歩美とは幼稚園からの幼馴染で
特別仲がよかったわけではないが
歩美はいつも私のあとをついてくるような子だった。

歩美は地味で、どこまでも普通の子だった。
特に可愛いわけでもなく、スタイルがいいわけでもない。
勉強も運動も全部、私より下だった。

それでもなぜか歩美は私を慕い
大人になっても度々連絡をよこしては
様々なところに私と行きたがった。

私達は幼馴染というだけで、共通点もないし一緒にいてもたいして盛り上がることもないのだが
歩美はいつも私と会いたがった。


付き合って3年経つ彼と結婚してから
まもなく歩美も結婚した。
出来ちゃった結婚だった。

歩美は大きなお腹を抱えていても私と会いたがった。

私は何度か『大変だろうから、今度にしない?』と言ったのだが

歩美はいつも『私が会いたいの!』と返事をするのだ。


歩美が出産して、お祝いを持って自宅を訪れたとき

あまりに小さいその生き物に

私はとても感動した。

「うわぁ、可愛い…」と思わず声を漏らすほどに。


小さな体をぎこちなく動かしながら

大きな口で欠伸をして

むにゃむにゃ何やら口を動かして

ずっと見ていても飽きないほど可愛かった。


歩美は「ごめんね。ボサボサで」と言ったけど

歩美はだいたいいつもそんなもんだ。


歩美の子供と会って、自分でも子供を真剣に考えるキッカケになった。

夫も賛成してくれたのだが、なかなかうまくはいかなかった。

妊活を始めて1年が経ち、自然妊娠は難しいと2人で話し合い不妊治療を始めた。

不妊治療はなかなかにメンタルがやられる。

小さな子供を見るたびに(どうして私のところには来てくれないのだろう…)と

ペタンコなお腹をさすった。


病院に行って、結果を聞くたびに落ち込んで

貯めてあった貯金はどんどん減っていった。

途方に暮れ、全てが悲しくなって何度も泣いた。

それでも『いつか』と希望を捨てられなかった。


期待とは裏腹の結果をまた耳にした帰り道

歩美から連絡があった。

『久しぶりに会いたい!行ってみたいカフェがあるの!』

私はなんだか無性に腹が立った。

人がこんなに落ち込んでる時にこんな能天気な連絡をよこすなんて!

でも、仕方ない。歩美は何も悪くない。

私は『いいよ』と返事をした。


歩美は子供を連れてくるだろうか。

そしたら私はうまく笑えるだろうか。

泣き出してしまったらどうしよう。


そんな不安を抱えながらも待ち合わせのカフェに着いた。

歩美は1人だった。

私は心底ホッとして席についた。

歩美は私を上から下まで眺め、ふと俯いて

「ごめん、ボサボサで」と笑った。

私は元からそうじゃない。と思いながら

「そんな事ない。」と言う。


歩美はどこか気まずそうにしていて、周りをやたらと気にしているように見えた。

自分の格好を気にしているようだ。

歩美は妊娠してから、やたらと自分の身なりがボサボサだと言うが私にとっては『何を今更。』としか思わない。

元々身なりに気を遣っているようには見えなかったが、自分がボサボサなのは子供のせいだと言っているようで聞いててあまり気持ちのいいものではなかった。


歩美はやたらと子供の話をした。

私は適当に相槌をうちながら、『もうやめて!』と

心の中で叫んでいた。

私が望んでも手に入らないものを歩美は持っていて

それなのに『大変だ。大変だ』とばかり言う

望んだのは、選んだのは自分なのに。

自分がうまく笑えていたかは分からない。


コーヒーを口にした時、歩美が言った。

「まぁ、でも不妊治療とかしなくて済んでよかったわ」

言葉が出てこなかった。

自分の身体が震えているのが分かる。

全身の血の気が引いた。

チラリと歩美の顔を見ると、どこかそわそわと落ち着かない様子だった。

歩美は解っている。解っていてあえてこの言葉を私に吐いたのだ。

酷い女。醜い女。

もしも私が子供を授かれたのならこんなイヤな母親になんて絶対にならない。

もう1秒だって歩美と同じ空間にいたくない。

私は急用を思い出したと言い、そのままカフェを飛び出した。


家までどうやって帰ったか覚えていない。

あまりにもショックが大きかった。まさかあの歩美が私にあんな事を言うなんて…!

