皆様、おはようございます❗5月18日は、人類大救世主大塚寛一先生『御神座54年祭』が、奥多摩の聖地万寿山で執り行なわれます!ロニは参拝できませんので、謹んで自宅で感謝の参拝をさせていただきます!

毎年『5月18日』は、人類にとって大変、大切な記念日であり、将来的には、全人類が、感謝を捧げる日となることでしょう❗

人類の大救世主大塚寛一先生が、この星に降臨された81年15日間を終えられて、元の「神の座」に戻られた日でございます。

大塚寛一先生は、その年のお正月にも下記「昇天偈」を詩歌にされておられましたが、ご神座される最後の神行事の式典にて、下記をお話されたそうです。


「わしは、今度アメリカに行って来る。現在のアメリカの指導者には、一貫した指導原理がないので、わしが、行って筋金を入れてくる。」と!


そこで、ご配偶であられた大塚國惠先生が「では、私も一緒に、お供させていただきます❗」と言われましたが、大塚寛一先生は


「いや、今回はわし一人で行く。」と言われ、ご自分が『神の座』に戻られることを、預言されたのでございます。


このことは「御神座」(ごしんざ) と呼ばれ『神の座』に戻られたことを意味します。81歳であられました。生前、多数の人々を、大安楽往生「崇高な転生」をさせていた大塚寛一先生は、自らの往生の時におかれまして、想像を絶する神々しさ(こうごうしさ)を表しました。ご逝去の後、そのご尊体を正式に安置する準備が整うまでに、翌年2月6日までを要しました。そして、(その間の)真夏を挟んだ約9か月間においても、大塚先生のご尊体は、少しも変わることなく艶々(つやつや)として、温かく、柔らかでした。


こうして大塚寛一先生は、地上での聖業を終え、より大きな御業(みわざ)をなされる為に、天に帰られたのでございます。


それは、終わりではなく、地球人類の「新しい段階」の輝かしい始まりでした。


下記は、神の座に戻られるお正月に、弟様である大塚保太郎様にその『ご心境』をお話しになり、大塚保太郎様が代筆されたと、聞いております。下記、心の眼でご拝読され、「真の神」の深淵なる「お言葉」を、心で拝読されてくださいませ!


ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 



(昇天偈しょうてんげ) 

白雲峯遊仙   

われ大宇(だいう)、
大宇われ、常に湛然(たんぜん)として
不増不滅、
動静一如、
因果一体、
萬物を看(み)る他物にあらず。

而してわれ、中に
一点の小われをいだいて
即一不離、
大小離著(りちゃく)
自在融通無礙(ゆうずうむげ)。

ここに於て、雲霧をひらいて白日を見る。

噫々(ああ)感涙
ぼうだ、歓喜湧く。合掌 

昭和四七年 元旦 謹書


ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 1973年2月6日、人類の聖地奥多摩万寿山にて、大塚寛一先生の『ご神座祭』が厳かに、執り行われたそうです。


その日、大塚寛一先生の『神の座へのお旅立ち』を惜しむかのように、小鳥達がさえずり、可愛い虫達は哭き、万寿山には、爽やかな風が吹き、木々が揺れ動いたのでございます!厳かな『ご式典』で、万物がハーモナイズされたそうです!


また、厳粛なお式典が終了後、万寿山全山に、『得も言われない芳香』が漂ったと、ロニは参列された方からお聞きしたのでございます。


下記が世界のメッカに将来なる奥多摩万寿山の概要です。なお、この記事では、団体名も開示しておりますが、ロニは、団体への勧誘は致しておりませんので、あしからず❗あくまでもボランティア発信にて、大塚寛一先生に救われた感謝の実行でございます。

神軍リクルーターロニサランガヤ


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■御開教

 真の日本神道である宗教法人・神霊教は大塚寛一先生によって、万有顕現の原動力である宇宙精神を御祭神とし、その神号を神霊大神とお定めになり、昭和22年2月11日、日本建国の佳節を期して、兵庫県西宮市の現御本部所在の地において、厳そかに開教されました。


■信仰対象

神霊教の信仰対象は、大塚寛一先生であられます。大塚寛一先生は御生まれながらにして、宇宙の根本理法(宇宙精神)を御体得せられ、主動的に無数の驚異的大奇跡を現わされておられます。宇宙精神は即、神霊大神であり、また大塚寛一先生の御精神です。従って、大塚寛一先生は“実在の神”であらせられます。


■降臨閣

聖地・万寿山の中央にそびえる降臨閣は、昭和40年5月3日大塚寛一先生御生誕の佳き日に竣工し、その内奥には神霊教の中心信仰対象であらせられる大塚寛一先生の等身大の御姿の像が御入魂のうえ鎮座ましましています。


■神の妙音

降臨閣の参道に立って拍手を打つと「きゅっきゅっ」という、日光の“鳴き竜”に似た妙音が響きます。日光の鳴き竜は天井や壁に仕掛けがありますが、ここは青空の下ですから誠に不思議です。また山びこでもありません。しかし、参道から外ずれた位置では、妙音が聞こえません。このことはすなわち、神の道(参道)に正しく従う人にのみ御救済があり、道から外ずれるときは御守護がなくなることの御神示と思われます。


■御入魂

昭和40年5月3日未明、即ち
大塚寛一先生御誕生の日の同時刻に御入魂の儀が執り行なわれ、同儀式、御終了後から前記“神の妙音”が響くようになりました。


■境内

万寿山を南北に貫く旧街道のいただきを万寿峠といいます。御神域は、この街道を挟んで東西にまたがり、その広さおよそ5万坪。所在は東京都西多摩郡秋多町です。山麓には多摩の清流が延々とつづき、関東平野を一望のもとに眺望する多摩丘陵一番の高所であって、よく晴れた日は富士の霊峰が雄姿を見せ、秩父連峰も見渡せる景勝地です。



■御開発の経緯
大塚寛一先生におかれましては昭和34年ごろ、かねてから東京近在に教団の霊地建設のため広大な土地を探し求められていましたが、たまたま神霊教の奇跡を耳にし訪れた東京新聞記者クラブの一記者が、西多摩の有力者並木都議を紹介したので、ある一日、大塚寛一先生には西多摩の景勝を御散策がてら並木氏宅に立ち寄られると、すでに3年前に物故されており、その未亡人には、同じ三多摩の有力者で羽村町に住む羽村五作氏を紹介された。そこで同氏に御希望を述べられたその御対話の中で、青梅市に住む熱心な信者の岩田佐一氏(ワサビ製造で有名な青梅の有力者)の名が出たので羽村氏は、御対話が終わったその足で、すぐ岩田氏を訪れて神霊教をたしかめてから協力を約した。それより話は進展して、両氏の献身的努力の結果、当山の御開発に至ったのでありますが、その間、秋多町多西に住む有力者、竹内伝之助氏が、数十名に及ぶ当時の地主のとりまとめに努力された功労もまた大きく、かくて神霊教の聖地と定まった当山は、昭和38年2月11日御開教記念祭の佳き日にめでたく地鎮祭の運びとなり、当日は、都内有力者・地元名士の来賓200余名、並びに信者代表300名が参列して「鍬入れの儀式」が厳粛、盛大に執り行なわれたのでございます。


■地鎮祭に瑞祥

この日万寿山をとり囲む山々は次第に雲烟(うんえん)に閉ざされ視界より没し、嫋々(じょうじょう)と天と地を去来、渦巻き立ちこもる霊気の中に、万寿山は忽然と雲上に浮かぶが如き奇跡の光見を呈しました。そのとき大塚寛一先生が壇上にお立ちになるや、御背後の上空はにわかに雲晴れて、御神鏡の如き日輪現われ、燦々と光輝を放つ瑞祥が起こりました。また御式典がすすみ、大塚寛一先生が厳そかに“修祓の御儀”執り行なわれるや、浄め給う玉串より御神水が散るごとく、天空よりパラパラと数滴の雨、山上に落つ。昔から「棟上げ鍬入れに欲しきは三粒の雨」という言葉そのままに再度の瑞祥が現われたのでございます。


■万寿山のいわれ

万寿山の古い地主であり、昭和40年東京都で最年長者(101歳)として表彰された秋多町の坂本彦右衛門氏の話によると、「徳川の初期、支那の高僧が随員を伴って日光東照宮参詣の途中、この山道にさしかかると不思議な霊気を感じ、あまつさえ支那の国花である蘭がこの山にだけ咲き乱れ、それも非常に珍しい種類なのでその神秘にうたれ、暫くこの地に逗留し、やがて立ち去るとき、北京にある有名な万寿山にちなんでこの山を“万寿山”と名付けた」といわれます。


■万寿峠

万寿山をほぼ南北に貫く旧街道、山道の頂上を近在の古老たちは万寿峠と呼んでいます。この旧街道は昔から八王子より青梅へ至る本道でありましたが、万寿山が神霊教の聖地に定まった後に、万寿山を迂回する隧道(トンネル)のある新道ができたので旧街道となり、かくて自然のうちに万寿山の参道ができたことも不思議なことといえます。

今一般の地図には“万地峠”とありますが、文化年間(徳川末期)の資料、新編武蔵風土記稿には“万字峠”と記載され、人によって“万路”とか“マンジ”とも書いています。これはいい伝えを聞き誤っていろいろと変わったものと思われます。


■めでたい御山

万寿山には、その名のとおり、たいへんおめでたい因縁がございます。前記、坂本彦右衛門翁(101歳)の長命もさることながら、その後、地主となった人々に長寿者がたいへん多く、その昔はある神主さんの持ち山であって、その人は三人兄弟でしたが、皆そろって90歳以上の長命であったというお話が伝わっています。また万寿山の近在の方々は他の土地と比べ、老人会々員さんが圧倒的に多いということも、まことにめでたいお話です。


■奇蹟の数々

万寿山が神霊教の聖地と定められてからは、現神人大塚寛一先生の御神光は全山に満ち溢れております。したがって御山での行事に参列し、あるいは御奉仕や錬成に参加した信者たちは、それぞれ不思議な体験、大きなお陰を頂戴し、その数は枚挙にいとまがありません。

さて、今日は、特別に大塚寛一先生の貴重な御教えの「ロニ如是我聞」を下記ご紹介させていただきます!


ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)



昭和29年5月9日の柳原白蓮、金川文楽との座談会より抜粋!


◎「陽の宗教」により、キリスト以上の奇蹟で皆救われる!

「これからは世界が一変してくる。今までは夜の時代であった。これから人類は、昼の時代に大転換する。昼と夜の境の時に、一つになる。そこの木を見ても分かる。木は、地下の間は、いくつにも分かれている。上に出る時に、一つにまとまるのである!」

「今までの宗教は、皆、陰の宗教である。ただ日本の神道だけが、陽の宗教である。これからの人類の宗教は日本神道である。陽の宗教は、夜の時代には発展しなかったのである!」

「過去の宗教は皆、陰である。穢(けが)れや罪人の神をいうのは陰の宗教である。昼の時代になると、全部は一つになる。どの植物でも、地下から上に出る時は、皆一つになる。光明と自由の世界に出る、その時に初めて陽の宗教に変わるのである!」

「人類のこれまでの夜の時代のものは発展・解消する。わしのところに来たら、仏教も皆生きてくる。仏教は現世よりも来世に重きを置いている。ところが、お坊さんそのものが地獄へ行っている。わしのところへ来たら、皆極楽へ行けるのである。キリスト教も、わしのところに来たら、キリスト以上の奇蹟で皆救われる。神道の方でも、わしのように現代的な説明をしている研究者は、ほとんどいない。原理を把握している人は、ほとんどいないのである!」

神軍リクルーター ロニサランガヤ合掌




 

 



 

 



 

 



 

 



 

 



我が社の売れ筋商品に

「茶麹」というサプリメントが

あります。今回は、この商品の

開発物語を書かせて

いただきます。


山元正博博士に宮崎の養豚家さん

からの相談でした。


「茶葉を豚の飼料にしたら

豚が死んでしまった。

なんとかならないか」


この相談が茶麹の開発になりました。


茶カスを無毒化して豚の餌にする。


もちろん、簡単では、ありません

でした。というより難しい課題

でした。


でも、これまでの麹の知識を

活かして取り組みましたニコニコ


こちらが開発のストーリーです

飼料から始まったはずが

人のサプリメントになり、

たくさんの人に愛される

商品になりました。




 

 



 

 



 

 


 

 



 

 



こんにちは

 

表題の件。

漫画家の、美内すずえさん。

ガラスの仮面で有名です。

確か自身が中学生の時、

 

【白いかげぼうし】ゲッソリという作品を、

読み、キャー🙀本気でチビりそうにねーあせる

なったことがあって、美内すずえさんって

ホラーも描ける漫画家さん驚きひらめき電球なんだ、

と、ドキドキしながら、ホラー系?の

美内作品も読んだものでした。

 

そうこう生きていたら、

美内すずえさんが巫女体質というか、、

視え聴こえる系のかただと聞いて…

その手のおかたであることが分かって…

かなり腑に落ちた。

 

美内すずえさん作品の、

 アマテラス

ご存知でしょうか。そういう私は、

全巻読めていなくて、某ブロガー

さんの記事で、あらすじ を読み……

何巻も有る全容〜内容を垣間知った。

 

そして、5年前のこと……

世界中がコロナパンデミックへ🦠

 

私個人は、コロナ禍は

悪魔崇拝について知りたいとなって

沼ハマりの調べが開始!!真顔

悪魔崇拝について全く知らなかった

といって良い自分にショックを…

 

片目隠しの意味……ピラミッド、

666 18という数字の意味など…

 

憧れの人が、スター達が、日本でも

悪魔崇拝教の信者だったこと…

 

て、ことは⁉️そのことを考えたら、

憎悪に似た気持ちが悪魔崇拝者達に

湧いて止まらなくなった。供養を、

お願いという、声に悩まされた、

我が60年の意味が、ここにあった

のでは⁉️そのことも思うように…

 

悪魔崇拝者は、教祖の悪魔様に、

願いを叶えていただく為に、一番大事

なものを捧げる儀式に参加しなければ

いけない。生け贄を出さなければ、

いけない。そして、成功した暁には、

➖成功の報酬を悪魔様に差し出す

必要が➖

 

単なる都市伝説でも作り話でも無かった‼️

真顔そのことを知ったのがコロナ禍…

知った後、私が勝手に嫌いな芸能人

が、悪魔崇拝者リストにゾロゾロと

あって!!やはりだ、やっぱりだ、

と1人で大騒ぎしたものだ……

 

悪魔崇拝者は。ネガティヴな感情

が大好物で、世の中をネガティヴ

(絶望、深い悲しみ)波動を、いかに、

引き出すか⁇信者として生きるには、

常にちゃんとやっていますPRを、

出し続け、仲間同士とサイン出し合い、

お互いの結束を固め……

 

……………ムキー………………

 

この前置きをお伝えした後に、

お伝えしたい、この記事内容。

 

311 東日本大震災 

 

2025 

7/5大災害 

 

この2つの 予言ですが…

 

悪魔軍残党は、神軍に負けた

はらいせ に、

トカラ列島 九州、鹿児島

小規模、中規模だけでも、

ネガティヴエネルギーを欲して

いるので!!明後日の巨大地震を、

恐れている人達からのネガティヴ

エネルギー集めに躍起になっている!

のでは⁉️

 

悪魔に勝った地球人類🌏

しかし、知るべき悪魔どもの計画を…

 

美内すずえさん 漫画アマテラスの、

あらすじ の一部を下記に記載致します

 

驚きほど、現実に起きていることと

一致が……

 

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※少し抜粋しての、あらすじのお伝えです。

随所に‼️ハッキリと、悪魔崇拝者のことが

書かれています。関東大震災、富士山🗻大噴火、

日本沈没🗾についても書かれていた。

 

悪魔崇拝者たちは起こそうと決めて

予告していた。明後日の日本の大災害予言

についてですが、多くの悪魔崇拝者が、

光側連合軍に大量逮捕されていることから、、

計画倒れ、するだろう!!神は地球人、

日本人を守るだろう。

 

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➖アマテラス➖ 

あらすじの一部 

 

〜 高天原に神集いき 〜

“今度(こたび)で7度目の岩戸開きじゃ

これが最後ぞ

失敗すれば世は滅びる”

 

“なんとしても

アマテルさまに出ていただかなねば…”

 

“それには世を立て直さねばのう…”

 

“かつてのムーの過ちを

くりかえしてはならぬのじゃ”

 

「アマテラス」という言葉から、まるで神話や空想の世界の物語のようなイメージもありますが、漫画の舞台は思いっきり現代社会であり、その中でヒロインの女の子が16歳に霊的な覚醒体験をすることで、テレポーテーションや念力、遠隔透視やテレパシー能力などのいわゆる超能力である“ESP能力”が開花し、その中で太古の昔の魂の記憶も目覚め、人類と地球の救済のために与えられた重要な使命を果たすために仲間達と共に様々な展開で奮闘していきます。

 

 そして、この地球を太古の昔から支配している“大魔神軍(ハタレ)”にとって、このヒロインは絶対に覚醒させてはならない“スサの娘”の御霊(みたま)であり、彼らが目指す“計画(プロジェクト)666”を実現するためにも、ヒロインがパートナーの御霊である“牛の角王”と出会って、その后になることを全力で阻止しなければならないというのが、この漫画の大まかななあらすじです。

 

この“大魔神軍(ハタレ)”という闇の組織、漫画で描写されている指導者の姿(五芒星とコンパスと定規のマークの指輪)や組織のシンボルの“1つ目”からも、これは実際の現実世界でも存在している悪魔教崇拝者達そのものであり、世界中の首相や大統領さえもコマとして扱う彼らの中枢は、霊能力と超能力を兼ね備えたシャーマン達であることも見事なまでに忠実に描いていると思います。

 

そして、その闇の組織のメンバーの1人にコードネーム“青トカゲ”という人物がいますが、これもまた首の後ろにオリオンの三ツ星のホクロが入っており、まさにブログでも以前から伝えてきた太古の昔に地球へと降り立ったオリオンの邪神を象徴するもので、名前からも爬虫類人そのものの、いわゆるレプティリアンであります。

 

それでは、なぜこういった闇の組織が現代にも存在しているか?については、この地球の持っている過去の歴史とカルマのことなどを、ヒロインのサポーター役である男性が以下のように説明をしています。

 

「かつて人類は、光と闇にわかれて争ったことがあります。光の神軍達と闇の魔軍達…。大変な戦乱で人類はそれまでの智恵と文明と大地を失い、人口は激減しました。何よりも地球が被害を受けました。地軸がずれて極が移動。そのため、それまで正常に働いていた地球の生命エネルギーが異常をきたし、宇宙からのエネルギーとうまくかみあわなくなってしまったのです。“気”が変わり“次元”が変化してしまったのです」

 

「今、地球は岐路をむかえています。人間のおうぼうなふるまいに地球はいたみ、多くの神々をはじめ、主なる神の怒りをかっているのです。地球の人類がどう動くか、主なる神をはじめ、宇宙の多くの神々、また他の惑星に棲む、高度な意識をもつ生命体などが、今はじっとこの地球を見守っていられるのです」

 

「かつての光と闇の戦いが再び行われようとしているのです。すでに一部ではもうはじまっています」

 

日本人には、現代の“けものの世”を立て直し、この地球を支配しようとする悪魔教崇拝者達とも立ち向かう・・・正確には戦わずして“抱き参らせる”使命を持ち、平和で統合された新時代と新文明を率いることが期待されています。

 

しかし、そのことを決して許さない反勢力の悪魔教崇拝者達、漫画の中での“大魔神軍(ハタレ)”は、徹底的に日本と日本人を壊滅させることを画策しており、その中でターゲットなっているのが、やはり“富士山”であり、この富士山を噴火させることで連動する“関東大地震”をも誘発させようとしています。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

以上です

 

いかがでしょうか……

 

悪魔崇拝者たちは日本を日本人を、

壊滅させることを計画していたのでありましょう。

 

悪魔崇拝者の日本の、主犯格が誰なのかを、

日本人全員が知る日を私は、毎日、ずっと

願っています。

 

お読みいただきありがとうございました

 

 

香取玲伊奈

 

 

 


 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 皆さん…こんにちは!ロニサランガヤでございます!ロニが尊敬するサイキック漫画家美内すずえ先生は、1991年4月20日に

『宇宙神霊記』を上梓されました!何とこの日は、人類大救世主大塚寛一先生が、秘蔵書『暗夜の光明』を上梓されてから丁度、55年後なのです!

