化するとき、共存共栄の社会が実現するのである。
それゆえ、何一つとして完全な指導理法がなく、混乱を続けている全世界の人々に、真の神の教えを一日も早く知らしめることが必要である。全帰依者が誇りと権威を持ってその教えを充分腹に入れ、積極的に周囲の人達を教え導いて行ったなら、すばらしい効果を上げることは間違いない。そうすれば初めて今日の重大な国難を突破することができる。
加えて真の神の教えが全世界に広まるようになる。そうして全人類が長い間願い求めながら実現できなかった理想社会が出現する。
わしの言うことは総ての人が願い求めてきた大理想を実現する前例のない教えなのである。
その最高・最善の教えが、東西文化の大転換期に、しかも日本の国に出現したということは大自然の摂理である。
ゆえに、この神の道を大いに伝え広め、全世界に知らしめることは、日本人の、なかんずく全信者の重大責務なのである。そして真の日本精神、即ち神の道が、全世界に波及したならば、この世から戦争がなくなるようになる。
その共存共栄の指導理法を持って最先端を切って進んでいるのが真の日本神道なのである。
であるから、帰依者はより大きな誇りと確信をもって頑張ることが必要である。自身の為であり、日本の為であり、ひいては世界全人類の為であるから、何をおいても即刻立ち上がり、天理の法則から生まれた真の日本精神を体して、勇往猛進することが大切である。
(下記は、信者ではない友人マイケル様のブログから引用でございます。尚、ロニは団体への勧誘は致しておりませんので、あしからず。ご自分でご判断願います。神界佇立の大塚寛一先生に貴方の祈りが届けば、奇蹟現象を体験させていただけます。実証を見てから、ご判断願います。)
http://blog.livedoor.jp/mysticart/archives/1820026.html
みなさん、おはようございます。今朝の人類の大救世主:現人神大塚寛一先生のみ教えのロニ如是我聞は下記でございます。「心の眼」で拝読されてくださいませ。大塚先生は1891年神国日本の四国阿波(あわ)にご降臨され、1972年に「神の座」にお戻りになられましたが、皆さまの心が神界に佇立される大塚寛一先生に通じますれば、素晴らしい幸福がもたらされると確信しております。下記は如是我聞ですが、大塚先生の教えの多くの原文は国会図書館へいきますと「鶏鳴新聞」(1984-1993)「神霊時報」(1984-2014)という2つの新聞で過去数十年の多くの教え原文を閲覧することができますことも申し添えさせていただきます。
☆国民の覚醒を促す
自己の誇りを失った民族は地上から消滅する
□無批判的な模倣は奴隷化して亡ぶ
明治の頃を振り返ってみると、その初めから中期にかけては、よく、「和魂漢才」ということを言っていた。「日本魂」に、中国の聖賢の道をとり入れて、そうして、国民を指導してきている。けれども、どこまでも、日本人としての日本魂ということを中心にして、それに、他の特長をとり入れて、肥料として国民を教育してきている。そこに、明治の中期から今日までの間に世界の大国と変わらぬところまで発達してきた根源がある。
ところが次第に、物質科学文化に眩惑されて、「和魂」ということを忘れてしまい、何もかも全部が他国の模倣をするようになった。欧米の良いところもとり入れ、また、東洋の優れたところもとり入れなければならないにもかかわらず、東洋にあるものはみな時代遅れで、無価値のように思って、その特長を見逃してしまい、そうして日本本来の優れた特長までが忘れられてしまって、もう今は、世界で最も収拾のつかない混乱状態に陥ってしまっている。
☆我が国は一度の敗戦で自己を見失う
今この際、目覚めて、日本本来の姿に立ち帰らなかったら、この世界の大動揺・大転換期に際して、日本はその重大な役割を課せられながら、破滅寸前に迫ってしまっているのである。実に、これほどよい機会はないのに、これほど混乱状態に陥っている国はない。どこの国に比較してみても、現在の日本ほど、拠りどころを失っている民族は見当たらない。ベトナムのような、あの悲劇を起こしているその民族でも、焼身自殺してまでも、民族と国を守ろうとする。そこに偉大な精神力が結集して、その結果、現代の金力と、人口と、それにあらゆる兵器をもって押えようとしても、押えきれないでいるのは、その民族の結集した偉大な力によって持ちこたえているからである。それが、日本の国は外敵を待たずして、内部的にあらゆるものが対立摩擦を生じて、統一を失ってしまっている。実に恐ろしいところに入り込んでしまっている。それは、どの方面を見ても、一つとして中心点を把握しているものがなくて、みな無軌道状態になってしまっているからである。何故、そういうふうな状態になったかというと、日本の国は三千年来外敵に侵された前例がない。それがために一度戦争に敗れると、まるきり自己本来の本質を忘れてしまって、そうして夢遊病者のような具合になっている。
