相国寺(法堂と方丈) | 散策日記Ⅰ

散策日記Ⅰ

美術館&博物館で開催された展覧会の記録、それにまつわる散策記です。

相国寺の法堂(はっとう)と方丈(ほうじょう)が内部公開されていました。

 

 法堂は僧侶が仏教を講義する建物です。「法堂」は主に禅寺で用いられ、他の宗派では「講堂」と呼んでいます。相国寺の法堂は、豊臣秀頼によって再建されたもので、現存する法堂の中では最古のものとされています。

 

 法堂の見どころは狩野光信によって描かれた天井の蟠龍図(ばんりゅうず)。「鳴き龍」と呼ばれています。手を叩くと本当に龍の鳴き声が聴こえました。天井が湾曲しているためだそうです。また、龍の目玉を見ながらお堂を周ると、龍の動きや表情が変わっていき、とても不思議でした。

 

 方丈の前庭は白砂を敷き詰めた庭でした。この庭は無の境地を表しています。白砂に太陽の光が反射していたため、縁側がとても明るく、暖かく感じました。

 

 禅寺は三門→法堂→方丈を一直線に建てる、という決まり事があるそうで、前庭から法堂が見えました。

 

 裏庭は大きな掘り込み状の枯れ流れになっていて、枯れ流れの斜面にはコケが張られ、流れの底には小石が敷かれています。小石の下には砂が敷かれていて、雨水が地下にしみ込んで乾きが良く、建物の腐敗を防ぐ効果もあるそうです。

 

 方丈は住職の居所です。観光寺院になるまでは、僧侶が住んでいました。表方丈3間・裏方丈3間で168畳あります。1807年(文化4年)に再建された歴史ある建物です。

 

 方丈の襖絵は、京都出身の江戸時代後期(1750-1837)の画家、原在中(はらだいちゅう)が描いたものです。全て撮影禁止で杉戸に描かれた「白象図」のみ許可されました。襖絵と比べるととても色が鮮やかなので、レプリカかもしれません。

 

 仏壇には、遠塵斎(えんじんさい)が描いた観音菩薩が祀られていました。遠塵斎は江戸時代中期~後期(1734-1810)の画家で、幕府の役人でもありました。観音菩薩は法華経の文字のみによって描かれた絵で、近くで見ると、顔の輪郭などの細い線もすべてお経で描かれていて、驚きました。