世間から「もう大きな役やってもいいんじゃない?」

と彼女を哀れむような声が聞こえてきたころ

 

『次の朝ドラヒロインは沢田のの花に決定!!』

と大々的に発表された。

 

 

あの不倫騒動から二年が経っていた。

彼女はこの発表がされるまで相変わらず小さな役ばかりを続け

水面下でずっとオーディションを受けていた。

どこにも情報が漏れないように社内でも知ってるものはごくわずかな極秘に進められていたものだった。

それがやっと日の目を浴びる時が来た。

 

発表会見に臨んだ彼女は少し震える手でマイクを握り

「この作品に入るまで自分なりにゼロから芝居を勉強してきたつもりです。たくさんの方に見てよかった。と思っていただけるような作品にしたいと思います。」と上ずった声で話した。

会見では制作側から不倫に関する質問は禁止されていたが

そこをうまくかいくぐる奴はいる。

 

「大好きな芝居の世界でやはり監督というのはかっこよく見えますか?」

いやらしい、にやついた顔の記者が尋ねる。

司会者が遮ろうとしたが彼女がそれをにこやかに止め

「もちろんです。すごくかっこいいし尊敬しています。ですが、お聞きしたいような浮ついた気持ちは一切ありません。私は芝居をするためだけに現場にいます。」

穏やかにだがほんの少し威圧を含んだ毅然とした態度で答えた。

制作側の誰もが満足そうな顔を浮かべ、つまらなそうな顔を浮かべ記者は座った。

 

朝ドラの撮影は多忙を極めたが彼女はそれ以外の仕事を全部断っていた。

『自分の再出発となるこの作品に全部を注ぎたいから。』という理由で

どんなおいしい仕事も断った。

これがのちに、多くの業界人に刺さったことを知る。

 

 

 

翌日の記事の見出しは

「純情を弄んだ映画監督・黒田努!」

だった。

彼女は見出しを見てフッと笑ったあと小さく

「ざまーみろ」

と吐き捨てた。

ゴシップ新聞の一面には彼女が「黒田監督のことは好きでしたか?」

と問われた時に見せたあの泣き顔だ。

彼女は全部わかっていたのだろうか?計算された涙だったのか?はなんとなく聞けずにいた。

 

 

記事が世の中に出回りそれまで決まっていた仕事をすべて辞退した。

彼女の意向だった。

なかには、気にせず一緒にやりましょう!といってくれる企業もいたが

彼女は『これは自分なりのケジメです。ご迷惑おかけして申し訳ありません。』と

丁重に断りを入れた。

 

あの涙の記者会見と、彼女の仕事への対応で世間のバッシングの矛先はほとんどが黒田に向けられた。

連日のワイドショーでもゴシップ好きなタレントやキャスター達が

こぞって彼女を擁護した。

『まだ若いから間違うことはありますよ。』

『新人女優にしてみたら監督からの褒め言葉なんて無条件に嬉しかっただろうに・・・』

『あの涙は思わず零れてしまったんでしょうねぇ』

『彼女のケジメのつけ方は立派ですよ。まだ十代でここまで自分を律することができるなんて立派よ』

など、まさに純情を弄ばれた可哀想な新人女優。といった感じだ。

 

彼女はそんなワイドショーをどこか他人事のようにみているようだった。

心がどこにあるのかわからないような、そんな様子でただ黙って画面を見つめていた。

 

 

それからの彼女の仕事はガラッと変わった。

これまでのようなヒロインの役ではなく、その隣にいる友人Aのようなものからセリフのないような役まで

宣言通りどんな役でもやった。

なかにはいたずらに彼女を脱がせようとする奴もいたが、それは彼女に黙って僕が排除した。

ヒロインのような大きな役は彼女自身が受けなかった。

 

 

そんな小さな役ばかりを続け一年が経ったころ

彼女は一つのオーディションを受けることを決意した。

 

 

 

沢田のの花が腹を括ってくれた。
そうなれば話は早い。
記事が出るのは明後日。

会見を開くには明日しかない。

 

僕は「打ち合わせしましょう!会見は明日の10時!」と言うと、沢田のの花は「大丈夫」とだけ行って身支度をはじめた。

「でも!ぶっつけ本番なんてリスキーですよ!ちゃんと打ち合わせした方が…!」と僕が食い下がると

「要らない。大丈夫。みんなは明日の会見の準備だけしておいて。私も万全の準備で行くから」

そう言った沢田のの花は怖いくらい冷静な顔をしていた。

不安が残る中、沢田のの花を信じて明日を迎えるしかなかった。

 

 

翌日、予定より早めに僕は事務所に向かった。

念入りに打ち合わせしようと社長室のドアを叩く。

「おはようございます。工藤です。」

「中入っていいよ」

中から聞こえたのは沢田のの花の声だった。

僕より早く来ていたなんて、驚いた。

沢田のの花は黒いスーツを着て、髪を一つに括っていた。化粧もほとんどスッピンに近いような薄化粧だ。

 

「…おはようございます。僕より早く来るなんて、驚きました。」

僕がそう言うと、沢田のの花はふんっと鼻で笑って

真っ直ぐと鏡を見つめた。

 

 

会見の時間がきた。

沢田のの花はふぅーっと息を吐いて

「行ってくる」

とだけ言って会場の小さなステージにあがった。

 

たくさんのフラッシュが彼女の顔を目掛けて飛んだ。

 

沢田のの花は深く一礼をしてから

「この度は私の軽率な行動で、多くの皆様にご迷惑をおかけしたこと申し訳ありませんでした。」

とマイクを通して言った。

 

記者達が「交際はいつからですか?」「相手のご家族に何か言うことは?」「罪悪感はなかったんですか?」と、矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

 

彼女は毅然とした態度で、真っ直ぐな目で一つ一つに答えた。

 

僕はそれをドラマや映画でも見るみたいに見ていた。それはまるで現実味がなくて、昨日までのあの幼い沢田のの花が別人のようで、なんとも言えない気分でいた。

 

全ての質問に丁寧に答えていた時

「黒田監督のこと、本当に好きだったんですか?」

と投げかけられた。

それまで毅然とした態度だった沢田のの花が少し動揺した。

 

「黒田監督のことは…」

沢田のの花の目に涙が浮かびこぼれ落ちた。

その瞬間を逃すまいと一斉にフラッシュが焚かれる。

こぼれ落ちた涙を拭って「黒田監督のことは、本当に好きでした。」そこまで言うと、堪えきれず彼女は泣いた。

 

会見時間の30分丁度で切り上げる。

僕はサッと沢田のの花の前に立ちフラッシュを防ぐ。

沢田のの花は俯きながら、最後に深く一礼して会場を後にした。

「沢田さん。お疲れ様でした。立派でした!」

僕はなんだかやけに感動していた。

さっきまで泣いていた沢田のの花はもう涼しい顔をして

「お疲れ様」

と一言だけぽつりと呟いた。

 

社長は「頑張ったね」とだけ声をかけ肩をポンと叩いた。

沢田のの花は静かに頷く。

 

 

さてこれからどうするかの会議だ。

沢田のの花は開口一番で

「なんでもやる。どんな仕事でも芝居ができるならなんでもやります。脱げと言われれば脱ぐよ」

と肝の据わったことを言った。

社長は「やけになったらダメよ」

と言うが、おそらくそういうものではないのは沢田のの花の目を見ればわかった。

「大丈夫。やけになってるわけじゃない。」

多くは語らないが静かに淡々と話す姿にこれまでとは何か変わったのだと思わずにはいられなかった。