ポン吉回復
昨夜は、教会聖歌隊の歌う曲を決めかねて、楽譜の山を前に午前2時まで考えあぐんでしまった。
朝起きて、まっさきに鳩のポン吉を見に行く。無事に夜を越したかしら、と。夫も同様。
ポン吉は、餌も食べずにうずくまっているが、とにもかくにも生きていた!
餌といっても何もないので、とりあえずご飯を置いたのだが駄目のようだ。
教会へ。寝不足だがオルガン当番。バッハの前奏曲をなんとか弾く。
礼拝の後、キリスト教勉強会。そして、聖歌隊の練習。受難週とイースターのための練習に入る。
午後は近くのS教会で、カトリックとプロテスタントの一致祈祷会。
スーパーで鳩用の餌を購入。
ポン吉は元気に食べて、ずいぶん動くようになった。しかし羽をやられている・・・。
明日、夫が獣医さんにつれていくことになる。
傷ついた居候
朝、すこし寝坊して、窓をあけたら銀世界だった。久しぶりの雪だ。
すべらないように気をつけながら家をでる。近所の子供がパパと一緒に、お盆に雪を山盛り載せて大喜び。
今日は二つの合唱団の合同練習で伴奏をする。
電車を乗り継いで都心へ。
シューマン「4つのダブルコーラスのための歌」
リュッケルト、ツェドリッツ、ゲーテの詩。いずれもユニークで、特にゲーテのこの詩は初めて見る。
「神は昇る朝日!神は酸素!北の地から南の地まで、彼の手にある平和のうちに、やすらぐがよい」とでも訳したらよいのだろうか。「酸素」というのが珍しい。
ツェドリッツ詩による "Ungewisses Licht" は、内容も、シューマンの付けた曲も、シューベルトの "Aufenthalt" を思わせる。とてもよく似ている。シューマンは意識していたのだろうか?
雪の中帰宅。
夫が、「居候がいるよ~」
なんと、傷ついて動けない鳩を保護していた。駅前で、雪の中猫に襲われてうずくまっていたのを、思わず手提げに入れて持って帰ってきたと。傷の消毒をし、とりあえず家にあった薬をぬって、ダンボールの箱に入れお風呂場に暖房を焚いて置いてみた。鳩はおとなしく座っているが、ときどき動いて向きを変えたりしている。飛べるようになればよいのだが。
なぜか「ポン吉」という名前がついた。
おもひでぽろぽろ
1限、ヨーロッパの大衆音楽最終回。「ドナドナ」のイディッシュ語版、イディッシュ語からの日本語訳、英語版、英語からの日本語訳を比べて、歌に託されたつらい歴史に思いをはせる。
「マタイ受難曲」に、キリスト受難当時と、この曲を聴く人にとっての「今」とをつなぐ壮大な仕掛けがしてあるように、ある種の音楽には翼があって、どんな時代の人が聴いても共感できるようになっている。
音楽の力の大きさを考えながら、午前中の残りの時間は来年度の学校案内の原稿を書く。音楽専修で、どのような学びができるか。私たちは学生にどんな大学生活を提供するのか。
ピアノの時間割を完成、教務課に送る。
来月も忙しくなりそうだ。大阪への出張が決まる。目的はオルガン視察。
礼拝。このチャペルでの最後のオルガン担当だ。3月にこのチャペルは壊され、新しいチャペル建設が始まる。
10年前、週に一度のコンサートを引き受けたのが、この学校とのお付き合いのはじまりだった。当時はチャペルと食堂しか知らず、ひたすら薄暗い中に座って、ひとりオルガンをひいていた。オルガニストにとっては、この音響の悪さはつらかったが、幸せな日々を送らせてもらった。たくさんの出会いもあった。コンサートを毎週聴きにきてくださる先生方や職員の方々と親しくなったのもこのチャペルだし、夫との出会いもそうだった。
今日は感謝を込めて、バッハの "Wenn wir im hoechsten noeten sein" と、 "Wer nur den lieben Gott laesst walten" を弾いた。
礼拝後、会議。なんと、来年のオルガンレッスンの場所、確保したつもりだったのに、まだ動かねばならないのか~~!!!
聖歌隊の練習。風邪をひいている学生が多い。しかし、今日も私が帰ってからも残って、遅くまでがんばっていた様子。あんまり無理するな~。
年度末、さまざま
10時出勤。S博士の最終講義予告をHPに掲載するよう、広報部へ申請に行く。さらに教務課へ。単位認定、転部希望者、などなどについて打ち合わせ。学群長とそれらのことについて打ち合わせ。研究室のあるT館へ帰って、ピアノのA先生と来年度の時間割相談。来年度の非常勤の先生方に電話、出講曜日の調整。そうこうしているうちに3限の時間となる。
3限ゼミ。きょうはゼミ論についての相談。思ったより目途が付いている様子。K音大図書館に文献検索に行くようアドヴァイスする。
4限オルガンの試験。難しい曲に挑戦する人たちが軒並みあがってしまった・・・。でも全体のレベルは、少しずつ上がっているかもしれない。
研究室に帰り、ピアノの時間割作成。
5限、某会議。いやあ、ははは、、、、
明日の授業の準備をして、9時帰宅。
オルガンという楽器
今日は卒論提出日。ぎりぎりで出揃った!