 


『暗夜の光明』の随感録には、ロニのブログのテーマである『神軍の教え』が出ており、15人の神軍大天使が登場するのですが、美内すずえ先生の『アマテラス』第1巻にも、15人の使命ある魂が出てきます!


なんという不思議なシンクロニシティでしょうか?美内すずえ先生は、神軍大天使の使命をお持ちとRoniは、確信しています!


神軍リクルーターロニサランガヤ合掌

 



ロニサランガヤは「神軍リクルーター」として「使命ある魂」をこのブログで集めて参ります。
貴方は、人類の聖地「奥多摩万寿山」への「神軍大天使入場行進」に臨む「15人の魂」の一人かもしれません!








「宇宙神霊記」 美内すずえ
「人間の幸せだけを考えないでください。地球の生命体、そのものの大きさを考えてください。すべてはつながりあっているのです。もとを正さないと、人間も生きのびることはできないのです。」

この本は初版が1991年4月20日ですから、今から30年も前に出版されています。今でこそ、次元上昇やスピリチュアルと言えば、すんなりと受け入れられる方も多いと思うのですが、当時はまだスピリチュアルという言葉も一般的ではなかったと思うので、美内すずえさんがその当時から今の状況を予言していたかのような言葉に驚きました。


この本は、「ガラスの仮面」や「アマテラス」などの作品を描かれた漫画家・美内すずえさんのスピリチュアル体験記といいますか、ご自身の霊的覚醒や宇宙神霊とのチャネリングした記録から構成され、美内さんの考えや真実が記されています。


現実とは一般に、目に見える世界のことをいいます。が、本当は、現実は目に見えない世界が含まれています。いえ、むしろ、目に見えない世界のほうがとても重要なのです。

私がこの真実を知ったのは、宇宙神霊の存在を感じ、宇宙神霊とチャネリングできたからです。

(中略)

夢で霊界へ行き、夢でいくつかの前世を知り、宇宙神霊からのメッセージを受けとる。こうしてしだいに、夢のなかには、私が今生きている現実とは違う「もう一つの現実=真実」がひそんでいることを理解するようになったのです。

美内さんがチャネリングできるようになったのは、「夢」の重要性に気づいたこと。


17歳のとき、空を飛んでいた夢。


どこか遠い国の島の全貌を空の上を飛びながら見ていました。


西洋の城らしいものが見え、そこに急降下し、回廊のあいた穴に突入しました。


そこには、体の透きとおったたくさんの幽霊が!


それが「夢」だと思っていた美内さん。


7年後、ある喫茶店で見た少年雑誌に驚きます。あのとき夢で見たまったく同じ光景が少年雑誌に載っていたのです。


その写真のタイトルが


「世界の幽霊島」


それは夢ではなく、まさしく現実だったとわかったのです。


いろんな不思議な事象が夢だと思っていた美内さん。その夢は時間が経っても、とても詳細に明確に細かい部分まで覚えていて、忘れることがなかったのだそうです。


のちのち美内さんは夢を見ていたのではなく「幽体離脱」して、その島に行ったのだとわかりました。


そんな霊的体験がいろいろあった美内さんがついに、驚異的な目覚め!霊的洗礼を受けることになります。


私を根底から揺さぶるターニング・ポイントとなったのは。霊的洗礼!日本の偉大なサイキック・パワー・スポット、天河大弁財天社での霊的洗礼でした。

(中略)

私の視線は古代のよみがえりをとらえ、意識は宇宙へ飛び、魂の躍動を実感し、ようやく開きかかっていたチャクラが天河往訪を機になんと全開したのです。

天河神社に導かれる前に訪れていた聖地がありました。


八ヶ岳の千が滝と京都の鞍馬寺です。
2箇所とも天河神社と縁がありました。


八ヶ岳の千ヶ滝は、役小角を通して、天河神社とつながっていたのです。

鞍馬寺は、なんと


鞍馬寺から南をたどって線を引くと、京都御所を通って、天理、三輪山と日本の重要地点を過ぎ、なんとあの天河神社へと結ばれるのです。

古代からの日本の中心を南北に走るクッキリとした線。宇宙の中心軸は、日本の中心線を内包し、天河神社へと結集していく。

こうした真実に、私は宇宙神霊の大きな存在を感ぜざるをえませんでした。

僕も2回天河神社に行かせていただくことができました。本当にすごく遠くて、容易には行けない聖地でした。縁がないと行けない神社であるとも本書に書かれていました。


そこで感じたのは、言葉では言い表せないのですが「違う空間」に居るような感覚でした。


僕は覚醒したとか、そんな神秘体験はまったくなかったのですが、頭がス~ッとして、身体が軽くなるような、それでいて「違う空間」に居るような、日常では体感できないような気持ちになったことは確かです。


美内さんは「ここで感覚を研ぎ澄まされたのだなぁ~」と考えながら、しばらく椅子にすわって目を閉じました。


天河神社で感じたこと、考えたことを踏まえて、本書の印象に残った言葉を何度も自分の心の中に響かせるため、以下に留めておきたいと思います。


現在のような貨幣経済中心の世界から、高度な精神文明が栄える新しい時代に突入するとき、地球は次元移動をすることになるでしょう。そのときこそ、ニュータイプが一致団結して、宇宙的規模の平和を実現させることができるのです。

かつて、地球は高い精神文明をもつ高次元に存在していました。しかし、今は低次元に属しています。だから、世界各地で起こってきた、そして今も起きている戦争、利益だけを考える経済、地球規模の環境破壊など、問題は山積みにされたまま。

けれど、宇宙神霊によれば、地球が低次元でいるのは一時期のことらしいのです。やがて、次元移動して、高次元の存在になるといいます。

その新しい地球のために、ニュータイプとなったあなたのパワーが必要なのです。もちろん、ニュータイプとなるには、特別な選ばれた人である必要はありません。むずかしく考えないでください。

ただ、自分自身を真に解放してあげればいいことです。そして、時期がくれば、あなたには自然に霊的覚醒が訪れることでしょう。

この「時期がくる」ということ。これには、とても重要な意味があります。

たとえば、あなたがニュータイプとして覚醒するときは、まさしく覚醒しなければならない時期が訪れているから、なのです。

もっと身近な例でいえば、ある人と友達になるとき。ある本と出会うとき。

人生において、ある選択をするとき。これらはみんな、あなたにとってそれらが必要な時期がきたということになります。すべて必然の結果なのです。

だから、すべてのものとの出会いをたいせつにしてください。もちろん、私のこの本との出会いも。

極端にいえば、私たちは、前世つまり過去の生で行ったカルマを解消していくために生きている、といっても過言ではありません。

(中略)

私たちの現在は、前世で行った善悪のカルマ(行為、行動)の必然的な結果であるというわけです。そして現世の行為の結果が、来世の運命を規定していくのです。

だれでもがもつカルマを解消していくことで、魂はクリーンになり、波動が高まるわけです、いわゆる個人の魂の成長です。これが、ニュータイプとして生まれ変わるための基本的な条件なのです。

自分の前世を知るには、他人を頼らずに、まず「内観」することが大事です。自分の内面を掘り下げていって、正直にありのままに見つめなおすのです。

あなたは今まで、友人やまわりの人たちとのかかわりで、ふと意外な自分に気づくときがありませんでしたか。そんな長所や短所を深く内観し、とくに自分が否定したい欠点を逆に見つめていくと、そこに自分の前世の断片が見えてきます。

人間の幸せだけを考えないでください。地球の生命体、そのものの大きさを考えてください。すべてはつながりあっているのです。もとを正さないと、人間も生きのびることはできないのです。神の意識が必要です。

最後に、僕がこの本で一番感銘を受けた言葉です。心の中でずっとモヤモヤと考え続けてきたことが、納得できるわかりやすい言葉で書かれています。


それは、感性を研ぎすませることにつながっていました。天から啓示を受けたような感覚でもありました。


チャネリング能力をアップするいちばんの近道は、「ひとつのことに熱中する」ことです。あなたは、そのひとつをもっていますか。

もし、まだもっていないのなら、みつけようと努力しているでしょうか。今は学校の勉強や仕事がいちばんたいせつ、と思っているのでしょうか。でも、それよりも、もっともっと大事なものがあるのです。

