玄關(げんかん)に立つて、取敢(とりあ)へず、奥へ聲をかけて見ると、今度は先方が驚いた、
「まあこの早朝から何事でわざわざ……」
と奥から出て來たのが、元氣な、ニコニコ顔の、エプロン姿の―朝炊(あさだき)の用意中と見へて―當(とう)のおかみであつた。
「實(じつ)は只今(ただいま)これこれでしたので、氣になり、早速飛んで來たわけでした」
がと、少々大仰(おおぎょう)であつたかナとさへ思ひつゝ由(よし)を話すと、急におかみは、謹嚴(きんげん)な表情になつて、そこへ座つて、眼に涙を浮べて、感に堪へぬ樣子であつたが、暫くしてかういつた。
「ほんまに、不思議な勿體(もったい)ないことです、丁度その時でした。おかげを頂いたお禮(れい)を一生懸命、敎會の方に向つて、申上げてゐたのでした」と。
丁度これと同樣(どうよう)の事實(じじつ)が、最近にもあつた、近くの岸さんといふ人が、お宅の老人の病氣平癒(へいゆ)の爲(た)め、熱心にお詣(まい)りされてゐたが、或の晩丁度十時頃であつたか、突然訪れて、玄關で、
「御免下さい。御免下さい」
のはつきりした、二聲を放たれた。
早速出て見ると、これも姿がない。
さてはと、敎會から、すぐに人を派(は)して見に行つて岸氏から聞いた話では、
「誠に不思議なことです。丁度その時刻老人が、痛みを訴へますので、どうぞおなほし下さるようにと念じつつ、一心に端座して敎會の方に向つて、お願ひ申してゐたのでした。丁度不思議に痛みが止(とま)つた時刻です」
とのこと。
これは朝鮮の人のことであるが、この御主人公の方が、足に至極(しごく)悪質のダツソーを患ひ、病院に入院して、とうとう手術したが、はかばかしい快方が見へず、その上痛みつづけて苦しんでゐた處(ところ)、神靈敎會の話を傳(つた)へきゝ、妻君が、早速飛んで來た。そして快癒(かいゆ)のお願ひを篤(あつ)うして、歸(か)へつて見て驚いた。
歸つて見ると、主人は、珍しく床の上に、半身を起してゐて、かういつた。
「誠に不思議なことがあるものだ、今日午(まひる)頃見知らぬ人が來て、わしの足をさすつてくれたが、それから、痛みが、うそのようにとれて樂(らく)になり、こんなに、からだを起せるようになつた」と、
「どんな人が來たか」と妻君が聞くと、
「それは黒いヒゲを長く生(は)やした、これこれの顔つきで、キモノを着た人であつた」と、
此(こ)の話で妻君は、二度ビツクリした。
先刻敎會で、逢(あ)つて來た、敎主そつくりではないか。時刻も同時刻、
妻君は、いひようもない、涙をとめどもなく流したと、―翌日の敎會に來ての報告であつた。之(こ)れを聞いて並居(なみい)る人々も、深刻な表情を餘儀(よぎ)なくさせられた。
神の國(かみのくに)へ行つた人の話
―人の魂は只淨化(じょうか)によつてのみ救はれる。淨化は淨靈(じょうれい)にふれて與(あた)へられる―
こゝに之れについて、敎主側近の人の手記をそのまゝ記載してみよう。
或る朝、大阪毎日新聞の三面に、櫻川二丁目荻田鑄工場火災、職工は大火傷(おおやけ
ど)にて病院に収容さるとの、記事に驚き、早速電話にて問ひ合せました處(ところ)、
矢張り(やはり)記事通りで間違いなく、知り合ひの荻田恭平さんのお宅でした。
荻田さんは、郊外にお住ひがありましたが、工場が多忙の爲(た)め、監督の都合上、風邪気味ではありましたが、其(そ)の日も工場の二階に臥(ふせ)つて居りました處、
職工のカンテラの火が傍(そば)の石油罐(せきゆかん)に引火し、忽(たちま)ち火勢は、工場一面に擴(ひろ)まる騒ぎに、主人は二階からパンツ一つで飛んで來て一人で砂を運んで、懸命に消火につとめましたが、その時、附近の人々が、外部から、ドンドン消火彈(しょうかだん)を投げ込んで、消火に務めて下さいましたので、どうやら消し止めましたが、父は無理したため、とうとう肺炎を惹き起こして(ひきおこして)、今朝阿部野(あべの)の市民病院へ入院して居りますとの電話にてのお話に、私は大變(たいへん)驚きまして、敎主樣にお話いたしました處(ところ)、