☆他の国民は強烈な民族の自覚を持つ
そこへゆくと中国は易姓革命。常に強い者が出て来ては天下を取り、それが満足に治まっていっているうちに太平に馴れて、そうして腐敗堕落してゆくと、また新たな者が出て征服する。それを繰り返し繰り返ししているうちに、次第次第に国民が洗練され、いかなる時にも動じないだけの訓練ができて、そうして一般の人の気づかないところに、民族の結束というものが偉大な力となっている。日本の国は惜しいことに、そういう訓練を受けていないために、収拾がつかなくなってしまっている。ユダヤ民族にしてもかつて国を失い、世界中漂泊の旅に出て、流浪に流浪を重ねている間に、次第次第に民族が結束、それとまた、自己の民族の誇りを失わないで結束している。だから、国はなくても、世界的に偉大な勢力を持っているのである。それが日本の国は、まあ言えば、温室育ちのようなふうになって来たために、国が一度大敗すると温室が破れて、吹きさらしの嵐にあって縮み上がっているようなものである。そこで、その一つの現われを見ても分かるのは、昔より中国では裁判所や、警察や、国法そのものが当てにならないかわりに、民衆全部の者が法に頼らずして、自ら自分を治めてゆく訓練ができている。それを特に感ずるのは、中国には日本以上に酒の種類がたくさんあり、特にきつい高粱酒(こうりゃんしゅ)などは、アルコールそのものである。ソ連のウォッカより強い酒である。それにその他いろいろたくさんの酒の種類があるが、自分が十年間支那大陸の満蒙から四川省と、全土にわたって歩いたが、いまだ一人の酔っぱらいも見たことがない。それは、自ら治める力を持っているからである。寺や神社にしても、落書き一つない。道を歩いて行っても、道端の木を無意味に折ったり、叩いたり、傷つけるというようなそんな軽率なやり方は見当たらない。それがひとたび、日本の兵隊が中国に踏み込んで行くと、もう、寺と言わず、お宮さんと言わずに、空いたところなしに落書きをしている。しかもそれが、自分の名前を書いたり刻み込んでしまってある。それが、自分は随分中国の奥地まで入ったが、中国人でそのような例を見たことがない。
☆商売のうえでも根本的な相違がある
商売を一つするにしても、日本人が商売をやるのと中国人がやるのとは大変な開きがある。日本は欧米ばかり模倣して、賃金値上げをしているけれども、このまま進んだら、足下に七億の中国民衆がいることを忘れてしまって、そうして、無軌道なやり方をしていると、遠からずそれが日本にとって取り返しのつかない状態に陥る恐れがある。自分たちが中国に行ったのは大正の頃であったが、当時、日本人が向こうで商売をしているやり方を見ると、仮に日本人が上海や青島、あるいは天津などで店を五軒なり十軒なり出しているとすると、その中の甲が、日本製品で目新しい売れ易い物を陳列していて、それが売れていると、乙は日本に帰って来てあちこち漁り回って、そうして、同一の物を持って来て、甲が百円で売っている物を乙は九十五円で売る。そうすると今度は丙の者がそれを見て、また内地へ帰り、探して持って来て、今度は九十円で売る。自分たちで勝手に競争して売り崩してしまう。そうして、一人一人が皆、思い思いに仕入れて来ている。ところが、中国人の方は日本品を買うのに、大阪の川口なら川口にアパートのような建物を借りて、そうして山東省全体の、まず日本でいうなら商工組合みたいなものであるが(内面ははっきり分からないが)、その全体の代表者が来て、そのアパートの中の一部屋一部屋に、雑貨を仕入れる者、金物を仕入れる者、繊維製品を仕入れる者、そういうふうな者がその部屋部屋に陣取って、全体を代表して買い集め、これをまとめて船会社等に交渉して、多量に故郷の方へ送っていく。