もちろん人にはいろいろな役目があります。数学や物理などの分野で活躍する人も、アートの方面に進む人も、それこそさまざまな人がいるでしょう。

みんな自分にふさわしい才能をもっているのです。だから、自分の役割を早く見つけることが大事なのです。

現在のあなたにとってたいせつなことは、いろいろな世界を知ったうえで、将来をもう一度考えることではないでしょうか。

本当に好きなことは、なんだろうか?本当にやりたいことは、なんだろうか?と、自分自身に問いかけ、じっくりと考えてみてください。

(中略)

損得を考えず、好きなことに夢中になって、ひとつのことを突きつめていくこと。これが、自分の感性を研ぎすませていく結果を生みます。

そして熱中するあまりに雑念が消えさって我を忘れる、つまり自我を忘却する状態になることがあります。が、この状態こそ、チャネリングしやすい状態だといえるでしょう。

美内さんにとってその状態は、漫画を描くことでした。


漫画を創作、描くことで心がクリーンになり 「壁一枚超える」状況になったといいます。つまりこれがチャネリングしやすい状況だったのですね。


自我を忘却するほど打ち込めることで感覚が研ぎ澄まされ、自然に魂が磨かれていくのです。


チャネリング自体は決してむずかしいものではありません。誤解をおそれずにいえば、心を解きはなてば、だれにでもできることです。もともと、人間だれにでも備わっている能力なのですから。

【出典】
「宇宙神霊記」 美内すずえ 学研

 





 

 

 

 

 


 

 



 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  



宇宙神霊記

今日は昨日のつづきでもあります、美内すずえさんの『宇宙神霊記』という本を紹介したいと思います。美内すずえさんと言えば『ガラスの仮面』ですよね。私は美内さんの漫画は

ほとんど読んだ事がないのですが、唯一漫画ではないこの本は、もう何度読んだでしょうか。。。1991年に出版されたようなので、もうかなり古い本なのですが、

私は4年位前に古本屋で105円の安さで手に入れました。その後、ネットで

検索してみると、どうやらもう絶版しているようで場所によっては値段も4千円以上に跳ね上がっていたり(もとは780円くらい)再出版を求める声もかなりあるようです。

そんな本を私が紹介しても、なかなか手に入らないようなので皆さんに申し訳ないの

ですが、私にとってはこの本は読むたびに『気づき』があるので、どうしても紹介したいと思います。。。

全体的な内容は、美内さんの霊的に目覚める過程が書かれています。

美内さんは幼い頃から夢で霊界へ行ったり、夢でいくつかの前世を知ったりしていました。

しだいに、夢のなかには、今生きている現実とは違う「もうひとつの現実=真実」が

ひそんでいることを理解するようになったそうです。そうして「夢」の重要性に気づき【宇宙神霊】とチャネリングするようなったそうです。

実際に夢の中である場所の上空を飛んでいる夢を見たそうなのですが、その後、旅行に行った先がまったく同じ場所だったり、フランスに旅行をした時に自分の過去世が見え追体験をしたそうです。その他にもさまざまな不思議体験をしたそうなのですが、聖地でもある長野県八ヶ岳のふもとの清里から近い千が滝→鞍馬寺→天河大弁財天社(天河神社)→富士浅間神社などを訪れるうちに、各地の神社のご神霊とコンタクトが取れるようになり、さまざまな経験を経て霊的覚醒をしていったようです。

これは美内さんの場合で一般的にはその人の目覚める時期を考慮し無理なく感受できるよう段階に、私たちにメッセージを送って来てくれているそうです。

宇宙神霊とのチャネリング内容では。。。

ピラミッドが空間のコンピューターだったことや、かつての地球に円形のピラミッドが多くあったそうです。UFOに関しては、地球の物質とバイブレーションが違い、この地球と波動を合わせないと、私たちの目に映らないようで、必要があって、私たちに姿を見せなければならない時は、地球のバイブレーションに合わせて姿を見せるそうです。

(このへん、アミのお話と似ていますよね^^)

そして聖母マリアのような宇宙神霊の存在から、「7人の救世主を、地球に降ろす」
  



と言うメッセージがあったそうで、彼らはすでに現世に生まれているのか、覚醒する前なのか、それとも地球上に降り立つ前なのかは、この本が書かれた時点では

まだメッセージを受けてないようなのですが、

美内さんいわく。。。。

「今目覚めかかっている人もしくは自分の潜在パワーに気づいていない人が、徐々に意識の覚醒を行い、波動が高くなって救世主の役割に気づき、いわばイエス・キリストと同じような役割をになうようになるのはずです。

もちろんこの7人だけがいればいいと言う事ではなく、7人の魂がいくら稼動しはじめても、こちらの受け入れ体制ができていなければ、救世主の魂に触れることはできませんから。

とても大きなエネルギー・パワーを持つ7人だから、その波動は周囲の人たちに大きな影響を与えます。彼らの波動に接して、人々の波動が高まっていく。そうすれば、

地球全体の波動も上がり、地球の次元移動ができやすくなるわけです。」のようです。

その美内さんが宇宙神霊から受け取った絵の中に、私が昨日の日記に書いた目の中に象形文字?のような文字がギッシリのビジョンと同じような絵が書かれていることに気づいたのですが、美内さんの絵は目ではなく、円形の渦の中に(かたつむりの渦のような)ギッシリと宇宙文字(象形文字と似ている)が書かれていました^^;

以上、美内さんの本の紹介をさせて頂きましたが、わたしのつたない文でうまく伝わったでしょうか??他にも色々なことが書かれていますので、是非機会があれば

読んで欲しいと思います。

そして声を大にして、美内すずえさん続編を書いて下さ~いと言いたいです^^

 









 

 

 

 

 

 

 

 

https://youtu.be/YvwjqW3Yxoc?si=h6L42q4H9tdDLNTO

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※淡路島と琵琶湖にムーの神剣と盾が眠る?

 さて、漫画「アマテラス」には他にも気になる場面がいくつかあったので、簡単にご紹介しておきますが、まずは“淡路島”“琵琶湖”に眠るムーの神剣と盾の話について。

ムーの神剣や盾の有無はわかりませんが、この半年間の間にピンポイントで、この2つの地域に訪れて特別なご神事をしていたのでとても驚きました。

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2013年は7月19日 に淡路島の紫苑之山へと登ってダビデ石の前でご神事、12月23日 には琵琶湖に行って同じ形で陰陽関係にあるダビデ石の前でご神事があり、琵琶湖と淡路島は大きさも形もほぼ同じであり、お互いの関係性が陰陽となっていることもお伝えしました。

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古事記や日本書紀によると、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冊尊(いざなみのみこと)の二神が初めに造られたのが淡路島で、その後次々に島を生み、日本の国を造られたとありますが、実はこの神話は大きな地殻変動によって淡路島が生まれたことが元となっており、実際は琵琶湖にあった陸地が吹き飛んで淡路島になったと言われています。

そのため、琵琶湖と淡路島は同じような大きさと形をしています。

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※日本列島をヨーロッパに持ってくるとスペインやポルトガルと同じ緯度

なぜ、琵琶湖のあった陸地が吹っ飛んだかといえば、それは“琵琶湖と同じ緯度”のグルッと反対側の地球の裏で地球規模の大きな大異変が発生したからです。

それは、今のポルトガルやスペイン沖の地域になり、今から13000年~15000年近く前までは、この地域にはアトランティス文明の中心地があったわけですが、ある日にこの地域へと巨大隕石(彗星)が落下して文明が滅亡したようです。

その衝突の衝撃がエネルギーや震動として地球の内部を伝わり、やがて同じ緯度の地球の反対側である琵琶湖へ届いて地表を吹き飛ばすほどの大異変をもらたし、そして淡路島が誕生したと言われています。

いずれにしても、現代の文明や日本においても淡路島と琵琶湖は大変重要な場所であり、昨年は日本の開闢に向けて突然この2つの地域に行かされる運命となりました。

今年も日本国内どこに行かされるのかわかりませんが、今のところメッセージ性の強いキーワードとして“四国”という言葉が来ており、その中でも“徳島”がやたら気になります。

恐らく2014年のどこかで四国には行くことになると思います。

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続いて、漫画の内容については触れませんが、もう1つ面白いシンクロだったのが“トルコ”という地名が「アマテラス」の中で出てくることです。

これもまた、昨年末頃に「今の予定ではトルコからイスラエル、エジプトに渡る旅が来年には始まりそうです」 とお伝えしましたが、この3カ国の中でも最初に訪れなければならない原点の場所は“トルコ”なのです。

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※左が小アララト山、右が大アララト山

トルコといえば、何といっても有名なのが「アララト山」『旧約聖書』にでてくるノアの方舟が大洪水の後に流れ着いたとされる標高5,137mの山です。

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※ノアの方舟の遺跡

しかし、このアララト山のノアの方舟伝説は、決して伝説ではないことが近年明らかになってきており、2010年には中国トルコ合同探検隊がアララト山を調査して、明らかに人工物としての巨大な木造建造物の残骸を発見しており、それらの作られた年代は今から約5000年近く前であるという調査結果も出ています。

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といっても、これらは表のニュースであって、すでにアメリカ軍などでアララト山のノアの方舟調査はだいぶ前から行われており、人工衛星やスキャンなどの近代科学を利用したところ、確かに旧約聖書に書かれた通りの設計になっている長さ150m近くの巨大な方舟がアララト山にはあることが確かめられています。

余談ですが、旧約聖書には方舟に乗った人間(実際はアヌンナキの爬虫類ハイブリッド)はノア夫妻と、3人の息子とその妻達の合計8人であったと書かれてます。

その息子はセム、ハム、ヤフェト。セムは日本人を含めたユダヤ人の祖先、ハムは黒人の祖先、ヤフェトは白人の祖先となっており、日本で使われてる「船」という漢字は“舟に8つの口”“舟に乗った8人の人”であるノアの方舟を示していると言われています。

