わたしたちの「健康」とは?
どういった状態をさすのでしょうか?
ヨーガ・セラピーを勉強していて
この根本的な問題は必ず考えなければならないことです
なぜなら、それはセラピー、癒しであるのですから
「不健康」な人を癒すには
まずどういう状態が「健康」であるのかということを
踏まえておく必要があるからです。
「健康」の定義として、1999年世界保健機構(WHO)は次のように掲げました
「健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、
単に病気あるいは虚弱でないことではない」
(原文:Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social
well-being and not merely the absence of disease or infirmity.)
1948年WHO設立当時の健康の定義に「霊的」=スピリチュアルであるということと
「動的状態」であるということが加えられたのです。
(ヨーガとはまったくこのスピリチュアルなところが本来的にはどんぴしゃ
専門なのですが、逆にスピリチュアルでないヨーガはヨーガではございません。
が、この部分は多大に深遠で今回の図書とはテーマが異なりますので割愛…)
で、この「動的状態」てどんなことよ???
そこで以前読んでいた『生物と無生物のあいだ』福岡 伸一(分子生物学者)が頭をよぎり
大好きなアマゾンで検索して
読んだのが、この『動的平衡』…
動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか/福岡 伸一

¥1,600
Amazon.co.jp
お気づきかと思いますが、
WHOの健康の定義に追加されたのは「動的状態」(Health is a dynamic state)
「動的」というキーワードだけでこの本を読んだのですが…
大正解でした
答えを見つけたようにきました
私たちの身体は約60兆個の細胞でなっていて
分子的なレベルでは数か月前の自分とは全く別物になっている…
(実際には顔がかわるわけでも、見た目がかわるわけではない)
容れ物と呼んでいる私たちの身体自身も「通り過ぎつつある」分子が、
一時的に形作っているにすぎないからだ。
つまりそこにあるのは、流れそのものでしかない。
その流れの中で、私たちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。
その流れ自体が「生きている」ということなのである。
シェーンハイマーは、この生命の特異的なありように
「動的な平衡」という素敵な名前をつけた。
ここで私たちは改めて「生命とは何か?」という問いに答えることができる。
「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである」という回答である。
これだけでどこが答えなのよとお思いでしょう
そうなんです
福岡氏は生命とは「流れ」であると言ってらっしゃること
私たちの身体は(こころも)それはサイボーグのように分解されたモノの
寄せ集めでないこと、線引きなどできない流動的なものだとを言ってもいます
ヨーガではまず
人間存在を五つの鞘でとらえる五蔵説(パンチャ・コーシャ)という概念があります
(出典は恐ろしくむかしむかし、『ウパニシャッド』)
一番外側の鞘が、食物鞘(肉体次元、触れること、可視のレベル)
その内側の鞘が、生気鞘(呼吸、エネルギーのレベル)
そのまたなかに、意思鞘(情報伝達の感覚器官のレベル)
またまたその中、理智鞘(理性、知性、判断のレベル)
そしてその中、 歓喜鞘(記憶、潜在意識、愛)
ヨーガ・セラピーにおいてはこの五つのレベルから
ヨーガのさまざまなツールをつかって
アプローチするのですが
これらの鞘である各レベルは互いに影響を与いあいます
これらの鞘は線引きできたりするものではありません
隣あう鞘と常に流動的に影響を与え合うのです
食物鞘次元からのアーサナ(ポーズ)をつかったアプローチは
次の生気鞘へ影響をあたえていくわけです
瞑想によって、理智鞘次元からその影響が「流れ」ていき
その波動によって五つの層が変化していくのです
この過程こそがヨーガ・セラピーによる「癒し」のプロセス
自己治癒力という「流れ」でもあるわけです
「健康」とは何か?ということは
「生命とは何か?」ということにつきあたります
ヨーガではこの五つのレベル(鞘)で
自身の「いのち」に寄り添うことができるのだと思います
「わたしのいのちによりそうこと」
それを教えてくれるのがヨーガの教えであり
セルフ・セラピーである所以だと考えます
そして余談ですが…
「健康」に追記して
「健康」は英語でHEALTH(ヘルス)です。この言葉のなりたちがヨーガと関わってきます。
サンスクリット語(ヨーガでの原語はサンスクリット語)では
自己存在「私の存在」をSVA-STHA(スヴァスタ)といい
「SVA/私の」「STHA/存在する」という語源から他の誰かではなく
自分自身の中に在ること、自分自身を抱擁しているということを意味します
この言葉はインド・ヨーロッパ語族の語変化として、
中近東の語HA(SVA)STH(ハスタ)に移り、英語でHEALTH(ヘルス)へと変容しています。
「健康」という英語の成り立ちそのものに
(そこに膨大な時間とあらゆる人が繋がれていったでしょう)
「本当の私」とともに在る、私自身と繋がっているという状態をいうという
ヨーガの本来的な目的が「健康」という言葉そのものなかに「すでに在る」ということに
ほんと、壮大すぎるしもうブラボ~~と
ヨーガってやっぱすげえと思うのでした
この文章さえ長い…ごめん
わたしくどいんです
足りない?
ではこれでどうですか?
どういった状態をさすのでしょうか?
ヨーガ・セラピーを勉強していて
この根本的な問題は必ず考えなければならないことです
なぜなら、それはセラピー、癒しであるのですから
「不健康」な人を癒すには
まずどういう状態が「健康」であるのかということを
踏まえておく必要があるからです。
「健康」の定義として、1999年世界保健機構(WHO)は次のように掲げました
「健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、
単に病気あるいは虚弱でないことではない」
(原文:Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social
well-being and not merely the absence of disease or infirmity.)
1948年WHO設立当時の健康の定義に「霊的」=スピリチュアルであるということと
「動的状態」であるということが加えられたのです。
(ヨーガとはまったくこのスピリチュアルなところが本来的にはどんぴしゃ
専門なのですが、逆にスピリチュアルでないヨーガはヨーガではございません。
が、この部分は多大に深遠で今回の図書とはテーマが異なりますので割愛…)
で、この「動的状態」てどんなことよ???
そこで以前読んでいた『生物と無生物のあいだ』福岡 伸一(分子生物学者)が頭をよぎり
大好きなアマゾンで検索して
読んだのが、この『動的平衡』…
動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか/福岡 伸一