「それはお氣の毒じやが、到底助からん、氣の毒じやのう。お醫者(いしゃ)も手の施(ほどこ)しようがないだらう。あの心持(こころもち)の正しい人を助かる道がないものなら、安樂往生(あんらくおうじょう)させてやりたい。今頃(いまごろ)は見るも氣の毒な苦しみようであらう。早速お見舞ひ(おみまい)に行つて來なさい。
とのことで私は取急ぎ(とりいそぎ)、病院へ驅(か)けつけました。荻田さんの枕頭(ちんとう)に立ちますと、苦しいなかからも、荻田さんは、
「此のような見苦しい姿をお目にかけて恐縮です」と息も切れ切れ(きれぎれ)でした。妻君のいひますには
「酸素吸入をするにも、夜分一睡もせず、あの通り、酸素の吸入口を右へ左へと、寸時(すんじ)もジツトして居りませんので、夜中もベツドの兩脇(りょうわき)に息子達がついてゐないと、轉(ころが)り落ちる程悶(もだ)へ苦しみます。入院した次の日には醫師から、駄目だ助からない、時間の問題だと言ひ渡されました。」
私はその悲痛な狀影(じょうけい)と、御心情に對(たい)して、いふべき言葉に苦しみつつ、じつと聞いて居りましたが、出かけに敎主樣からいはれた通り、持參(じさん)しました、小さい氷のかけらを、お口に入れて上げました。處が誠に不思議なことですが、それが解けるのと、苦しみがピツタリ止るのと同時でした。
そして入院して以來今まで、悶(もだ)へつゞけた病人が、嘘(うそ)のようにそれから、スヤスヤと眠つてしまひました。これを見た妻君は、大へん安堵(あんど)の色を浮べまして、
「あんなに苦しんでゐたのが、不思議にこんなに止めて頂きまして、スヤスヤ眠る處を見ますと、何んだか元のように治る氣がします。」
とさすがに、妻の身として希望的、願ひの切なるお心を察しまして、
「立派な先生方が附いて居り、行き届いた處置(しょち)もして下さるのですから、あなた方は、只一心に神佛(しんぶつ/かみほとけ)の御加護を願はれましたらよろしいと思はれます」とお話しておわかれしました。
それから五日目に、とうとう死亡通知を受けて、お氣の毒に堪(た)へませんでした。
處(ところ)が、何と不思議(ふしぎ)なことには、それと一日おいて、又、黒枠(くろわく)の通知が參(まい)りました。そしてそれが、先日病院で、
「看護疲れが出ぬようお身體(からだ)にお氣をつけなさいませ」といつたら
「有りがとうございます。私はおかげで、一寸(ちょっと)も疲れません。叩(たた)いても死なないような丈夫な身體(じょうぶなからだ)ですし、それに、大勢で交代に看病してくれますので、別狀(べつじょう)はございません」
とのことで、事實(じじつ)見かけた處も、至極(しごく)元氣でお疲れの樣子(ようす)も、異狀(いじょう)も見受けられなかつた、その妻君の死亡通知でしたから、全く驚く外(ほか)なく、疑問に堪へませんでした。
それ等(ら)に對(たい)する、世にも不思議な解答を數日後(すうじつご)の朝早く見へられた、息子さんの報告やらお禮(れい)の話から聞かせて頂いて、誠にいゝようもない感銘(かんめい)に涵(ひた)りました。お話はかうでした。
「先日はいろいろありがとうございました。父もお陰で最後は大安樂往生(だいあんらくおうじょう)をいたしまして、自分でも大へん有りがたくそれを自覺(じかく)しましたと見へまして、臨終間際(りんじゅうまぎわ)に、自分が死んだら、先(ま)づ第一番に、お宅様へお禮(れい)に上つて、自分の樣子を詳しくお傳(つた)へせよと申しました。それで後始末(あとしまつ)もすんで早速參(まい)りましたわけであります。」
とくり返(か)へしくり返へし話し、