それはさておき、我々の祖先であるセムの原点に一度戻ることが必要でもあり、早ければ今年中にトルコへと旅立つ日がやってきそうです。

エジプトもさることながらトルコも政府に対する反対デモが盛んで治安が乱れており、どうせなら落ちついた時に行きたいものですが、何せ「アマテラス」を読んでいたらバシッと“トルコ”が出てきたので、これは近々行かざるをえないのだと感じました。

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※ムーの紋章“八芒星”

そして、最後のキーワードは“ムーの紋章”のこのシンボルにある“八芒星”。昨年に伊勢と出雲の和合として“五芒星(秦氏)”“六芒星(物部氏)”の和合が達成されたので、今度は次のステップである“八芒星”になるとお伝えしてきました。

“五芒星”“六芒星”の統合を示すのが“八芒星”です。だから、今年は「八=無限」のエネルギーの中心地である“八ヶ岳”での活動をメインにして、あまり外には出ないで、この地でやるべきことを進めていきたいと思っています。

暖かい季節になったら、皆さんが来れるようなイベントを色々と企画しようと思っていますので、どうぞお楽しみに。

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※富士山本宮浅間大社

 新年あけましておめでとうございます。今年もコツコツと出来る限りはブログを更新していきますので、どうぞよろしくお付き合い下さいませ。

さて、今年の初詣は2年ぶりに静岡県の富士宮市にある“富士山本宮浅間大社”へと参拝してきました。

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※富士山の鬼門(艮=うしとら)は不二阿祖山太神宮、裏鬼門(坤=ひつじさる)は富士山本宮浅間大社

この“富士山本宮浅間大社”は、富士山麓を中心に全国に1,300社ある浅間神社の総本宮であり、そして富士山を守る2つの要の神社のうちの1つです。

1つは鬼門(艮=うしとら)を守る“不二阿祖山太神宮”であり、もう1つが、この裏鬼門(坤=ひつじさる)を守る“富士山本宮浅間大社”です。

今年は箱根や伊豆方面も含む富士火山帯が少し活動を強めそうな感覚があり、まずは富士山の噴火を鎮める女神「木花咲耶姫命様」へとご挨拶に行ってきました。

昨年末にお伝えしましたが、今年は宇宙の天体の動きも大荒れで地球も“揺れる”一年になると思いますので、まずは地震などの災害には十分にご注意頂けたらと思います。

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※2014年1月のシャク暦

ということで、改めて今年1月の“シャク暦”を確認すると、元旦からトリガー日が続いており、上旬では本日と4日、6~8日が地震などの要注意日となっております。

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そして、案の定“太陽フレア”の活動が激しくなってきており、元旦の6時45分にM6.4、本日未明にはM9.9の規模の大きな太陽フレアが発生しています。

これから地球へ到達するモノポール(磁気)が増加し、マントルを刺激することになるでしょう。地震だけに限らず、他の異常気象や体調不良にもご注意ください。

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※一年間で地球が太陽に最も近づく地球近日点は1月4日

またFacebookでは先にお伝えしましたが、毎年1月というのは比較的地震が発生しやすい月であります。

その理由の1つとして、地球と太陽の配置が関係しており、特に1月の上旬は1年で最も地球が太陽に近い日(地球近日点)があります。

この地球近日点前後の日にちは大変揺れやすく、過去毎年連続で1月5日頃までに“マグニチュード7”を超える大きな地震が世界各地のどこかで発生しています。

地球近日点(2009.1.5):インドネシアのニューギニア島(2009.1.4)
地球近日点(2010.1.3):太平洋のソロモン諸島(2010.1.4)
地球近日点(2011.1.4):南米のアルゼンチン(2011.1.1)とチリ(2011.1.3)
地球近日点(2012.1.5):日本の鳥島近海(2012.1.1)
地球近日点(2013.1.2):アラスカのクインシャーロット諸島(2013.1.5)

今年の地球近日点は1月4日となっています。元旦の日にバヌアツでM6.6の地震がありましたが、まだM7を超える規模の大きな地震が世界各地で発生する可能性がありますので、1月上旬は世界各地で地震には要注意です。

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テレビ朝日「東京で震度6強」と誤報…訂正(読売新聞)
 31日午前10時3分頃、茨城県北部を震源とする地震があり、同県高萩市で震度5弱、日立市、常陸太田市、北茨城市で震度4を観測した。

 気象庁によると、震源の深さは10キロ、マグニチュードは5・4と推定される。

 この地震で、テレビ朝日が情報番組の放送中に数秒間、「東京で震度6強」との誤った速報を流した。ミスに気付き、キャスターが訂正した。訓練で使っているテスト画面を誤って放送したといい、同社広報部は「チェックを強化して再発防止に努めたい」とコメントしている。(転載終了)

昨年末の31日の午前に茨城県でM5.4の震度5弱の地震がありましたが、この地震発生直後にテレビ朝日が番組の中で誤った地震情報のテロップを流したそうです。

日時:30日午後7時30分
震源:東京23区
深さ:10km
規模:M7.3
震度:東京震度6強

テレビ朝日はテスト画面を誤って放送したと伝えていますが、これは単なるミスではないと思います。もしかすると、テスト用ではない来るべき本番用のテロップを事前にうっかりと流してしまったのかもしれません・・・。その本番とは、もちろん自然災害だけとは限りません。

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茨城県では、その後も群発的な余震が続いており、年末には駿河湾の地震、本日には伊豆大島近海でも地震が発生しており、首都圏を取り巻く地震活動が活発化しています。

東日本大震災ほどの大規模な地震になると、必ず事前に前震となる規模の大きな地震(M7程度)が発生すると思いますので、もし何かしらの予兆が出てきたら注意が必要となります。

いずれにしても、今年は4月までは、しばらく災害に注意すべき期間が続きそうです。それでも多くの人々が大難が小難になるよう働きかけているので、そう簡単には日本列島を動かすことはできないでしょう。




 

 



 

 



■心  の  高  原    

大  塚  遊  仙

困苦幾重(こんく・いくえ)の嚴壁を越へ、

悲喜變轉(ひき・へんてん)の迷路を渉(わた)り、獨(ひと)り心の高原に登れば、早(はや)、細草は微風(びふう)に戯(たわむ)れ、清凉(せいりょう)の氣(き)は衣(ころも)に滿(み)ち、

忽然(こつぜん)として浮世(うきよ)の事、すでに夢となる。

目路(もくろ)の限り、百草(ひゃくそう)の芳花(ほうか)錦(にしき)を延べ、―妍(けん=美しさ、色っぽさ)を競(きそ)いて我れに微笑(びしょう)せんとすれば、

小鳥は嬉々(きき)と遊樂(ゆうらく)を恣(し/ほしいまま)にして、

交響(こうきょう)の綾(あや)は我が心を洋々の天涯(てんがい=空のはて)に

誘(さそ)はんとす。

身を横(よこた)へて草上(そうじょう)の人となれば、笑(わら)ふに笑(わらう)べき變事(へんじ)なく、泣(な)くに泣(な)くべき憂事(ゆうじ)なし。只(ただ)千歳(せんざい/ちとせ=長い年月)の永き、幾萬方(いくまんぽう)の廣(ひろ)きを見る。

悠々(ゆうゆう=遠くはるかなさま、限りなく続くさま)たるこれ過(すぎ)るものなく、蕩々(とうとう=広く大きいさま)たる亦(また)比(ひ)なし。

白雲(はくうん)の頭上(ずじょう)を行くを見れば、天人(てんにん)の舞踊(ぶよう)するかと見へ、遙(はる)かに溪聲(けいせい)の風に乘(の)るを聞けば、

遊仙(ゆうせん=神仙の世界で遊ぶこと)の樂(がく=音楽)を弄(もてあそ)ぶかと怪(あや)しまる。

語るに人無けれど、

對山(たいざん)われに翠綠(すいりょく=みどり色)の衣(ころも)をつけて、不動無憂(ふどう・むゆう)の妙法哲理(みょうほう・てつり)を私語す。

寂寥(せきりょう=ひっそりとしてものさびしいさま)徒然(とぜん/つれづれ=ものさびしくしていること)何方(いずかた/どちら)にもなし。

臂(ひじ)を枕にして、

大地の廻(めぐ)るに從(したが)つて眠り、

再び大地の廻るに隨(したが)つて朝を拜(はい)す

あゝ高原永久に花かほり、

靜謐(せいひつ=しずかでおだやかなこと)限りなし。


只(ただ)長恨(ちょうこん)す。友皆(ともみな)名利(みょうり)に急にして、招(まね)けども來(きた)らず、溪水(けいすい)を汲んで共に、

不死永存(ふし・えいぞん)の、法樂法談(ほうらく・ほうだん)を交(ま)じへ、遊ばんとせざるを如何(いかん)せん。

心の高原夢豊かなり、亦樂盡(つ)きず。

噫(ああ)!!

