さらば、ポン吉!
ポン吉がうちに来てから、約一ヶ月。当時とは別人(別鳩?)のように元気になった。
しかし、怪我をしたドバトを素人が保護・治療することが許される期間を大幅に過ぎている。
いわば、法律違反をしていることになる。
夫が、専門の資格を持った人のボランティア団体を検索するが、神奈川県にはないらしい。
話し合った末、とにかく多少なりとも飛べるのだし、我が家のベランダの小さな箱に拘束されるよりは、
そろそろ山野に放したほうが・・・という結論となった。
車で少し走り、樹木の豊かな山間部にポン吉を放す。
しばらくきょときょとしていたが、やがて周囲を探検するかのように歩き出した。
さらば、ポン吉!一緒にいて楽しかったよ。
元気に、鳩らしく暮らしておくれ。
午後は、某科目新任の講師の方に会い、大学を案内する。
さらに研究室で、山積みの教務関係の仕事。今日はひっきりなしに電話も鳴る。
そんな中、母の主治医から突然の電話・・・
土曜日から39度の高熱が続いていると。
夜、病院に駆けつける。
意識もあるし、苦しくはないらしい。とりあえずほっとする。
不機嫌・・・
きのう、ちょっといろいろ腹を立て、けさも私は若干不機嫌。
蟻地獄にいる気分で体が動かず、礼拝に遅刻・・・
しょ~もないことに腹を立てるでない!と自分に言い聞かせる。
どうも、ひとつ根幹がゆらぐと、思考がどんどんマイナスの方向にいくなあ。
午後はS教会にて、教会音楽講座の最終回。
今日はバッハのコラール前奏曲について。
受講生4人に演奏してもらい、分析講義する。
選んだコラール前奏曲は、すべて受難の曲。
もとの讃美歌の歌詞と照らし合わせながら、バッハの手法を読み解いていく。
夜は文献に没頭。
さらに文献、資料を何件か注文する。
いろいろ
15日、会議二つ+出張先(大阪)へ出発
16日、大阪で某プロジェクトのための調査。良い 出会いが三つあり、順調。夕方戻り、夜は教会の祈祷会に参加。
17日、某プロジェクト関連の打ち合わせ会。外部担当者に初めてお目にかかる。意思の疎通がしやすい方々で、大変順調に進行する。U先生と思わずVサインを交わす。教務関連の仕事がたまっているが、なかなか片付ける時間がとれず。
そして今日は夫の知人(伝道師)の結婚式。
自分の研究も軌道にのり、進み始めた。早寝早起きを心がけつつ没頭。
ポン吉の冒険
ポン吉がだいぶ元気になったので、日光浴をさせ、ひさびさに外界を見せてやろうと箱を持ち上げた。
ポン吉はしばらく、ものめずらしそうにきょときょとしていたが、やがて・・・バサバサ・・・
あっというまに箱から飛び上がり、マンションの6階のベランダから飛び立った。
ポン吉~!!お前、飛べるようになったの?さびしいけれど、お別れか~!!
祝福してやろうとした瞬間、急降下。線路沿いの緑地帯に落ちていく。
そして、上空に現れたのは二羽の大きなカラス・・・。
夫と私はあわててマンションを飛び出し、ポン吉が落ちたあたりを探す。
いた!怪我もなく(もともと怪我はしているのだが)緑地帯を歩き回っている。
つかまえようとすると走る走る・・・。
夫がやっと捕まえて、目を上げるとそこには大きな茶色の猫が・・・!!