「今度の出來事は、何樣(なによう)突發事故(とっぱつじこ)で、今まで何から何まで、仕事の事、取引き上のことは父がやつてゐましたので、あの苦しみのまゝで逝(い)かれましては、何がなんだか少しも解らず、大へんな困難に陥る處でしたので一時は、途方にくれてゐましたが、あのお見舞ひを頂き、一變(いっぺん)に樂(らく)になりましてから、三日間のうちに、仕事の事も商取引の事も、全部殘(のこ)りなく、話してくれ引き繼ぎ(ひきつぎ)、なほ今後の計畫(けいかく)方針まで、敎へてくれる等、誠に何ともいひようもございません、又、父もこれで、後になんの心殘り(こころのこり)もないと大へん安堵(あんど)いたしまして、そして、心が落ち着くと、氣がゆるんだか、一旦(いったん)安らかに息を引き取りました。
それで一同で、いろいろと病院の手續き(てつづき)もすませ、退院準備にかゝりました。
處が息を引き取つてから、約三時間程立つた頃でしたが、急にウーウと息を吹き返へし(ふきかえし)まして、
「今なあ高野山へ行つたら、大法要の催中(さいちゅう)で一山(いちざん)大變(たいへん)忙しそうであつたが、わしに、今はこちらも、大多忙故(だいたぼうゆえ)、迎いに行くまで一先(ひとま)づ歸(かえ)つて居(お)りなさいと言はれたので歸(かえ)つて來たよ」
と言ひまして、それから一時間程は變(かわ)つたこともなかつたのですが、やがて、
「さあそろそろ準備する、私の行く處は、大へん遠い遠い處だから、脚袢(きゃはん)の紐(ひも)を固く固く結んでくれよ」といひましたので、母が、
「あなた一人そんな遠い處へはやりません私も一緒に連れて行つて下さい」
「いや二人一度に行つては、子供等(こどもら)が困る」
「イエもう子供等も皆大きい、兄の方は、海軍へ行つてもう歸(かえ)つて家内も居ります。弟も見てくれます。私が居なくても、大丈夫です。是非連れて行つて下さい」
「イヽヤいかん」
「イヽエ連れて行つて下さい。一體(いったい)どこへ行くのですか」
「それは非常によい處だ」
「そんなよい處なら、一人で行かずに、私も是非連れて行つて下さい」
こんな會話(かいわ)をしてゐましたが、やがて父は
「あゝ高野山からお迎へが來た。見なさい、五人のうち眞中(まんなか)の方が一番お偉い方じや、お茶を上げなさい。さあ急いで御馳走(ごちそう)を拵(こしら)へるから手傳(てつど)ふてくれ」
と枕許(まくらもと)の親類に賑(にぎ)やかに話しつつ、
「さあ出來た、出かけるぞ、御馳走が餘(あま)り澤山(たくさん)で重たい」
と云ひつつ息を引き取りました。
それからお通夜の夜、夜中も過ぎ、親類の者一同も、「一休みする」といつて次の間に行きましたが、母だけは、
「今夜は最後のお別れだから、私は此處(ここ)に休みます」といつて、そこに寢(やす)みました。
それから、何ごともなく、休み、朝になつて行つて見ましたが、母はよく眠つて居ますので疲れたのであらうと、そのまゝにして居りましたが、九時頃になつても起(おき)る模樣(もよう)がありませんので、少ゝ(しょうしょう)氣になり、行つて搖り起して(ゆりおこして)見ようと、肩に手をかけますと、もう冷たくなつてゐました。すぐ醫師(いし)を迎へましたが、何んの反應(はんのう)もありませんでした。
それを知つた時、普通ならば、私も悲歎(ひたん)に暮れる處(ところ)でしたでせうが、先刻(せんこく)お話の通りの病院のことがありますので、私はむしろ、母はどんなに喜んで逝(い)つたことかと、なんの悲しみも覺(おぼ)へませんでした。
こんなわけで、父の「一番に敎主樣へ」との遺言により、取り込みを終へ先(ま)づ第一ばんにお禮(れい)に參(まい)りました次第(しだい)であります」
と感激の涙を湛(たた)へながらのお話でした。
この稀有(けう)な長物語りに私も思はず、何かしらついつい熱い涙を誘はれ、この感激の出來事、この感激の涙と涙こそ、こよなき供養功徳(くよう・くどく)ではあるまいかと滲み滲み(しみじみ)思ひました。