                  (昭和二十四年六月二十三日 於 貴船山上)


■聖 華 の 歌


人々よ、唯物(ゆいぶつ)の夢を破れ


今や世界は、世紀の目醒(めざ)めに迫られてゐる


あれ聞け。


聲(こえ)なき聲の警鐘は、山に海に町に村に、轟(とどろ)き渡つて來る。


轉換(てんかん)の今日


昨日までの一切は、もう用に立ちがたい


新しい冀(こいねが)ふ、明日への大平和の行進には、


新しい原理と光がさゝねばならぬ


人々よ來たれ


新しき高き我が眞理(しんり)の旗の下に。


そして共に行かん、明日の大平和の ……


聖華(せいか)匂(にお)ふ丘の上に ……。 







 

 



 

 


■雜草と神の使者

梅雨の爲(た)め、庭の隅々(すみずみ)に、雜草(ざっそう)が生(は)え繁(しげ)つて鬱陶(うっとう)しいので、雨上りの朝早くを雜草抜きにかゝる。

尺餘(しゃくあまり)に延びた叢(くさむら)の中に、三寸位(さんずんくらい)の朝顔の苗が、見つかった。

これはべつだん、こゝへ蒔いたわけではない。

が、もうじき、眞夏(まなつ)も程近い、その頃までには、この苗が蔓(つる)を延ばして、板壁に這(は)ひ廣(ひろ)がり、朝々、凉しく美しい花を咲かせることであろう。その花の咲いた樣子が、今からなんとなく嬉しく腦裡(のうり)に、自然と描き出される。

それで、そつとその朝顔の苗の三、四本を、痛めぬよう注意して、周圍(しゅうい)に取りふさいだ雜草をきれいに除(のぞ)いて仕まつた。

そうするとふとこんなことが浮んで來た。

不用のものは棄(す)てられ、有用のものは殘(のこ)さると―

自分にとつて見れば、朝顔の苗は、特別の存在に見へ、外(ほか)のは雜草に見へる。雜草からいへば、同じ朝顔も平等の存在であろう。

だが、庭をふさぎ、人の心を鬱陶(うっとう)しくするより外(ほか)に何にもならぬ存在は、雜草と名づけられて、容赦(ようしゃ)なく棄(す)て去られる。

人間も亦(また)之(こ)れと異(ことな)る筈(はず)はない。

では棄て去り得ぬ人間として、此の世で一ばん貴い存在はなんであろう、と考へた。

それは「神の使者」であらねばならぬと思ふ。

社會にも數限(かずかぎ)りなく雜草的存在がある。

そして、此の世界的、いはば梅雨的情勢でそれが益々繁茂(はんも)しつゝある。

この時、誠に一本の朝顔が貴い。

社會に潤(うるお)ひを送り、喜びの幸音を傳(つた)へる、神の使者なる、一本の朝顔がほしい。

千萬億劫年(せんまんおくごうねん)の間に於(おい)て、人身を得た事は、誠に感銘事(かんめいじ)である。この生を、抜き棄てられる雜草とならぬことこそ、肝要(かんよう)であろう。

神の使徒(しと)となつてこそ、生の意義は初めて、認められよう。  遊  仙  述







 

 



 

 


靈 觀 錄(れいかんろく)

  1. 靈の不思議―念波(ねんぱ)は徹(とお)る

 それはまだ本敎會(ほんきょうかい)の前身ともいふべき、靈源閣(れいげんかく)の名によつて、大阪白髪橋際(しらがばしぎわ)に本部のあつた時であつた、その頃、大勢敎會に見へた人のうちに、宗右衛門町の一福といふお茶屋のおかみで那須といふ中年の婦人があつた。

 この人は子宮癌(しきゅうがん)で、熱心に來參(らいさん)したが、忽(たちま)ち靈驗(れいけん)があつて、さしもの固疾(こしつ)も僅(わず)かのうちに快方に向つて、本人の喜びは非常であつたが、それが、終りに暫(しばら)く見へなかつたので、敎會側(きょうかいがわ)でも、案(あん)じて居(お)つた處(ところ)、或早朝(あるそうちょう)突然、當人(とうにん)が訪れて來て、

 「ごめんやす、ごめんやす」

 と勢ひのいゝ大阪なまりの大きい聲(こえ)が玄關(げんかん)に響いた。

 聲の樣子(ようす)で早速それと勘づいて、敎會の一人が急いで奥から出て見ると、これは不思議、誰れの影も形もない。確かに、數人(すうにん)が等しく聞いた、まぎれもない、宗右衛門町の那須さんの聲であつたが、……

 念の爲め(ねんのため)に、ちょつとためらつて、四邊(しへん)を見廻(みまわ)し、きゝ耳を立てたが、何のこともない。

 さては、或ひはと、その人はある不吉さへ感じられたので、その足ですぐ、遠くない、當人(とうにん)の家を訪れて見た。


 玄關(げんかん)に立つて、取敢(とりあ)へず、奥へ聲をかけて見ると、今度は先方が驚いた、

 「まあこの早朝から何事でわざわざ……」

 と奥から出て來たのが、元氣な、ニコニコ顔の、エプロン姿の―朝炊(あさだき)の用意中と見へて―當(とう)のおかみであつた。

 「實(じつ)は只今(ただいま)これこれでしたので、氣になり、早速飛んで來たわけでした」

 がと、少々大仰(おおぎょう)であつたかナとさへ思ひつゝ由(よし)を話すと、急におかみは、謹嚴(きんげん)な表情になつて、そこへ座つて、眼に涙を浮べて、感に堪へぬ樣子であつたが、暫くしてかういつた。

 「ほんまに、不思議な勿體(もったい)ないことです、丁度その時でした。おかげを頂いたお禮(れい)を一生懸命、敎會の方に向つて、申上げてゐたのでした」と。

 丁度これと同樣(どうよう)の事實(じじつ)が、最近にもあつた、近くの岸さんといふ人が、お宅の老人の病氣平癒(へいゆ)の爲(た)め、熱心にお詣(まい)りされてゐたが、或の晩丁度十時頃であつたか、突然訪れて、玄關で、

 「御免下さい。御免下さい」

 のはつきりした、二聲を放たれた。

早速出て見ると、これも姿がない。

さてはと、敎會から、すぐに人を派(は)して見に行つて岸氏から聞いた話では、

「誠に不思議なことです。丁度その時刻老人が、痛みを訴へますので、どうぞおなほし下さるようにと念じつつ、一心に端座して敎會の方に向つて、お願ひ申してゐたのでした。丁度不思議に痛みが止(とま)つた時刻です」

とのこと。


これは朝鮮の人のことであるが、この御主人公の方が、足に至極(しごく)悪質のダツソーを患ひ、病院に入院して、とうとう手術したが、はかばかしい快方が見へず、その上痛みつづけて苦しんでゐた處(ところ)、神靈敎會の話を傳(つた)へきゝ、妻君が、早速飛んで來た。そして快癒(かいゆ)のお願ひを篤(あつ)うして、歸(か)へつて見て驚いた。

歸つて見ると、主人は、珍しく床の上に、半身を起してゐて、かういつた。

「誠に不思議なことがあるものだ、今日午(まひる)頃見知らぬ人が來て、わしの足をさすつてくれたが、それから、痛みが、うそのようにとれて樂(らく)になり、こんなに、からだを起せるようになつた」と、

「どんな人が來たか」と妻君が聞くと、

「それは黒いヒゲを長く生(は)やした、これこれの顔つきで、キモノを着た人であつた」と、

此(こ)の話で妻君は、二度ビツクリした。

先刻敎會で、逢(あ)つて來た、敎主そつくりではないか。時刻も同時刻、

妻君は、いひようもない、涙をとめどもなく流したと、―翌日の敎會に來ての報告であつた。之(こ)れを聞いて並居(なみい)る人々も、深刻な表情を餘儀(よぎ)なくさせられた。


  1. 神の國(かみのくに)へ行つた人の話

―人の魂は只淨化(じょうか)によつてのみ救はれる。淨化は淨靈(じょうれい)にふれて與(あた)へられる―

こゝに之れについて、敎主側近の人の手記をそのまゝ記載してみよう。


或る朝、大阪毎日新聞の三面に、櫻川二丁目荻田鑄工場火災、職工は大火傷(おおやけ

ど)にて病院に収容さるとの、記事に驚き、早速電話にて問ひ合せました處(ところ)、

矢張り(やはり)記事通りで間違いなく、知り合ひの荻田恭平さんのお宅でした。

 荻田さんは、郊外にお住ひがありましたが、工場が多忙の爲(た)め、監督の都合上、風邪気味ではありましたが、其(そ)の日も工場の二階に臥(ふせ)つて居りました處、

職工のカンテラの火が傍(そば)の石油罐(せきゆかん)に引火し、忽(たちま)ち火勢は、工場一面に擴(ひろ)まる騒ぎに、主人は二階からパンツ一つで飛んで來て一人で砂を運んで、懸命に消火につとめましたが、その時、附近の人々が、外部から、ドンドン消火彈(しょうかだん)を投げ込んで、消火に務めて下さいましたので、どうやら消し止めましたが、父は無理したため、とうとう肺炎を惹き起こして(ひきおこして)、今朝阿部野(あべの)の市民病院へ入院して居りますとの電話にてのお話に、私は大變(たいへん)驚きまして、敎主樣にお話いたしました處(ところ)、

 「それはお氣の毒じやが、到底助からん、氣の毒じやのう。お醫者(いしゃ)も手の施(ほどこ)しようがないだらう。あの心持(こころもち)の正しい人を助かる道がないものなら、安樂往生(あんらくおうじょう)させてやりたい。今頃(いまごろ)は見るも氣の毒な苦しみようであらう。早速お見舞ひ(おみまい)に行つて來なさい。

 とのことで私は取急ぎ(とりいそぎ)、病院へ驅(か)けつけました。荻田さんの枕頭(ちんとう)に立ちますと、苦しいなかからも、荻田さんは、

 「此のような見苦しい姿をお目にかけて恐縮です」と息も切れ切れ(きれぎれ)でした。妻君のいひますには

 「酸素吸入をするにも、夜分一睡もせず、あの通り、酸素の吸入口を右へ左へと、寸時(すんじ)もジツトして居りませんので、夜中もベツドの兩脇(りょうわき)に息子達がついてゐないと、轉(ころが)り落ちる程悶(もだ)へ苦しみます。入院した次の日には醫師から、駄目だ助からない、時間の問題だと言ひ渡されました。」