その仕入れ方がまた、日本の人が仕入れるのと違って、現金を持って、そうして日本人の何百倍ものまとまった品物を買い付ける。したがって、買いたいと思う物があると、大きな信用のあるところへ行って、数量のまとまることと現金で買うことを条件に交渉して、そこで甲のところが百円でできれば、その見本を持って乙のところへ行き、甲の店は九十五円で売るがお前のところはどうか、現金で何万ダース買うからと言って、そこが九十五円から多少でも切ると、また次々と見本を持って交渉に当たっていく。中には、金融関係で困り、高利の金を借りたりしているようなところに出くわすと、その店は商売の利潤は別として、金融のために原価スレスレか、場合によっては原価を切ってでも売るというふうにする。このようにし、ギリギリのところまで値切って、そうして持って帰る。それがどの品もみな、その筆法で買い漁っていく。それで、日本人の店と中国人の店がそこに並んでいると、日本人が皆、日本人の店へ行くよりも、隣の中国人の店で買っていく。そうすると同じ品物でも必ず値段が安い。ところが中国人や外国人、特にドイツ人などは、値段の少々ぐらいの違いは別にして、自分の国の者の店で買う。また、日本の製造会社や問屋にしても、中国人へ売るのと、内地で日本人に卸すのと大変な値段の開きがある。内地で買うのは数量が少ない上、掛け倒れ等の心配もある。それで、日本人と中国人とに売るのでは、違いが出てくる。同じ日本人なら、日本人に安く売るはずであるのに、日本人の方が高く買わされて、中国人の方が安くなる。そういうやり方をしているから、結果において大変な違いが出てくる。 (つづく)
皆さん、こんにちわ!ロ二サランガヤでございます。神軍天使マキティさんの記事
ですが、元記事は削除されていますので、その時の記事のコピペでございます!
よろしくお願い申し上げます!
神軍リクルーターロ二サランガヤ
https://www.instagram.com/reel/C2tZOBjJuyW/?igsh=MTJhczFzY3lkNWs0eA==なので覚醒させるのは容易じゃなく、今もなおTV脳マスメディア信奉者が多いのです!
この洗脳はさらに深くて厄介です!
あせる御用の悪についてDNA943に絡めて話すと、これを覚醒させるには「苦しみ」が必要なのだそうです。
『それ=意思』が本当の自分なのだそうです。言ってしまえば、覚醒しても自分が👿だったということはあり得てしまう…これが巷に蔓延る「覚者」(スピリチュアルリーダー)の正体なのですね
+
「今だけ金だけ自分だけ」
だから、現代人は意識して縄文人遺伝子を覚醒させる必要があるのだそうです。でないと弥生遺伝子に支配されて、今だけ金だけ自分だけになってしまうのです

近頃よくYAP遺伝子とDNA943番の投稿が知らないところでシェアされているのですが、↓ここが大切なので以前の投稿を再アップします。
「YAP遺伝子とDNA943」と覚醒、悟りについて!
まだ読んでない方は↓こちらの①②から読むとわかりやすいかもひらめき電球
①『闇側はYAP遺伝子を持つ日本人の覚醒を恐れている。目醒めを深めていきましょう!』(2020年9月の投稿に追記して再アップ)なぜ日本人がDSによって根絶やしにされそうになるのか?
②
『お礼と続YAP遺伝子、DNA943』
気づいてる人が増えているのかな?顕れとして出てきてる…↓嬉しいですね!尾身会長のインスタがよくトゥルーサー(陰謀論ではなく真実を伝える人)で、情報や分析が的確で覚醒者はいますが、決定的に愛が足りないという方がいます。
これは善神と繋がった=悟りとはかけ離れています。
YAP遺伝子を持っていない。
例えば、こういう人が政治活動始めるとすれば、それは野心しかないでしょう。
大切なのはここです!
DNA943が開花してもそれは「学力」の世界!
YAP遺伝子を開花させないことには「神力」は得られないという点です。
そして「神力」を得た人にはもう宗教は関係ありません。
善神と共にあるのですから。
洞察、俯瞰、達観の超人脳を手に入れても、それを今だけ金だけ自分だけの👿目的に使えばかえって神への反逆となってしまいます。
それはタテワケ最中の(終盤に近づいている)現在、地上天国をこの肉体を持って見たいなら何が何でも避けて欲しいです!