目が合った猫は、「やばっ」とばかりに逃げ去った。
危機一髪!あと一分救出が遅れたら、猫の餌食になっていたことは間違いない。
運の良い鳩だ。線路に落ちていたら、電車に轢かれた可能性もある。
ポン吉は、再びいつもの箱に戻された。
「あ~、いい運動をした」とばかりに、勢いよく餌をついばむノーテンキ鳩。
さて、明日は専修会議&学群研修会。そのあと懇親会もあるのだが、これは失礼して
私は大阪へ出張。
若草物語の描く人々
少女時代の私の愛読書、それは・・・
まず冒頭に、J.バニヤンの詩がある。これだけで、この書物の方向性はわかろうというもの。
主な舞台は南北戦争時代のアメリカ・ボストン。
ピューリタンの一家が主人公。父は北軍の従軍牧師として戦線にある。
母はおそらく良家の出身。そして、4人の娘たち。・・・そう、「若草物語」。
この小説を最初に読んだ頃の私は、自分もいろいろとお話を書き散らすことに熱中していたから、
次女の「ジョー」に自分を重ねて愛読していたのだと思う。
しかし、長ずるにつれ、この小説に盛り込まれたさまざまな社会背景が大変興味深いものに思われてきた。
まず、当時のボストンには、以下のような種類の人々がいた。
1.イングランド風で、ヴィクトリア朝のリスペクタビリティを大切にする人々(マーチ一家は、伯母さんも含めてこれに含まれる)
2.貿易などで財を成したアメリカ人富豪(ローレンス家、モファット家、ガーディナー家など)。
おおむねスノッブで、芸術を解さない(ローリーは、イタリア人音楽家を父に持つハーフで、アメリカ人富豪とは異なる特質をもっている)。
3.ドイツ移民(フンメル家)
4.アイルランド移民
5.フランス系移民(カトリック信者。マーチ伯母さんの小間使いエスター)
6.黒人の家政婦(ハンナ)
3,4の移民は極貧である。ドイツ移民が友好的なのに対し、アイルランド移民はアメリカ人とは相容れないようである。
1.の人々のイングランド趣味はおもしろい。
4姉妹のうち、上の3人の名前は、マーガレット、ジョゼフィーン、エリザベスである。
バニヤンの「天路歴程」を人生の教科書とし、ディケンズの「ピックウィック・ペーパーズ」を愛読して家庭新聞作りに熱中する。
マーチおばさんはユニタリアン派神学者トーマス・ベルシャムの随想録が愛読書である。また、芸術には無理解なローレンス老人も、ジョーにボズウェルの「サミュエル・ジョンソン伝」を貸したりしている。ジョンソンは自ら編纂した辞書で、「大麦」を「イングランドでは馬が食うが、スコットランドでは人が食う植物」と書いた人物(ただしボズウェルはスコットランド人。ジョンソンに向かって、「だからイングランドでは馬が優秀で、スコットランドでは人が優秀なんですね」と答えたとか)。
アメリカ南北戦争当時のイングランドは、ヴィクトリア朝まっさかりで、すでに中流階級が台頭し、文化の担い手として重要な位置をしめていたころだ。そして、かれらのピューリタン的気質、一家団欒を理想とする、「家庭は城」という家庭観、そして「リスペクタビリティ」、これらがアメリカのボストンに住む人々に色濃く繁栄されている。
ジョーはニューヨークに出かけ、そこでドイツ人フリッツ氏と知り合う。ここで描かれたドイツ人は、社交的なイングランド人(ヴォーン一家など)とは違って重厚,素朴、率直。ものごとをひとつひとつ深刻に考えつめる。
ジョーはもともと、イングランド風のリスペクタビリティに関心がない。むしろ肌にあわない。マーチ伯母さんへの反発や、エイミーのボーイ・フレンドたちへの非礼にもそれが表れる。社交も大の苦手である。ジョーはフリッツ氏に、自分と合ったものを感じ取る。
一方、末っ子のエイミーはマーチ伯母さんのはからいでヨーロッパ漫遊に出かけ、どのような土地にも馴染むことのできる自分を見つける。ジョーと正反対に社交上手な彼女には、穏やかな交際の中で無意識に他人に影響を与え、好意を勝ち得る才能があるのだった。そして、ローリーの中に自分との接点をみいだすのである。
この4人姉妹とローリーは、少年少女のとき、お互いの夢を語り合う。
メグは「お金持ちになり、慈善をほどこして全ての人に愛されたい」。ジョーは「作家になり、富と名声を得ること」。ベスは「いつまでも父母と静かに暮らして、家事をすること」。エイミーは「世界一の画家になってローマに住むこと」。ローリーは「世界漫遊ののち、ドイツに住んで有名な音楽家になること」。
だが、1人として夢をかなえることはできない。メグは貧しい教員の平凡な妻となる。ジョーはドイツ人フリッツと結婚し、貧しい子供たちのための学校を開く。ベスのつましい夢さえ、かなわない。彼女は病気で天に召される。エイミーとローリーは結婚し、ローリーはあれほど嫌っていた貿易業を継ぐ。
彼らの夢はかなわなかったけれど、おそらく夢以上に幸福になる。早逝したベスは、それゆえに強烈な影響力を登場人物に残す。死は最悪のものではなく、人は自ら望む以上のものが神によって用意されていることを知るよしもない・・・これもピューリタン的な信仰のあり方なのだろうか。
このテーマについてはまた書きたい。
温泉と読書
今日は一日、英気を養う日とした。わ~い!