 私はその悲痛な狀影(じょうけい)と、御心情に對(たい)して、いふべき言葉に苦しみつつ、じつと聞いて居りましたが、出かけに敎主樣からいはれた通り、持參(じさん)しました、小さい氷のかけらを、お口に入れて上げました。處が誠に不思議なことですが、それが解けるのと、苦しみがピツタリ止るのと同時でした。

 そして入院して以來今まで、悶(もだ)へつゞけた病人が、嘘(うそ)のようにそれから、スヤスヤと眠つてしまひました。これを見た妻君は、大へん安堵(あんど)の色を浮べまして、

 「あんなに苦しんでゐたのが、不思議にこんなに止めて頂きまして、スヤスヤ眠る處を見ますと、何んだか元のように治る氣がします。」

 とさすがに、妻の身として希望的、願ひの切なるお心を察しまして、

 「立派な先生方が附いて居り、行き届いた處置(しょち)もして下さるのですから、あなた方は、只一心に神佛(しんぶつ/かみほとけ)の御加護を願はれましたらよろしいと思はれます」とお話しておわかれしました。

 それから五日目に、とうとう死亡通知を受けて、お氣の毒に堪(た)へませんでした。

 處(ところ)が、何と不思議(ふしぎ)なことには、それと一日おいて、又、黒枠(くろわく)の通知が參(まい)りました。そしてそれが、先日病院で、

 「看護疲れが出ぬようお身體(からだ)にお氣をつけなさいませ」といつたら

 「有りがとうございます。私はおかげで、一寸(ちょっと)も疲れません。叩(たた)いても死なないような丈夫な身體(じょうぶなからだ)ですし、それに、大勢で交代に看病してくれますので、別狀(べつじょう)はございません」

 とのことで、事實(じじつ)見かけた處も、至極(しごく)元氣でお疲れの樣子(ようす)も、異狀(いじょう)も見受けられなかつた、その妻君の死亡通知でしたから、全く驚く外(ほか)なく、疑問に堪へませんでした。

 それ等(ら)に對(たい)する、世にも不思議な解答を數日後(すうじつご)の朝早く見へられた、息子さんの報告やらお禮(れい)の話から聞かせて頂いて、誠にいゝようもない感銘(かんめい)に涵(ひた)りました。お話はかうでした。

 「先日はいろいろありがとうございました。父もお陰で最後は大安樂往生(だいあんらくおうじょう)をいたしまして、自分でも大へん有りがたくそれを自覺(じかく)しましたと見へまして、臨終間際(りんじゅうまぎわ)に、自分が死んだら、先(ま)づ第一番に、お宅様へお禮(れい)に上つて、自分の樣子を詳しくお傳(つた)へせよと申しました。それで後始末(あとしまつ)もすんで早速參(まい)りましたわけであります。」

 とくり返(か)へしくり返へし話し、

 「今度の出來事は、何樣(なによう)突發事故(とっぱつじこ)で、今まで何から何まで、仕事の事、取引き上のことは父がやつてゐましたので、あの苦しみのまゝで逝(い)かれましては、何がなんだか少しも解らず、大へんな困難に陥る處でしたので一時は、途方にくれてゐましたが、あのお見舞ひを頂き、一變(いっぺん)に樂(らく)になりましてから、三日間のうちに、仕事の事も商取引の事も、全部殘(のこ)りなく、話してくれ引き繼ぎ(ひきつぎ)、なほ今後の計畫(けいかく)方針まで、敎へてくれる等、誠に何ともいひようもございません、又、父もこれで、後になんの心殘り(こころのこり)もないと大へん安堵(あんど)いたしまして、そして、心が落ち着くと、氣がゆるんだか、一旦(いったん)安らかに息を引き取りました。

 それで一同で、いろいろと病院の手續き(てつづき)もすませ、退院準備にかゝりました。

 處が息を引き取つてから、約三時間程立つた頃でしたが、急にウーウと息を吹き返へし(ふきかえし)まして、

 「今なあ高野山へ行つたら、大法要の催中(さいちゅう)で一山(いちざん)大變(たいへん)忙しそうであつたが、わしに、今はこちらも、大多忙故(だいたぼうゆえ)、迎いに行くまで一先(ひとま)づ歸(かえ)つて居(お)りなさいと言はれたので歸(かえ)つて來たよ」

 と言ひまして、それから一時間程は變(かわ)つたこともなかつたのですが、やがて、

 「さあそろそろ準備する、私の行く處は、大へん遠い遠い處だから、脚袢(きゃはん)の紐(ひも)を固く固く結んでくれよ」といひましたので、母が、

 「あなた一人そんな遠い處へはやりません私も一緒に連れて行つて下さい」

 「いや二人一度に行つては、子供等(こどもら)が困る」

 「イエもう子供等も皆大きい、兄の方は、海軍へ行つてもう歸(かえ)つて家内も居ります。弟も見てくれます。私が居なくても、大丈夫です。是非連れて行つて下さい」

 「イヽヤいかん」

 「イヽエ連れて行つて下さい。一體(いったい)どこへ行くのですか」

 「それは非常によい處だ」

 「そんなよい處なら、一人で行かずに、私も是非連れて行つて下さい」

 こんな會話(かいわ)をしてゐましたが、やがて父は

 「あゝ高野山からお迎へが來た。見なさい、五人のうち眞中(まんなか)の方が一番お偉い方じや、お茶を上げなさい。さあ急いで御馳走(ごちそう)を拵(こしら)へるから手傳(てつど)ふてくれ」

 と枕許(まくらもと)の親類に賑(にぎ)やかに話しつつ、

 「さあ出來た、出かけるぞ、御馳走が餘(あま)り澤山(たくさん)で重たい」

 と云ひつつ息を引き取りました。

 それからお通夜の夜、夜中も過ぎ、親類の者一同も、「一休みする」といつて次の間に行きましたが、母だけは、

 「今夜は最後のお別れだから、私は此處(ここ)に休みます」といつて、そこに寢(やす)みました。

 それから、何ごともなく、休み、朝になつて行つて見ましたが、母はよく眠つて居ますので疲れたのであらうと、そのまゝにして居りましたが、九時頃になつても起(おき)る模樣(もよう)がありませんので、少ゝ(しょうしょう)氣になり、行つて搖り起して(ゆりおこして)見ようと、肩に手をかけますと、もう冷たくなつてゐました。すぐ醫師(いし)を迎へましたが、何んの反應(はんのう)もありませんでした。

 それを知つた時、普通ならば、私も悲歎(ひたん)に暮れる處(ところ)でしたでせうが、先刻(せんこく)お話の通りの病院のことがありますので、私はむしろ、母はどんなに喜んで逝(い)つたことかと、なんの悲しみも覺(おぼ)へませんでした。

 こんなわけで、父の「一番に敎主樣へ」との遺言により、取り込みを終へ先(ま)づ第一ばんにお禮(れい)に參(まい)りました次第(しだい)であります」

 と感激の涙を湛(たた)へながらのお話でした。

 この稀有(けう)な長物語りに私も思はず、何かしらついつい熱い涙を誘はれ、この感激の出來事、この感激の涙と涙こそ、こよなき供養功徳(くよう・くどく)ではあるまいかと滲み滲み(しみじみ)思ひました。

 なほ息子さんはいひました。

 「私は、病の床に父が倒れて、醫師から死の宣告を受けた時、あゝ父は、高野山にお詣りをしたいといつて、毎月積立てをしてゐた程なのに、このまゝ逝つては、誠に氣の毒だ、とそゞろ憐れ深く感じましたが、それが、こんな不思議な、大往生をいたしましたし、その上、自分としても、仕事上のこと萬事(ばんじ)詳しく聞いた上でお別れをいたしますし、何の心掛り(こころがかり)もございません」

 と不幸を重ねながらも、大變(たいへん)喜んで禮(れい)をいつて歸(か)へられました。

この樣に、少々長く交際した人は、不思議に最後になると、親戚縁者よりも、腦裏に只一人敎主様のことのみが強く、殘(のこ)るらしく、いろいろといひつゞけると聞きます。

そこに誠に目に見へぬ或(ある)、靈の糸の恐ろしい力を覺(さと)らされます。


  1. 現世と來世と二世包含(ほうがん)の人生へ

 ——人間の定命(じょうみょう)は、天にあつて致方(いたしかた)ないが、魂の淨化(じょうか)によつて、生死を越(こ)へた、美しい安らかな、崇高(すうこう)な、苦難なき無窮(むきゅう)の大界(たいかい)に遊び昇ることが許される―


 靈感(れいかん)、淨化(じょうか)の崇高な、美と清淨(せいじょう)と和氣(わき)

の前には、最早(もはや)、醜惡(しゅうあく)なる俗情(ぞくじょう)は打ち消されてし

まふ 生死さへ透過(とうか)してしまふ。眞の靈化(れいか)は人間完成の究極地である。

 最早そこには、生きる死ぬるは第二義の談となる。

 たとへ身は健康でも、その人生が罪惡と、苦惱(くのう)に終始するならば、なんで生

存の意味があらう。

 「常日頃(つねひごろ)の」淨化完成(じょうか・かんせい)は、更(さら)に望まし

く、忘れてはならないものの隨一(ずいいち)であらう。

 

 こんな靈的現象のお話は、こゝには(神靈敎會)無數(むすう)にあるが、その一部を

抄錄(しょうろく)してこゝに靈に對(たい)する、一般の關心(かんしん)を求めんと

した所以(ゆえん)である。 

かつ此の例話(れいわ)は、現在、實存(じつぞん)する人々の體驗談(たいけんだん)