怒りと失望で思い出すだけでまた身体が震えた。


夫が帰宅した頃には落ち着きを取り戻したが、今日の出来事を話すとまた涙が溢れて止まらなくなった。

夫は優しく私を抱きしめながら

「子供のこと…いったん少し休もうか?」

と提案した。

「でも!年齢的にも急がなきゃ!休んだら…もう無理かもしれない…」

取り乱す私に夫は優しく言う。

「うん。沙織との子供が産まれたらすごく嬉しいし、幸せだと思うよ。でも僕はその為に結婚したんじゃない。沙織と一緒にいたいから結婚したんだよ。1度、そこに戻ろうよ。僕たちはどうして結婚することを決めたの?」

夫の言葉にプロポーズされた時の事を思い出す。

この人と結婚することがただただ嬉しくて、ただ一緒にいたいと思った。

子供がほしいからではなく、ただ彼とともに生きて行きたかったのだ。


私は呆然としながらも、ただコクンと頷いて夫の胸の中でわんわん泣いた。


それから、私達夫婦は不妊治療を休み夫婦だけで楽しむことを決めた。

シーズンごとに2人で休みを合わせて、1泊2日程度の小旅行に何度か出かけた。

それはまるで結婚する前の2人に戻ったようで、ただ純粋に楽しくて幸せで、子供のことで悩んでいたころとは違って私の気持ちはとても晴れやかだった。

そんな日々を1年ほど過ごして、私は自然と子供を授からない人生でもいいのかもしれないと思えるようになっていた。

夫にその事を告げると少し驚いた顔をしながらも

「うん。それでいいよ。」

と優しく微笑んでくれた。


しかし不思議なことにその1ヶ月後、私は妊娠した。

あんなに望んでいたときは来てくれなかったのに…

子供のいない人生を納得して受け入れたけれど、やはりどうしようもなく嬉しいものだった。

妊娠がわかったとき、夫も泣きながら喜んでくれた。私達はどこかで諦めきれてなかったのかもしれない。

けれど、夫婦2人だけで生きていくのも悪くない。と思っていたのも事実だ。


子供は順調に育ち、春に産まれてきてくれた。

夢にまで見た我が子は今にも壊れてしまいそうなほどに小さくて、儚くて、とても可愛い。

しかし育児は可愛いだけでは乗り切れない。

慣れない育児に夫婦揃って、てんやわんやだ。

でもあの時、夫婦だけで過ごしたあの時間は宝物だったのだと思う。

髪はボサボサで、メイクもしていない私。

あの時は想像もできなかった自分の姿を鏡で見て、私はなんだかとても誇らしいのだ。

あぁ、私、子育てしてるんだなぁ。としみじみ思う。

そう思わせてくれたのは、あの夫婦時間なのだと思う。


ふと脳裏に歩美の言葉が浮かんだ。

『ボサボサでごめん』

あれはどういう気持ちで言ったんだろう。

自信無さげに笑う歩美の姿を思い出す。

今ならちゃんと『そんな事ない』と言える。


歩美が私に劣等感を抱いていることを本当はずっと気付いていた。

だから私は歩美に会うときはうんとお洒落をしていたんだ。

いつも『ボサボサでごめん』て自信無さげに笑う歩美がもっと惨めになるように。

あの時の歩美の言葉を許す気にはなれないけど、私も大概ひどい。

私達はきっとずっと鏡のようなものだったんだろう。


私達はきっともう元には戻れない。

道で偶然会ってもお互いに気まづくて、気付かないふりをするかもしれない。

前みたいに2人で会って話すなんてことはたぶんもうない。

それが寂しいのかよく分からない。

私達は歪な友達だった。

互いに歪んだ自己愛の為に傷付ける相手だったのだろう。

楽しい瞬間もたくさんあったと思うけど、きっと私達はもう会わない方がいい。

この歪な関係を続ける意味がない。

ただそれでも、今はあなたの幸せを願える。

お互い見えない場所で幸せに生きて行こう。と

送る予定のないメールに打ち込んだ。





それは言ってはいけない言葉だった。


ー…


私と沙織は幼稚園から仲がよくて
家も近所だった。

気付けばいつも沙織が側にいたし
それはお互いが結婚したあとも変わらなかった。

最初に結婚したのは沙織の方だった。
優しそうな旦那さんと柔らかい雰囲気の沙織は本当によくお似合いだ。

沙織が結婚してから3年後、私も妊娠をきっかけに結婚した。

子供が産まれてから、初めての育児で自分にかまう余裕なんてなかった。

化粧もせず、髪もセットしないまま1日を終える日が何度もあった。

ふと鏡に写るボサボサの自分の姿に涙が出ることもあった。

あんなにお洒落が好きだったのに…

そう思いながらも腕に抱いた小さな我が子を見ると、そんなことは大した事ではないと思った。

沙織はよくうちに遊びに来て
「やっぱり赤ちゃん可愛いね。私も早く欲しいなぁ。」と言いながら優しく微笑んでいた。
ボサボサの私とは違う。指先までキレイなネイルが施されている沙織を私はちゃんと見られなかった。
羨ましいと思った。