これから会議&出張の日々がしばらく続くので、今日は完全休日!期末試験の終わった夫と温泉へ。
快晴!きれいな青空のもと、車で90分ほどの山の中へ行く。
ここの温泉は、なかなかよく効く。サウナにも入って、カラダくにゃくにゃ。
帰宅後、自室の机周りを整理。
それから読書。今読んでいるのは、
佐久間康夫他編著『概説 イギリス文化史』
歴史の教科書みたいな題名だが、これがなかなかユニークな作りの書物。
一冊通しでイギリス史が語られているのではない。
風土と伝統、表象、生き方、世界観のカテゴリーに分けられており、
多角的にイギリスという国の文化を眺めている。
私のような関心の持ち方には合う。
ちなみに、電車の中で読むようにしているのは
小池滋 『もうひとつのイギリス史 野と町の物語』
中学の国語の先生に、「家で読む本、電車の中で読む本、学校で読む本と、分けておくと良い。
一年間に自分の身長のcm分の冊数をよむこと」と言われて以来、おおむねそれを実行してきた。
さすがに最近は、身長分(165冊)というのはきつくなっているが・・・。
明日は、ちょっと照れくさい私の少女時代の愛読書と、最近の読書傾向との関連について書いてみようかな。
飛翔!
都心の教会へ出張演奏に行く。バッハを三曲演奏。
ポン吉は、日に日に元気になり、ついに羽根のテーピングを自分ではずしてしまった。
飛べるかな?とベランダに置くと、突然の自由に戸惑って、きょときょとしている。
しかし、やがてばさばさと飛ぶしぐさをはじめる。
飛べるか?飛べるか?見守る夫と私。
やはり飛ぶのは無理のようだ。
夫と町田へ鳥かごを買いに行く。
あまり適当なものがない・・・。とりあえずひとつ購入。
帰宅してポン吉を入れてみたが、どうもあまり居心地良くなさそう。
結局もとの箱にもどした。
合奏団のKさんから電話。
12月のメサイア、メンバーがほぼ決まったとのこと。
なんと、一流の奏者ばかり!ありがたい。良い人を集めてくれたのだ。
ちょっと武者震い。
今年は大学聖歌隊の学生にとって、大変な年になりそうだ。
ゼミコンサート
ゼミのコンサート。
「音楽は生きている」と題して、演奏とお話で音楽史をたどる。
イメージが浮かんだのは1年前。今の4年生がゼミ論を出し終わったころ。
卒業前に、それぞれの演奏可能な楽器を持ちよって、好きな曲を発表し、
それを音楽史の順番にならべ、ナレーションでつなげば、
音楽史を楽しみながら学ぶ、というレクチャー・コンサートになるのではないか、と。
音楽学演習の学生にふさわしい、楽しくてユニークなコンサートをやってみたいなあ、と。
具体的な話合いに入ったのは4月以降。新3年生2人がゼミに加わり、ゼミ生は8人となった。
得意な分野は・・・ピアノ4名、声楽(ソプラノ)、ヴィオラ、チェロ、トロンボーン各1名。
オーケストラ部と聖歌隊に応援を頼むことになった。
チェロのK君とヴィオラのMちゃんはオーケストラ部のヴァイオリニスト2人を交えて弦楽四重奏を練習することにきめた。これが1番はやく決まった。
トロンボーンのhagiも割合はやく曲を決め、伴奏をAちゃんに頼んだ。
難航したのがピアノ曲。名曲が多いだけに迷う迷う・・・。
それはそうとして、最後に現代曲をゼミ生全員で演奏できたらいいなあ、と考え付いたのも夏前。
かつて子供向けの教会コンサートをしたとき編曲をお願いしたNさんに打診してみる。
ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」を、4手ピアノ、ヴォカリーズ、ヴィオラ、チェロ、トロンボーンでできないだろうか、と・・・。
ガーシュウィンの編曲は8月末に出来上がり、夏休み明けと同時に少しずつ練習開始。
ピアノ曲が出揃ったのは、確か秋も深まった頃・・・。
そして、ようやく日程と場所を決める。これもさんざん迷った末の決定。
しかし、日はどんどん過ぎる。去年の秋から冬は私自身が超過密スケジュールにあえいでいた。
学生のほうも、オーケストラの定期演奏会、卒業論文などに追われていた。
その中で、学生たちはチラシやポスターを作ってくれた。
コンサートのストーリーは、「タイムマシンに乗って古代ギリシャから現代までを音楽旅行する」というものにする。
しかしガーシュウィンは難しい・・・。年が明けてから、集中練習に入る。
そして、なんとか形がついてきたのは1月の下旬!