の實錄(じつろく)であつて、創作でも、假想(かそう)でもない。


 このような現象は、知識的論議におかまひなく事實(じじつ)を以つて、我れ我れに嚴肅(げんしゅく)に臨(のぞ)んでゐる。

 われわれの世界は、われわれの知識や常識で思つてゐるよりも、靈妙(れいみょう)な關係(かんけい)や機能を持つてゐる。


 來世の生があるかないか人は底知れぬ謎にぶつかる。

深甚(しんじん)な意味に於(おい)て未來生(みらいせい)は確かにある。

業力(ごうりき)―その人の殘(のこ)して行く、行為、業跡(ぎょうせき)の力作用―の不滅流轉(るてん)は又、佛敎(ぶっきょう)にも説く處(ところ)である。

現世生存中の過失は又、取戻すことも出來る。しかし、生から死に轉位(てんい)する瞬間の善惡、是非は絶對(ぜったい)に訂正は許されぬ。

永久に安樂平和裡(あんらくへいわり)に開放されるか、

永久に恐怖と苦悶(くもん)の桎梏(しっこく)に入るか。

一大事がこの瞬間に決定してしまふ。

こゝに人は、常日頃(つねひごろ)靈(れい)に奉仕の心掛けを必要とする。

即ち宗敎の味讀(みどく)を必要とする。

人生社會の動靜(どうせい)の焦點(しょうてん)は歸(き)して「生死」に納まる。

「生死」の問題は宗敎の領域に屬(ぞく)する。

宗敎は「靈(れい)」から出發(しゅっぱつ)する。

そこに科學以上の超科學がある。眞理(しんり)がある。

唯物觀念(ゆいぶつかんねん)はその前に消ゆべき妖火(ようか)に過ぎぬ。


上述の荻田さん夫妻の場合は、敎主の靈感によつて、魂が清め安められ、邪念と恐怖を離れ安樂平和の至上の心境を得て、その姿が日頃信仰してゐたであらう高野山となり、僧侶となつて、心の鏡(こころのかがみ)に冩(うつ)り出したものである。


  1. 源子(げんし)文化の次に來るもの

 現在の科學文化は、五官(ごかん)の官能内(かんのうない)の文化で、それ以上の領域に立ち入ることを非文化視する。

 人間の生前、死後の問題は従(したが)つて等閑除外(とうかん・じょがい)する。

 しかし生前を持たず、死後を持たぬ人生はない。宗敎はこの三世(さんぜ)の關連(かんれん)を説き示し、因果の理法を敎へ、永世救濟(えいせいきゅうさい)を進める。

 しかして、これは假空(かくう)の方便や、觀念(かんねん)の遊戯(ゆうぎ)ではない、時の人は更(あらた)めて深く、これに省察(せいさつ)を加へるべきである。嚴肅(げんしゅく)なる事實(じじつ)であり、愼(つつし)んで死後への御用意を喚起(かんき)したい。

 現代科學文化は、驚異的躍進(きょういてき・やくしん)を遂(と)げた、しかしこれ等(ら)の領域にはさらに程遠い現況(げんきょう)である。

 であるから、現相(げんそう)にのみ止(とど)まつた、文化人には、夢想だも及ばぬ領域である。從つてこれを理由なく否定し去らうとする。甚(はなは)だ危(あやう)いかなである。死は萬人(ばんにん)必ず到來する、生兒(せいじ)は家庭のある處(ところ)必ず與(あた)へられる、此の事は深く考ふべき重大事項でなければならぬ。

 畢竟(ひっきょう)するにこれは靈(れい)の問題である。靈は萬事(ばんじ)の大宗(たいそう=おおもと)である。科學以上の大科學であり、萬人萬物(ばんにん・ばんぶつ)の出發點(しゅっぱつてん)であり、同時に歸納點(きのうてん)である。原子時代の次に當來當面(とうらいとうめん)すべき一大課題でさへある。物質文化の最高峰(さいこうほう)は、やがて、そこで必ず止揚(しよう=アウフヘーベン)されずにはいないのである。

 此の靈の開明(かいめい)によつて、始めて地上に、最高最終、最大理想の文化と平和とがもたらされるのである。

 その時蓋(けだ)し「原子」の語は「靈子(れいし)」又は「零子(れいし)」と變(へん)ずるであらう。

 如何に現代流の科學が進歩しても、平和は來ない。科學が科學の限界を自認する日に、やがて赫々(かくかく)と輝き出づる、平和の太陽たる靈の輝きは、人類に、整然と、天地必然の理を示し、理否(りひ)を判別せしめ、正邪(せいじゃ)の姿を照破(しょうは)し、一擧(いっきょ)に人類共通の一大錯覚と、迷妄(めいもう)を雲散霧消(うんさん・むしょう)せしめるであらう。

 そこに劍(けん/つるぎ)以上の、砲(ほう/つつ)以上の、爆彈(ばくだん)以上の大偉力(だいいりょく)を持つた、光明(こうみょう)はきらめくであらう。平和の礎石(そせき)は据(す)へられ、方向づけられるであらう。

 「人智」は今やすでに「揚止(止揚?)」の時期に到達した。爛熟(らんじゅく)の頂點(ちょうてん)に來た感さへある。以つて調節を誤れば轉倒破滅(てんとう・はめつ)の外(ほか)はない。

 只此處(ここ)に、虚心(きょしん)、その限界點(げんかいてん)に復し、人力を越へた、人類に先行し、人類に後存し、人類を支配する、絶對者(ぜったいしゃ)なる靈に、隨従(ずいじゅう)の誓(ちか)ひをなすべきである。

 この靈海中(れいかいちゅう)にあつて、靈を信ぜず、靈に昧(くら)きが今の科學文化である。

 靈は時空掲止(じくうけいし)、空色融如(くうしきゆうにょ)、遠近大小轉倒(えんきんだいしょうてんとう)の世界である。右(上述)の文字の意味は、現代科學の理解し得ざる領域である。超理體(ちょう・りたい)であり、越理境(えつ・りきょう)である。

 それでこゝに、本敎會に起りつつある事實(じじつ)現象を捉へて、その片鱗(へんりん)を彷彿(ほうふつ)して見たのである。

 人間の靈性(れいせい)開放こそ、次期文化建設の第一課題である。

 唯物萬能文化(ゆいぶつばんのうぶんか)の夢は、すでに、破局の最後の一線に入らんとしてゐるのである。                         (遊仙)






 

 



 

 


■我れ神のふところに在(あ)り

 

神樣(かみさま)は、人間の理想の對象(たいしょう)としての最高のものであります。

 神を知り、神を見、神を語ることは、人間として最大の倖せ(しあわせ)であります。

 ではどうしたら神樣(かみさま)を見ることが出來ませうか、それはいと易(やす)いことであります。

 神樣を見たければ、野山や庭に咲く花をごらんなさい。花々を見て、憎(にく)いと思ふ人は一人もありません。如何(いか)なる無神論者(むしんろんじゃ)も、如何なる無宗家(むしゅうか)も、物質萬能拝金家(ぶっしつばんのうはいきんか)も、皆一樣(みないちよう)に、花を愛し、花に心が柔(やわら)げられ、慰(なぐさ)められるでせう。しからば花の德(はなのとく)は、神の德(かみのとく)で、神の現はれ(かみのあらわれ)に外(ほか)なりません。

 神を信じ得ない人でも花の美は感じないわけに行きません。

 これは花の美に打たれたのではないのです。神の美(かみのび)に打たれたのです。われわれは花を通じて神を見てゐるのです。

 美しい小鳥の聲(こえ)も、松吹く天然の風の調べも、磯打つ大浪小浪(おおなみこなみ)の轟(とどろ)きも、皆、神の聲(かみのこえ)です。

 蒼(あお)い空の廣(ひろ)がりや、涯(はて)しなき大海原(おおうなばら)の面(おもて)には、廣い廣い、さし障(さわ)りない、神樣(かみさま)の大御心(おおみこころ)が示されてあります。

 雲や霧や霞(かすみ)に包まれ、雨風(あめかぜ)にさらされてもなんの變(かわ)りなく、朝も晩も、昔も今も寂然(せきぜん)そのまゝで、泰然(たいぜん)とした山々は、神樣の不動の心を示してゐます。

 そして最後に、手近くわれわれは、人の中の神樣をも見出(みいだ)します。

 愛情と親切の前には、誰れでも、親しみ和合(わごう)いたします。

 これ神樣の心が、人間に依(よ)つて現はされたのであります。

 眞心(まごころ)の報酬に與(あた)へられた、嬉(うれ)しいこと、樂(たの)しいこと、面白きこと、これは皆、神樣が人間に與へる活(い)きたお答へであります。

 神樣はいつでも、どこでも活き活きと、成生化育(せいせい・かいく)して滿ち湛へて(みちたたえて)ゐられます。

 いつでもどこでもお話することも、見奉る(みたてまつる)ことも出來ます。

 誠に正(マサ)しく人は神の國(かみのくに)に生活してゐたのであります。

 このことを知りますれば、もう朝も晩も嬉しさと、希望と明るさで一杯(いっぱい)になります。暗い心など微塵(みじん)もなくなります。

 こんな倖せ(しあわせ)な事は、又他(ほか)に絶對(ぜったい)にありません。                 

                 ○

一、神は公平にして最大より最小に至(いた)るまで違算(いさん)なし。

一、汝(なんじ)は死すべし然(しか)れども、神の與(あた)へられたる生命は死せず。原子(げんし)の幾十萬(いくじゅうまん)の一の中に封じた生命は汝の祖先より汝の子孫に至るまで死せず。神は最も小さきものに最も強き生命を與へたり。如何なる種子も皆朽ち果つ(くちはつ)べし。然れども其(そ)の中に唯一つ朽ちざる生命にして永遠に不思議の種あり。