搦手口(からめてぐち)から本丸を出ました。
南の丸の桜は早くも散り始め。地面に花びらが舞っていました。
南の丸櫓跡の前を通り、大手門跡へ。
大手門跡の手前で曲がり、石段を上りました。
日月(じつげつ)の池は、周りを歩くより上から見下ろした方がいいです。
八王子神社は洲本城の鎮守社で、1526(大永6)年、安宅治興が洲本城構築の際勧進したものです。
八王子神社を引き返し、東の丸へ。
二の門から坂道を上り、
二段曲輪の頂上から大浜海岸を望みました。
東の丸高石垣は洲本城跡内で最も古い石垣で、仙石秀久が石垣の城を築いた頃(1581-84)のものだと思われます。
武者溜(むしゃだまり)は、今や花見の場所になっています。
かつて武者溜の端に東一の門がありました。
ここで引き返し、西の丸へ向かいました。
道沿いに籾蔵(もみくら)跡があり、往時は不作の年に備えて米を籾のまま保存していたようです。
西門跡を通過し、山道を歩き続けました。
洲本城跡は広く、東一門跡から西の丸跡まで歩くと約20分かかります。
西の丸跡を引き返し、石段を下りました。
石垣にする石の運搬中に落ちてしまい、落城を連想させることから縁起が悪く、目的を果たさずその場に放置された石を、残念石といいます。
残念石の裏手に周り、青い海と天守閣を望みました。
分岐点に戻り、洲本市街地への道を歩きました。
本丸の石垣は積み方から関ヶ原の戦い(1600)以降増改築されたものと思われます。
下り坂の途中、西登り石垣への道標を発見。
石垣から登れば最短で天守閣に行けるとのことですが、見ての通りとても危険です。
坂道を下り、三熊山登山口に出ました。