ちょっと難しいことを言いますが、
ぶっちゃけると、覚醒だけでは不十分で、悟りに至らないと、逆に社会に有害になってしまうこともあるというのとです。
真実に目覚めたはいいが、反ワ〇〇ンを伝えたいがために、『分断の罠』にひっかかってる人、たくさんいますよね!
それならYAPだけの善良な人々の方が世の中のためになるのかもしれません…
ただ、それだと学力に騙されるし、他人を助けることができない(啓蒙できない)ので「覚醒」が必要なのです。
現在のタテワケラインはここにあるのではないでしょうか!?
ワ〇〇ンを接〇しても騙された善良な人、真実を知って改心した人は救われて欲しい!
ただ、頑固に自分の誤りを認めない人、他人を押しのけて我先にと接〇した人たちはどうなるかわかりません。
これはそれこそ2年後?になってみないとわからないし、神のみぞ知ること。
それは神の閻魔帳で判断されるので表面を見てるだけではわからないのかもしれません…
レッドピル的に言うと、マトリックス(洗脳体系)の存在を意識して、そこから脱することを覚醒と呼んでいます。
マトリクスから脱すれば、DNA943が自然に働き、洞察、俯瞰、達観力が開花してくる。
それで、それを踏まえて、改心を繰り返し、悪魔エネルギーでなく善神の惟神を呼び込めれば悟りに行き着くということです。
そして悟りを得た人には宗教はそもそも関係ありません。
重要なことは「覚醒」を「悟り」と誤認する人が多いということ注意
覚醒してるかもしれないけど、悟ってない。
単なる😈神憑きになってる人いますよね…
覚醒した後変な方向に行っちゃう人とか。
おそらくほとんどの高額、拝金主義のスピリチュアルリーダーがこの類いではないでしょう。
ようつべにも思い当たる人いませんか!?
缶缶絡みの…
(もう氣づいた人たちも多いですね!コメ欄の目覚めがすごいキラキラ)
この偽悟りのサインがアルカイックスマイル(モナリザの微笑)なんですって!あせる?
顔は笑ってるけど目が笑ってない。
そして、これがエゴ人間には非常に魅力的に見えるのです…
① 将来帰趨すべき経済原理と統制に就(つい)て
『皇道経済』とは万物を生ぜしむる処の、普遍(ふへん)の大道の上に生まれ出(い)ずる経済が、即ち『皇道経済』である。
言い換えれば其の原理が、人為的に組織立てられたるものに非ずして、天為に従うところに出来上がる経済が皇道経済であり、そこには何等の矛盾を生ぜず、共存共栄となり、今日の如く、国の内外を通じて至る所の摩擦が、解消出来るのである。
その皇道は我国に於(おい)て最もよく行われ居るに拘わらず、其の皇道に依(よっ)て経済を合理化することをせず、将(まさ)に崩壊滅亡に瀕せる西洋の謬(あやま)れる経済を模倣して、光輝ある我が国をも混乱の禍中(かちゅう)に陥らしむることは、為政者の大いに反省すべく、国民の警戒すべき重大事である。
覇道(はどう)経済とは、五官により感受せる色相界を基本に組織立てられたる今日の経済がそれである。故に覇道経済は永遠に理想化すること難し。
如何となれば、五官に感ずる一切のものは、真実ならざるが故である。その例を一、二挙げんには、先(ま)づ色を見るに、其の色は物に在るに非ず、光に在るに非ず、目に在るに非ず、その三点の交叉したるところに初めて色を生ず。故に暗夜に色なく、聾(つんぼ)に音なし。音は空気の波動なるも、耳に聴き取り得る以外の波動は波動なるも音に非ず。その三点は常に、時と場所を変転して、マンヂの如く廻り一刻も固定することなし。斯の如く一切万有は、変転して常住することなき唯物の上に、経済の基礎を置くことは、流水面に楼閣(ろうかく)を画(えが)かんとするに異ならず。
故に今日の建設は明日の破壊材料となる。その矛盾は、経済の破綻(はたん)となり、世界人類の動乱の原因となるのである。何事も局部的に見て、判断を下(くだ)すことは実に恐るべき危険が伴う故に、皮相観に囚(とら)われず、真相を徹見して、最も易(やす)く、最も完全なる、大自然道、即ち『皇道』に復帰せしむることより他に、全き道なし。