なほ息子さんはいひました。
「私は、病の床に父が倒れて、醫師から死の宣告を受けた時、あゝ父は、高野山にお詣りをしたいといつて、毎月積立てをしてゐた程なのに、このまゝ逝つては、誠に氣の毒だ、とそゞろ憐れ深く感じましたが、それが、こんな不思議な、大往生をいたしましたし、その上、自分としても、仕事上のこと萬事(ばんじ)詳しく聞いた上でお別れをいたしますし、何の心掛り(こころがかり)もございません」
と不幸を重ねながらも、大變(たいへん)喜んで禮(れい)をいつて歸(か)へられました。
この樣に、少々長く交際した人は、不思議に最後になると、親戚縁者よりも、腦裏に只一人敎主様のことのみが強く、殘(のこ)るらしく、いろいろといひつゞけると聞きます。
そこに誠に目に見へぬ或(ある)、靈の糸の恐ろしい力を覺(さと)らされます。
現世と來世と二世包含(ほうがん)の人生へ
——人間の定命(じょうみょう)は、天にあつて致方(いたしかた)ないが、魂の淨化(じょうか)によつて、生死を越(こ)へた、美しい安らかな、崇高(すうこう)な、苦難なき無窮(むきゅう)の大界(たいかい)に遊び昇ることが許される―
靈感(れいかん)、淨化(じょうか)の崇高な、美と清淨(せいじょう)と和氣(わき)
の前には、最早(もはや)、醜惡(しゅうあく)なる俗情(ぞくじょう)は打ち消されてし
まふ 生死さへ透過(とうか)してしまふ。眞の靈化(れいか)は人間完成の究極地である。
最早そこには、生きる死ぬるは第二義の談となる。
たとへ身は健康でも、その人生が罪惡と、苦惱(くのう)に終始するならば、なんで生
存の意味があらう。
「常日頃(つねひごろ)の」淨化完成(じょうか・かんせい)は、更(さら)に望まし
く、忘れてはならないものの隨一(ずいいち)であらう。
こんな靈的現象のお話は、こゝには(神靈敎會)無數(むすう)にあるが、その一部を
抄錄(しょうろく)してこゝに靈に對(たい)する、一般の關心(かんしん)を求めんと
した所以(ゆえん)である。
かつ此の例話(れいわ)は、現在、實存(じつぞん)する人々の體驗談(たいけんだん)
の實錄(じつろく)であつて、創作でも、假想(かそう)でもない。
このような現象は、知識的論議におかまひなく事實(じじつ)を以つて、我れ我れに嚴肅(げんしゅく)に臨(のぞ)んでゐる。
われわれの世界は、われわれの知識や常識で思つてゐるよりも、靈妙(れいみょう)な關係(かんけい)や機能を持つてゐる。
來世の生があるかないか人は底知れぬ謎にぶつかる。
深甚(しんじん)な意味に於(おい)て未來生(みらいせい)は確かにある。
業力(ごうりき)―その人の殘(のこ)して行く、行為、業跡(ぎょうせき)の力作用―の不滅流轉(るてん)は又、佛敎(ぶっきょう)にも説く處(ところ)である。
現世生存中の過失は又、取戻すことも出來る。しかし、生から死に轉位(てんい)する瞬間の善惡、是非は絶對(ぜったい)に訂正は許されぬ。
永久に安樂平和裡(あんらくへいわり)に開放されるか、
永久に恐怖と苦悶(くもん)の桎梏(しっこく)に入るか。
一大事がこの瞬間に決定してしまふ。
こゝに人は、常日頃(つねひごろ)靈(れい)に奉仕の心掛けを必要とする。
即ち宗敎の味讀(みどく)を必要とする。
人生社會の動靜(どうせい)の焦點(しょうてん)は歸(き)して「生死」に納まる。
「生死」の問題は宗敎の領域に屬(ぞく)する。
宗敎は「靈(れい)」から出發(しゅっぱつ)する。
そこに科學以上の超科學がある。眞理(しんり)がある。
唯物觀念(ゆいぶつかんねん)はその前に消ゆべき妖火(ようか)に過ぎぬ。
上述の荻田さん夫妻の場合は、敎主の靈感によつて、魂が清め安められ、邪念と恐怖を離れ安樂平和の至上の心境を得て、その姿が日頃信仰してゐたであらう高野山となり、僧侶となつて、心の鏡(こころのかがみ)に冩(うつ)り出したものである。
