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Eric Clapton


よしんどの「ゆる~い」ブログ


よしんどが影響を受けたアーティストの一人としてエリック・クラプトンは、外せない。



クラプトンを知ったのは、25年くらい前のことである。クラプトンがポップな音楽をやり始めた頃で、その時は「クラプトンってこんな曲をやるの?」と少し驚いた。

よしんどとしては、もっとギター中心のブルースを基とした「いとしのレイラ」の頃のイメージがあったので、シンセサイザーがバリバリ入った、ダンサブルな音楽をやっているクラプトンの姿にビックリした。



ただ、さすがクラプトンだな、と思ったのは、今までと違うタイプの音楽であっても、ギターのフレーズには、いわゆる「クラプトン節」があって、そこはブレていない。「クラプトンは何をやってもクラプトンなんだ」と納得させてくれるものがあった。



よしんどが一番好きな時代は、「アンプラグド」以降のヒット曲連発の時代である。

どんな曲であっても、自分のスタイルを曲げることはない。「クラプトンはクラプトン」ということを、新曲が出るたび再確認させてくれた。

ファンにこびることなく自分自身のスタイルを貫く。そういう姿勢が好きだ。



最近クラプトンは、90年代のヒット曲はやらなくなった。逆に元々の自分のスタイルであるブルージーな曲を演奏するようになった。原点回帰というわけではなく、自分が今、本当にやりたい音楽を楽しんでプレイしているように見える。

クラプトンも64歳。引退してもおかしくない年だが、きっと彼はこれからも、「その時の自分」が好きな音楽を聞かせてくれるだろう。









バンドを始めた頃

よしんどが最初に組んだバンドは、中学校の同窓生4人が集まったものだった。


4人の音楽の好みはバラバラ。それでも、とにかくバンドを組んでみよう、ということで、みんなの好みの間を取ってハードロックをやることになった。


とりあえずの課題曲は「バンドを組んで、最初にやる曲ナンバーワン」の「ディープパープル」の「スモーク オン ザ ウォーター」。


初めて、スタジオに入ったときのことは鮮明に覚えている。今思えば、せこいアンプやドラムセットだったが、みんなで一緒に音を出したときの衝撃は、本当にすごかった。バンドを組んだことがある人なら、どれくらいのものかわかってもらえるだろう。



それからは、みんなでスケジュールを合わせてスタジオ入りし、練習にはげんだ。



そのうち、文化祭が近づいてきたので、同じ中学校の他のバンドと一緒に、先生に「文化祭で演奏したい」とお願いにいった。


そしたらなんと、それぞれのバンドのメンバーが呼び出されて、「職員会議」が開かれてしまった!!


今では考えられないことだが、昔は「エレキギターを持つと不良になる」とか「バンドをやるようになると、事件を起こす」とかいわれていた時代の名残があって、(過去にバンドの演奏を許可したら、何らかの事件があったらしい)いきなり悪者扱いをされてしまった。


しかも、よしんどは、個人的に先生に呼び出しを受け、「よしんどが、バンドをやるなんて、おまえはそんな奴だったのか・・・。」と、ため息をつかれた。(よしんどは、その頃は優等生タイプに見られていて、バンドをやるなんてことは全く意外な事だったらしい。)


あげくのはてには、「音楽の先生に聞かせてOKだったら、文化祭に出ても良い」などという、バカな意見を言う先生まで出る始末。


結局、あれやこれやと理由をつけられて、文化祭での演奏は許可されなかった。



その年の文化祭は、学校に行くのも嫌だった。何も悪いことをしていないのに、否定された気がして苦痛だった。



その後、よしんどが浪人した後、高校に受かってからは、高校に「軽音楽サークル」があったので、そこに入って先輩や同窓生たちと、バンドを組んで、いろいろな音楽的体験をさせてもらった。


中学の時とはえらい違いである。


それからは、メンバーは流動的だったが、バンドを組み、バンド中心の生活を送ったのだった。





いとこのフォークギター

よしんどが最初に弾いたギターはいとこのフォークギターである。

よしんどが小学生の頃、母方のいとこがフォークギターを買った。

そのころは、「かぐや姫」とかのフォークソング全盛の時期で、それに影響されたいとこが買ってもらったのである。

ところが、がんばって練習してみたものの、どうしても「F」のコードが押さえられず、なくなくあきらめてしまった。(実は「F」が押さえられなくて、ギターをあきらめた、という人は多い。まず最初の大きな壁である。)


ほったらかしにされていたそのギターに目をつけたのが、よしんどである。「弾かないんだったら、頂戴よー」と言って、いとこが渋るのを無理矢理ゲットしてきた。

これが、よしんどの最初のギターとなった。

よしんども、実はしばらくほったらかしておいたのだが、中学生になり、「スケベ心いっぱい」の少年に成長したとき、「そういえば家にギター、あったなあ」と思い出し、それで練習するようになった。