其の『皇道』に気付かざる者の為すことは、即ち人為である故に、如何に智慧(ちえ)を絞(しぼ)り作り上げたる組織でも、その反面に必ず、影の如く不善が伴い、その不善を除かんが為に、又新たなる法網(ほうもう)を設け、遂には水も洩(もら)さぬ法網は、目は密に、糸細く、柄杓(ひしゃく)の如く、掬(すく)えども魚取れず、強いて用うれば網破れて用を為さず。故に法網は糸太く目荒きがよし。昔より鯨の網にかかる例少く、一本の銛(もり)にてよく射止めらる。国法も雑魚万疋(ひき)取らんとして、一頭の鯨を逃がすことは上策に非ず。故に国を始めんとするには、法網よりも人を選び、人を以って治めねばならぬ。万一、人を得ざる時は、法密なる程、不徳漢のみ法を悪用し、善良なる国法遵守(じゅんしゅ)者を屠(ほおむ)り、得意の悪辣(あくらつ)手段を以って国家の上層に現われ、世を毒し、国民の自由を奪い、時としては国を売る逆賊行為を敢(あえ)て為す者が続出するに至る。現に欧洲諸国には種々なる形となって現われつゝあり。
然し之を対岸視することは出来ぬ。この儘(まま)進む時は自国にも亦(また)斯(かく)の如き不祥事(ふしょうじ)無しとは云い難し。故に人は人を以(もっ)て治め、已(や)むを得ざる法は、人の自由を奪うための法ならしめず、只(ただ)道に帰らしむべき法であらねばならぬ。
現在、我国の経済界を見るに、今日まで資本主義経済により、明治初年より僅か七十余年間にして、東洋の一小国が、世界最大強国の裡(うち)に伍するに至りし事は、未だ世に前例なき異常の発展である。
これは決して人為的努力のみに依(よ)るに非ず、天の時と地の利によること大なるも、特に資本主義自由経済の偉大なる力によることは、何人も否定出来ぬ事実である。
然し自由経済必ずしも、全面に亘って完全であるとは云えぬ。其の完全ならざるところに向かって我が経済界は非常な力を以って進出が出来、斯の如く発展を為し得たのであるから、其の欠点は我国にとっては必ずしも悲観材料にならぬのである。
然るに其の一部分の欠点を除かんとして、根本的改革を為すには深慮(しんりょ)を重ね、後(のち)着手せねばならぬ。目下のところ欧米諸国を見るに経済的技術に於いては我国の及ばざる国にして尚、新規なる良策を見出(い)だし得ざるに先だち、我国は大した経済的失陥なくして一大改革に着手せし其の勇気は、未だ世界に前例を見ざる所である。
然しその勇気は真の勇気にあらず。何となれば達人は当然帰結すべき所に向かって前進するものであるから何等そこに違算を生ぜず、当然為さざる可からざることを為すにとどまるのである。
然るに落着く先を見極めぬのみか、方向も立たずして出発する勇気は、勇気なるも匹夫の勇に陥るものである。現今西洋には露国を始め独伊の如く、統制経済とか国家社会主義とか、色々変わった制度があるが孰(いず)れも経済的大患に陥り、已むを得ざる非常手段である。薬や手術と云うものは、病人にのみ必要である。其の病人に用い快癒するを見て、健康なる者に手術を施し、大患に陥らしめてはならぬ。一度大患に陥らしめて後、回復せしむべく施療(せりょう)することは非常に困難である。
その困難なる国家の大手術をなし得る者は、今日迄の自由経済をより良く改革し得られる筈(はず)である。要は自由経済に非ず、統制経済に非ず、国家全体主義にも非ず、只(ただ)為政者の技倆と誠意に俟(ま)つのみである。米屋をして損する者が、綿屋をして儲(もうか)るとは限らない。米屋をして儲る者が綿屋をして儲るのが常識である。
為にせんが為の改革ほど、国民にとって此の上の迷惑はなし。真に改革すべきは皇道経済あるのみにて、現在世界に行われつゝある経済原理は孰(いず)れも完全なるものなく、その形式に趨(はし)り、制度を更(か)えることは、膝行(いざり)を追出して盲者が這入(はい)り、又盲者を追出して唖(あ)者に代わるに過ぎぬ。