源子(げんし)文化の次に來るもの
現在の科學文化は、五官(ごかん)の官能内(かんのうない)の文化で、それ以上の領域に立ち入ることを非文化視する。
人間の生前、死後の問題は従(したが)つて等閑除外(とうかん・じょがい)する。
しかし生前を持たず、死後を持たぬ人生はない。宗敎はこの三世(さんぜ)の關連(かんれん)を説き示し、因果の理法を敎へ、永世救濟(えいせいきゅうさい)を進める。
しかして、これは假空(かくう)の方便や、觀念(かんねん)の遊戯(ゆうぎ)ではない、時の人は更(あらた)めて深く、これに省察(せいさつ)を加へるべきである。嚴肅(げんしゅく)なる事實(じじつ)であり、愼(つつし)んで死後への御用意を喚起(かんき)したい。
現代科學文化は、驚異的躍進(きょういてき・やくしん)を遂(と)げた、しかしこれ等(ら)の領域にはさらに程遠い現況(げんきょう)である。
であるから、現相(げんそう)にのみ止(とど)まつた、文化人には、夢想だも及ばぬ領域である。從つてこれを理由なく否定し去らうとする。甚(はなは)だ危(あやう)いかなである。死は萬人(ばんにん)必ず到來する、生兒(せいじ)は家庭のある處(ところ)必ず與(あた)へられる、此の事は深く考ふべき重大事項でなければならぬ。
畢竟(ひっきょう)するにこれは靈(れい)の問題である。靈は萬事(ばんじ)の大宗(たいそう=おおもと)である。科學以上の大科學であり、萬人萬物(ばんにん・ばんぶつ)の出發點(しゅっぱつてん)であり、同時に歸納點(きのうてん)である。原子時代の次に當來當面(とうらいとうめん)すべき一大課題でさへある。物質文化の最高峰(さいこうほう)は、やがて、そこで必ず止揚(しよう=アウフヘーベン)されずにはいないのである。
此の靈の開明(かいめい)によつて、始めて地上に、最高最終、最大理想の文化と平和とがもたらされるのである。
その時蓋(けだ)し「原子」の語は「靈子(れいし)」又は「零子(れいし)」と變(へん)ずるであらう。
如何に現代流の科學が進歩しても、平和は來ない。科學が科學の限界を自認する日に、やがて赫々(かくかく)と輝き出づる、平和の太陽たる靈の輝きは、人類に、整然と、天地必然の理を示し、理否(りひ)を判別せしめ、正邪(せいじゃ)の姿を照破(しょうは)し、一擧(いっきょ)に人類共通の一大錯覚と、迷妄(めいもう)を雲散霧消(うんさん・むしょう)せしめるであらう。
そこに劍(けん/つるぎ)以上の、砲(ほう/つつ)以上の、爆彈(ばくだん)以上の大偉力(だいいりょく)を持つた、光明(こうみょう)はきらめくであらう。平和の礎石(そせき)は据(す)へられ、方向づけられるであらう。
「人智」は今やすでに「揚止(止揚?)」の時期に到達した。爛熟(らんじゅく)の頂點(ちょうてん)に來た感さへある。以つて調節を誤れば轉倒破滅(てんとう・はめつ)の外(ほか)はない。
只此處(ここ)に、虚心(きょしん)、その限界點(げんかいてん)に復し、人力を越へた、人類に先行し、人類に後存し、人類を支配する、絶對者(ぜったいしゃ)なる靈に、隨従(ずいじゅう)の誓(ちか)ひをなすべきである。
この靈海中(れいかいちゅう)にあつて、靈を信ぜず、靈に昧(くら)きが今の科學文化である。
靈は時空掲止(じくうけいし)、空色融如(くうしきゆうにょ)、遠近大小轉倒(えんきんだいしょうてんとう)の世界である。右(上述)の文字の意味は、現代科學の理解し得ざる領域である。超理體(ちょう・りたい)であり、越理境(えつ・りきょう)である。
それでこゝに、本敎會に起りつつある事實(じじつ)現象を捉へて、その片鱗(へんりん)を彷彿(ほうふつ)して見たのである。
人間の靈性(れいせい)開放こそ、次期文化建設の第一課題である。
唯物萬能文化(ゆいぶつばんのうぶんか)の夢は、すでに、破局の最後の一線に入らんとしてゐるのである。 (遊仙)