幸いにも最初の壁である「F」のコードを無事押さえることが出来たので、そのままギターにのめり込むようになった。

その後、よしんどは、「おねえちゃんに認めて欲しい」という「スケベ心」から、夢中になって練習した結果、結構上達したので、自分の好みの新しいギターを購入した。

そのせいで、そのフォークギターの出番は少なくなっていった。

その後、そのフォークギターはケースにしまわれて、何年もの間放っておかれた。


ところが、数年後のある日、別のいとこの子供が中学生になった頃、「よしんどさーん、使わないギターあったら貸してよー」と言ってきたのである。

「あのフォークギターだったらいいよ。」と言ったら、「あれで十分。」とのことだったので、譲り渡した。あのギターに第3の活躍の場が与えられたのだった。

その子も、ギターにのめり込んだので、悲しいかな(?)よしんどよりも弾けるようになった。その後、彼は新しいギターを手に入れても、あのギターを手放そうとはしなかった。今もその子の手元にある。

あのいとこのギターがなかったら、よしんどや、いとこの子はギター弾きにはなっていなかっただろう。

わが親族にとっては、世代を結ぶ、とっても大事なギターである。

ギターを始めた理由

ギター弾きのくせに、なかなかギターの話が出てこないブログだが、そろそろギターの話をしよう。


「なぜ、ギターを始めたか?」


それは、よしんどに「取り柄がなかった」叫びからである。


基本的に、男が「おねえちゃん」にアピールするには「スポーツができる」「ルックスがよい」「成績が抜群によい」など、なにかアピールできるものがないと「ダメ」だが、よしんどは、残念ながらどの要素も持ち合わせていなかった。しょぼん


中学生になり、それなりに色気づいてくると「何かでアピールすることはできないか?」とスケベ心にひひいっぱいで、自分にも何か可能性はないかを探るようになる。

そこで、探し当てたのが、「バンドを組むこと」だったのである。


もともと「音楽大好き少年」であったので、楽器を始めることには全く抵抗がなかった。


ギターを手にしてからは、もともと「おねえちゃんに認めて欲しい」という「スケベ心にひひ」から出てきたことなので、自分でも「こんなにがんばれるか!」と思うほど練習した。


ところが、だんだん上達してくると、ギターそのものの魅力にはまってしまい、高校受験の勉強そっちのけでギターを弾き続ける日々が始まった。


そして、悲しいかな、よしんどは高校受験に失敗してしまうのであった。しょぼん(泣)


でも、ギターを弾けるようになって、それからはいろいろな人と出会うことになり、いっぱい、いろんな刺激をもらった。

人の輪も広がり、ギターを始めた頃には考えもしなかった「40歳を過ぎてもバンドをやっている」今の自分があるのである。



神様がよしんどにギターを与えてくれたことに大感謝!


徳永英明


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ここ数年、彼は「女性が歌ったバラードをアレンジしてカバーする」「Vocalist」というアルバムを出し、かなり注目度が上がった。

よしんどは、3枚目のアルバムが出るまで聞いたことがなかったが、ある日、某国営放送で3枚目のアルバムから数曲をピックアップして歌っていた彼を見た。


それを見た、よしんどは開いた口がふさがらなかった。メロディは確かにそのままだが、演奏は彼が歌うことを前提にした新しい解釈のアレンジがなされ、彼の歌は完全に「彼の歌の世界を表現するためのもの」になっていた。

ある意味、完全にオリジナルといってもいいほどの完成度を誇り、オリジナルとは全くの別物であった。

特に印象的だったのは、中島みゆきの「わかれうた」で、みゆきさんの大ファンである、よしんどの奥さんも、「このアレンジでみゆきさんに歌わせてみたい」という程のものだった。


早速、コンサートのチケットをゲットし、会場へ向かった。

コンサートのオープニングから、もう「徳永ワールド」全開である。

曲が誰のものであっても「徳永英明」の歌の世界がそこにあった。

もちろん、椅子から立ち上がって、一緒に踊り狂って楽しむという種類のコンサートではないが、彼の歌う歌が、よしんどの体に染み入ってくるようなコンサートだった。


彼は普段はオリジナル曲を作り歌う「シンガーソングライター」であるが、たとえ自分の楽曲でなくても歌うことだけで自分を表現しきることができる「シンガー」だ、ということを十分に証明していた。


「大人だ・・・。」とよしんどは思った。


もう「Vocalist」は出さないようだが、(出さなくても十分通用するシンガーだが)これからもアダルティな世界で酔わせてくれるだろう。