其の実例は、前大戦に統制を徹底せし独逸は大敗し、今又苦境に陥りつゝある。又露国は野獣に等しく、殺戮(さつりく)に殺戮を重ね、人道上許すべからざる猛悪振を発揮して居ることは万人の等しく熟知せるところである。かゝる変則なる統制を模倣してはならぬ。斯(かく)の如く人為的に急造したるものは、外見よく見ゆるも、内面に生命なく、造花に等しくして結実しないのである。
今日迄の自由経済は不合理の如く見ゆるも、永年に亘(わた)り、必要に迫られ、自然に発達したるがため、丁度(ちょうど)谷川に水放てる如く、寸分の隙間なく進展しつゝあるのである。一見不合理の如く見ゆるところを、人為的に改革することは、水なき谷川に氷塊(ひょうかい)を移すが如く、すらすらと進行は出来得ないのである。故に自然道即ち、皇道に復帰せしむべく、統制を加える以外、小策を弄(ろう)してはならぬ。
故に統制するには、自然に順応せしむること、自然に順応せしむることは、各自の機能を充分発揮せしめ、よりよき生活に入(はい)らしむることが最高の目的であらねばならぬ。そこに真の自由があるのである。
然るに社会形態をよくせんがため、人の真の自由を奪うことは、番犬を飼うに人肉を以ってするが如きものである。又自然道を無視せるところの自由は、放縦となり綜合的見地よりすれば、自縄自縛(じじょうじばく)に他ならぬ。前記の如く前独逸の敗因、今又露独の内患に陥らんとしつゝあるを思う時、我が統制も深慮熟考の上最善の策を樹てられ度きものである。
人と云うものは、特に我が国民は、天災地変にも乱れず、東京の震災の如く益々団結し、性善を発揮し、そこに初めて『神国たる神意』が現われるのである。
事小なりと雖(いえど)も人為的に禍(わざわい)を蒙らしめたる時は不平反感の爆発せずと云い難し。露の如く、内に強制圧迫しつつ外部に当たることは、火薬を抱いて消火に向かうが如き結果となる恐れあり。
先(ま)づ統制するには、国民は国家の細胞であるから、五体たる国家を健全たらしむ可く、全身公平、平等に血液を循環せしむると同時に、分相応の活動を為さしむ可(べ)く統制あり度きものである。
一国も一身の如く、血液循環不順にして均衡を失いたるとき、国家の恐る可き病源が生ずることになる。
人は大変賢い様(よう)に見ゆるが、案外役に立たぬ場合がある。如何となれば、自分で経験した範囲と、肉眼で見える表面の皮の、半面の皮表しか見えぬ。その見えた心算(つもり)の皮表が、又至って頼りないのである。此の世で、一番永く統御して来た我が五体の病さえ、皮一枚の中を知ることが出来ぬ眼を以って、未だ世に曽(かつ)てなき、一大動揺期に遭遇(そうぐう)せる国家の大患を、大手術せんとして過去の学問に頼ることは、ちょうど酒豪が酒の味を記載せる本を、自ら味いたる経験なき者が見て、強制的に国民に強いるが如き結果となる。
人は体質により一杯の酒で酔う者と、斗酒なお辞せざる者もあり、又好むと好まざる者もあり、又良薬とも毒薬ともなる。其の時と、場所と、環境と、過去の関係で何(いず)れも国状が異なれるにも拘わらず、自国の病源を観破せずして、他人に施したる大手術を見て、自ら鈍刀を以って切断手術を為すことは、薄氷の上で小児を乱舞せしむるより危きこと百倍、病菌はその不手際なるところに指して、旱(ひ)割れせし大地に水を投ずるが如く中まで浸入し、除去することが困難となる。
現在の如く世界的非常時には、物価の高低は人智を以って予測し難き今日、人為的に価格を制定する時、急激なる世界的騰貴(とおき)を生ずれば、我が国内はそれに追随(ついずい)し得ざるため、たちどころに、内地外商の手に依り、海外へ総(あら)ゆる物資は流出し去ることは明らかである。
而して再び輸入せんとする時は、より高価なものを買わねばならぬ結果となる恐れあり。 今日にして既に必需品各種が欠乏を来たしつゝあることは、其の影響によること尠(すくな)からず。輸出は、物を金銭に替えることを目的とすることは平時の策で、此の非常戦時状態にある時は、国内により多く物資を充実すべく策を講(こう)ず可きである。