ようやく、コンサートのシナリオを書き始める。しかし、2月6日に一度目のリハーサルを経て大幅に手直し。
私1人がナレーションするのではなく、Nちゃんとの掛け合いにする。
そして、出演者による寸劇をふんだんに盛り込む。
有名人も多数登場。ピタゴラス、アンナ・マグダレーナ・バッハ、リストなど。
配役を決めたのはなんとこの2月6日のリハーサルの日。
グレゴリオ聖歌、ルネサンスのポリフォニー、19世紀の宗教曲を担当する聖歌隊は、
5日にコンサートをかかえていた。グレゴリオ聖歌の練習も、2月6日のリハーサルの日にスタート。
この日から本番までの間に、冒頭のチェロパートを変更。
また、Nちゃんが当日の出演者の衣装を考える。
前日、私は自分の手持ちのステージ衣装をいろいろと持参。みんなで衣装合わせ。セリフの練習。
この日、学生たちは夜遅くまで、演奏の細かい練習を繰り返していた。お互いに聴きあって意見をのべあい、真剣に取り組んでいた。
こんな風で迎えた本番。タイムマシンが回り始める。
古代ギリシャではピタゴラス(我が家の家紋入り特大風呂敷を、衣装代わりに体に巻きつけたY君)が音の調和と数の関係を説き、中世では男子たちが修道士の扮装をしてグレゴリオ聖歌を歌う。ルネサンスではポリフォニーとダウランドの歌曲。バロックではバッハを二曲。古典派ではハイドンの弦楽四重奏曲、モーツァルトとベートーヴェンのピアノ曲。ロマン派ではリスト本人に扮したHさんがピアノ曲を弾き、聖歌隊が合唱曲を。近代ではビゼー、ドビュッシー、ラヴェルをトロンボーンとピアノで。そして、現代ではガーシュウィン。当時の時代背景のひとコマを寸劇で演じつつ演奏をちりばめて、笑いのうちに音楽の歴史を体感してもらう。
なんと、大成功だった。演奏もさることながら、学生のお芝居は驚くほど上手になっていて、お客様は良く笑ってくれたし、「音楽史に興味がわいた」とのアンケート回答も。
企画が滑り出してくると、若者たちの力は教員の想像の域を軽々と超える。
彼らのアイディアと好奇心は、教員に教えられて出てくるものではなく、本人たちの中にあるものだ。
そんな若者たちに、教員が教えてやれることなど、どれほどあるのだろうか?と考えてしまう。
教員は若者を「育てる」のではない。せいぜい「環境をととのえてやる」くらいしかできない。
若者たちは、自分でぐんぐん育っていってしまうのだ。
つらいこと
退学希望の学生、Sさんから研究室に電話。
心身ともにこんなにぼろぼろにされて、なお某団体から抜けきれない・・・。
涙が出そうになる。
とりあえず実家に戻り、少しずつ心のリハビリをするということ。
お願いだから、もっと自分を大切にして!!と叫びたいのをこらえた。
Y君のほうは、来ると言って来てくれない。心配。
11時からゼミコンサートのリハーサル。
休憩を挟んで、夜8時半までかかった。
なかなか面白いものになりそう。
春休みに入り、大学はいろいろ改築をはじめた。
夫は学年末試験が終わり、ほっとした模様。
今日も入試
今日も一般入試。9時集合。
2時半、試験終了。某出張についてうちあわせ。また、「別世界女史」対策についても。
研究室にて教務委員業務。教務課との時間割作成も大詰め。
出張申請、来週の大阪と来月のヨーロッパの分を提出。
来年度の教科書注文を忘れていた。あわてて書類を作る。
そして、ゼミコンサートのプログラム作り。
ゼミ生全員の紹介文なども載せて、なかなかうまく出来た、、、と思う。
8時半帰宅。
ゼミコンサートの台本を製本する。ゼミ生、オーケストラ有志、聖歌隊有志の分を合わせて30部。
そうしている間にも、教務課の担当Iさんとメールのやりとり。
この時期、教務課の人たちは夜なべ仕事なのだなあ。ご苦労様です。
夫製作のビールが良い具合に仕上がった。