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お気づきかと思いますが、
WHOの健康の定義に追加されたのは「動的状態」(Health is a dynamic state)
「動的」というキーワードだけでこの本を読んだのですが…
大正解でした
答えを見つけたようにきました
私たちの身体は約60兆個の細胞でなっていて
分子的なレベルでは数か月前の自分とは全く別物になっている…
(実際には顔がかわるわけでも、見た目がかわるわけではない)
容れ物と呼んでいる私たちの身体自身も「通り過ぎつつある」分子が、
一時的に形作っているにすぎないからだ。
つまりそこにあるのは、流れそのものでしかない。
その流れの中で、私たちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。
その流れ自体が「生きている」ということなのである。
シェーンハイマーは、この生命の特異的なありように
「動的な平衡」という素敵な名前をつけた。
ここで私たちは改めて「生命とは何か?」という問いに答えることができる。
「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである」という回答である。
これだけでどこが答えなのよとお思いでしょう
そうなんです
福岡氏は生命とは「流れ」であると言ってらっしゃること
私たちの身体は(こころも)それはサイボーグのように分解されたモノの
寄せ集めでないこと、線引きなどできない流動的なものだとを言ってもいます
ヨーガではまず
人間存在を五つの鞘でとらえる五蔵説(パンチャ・コーシャ)という概念があります
(出典は恐ろしくむかしむかし、『ウパニシャッド』)
一番外側の鞘が、食物鞘(肉体次元、触れること、可視のレベル)
その内側の鞘が、生気鞘(呼吸、エネルギーのレベル)
そのまたなかに、意思鞘(情報伝達の感覚器官のレベル)
またまたその中、理智鞘(理性、知性、判断のレベル)
そしてその中、 歓喜鞘(記憶、潜在意識、愛)
ヨーガ・セラピーにおいてはこの五つのレベルから
ヨーガのさまざまなツールをつかって
アプローチするのですが
これらの鞘である各レベルは互いに影響を与いあいます
これらの鞘は線引きできたりするものではありません
隣あう鞘と常に流動的に影響を与え合うのです
食物鞘次元からのアーサナ(ポーズ)をつかったアプローチは
次の生気鞘へ影響をあたえていくわけです
瞑想によって、理智鞘次元からその影響が「流れ」ていき
その波動によって五つの層が変化していくのです
この過程こそがヨーガ・セラピーによる「癒し」のプロセス
自己治癒力という「流れ」でもあるわけです
「健康」とは何か?ということは
「生命とは何か?」ということにつきあたります
ヨーガではこの五つのレベル(鞘)で
自身の「いのち」に寄り添うことができるのだと思います
「わたしのいのちによりそうこと」
それを教えてくれるのがヨーガの教えであり
セルフ・セラピーである所以だと考えます
そして余談ですが…
「健康」に追記して
「健康」は英語でHEALTH(ヘルス)です。この言葉のなりたちがヨーガと関わってきます。
サンスクリット語(ヨーガでの原語はサンスクリット語)では
自己存在「私の存在」をSVA-STHA(スヴァスタ)といい
「SVA/私の」「STHA/存在する」という語源から他の誰かではなく
自分自身の中に在ること、自分自身を抱擁しているということを意味します
この言葉はインド・ヨーロッパ語族の語変化として、
中近東の語HA(SVA)STH(ハスタ)に移り、英語でHEALTH(ヘルス)へと変容しています。
「健康」という英語の成り立ちそのものに
(そこに膨大な時間とあらゆる人が繋がれていったでしょう)
「本当の私」とともに在る、私自身と繋がっているという状態をいうという
ヨーガの本来的な目的が「健康」という言葉そのものなかに「すでに在る」ということに
ほんと、壮大すぎるしもうブラボ~~と
ヨーガってやっぱすげえと思うのでした

この文章さえ長い…ごめん
わたしくどいんです

足りない?
ではこれでどうですか?




12月のオープンクラス 









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眠れず、








言われ
)








です



は常にあります

