千年の甍(古代瓦を葺く) | 散策日記Ⅰ

散策日記Ⅰ

美術館&博物館で開催された展覧会の記録、それにまつわる散策記です。

 今日では瓦作りと瓦葺きは完全に分業化されていますが、中世では「瓦大工」という呼び名で、同じ職人が両方に携わることがありました。法隆寺や興福寺など大きな寺院には、専属の瓦大工がいます。

 屋根に葺かれた瓦は、強い雨風や地震により、長年の間に当初の仕様からずれる事もあり、それが雨漏りの原因の一つとなります。したがって、本瓦葺き屋根の場合、通常は70~100年毎に葺き替えがなされ、その葺き方も改良されてきました。

 

 「日本の瓦の中興の祖」として名を残している人物がいます。室町時代初期(1400年頃)、法隆寺の瓦大工だった橘吉重です。それまでの瓦屋根の施工法は、軒先の瓦に釘を打って瓦が滑り落ちるのを防いでいたのですが、腐食した釘が釘穴の中で膨張して瓦を割ったり、修理の時に瓦を破損したりすることがありました。そこで橘吉重が考案したのは、釘を使わなくても滑り落ちない軒瓦。軒先の木に丈夫な引っ掛かり部分をつけ、そこに瓦の突起部分を引っ掛ける仕組みになっています。

 

 

 竹中大工道具館の特別展「千年の甍」では、瓦大工・山本清一(きよかず)氏が手掛けた平城宮跡大極殿復元工事や薬師寺食堂新築工事から、現代の瓦の葺き方を追いました。

 

~ 手順1 原寸図を描く ~

 

 屋根を設計する前に、瓦の大きさを決めます。平城宮跡大極殿の復元では、発掘した瓦の形を正確に測定するため、キャリパーで厚さを測り、おさ定規で曲線を写しました。また、当時の基準尺である1尺=295.4mmとする特注の曲尺が使われました。

 

 原寸図の作成は、瓦の型板作成から始まります。

 

 原寸図は屋根の納まりを実際の寸法で描いた図画で、瓦の正面・側面・断面から見た形が描かれています。原寸図を基に施工用の型板を作れば、複数の人間が作業をしてもバラバラの形にはならず、統一された屋根に仕上がります。

 

 原寸図は工事現場に広い原寸場を設け、かつてはベニヤ板の上で描いていましたが、近年では、縮小コピーして全体のバランスを検討するために、トレーシングペーパーに描くことが多くなりました。

 

 

~ 手順2 瓦の選別 ~

 

 まず瓦を一枚ずつ金槌で叩き、使える瓦と使えない瓦を音で分別します。次に使える古い瓦と補充した新しい瓦のねじれや反り具合を測定し、適材適所に使えるように選別作業を行います。

 そして実際の屋根と同じ長さと間隔で瓦を並べ、瓦の通りを確認した後、位置を示す番付を全ての瓦に書き込みます。現場ではその順番通り葺いていけるため、作業効率が上がります。

 

 平瓦には雨水を下に流す役割があります。谷が深いほど多くの水を流せるため、雨量が多い軒先には谷が深い物を、雨水が少ない屋根の上の方には谷が浅い物を囲います。

 丸瓦は平瓦と平瓦の間に水が入らないように蓋をする役割で、頭(上端)と尻(下端)の幅に応じて選別します。軒先には幅が狭い物が、棟の方には幅が広い物を囲います。

 

 

~ 手順3 瓦を葺く ~

 

 奈良時代の屋根は、平瓦も丸瓦も土で位置を固定しました。板を挽くのこぎりが無かったため、屋根の下地には割板を使いました。釘も手に入りにくかったため、割板はわら縄で縛って垂木(たるき)に固定されました。現代の屋根は、屋根を軽くするため平瓦には土を使わず、瓦桟(かわらざん)に釘打ちして固定します。丸瓦や棟の瓦は土よりも水を吸いにくい漆喰で位置を固定し、銅線で下地と結びつけています。

 

 金槌は瓦を割って成形するのに使います。金槌の四角い角で瓦を割り、とがった方で瓦の釘穴を開ける時に使います。コテは漆喰を載せる時に使います。糸を基準線にして瓦を葺き、ステンレスのビス・釘と銅線で瓦を屋根下地に固定します。

 

 平瓦は軒先から棟に向かって葺いていき、現代は釘で下地に固定されています。瓦を葺く時に最も大事なのは、平瓦を凹凸なく平らに葺く事です。写真のように正しく葺かれた屋根は、縦横の線が通っているだけでなく、屋根面に美しい模様が描き出されます。

 

 平瓦を葺いた後、瓦同士をぴったりとくっつけるために微調整をします。軒平瓦が乗る部材の事を「瓦座」といいます。瓦座の上面には平瓦を乗せる曲面が削り出されており、これを「瓦ぐり」といいます。瓦ぐりを削るのは、かつては大工の仕事でしたが、近年では瓦を葺く人が行っています。釿(ちょうな)で荒加工し、鑿(のみ)で形を整え、反り台鉋(だいがんな)で仕上げます。

 

 次に平瓦の隙間を塞ぐように丸瓦を葺きます。平瓦は葺土を使わない「空葺き」が多くなりましたが、丸瓦は今でも漆喰で固定するのが一般的です。また現代では、丸瓦を銅線で下地に結び付け、落下するのを防いでいます。丸瓦は頭(上端)より尻(下端)の方を細く作っているため、葺き上がって下から見た時に小口が見えず、あたかも軒から棟までの一本の長い円筒のように見えます。

 

 瓦を軒先から葺き上げていくと、最後に斜面頂上の稜線(りょうせん)に到達します。これらの稜線を塞ぐのが棟です。棟には屋根面の端部を押さえて雨漏りを防ぐ役割があり、屋根の輪郭線を際立たせる視覚的な効果もあります。そのため、棟は端を反り上げて屋根の形に勢いを与え、その反りを正確に出すために型板や糸を基準に使います。棟の端部には鬼瓦を据えたり、古代では屋根頂上の棟の両端に鴟尾(しび)を据えました。

 

 こうして薬師寺食堂が完成しました。屋根瓦の並びがとても綺麗ですね。「千年の甍」はとても見ごたえがありました。今後京都を観光した時、歴史的建造物を見る視点が変わりそうです。