なにはともあれ良かった。
I短大での授業は、今日が最後。本務先の仕事が多忙になる一方なので、今年度いっぱいでお休みすることに。ただ、礼拝のオルガン演奏だけは続けることを了承していただいた。
で、最後の授業はオルガンの試験。意外なほどみんなまともに(!)弾いた。この学校ではピアノが一年次必修で、かなり厳しい実技試験があるので、学生は人前で演奏することに慣れているのかもしれない。
興味深いのは、「オルガン」という楽器にたいする学生のイメージ。
多くの学生は、「トッカータとフーガ」「小フーガ」のようなきらびやかで荘厳なオルガン曲を思い浮かべる。しかし、この短大の今年の受講生は、「静かな曲」「讃美歌」「コラール前奏曲」を弾きたい、というのだ。「コラール前奏曲こそオルガン曲の真髄」とまで言う子もいる。
その結果、課題曲は讃美歌二曲。自由曲として初期バロックのやさしいコラール前奏曲、となった。
かつての自分を思い起こすと、フランクのコラール第三番を弾くのが夢だった。しかし、それ以前に「両手両足を駆使する曲芸のような技をマスターしてみたい」というのがあった。その私に比べると、この短大の学生の姿勢は新鮮な驚き。自己顕示欲とは無縁の健全さ、といえるかもしれない。さすが福祉を志す若者たちである。
さて・・・
「ヨーロッパの大衆音楽」今日は研究発表の最後を飾るグループ。70~80年代ロックについて。
昼食後は、卒論の最終点検、ゼミコンサートのチラシ印刷、授業準備、、、あっという間に時間が過ぎる。
「宗教音楽史」は今日が最後の授業。18世紀後半以降の宗教音楽について。
人数は少ないが、なかなか良いクラスだった。ほとんどの人は真面目に、関心を持って取り組んでくれた。
6時からゼミコンサートの練習。今日はラプソディ・イン・ブルーに集中。
卒論や風邪のため何人かがお休みだったが、なんとか最後まで行けた。
さて、3月は出張と研修旅行を控えている。
ヨーロッパ内での移動に使う飛行機を検索、予約。格安小型飛行機の常連客となりつつある。
あしたはI短大での最後の授業だ。
いよいよ今年度も終わりが近い。
よかった・・・
授業はないが午前中から出勤、卒論の添削。
なんとか三人は仕上がりそうだね!Aちゃんがんばれ。
昨日のトラブル対策をいろいろ。しかし私にできることはもうあまりない。
U先生と研究室で打ち合わせをしていたら、卒業生2人がやってくる。そのうちKちゃんも姿を見せ、研究室は大賑わい。
聖歌隊の部室獲得請願書を作成。どうか、よい部屋が与えられますように!
教務課に書類提出に行く途中、演劇のT先生によびとめられる。スペインの田舎、屋外で讃美歌を歌う場合、どんな場面が想定できるか、というお話。わあ、とても面白そうなお芝居だなあ。観にいきたい。
帰宅後、K先生からお電話をいただく。例のトラブル、一応解決したようだ。
さすがK先生、直球で解決にのりだして、すごい勇気!物静かで穏やかな方なのに、腹が太い。ありがとうございます。
いやなこと
とてもいやなことがあった。。。
どうしたらいいのかな?
あらゆる角度から物事を考えて行動したつもりでも、ぶつかることは当然ある。
昔の私の仕事スタンスは、自分自身に忠実であれば大丈夫だった。
自分の目から見て誠実に仕事をしていれば、まず間違いなかった。
しかし今はまったく状況が違う。
トラブルは避けたいけれど、貫かなければならないこともある。
しっかりしなくては!
あばよ
暮れに急逝した同僚のための告別コンサートが夕方から開かれる。
お正月をはさむと練習がままならず、少々あわてて朝早く大学へ。研究室のピアノで練習。
午前中会議二つ。某科目の講師がやっと決まった!良い先生に来ていただけるようでよかった。
3限ゼミ。購読の最終回はブルース。
4限オルガン。みんな仕上げに向けて順調。
4時から、告別コンサートの合わせ。
M先生のホルンとO先生の独唱の伴奏。
5時、告別コンサート。
謎の多い人だった。去り方まで謎だね、と誰かがつぶやいていた。
音楽に送られて「あばよ」、、、いかにも彼らしい・・・。
多忙な日々が
また始まった。
1限、I 短大へ。礼拝のオルガンと授業。授業もいよいよ大詰め、試験のリハーサル。
急いで大学へ。某部署にて3月の出張の打ち合わせ。
さらに、明日の同僚告別コンサートの練習。M先生のホルンの伴奏。
夜は久しぶりの大学聖歌隊。
2月の教会コンサートに向けて新曲を。