日韓 こわーい噺対決(2) 阿娘伝説 | あなたの知らない韓国 ー歴史、文化、旅ー

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 皆さんこんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

 

 前回は日本を代表する怪談噺「東海道四谷怪談」を中心に日本の古典的な怪談についてお送りしました。日本の怪談噺とは、単に殺されたり、心残りのまま死んで幽霊になって出るだけの内容ではありません。その背後にはそれを取り巻く人たちの愛と憎しみ、裏切りなどいろいろな感情が交差し、それが複合的に影響しあった怖さだということでした。

 

 以上のようなことを思いながら南座で「東海道四谷怪談」を鑑賞したのですが、一方で、朝鮮時代ではどうだったのかと思いました。

 

 

 

(朝鮮における怪談)

 

 今回は朝鮮時代における怪談について考えたいと思います。

 

 日本は地方の民話などでも、幽霊話、妖怪話などは数多くあり、近代にいたっても柳田国男『遠野物語』、小泉八雲『怪談』などの名作があります。日本の怪談噺には日本の自然観、人間観が大きく影響していると思いますが、では朝鮮半島地域ではどうでしょう。

 

 現代韓国の場合、都市伝説のように、奇談、幽霊話などはあるようです。小生の不勉強のためかもしれませんが、古典的に文芸にまでなったような話は少ないように思えます。

 

 その中でも朝鮮の怪談としてよく取り上げられるのは、慶尚南道 密陽(밀양)の嶺南楼(영남루)一帯に広がる阿娘伝説(아랑전설)です。

 

 

 

阿娘祠門 
 
 
 
 

(阿娘伝説とは)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝鮮第13代明宗の時代のこと。密陽に赴任した尹長官の美貌の一人娘 貞玉(정옥)は、ある夜月見に出かけましたが、白哥という男が彼女を強姦しようとしました。貞玉は必死で抵抗したものの、剣で刺し殺され、林の中に捨てられてしまいました。尹長官はその事実を知らず、誰かと駆け落ちでもしたのかと思い、職を辞してしまいました。それからというもの密陽に新任の長官が赴任すると、不思議な幽霊を見るのが通例になってしまいました。誰もその職に就きたがらなかったが、李上舎(이상사)という人物が密陽府使を希望し密陽に赴きました。上舎は赴任初日早々に現れた貞玉の霊から事情聴取し、白哥を捕らえ処刑しました。さらに彼女の遺体を捜し出し葬儀を執り行ったところ貞玉の霊は出現しなくなったのです。

 

 

 

 

 

 そんな阿娘について、1930年に嶺南楼を修築する際、阿娘を顕彰する碑閣が建てられ、1965年には碑閣を取り壊した後に現在にも残る阿娘祀(아랑사)が建立されたとのことです。

 

 

 
 
 お堂内部には阿娘に見立てた肖像画がかかっています。密陽江(밀양강)を見下ろす場所にあります。
 
 
 
 

 阿娘祠の左右には伝説にちなんだ絵が飾られています。上は阿娘が月見に出たところのようですね。

 

 

 

 

 上の絵は阿娘の霊の告白により、彼女を殺した男が捕らえられ、取り調べを受けている場面のようです。

 
 
 

(阿娘伝説の特徴) 

 

 前回、日本の怪談噺を取り上げましたが、それと比べると非常に単純なような気がします。物語で一貫しているのは女として純潔を守り抜いたというところです。純潔をまもりぬき、死んだ後も幽霊になって登場し、結果として犯人が逮捕されることになります。いかに儒教的倫理を守った正しい人間だったかということが主であり、そこにどろどろした人々の愛憎関係などは希薄に思えます。

 

 これには朝鮮社会の倫理観がよくあらわれていると思います。儒教倫理に背かず正しく生きろということが至上命題であり、激しく取り乱すとか、正しくない行為を行うと言うことが、たとえ文学上であっても許されなかったからではないでしょう。儒教倫理に背いて生きているなどというのはそれだけで社会的な死を意味します。

 

 

 

(日本と朝鮮の文化的差異)

 

 同じく朱子学を奉じたといっても、日本の江戸時代はあくまでも武士の教養としての儒教(朱子学)でした。朱子学以外にも陽明学や古学などいろいろな流れがありました。それと古来から、自然のあらゆるものに生命を認めるような生命観・自然観があり、それと矛盾なく同居していたのです。それ故に歌舞伎や講談などで語られる怪談だけではなく、各地の民話の中でも幽霊や妖怪などが活躍する余地はあったのです。

 また東海道四谷怪談などは阿娘伝説とは対照的です。愛憎と情欲でどろどろ。今なお、演劇関係者の間では祟りがあるなどと恐れられているくらいです。

 今でも影響があるかどうかという意味では、東海道四谷怪談は現在完了進行形であり、阿娘伝説は過去完了形と評価することも可能かも知れません。

 

 また朝鮮の場合、儒教は教養などという生易しいものではなく、絶対守らなければならない社会規範で、そこから逸脱することは死を意味しました。その中でぎりぎり許された物語がまさに阿娘伝説だったのではないかと思います。殺されることになっても貞節を貫き、幽霊になったとはいうものの、最後は敵への復讐を遂げるのですから。日本の怪談などと違い、きわめて明快で、朝鮮の社会倫理にも合致した存在がまさに阿娘伝説だったのです。

 

 幽霊がでるという一点だけ見ると、同じように見えますが、背後には全然異なる社会観が潜んでいます。こういう文化の違いの点から見ると、怪談噺も幽霊話以上の内容を含んでいるように思えますが、皆さんいかがでしょうか。

 

 

 

阿娘祠

所在地

慶尚南道 密陽市 内一洞 40
경상남도 밀양시 내일동 40