仕事を終えてアパートへと帰ってくると
階段の下にボロボロの手袋が落ちていた。
誰かに踏まれたであろうその手袋は
泥まみれで、もう使い物にはならないだろう。
たとえ使えたとしても
俺なら捨てる。
そんなボロボロの手袋を横目に
俺は階段を上がり、部屋の鍵を開けると
隣の部屋から一人の男が顔を出した。
「あ...あの、手袋見ませんでした?」
男はやけにあわてていた。
「手袋?あ...それなら階段の下にありましたけど」
「本当ですか!?」
男はそう言って笑うと、急いで階段を降りていった。
しかし、あんなボロボロになった手袋なんかいくらなんでも、もう使わないだろ。
俺はそう思いながらも
なんとなく男のことが気になって
男が階段を上ってくるのを待った。
男は手にボロボロになった手袋を持っていた。
「ありました。」
男はそう言って笑った。
「でも、ボロボロになっちゃいましたね。もう使えないんじゃないですか?」
男はにこやかに首をふった。
「いいえ。いいんです。もともとボロボロだったし、洗えばまた使えます。」
「でも、新しいの買ったほうが...」
我ながらお節介だったと思う。
だが、男は怒りもせずただ微笑んで
「俺もそう思うんですけどね。就職祝いに母親から貰ったもので、なんとなく捨てられないんですよ。」
男はボロボロの手袋を大事そうに手に持ち、部屋へと帰って行った。
部屋に入ると、壁の薄いアパートの隣部屋から、布のこすれるような音と水の音が交互に何度も聞こえた。
手袋。きれいになったのかな?