それは対外のみに限らず、国内に於いても金銭を目標に統制するよりも、国内の全機能を発揮せしめ、より多く物資を産出せしむることが、国富のもとである。
今日にして各自は生活しつつある。この上の働きは、理論抜きの利益を生ずるのである。故に国家は全国民を充分活動し得べく指揮すべきである。 活動せしむるには、価格の統制も必要であるが、働くところに利益を生ぜしむることが、より必要である。
如何に生産を奨励(しょうれい)するとも、利潤(りじゅん)なきところに生産はない。最近経済界は全面に亘って、不安情態が刻一刻と深刻化して来た。その原因は、勿論戦時のため非常なる物資の消耗(しょうもう)と手不足による原因大なるも、他に物価統制が、重大原因をなして居ることを見逃(みのが)すことは出来ぬ。自然に生ずる物価の高低は一見、不自然の如く見ゆるも徹見する時、その中に自然的に、統制されたる合理的価格が生ずるのであることを知らねばならぬ。
一体、物の価格なるものは、必要に応じて生ずるものである。故により必要なる物の不足する時、その需給の程度に応じ、充(みた)し得るところまで自然騰貴(とおき)するに従い、其の利益のあるところに自然生産力を集中し、程度以上生産過剰する時、需要家の必要程度まで下落し、自動的に調和し得られるのである。
故に、より必要なる物の不足するところに、騰貴あるは当然である。故に自然に生ずる相場は、材料の多少、手間の過不足、場所の遠近、内外情勢等一切の均衡(きんこう)を人為的以上に合理化し得られるのである。
故に物価の騰貴は生産を増進し、消費を節約せしむる結果ともなるのである。然るに人為的に、程度以上価格を抑圧(よくあつ)し又は買占め、売惜(うりおし)み等をなすことは、一少部分に囚(とら)われし小策にして、大局を謬(あやま)ること甚し。要は物の高低に非(あら)ず、よりよき物を、より多く、作り出すべく統制することが必要である。
今の経済は、個人単位の組織故、より多く産出せしむることは、より多くの利益を得せしむる可きである。一個人の破産することは、一国の損失である。一個人の富むことは、一国の富むことである。富める者は富まざる者より納税の負担力(ふたんりょく)が多いのである。如何に物価を抑制し得ても、生産が萎縮(いしゅく)しては根本目的に反することになる。非常時なるが故に、人為的統制に従えと云うことは、非常時なるが故に、水の川上に流れよと云うに異ならず。価格統制のため、外国との均衡を失い、尚輸出業者に対する特典を与(あた)える時は、純利を無視し、特典にのみ迷い、国家の損失を顧(かえり)みず、投売的輸出者の続出す恐れあり。
斯(かく)の如きは、対手国にとっては有利なるも、国民は刻々、氷の幽谷に沈まざるを得ない。戦争は必ず武器丈けでは勝てぬ。昔から腹が減っては戦(いくさ)にならぬ。
戦争は手足だけが戦って、背中は何の働きもせぬのではない。国内の民は背中の様な役割をして居るのである。背中に大きな腫物(はれもの)が出来れば手足の自由は利(き)かぬ。平和産業も無為徒食(としょく)せしむるより、働かせることが、国家の利益である。平和産業を窮(きゅう)せしめる前に、活路を与えしむべきである。
国家のために、国民を有利に導くのが、為政者(いせいしゃ)の役目である。また大なる者より、小なる者を善導する事が大切である。小なる者となって働く時の、大なる者の働きは最も強し。
川上濁れば下亦(また)濁る。其の濁りたる者を罪すれば国亡ぶ。心善なりと雖(いえど)も不明は悪に勝(ま)さる禍を生ず。
智有りと雖も、心正しからざれば、道隠れ、禍(わざわい)衆に及ぶ。自ら正しからずして、人を正さんとする事は、消火に油を用うるが如し。
奪う所に隠れ、与うる所に現わる。民の為に図(はか)る時、国富む。国を思い民を思わざる者は、氷の中に火を求むるが如し。
大塚寛一先生