私は「ごめんね。ボサボサで」
と苦笑いを浮かべながら自虐的な事を言うと
沙織はいつも笑って「そんな事ない」
と言ってくれた。


子供が2歳になりイヤイヤ期が始まると

私の心はどんどん暗くなっていった。


大人しく絵を描いていたかと思えば

突然クレヨンを投げて泣きだすし

ご飯を食べていても箸を投げご飯も床に投げてしまう。

私が怒るとより一層大きな声で泣いた。

そんな事が毎日繰り返されて、どうにかなってしまいそうだった。


『たまには息抜きしておいで』と夫に言われ

私は沙織とずっと行きたかったカフェにいた。

沙織は相変わらず綺麗な格好で、髪もツヤツヤしている。

「昨日美容室に行ったんだ」

と弾んだ声で話す沙織にどうしようもない嫌悪感を抱いてしまった。

沙織は何も悪くない。

頭では理解しているのに、心がまったく追いつかない。


沙織は昨日美容室で施されたトリートメントでツヤツヤな髪と、先週買ったお気に入りのショップの新作のワンピースを着て、華奢なネックレスとゴールドのリング。

足元は薄いピンクのハイヒールを履いていた。


私はもう何ヶ月も美容室に行けてない。

ボサボサの髪を無理矢理アイロンで伸ばして、いつ買ったかも覚えていないヘアオイルをつけ、急いで束ねただけ。

洋服も新しい服なんてしばらく買ってない。

数年前に買った水色のブラウスと、白いスキニーパンツを着て、アクセサリーは子供に取られるからといつの間にかつける癖が無くなった。


あまりの差に一緒にいるのが恥ずかしくなった。

沙織は幸せそうに笑っていて、仕事も順調で悩みなんて何もないような顔をしている。


「今日は主人がご飯作ってくれるから、ラクなんだ」と嬉しそうに言う。

私は帰りにスーパーに寄って食材を買って、慌ただしく夕飯を作らなくてはいけない。


なにもかもが違う。

沙織は私の欲しいものを全部持ってる。

自分の為にお金も時間もかけて、何不自由なく暮らしている。


私は子供の世話で朝から晩まで自分の時間なんてほとんどないのに。


ずるい。



そう思ったら最後。

沙織が一気に憎たらしくて仕方なくなった。

幸せそうに笑ってるその顔が、みすぼらしい姿の私を笑っている。

キラキラしている自分と比べて、私をバカにしている。

なんて嫌な女!



「子供いないと自由にできていいよね。羨ましい」


本心だった。

だけど、沙織が子宝に恵まれてないことを知っている私からでた最低の皮肉だった。


言葉になって口から出た本音は恐ろしく醜いものだと、自分でも分かった。

でも止められなかった。

沙織を嫌な気分にしてやりたくて、どうしようもなかった。泣かせてやりたかった。


「うちの子最近酷くてさ、夜もまともに寝れないよー!まぁ、不妊治療とかしなくて済んでよかったんだけど」

私はヘラヘラ笑っている。

沙織の顔を見ないようにして、傷付けると分かっている言葉を並べている。

最低だ。最低だ。


ほんの数秒、沈黙があったあと

「そうだね。授かれるか分からないのに、お金だけ消えてく。バカみたいに見えるよね。」

声が震えていた。

初めて聞く声だった。


「ごめん。用事あるの思い出したから帰るね」

そう言って沙織はスッと立ち上がり帰ってしまった。


当然だ。

分かってて言ったんだ。


けれど、興奮状態の私は自分が悪いだなんて思いたくなかった。


家に帰って夫に今日のことを勢い任せに話した。


「沙織はボサボサの私をいつもバカにしてたの。私、それが悔しくって。思わず『羨ましい』て言っちゃったー!」


沙織を傷付けるために吐いた言葉は隠した。

夫は優しく微笑んで

「ボサボサなんかじゃないよ。頑張ってる証拠だよ。沙織さんはまだ子供がいないから分からないだけだよ」

と私の欲しい言葉をくれた。


そう。沙織にまだ子供はいない。

その事が私を安堵させる。

私の方が勝っていると思わせてくれる。


そんな醜い本音に気付きながらも、私は自分を正当化する。

私は自分が可愛い。自分を守りたい。

仕方ないのだ。

悪いことをした自覚があるのだから、まだマシな方だと思う。



沙織に一応謝罪を入れた。

『育児のストレスでつい酷いことを言ってしまったの。本当にごめんね。あんなこと本当は思ってないから。ごめんなさい。』


私は謝った。

でも沙織からの返信は無かった。

私はやるべき事はやった。咎められることはないだろう。反省はしているのだから。


私は少しだけ沙織からの返信を待ちつつ

「子供が産まれた」という知らせが届かないことを祈る。

付き合って5年になる彼とは
同棲して2年になる。

彼はよくモテる方で昨日も他の女の香水の匂いを纏って帰宅した。

そんな事は珍しくない。
『残業』だとメールが入れば
その日は必ず見知らぬ香りが彼からする。
別にどうって事はない。
もう彼とは潮時だ。

数日前、彼が友人を家に招いた。
私は酔ったフリをして早々とベッドに潜り込んだ。
彼は私が寝たのを確認すると
小さな声で友人と話し始めた。

「もうさ、そろそろいいかな。て思ってんだよね。」
「何が?」
「結婚してもいいかな。て」
「え⁈マヂで⁈ついに結婚すんの?」
「まぁ、長いし。結婚するならあいつかな。てずっと思ってたから。」

そんな会話を耳にして
私は喜ぶどころか潮時だ。と思ったのだ。

私は地味で目立つタイプではない。
一度会っただけで、誰かの記憶に残るようなそんなタイプでは全くない。
しかし、私はモテるのだ。

彼は私がモテないと決めつけているが
そんな事はない。
わかりやすくモテるタイプではないというだけだ。


初めて彼氏ができたのは中学2年の時だったが、その時から彼氏がきれたことはない。


美人で可愛い子達はわかりやすく男達に口説かれ、その中から自分のお気に入りを選別している。

かっこいいのは誰か?
自慢できるのは誰か?
幸せにしてくれるのは誰か?

そんな項目にチェックを入れて恋人を選んでいく。
でもそんな女達はたいてい長くは続かない。
美人や可愛いは新鮮さがなくなってしまえば終わりなのだ。
最初は驚くほどにときめいた美貌にも、一緒にいるうちに慣れていく。
そうなった時、少しでも雑に扱われると女は『大事にされていない!』と嘆き
男は『面倒な女』と唾を吐く。

そういう男達が次に求めるのが私なのだ。


地味で優しくて、一歩引いてついてくる。
そんな女を側に置きたがる。


私を口説いてくる男は皆
『一緒にいると落ち着く』
と、言う。
私は恥ずかしそうに、少し困ったように
『そんな事初めて言われました』
と笑いながら嘘を吐く。

男達はそれを鵜呑みにして
『可愛い』と言う。
私は『バカだな』と思いながら
いかにも男慣れして無さそうなフリをする。

そんな私がベッドの上で乱れる姿は
相当クるらしい。
自分だけが知っている。という

優越感があるのだろう。


だからかどうかは知らないが
どの男達も私を離したがらない。
浮気を繰り返す人も何人かいたけど
向こうから別れを切り出されたことは一度もない
うえに復縁を迫られる確率はとても高い。


私はいつも潮時だな。と思う瞬間がある。
一つは相手に飽きたとき。
もう一つは相手に結婚の意思が見えたとき。

私に結婚願望なんてない。
結婚こそが女の幸せだと思ってる男が多いが、時代遅れだ。


私は別れの最後のセリフはいつも相手に言わせるようにしている。
女から振ってしまうと面倒なことになる可能性が高いからだ。
男には自分が振ったんだ。という優越感をプレゼントしてあげるのだ。



深夜2時。
彼がいつものように知らない香水の匂いを纏って帰ってくる。
私は初めてその香りに触れる。

「こんな匂いのする香水持ってた?」

彼は少し慌てて
「いや、会社の女の子のじゃないかな?」と誤魔化す。

私は静かに泣き始め
「ごめん。もうずっと前から気付いてた。」と無理矢理笑ってみせる。

彼は「ごめん…」と呟いて
部屋に沈黙が流れる。
私の1番嫌いな時間だ。この時間が1番無駄だと思う。

彼は「嫌いになったとかじゃないんだよ?本当に大事に思ってるよ。」
とか、なんとか言っている。

私は涙を拭いながら
「ごめんね。私、地味だから。嫌だったよね。」とか言ってみる。

彼は「違う!違うよ?」となんだか慌てているけれど、こんな不毛な言い合いは早く終わらせたい。

私は「ごめん。ずっと気付いてたのに、一緒にいたくて言えなかった。でも、もう離れてあげなきゃな。て思って。私ももう見て見ぬふりはできないから…」
と真っ直ぐ彼を見つめて言う。

彼は数分考え込んで大きく溜息をついて
「ごめん。分かった。別れよう」
と言って泣いた。


悪い人ではない。女癖は悪かったが、自分が相手を傷つけたという意識がある人だ。
だからすんなり別れてくれた。


別れ際、私はいつも少し泣きそうな顔で
「今までありがとう。幸せだったよ。あなたも幸せになってね。」
と伝える。

男の中で私は忘れられない女となり、数年後に『元気?』なんて連絡をしてくるのだ。
どの男ともヨリを戻す気なんてさらさら無いが、いい思い出として男達の記憶に残りたいのだ。


彼と別れたあと、私にはもう別の男が控えている。