付き合って5年になる彼とは
同棲して2年になる。

彼はよくモテる方で昨日も他の女の香水の匂いを纏って帰宅した。

そんな事は珍しくない。
『残業』だとメールが入れば
その日は必ず見知らぬ香りが彼からする。
別にどうって事はない。
もう彼とは潮時だ。

数日前、彼が友人を家に招いた。
私は酔ったフリをして早々とベッドに潜り込んだ。
彼は私が寝たのを確認すると
小さな声で友人と話し始めた。

「もうさ、そろそろいいかな。て思ってんだよね。」
「何が?」
「結婚してもいいかな。て」
「え⁈マヂで⁈ついに結婚すんの?」
「まぁ、長いし。結婚するならあいつかな。てずっと思ってたから。」

そんな会話を耳にして
私は喜ぶどころか潮時だ。と思ったのだ。

私は地味で目立つタイプではない。
一度会っただけで、誰かの記憶に残るようなそんなタイプでは全くない。
しかし、私はモテるのだ。

彼は私がモテないと決めつけているが
そんな事はない。
わかりやすくモテるタイプではないというだけだ。


初めて彼氏ができたのは中学2年の時だったが、その時から彼氏がきれたことはない。


美人で可愛い子達はわかりやすく男達に口説かれ、その中から自分のお気に入りを選別している。

かっこいいのは誰か?
自慢できるのは誰か?
幸せにしてくれるのは誰か?

そんな項目にチェックを入れて恋人を選んでいく。
でもそんな女達はたいてい長くは続かない。
美人や可愛いは新鮮さがなくなってしまえば終わりなのだ。
最初は驚くほどにときめいた美貌にも、一緒にいるうちに慣れていく。
そうなった時、少しでも雑に扱われると女は『大事にされていない!』と嘆き
男は『面倒な女』と唾を吐く。

そういう男達が次に求めるのが私なのだ。


地味で優しくて、一歩引いてついてくる。
そんな女を側に置きたがる。


私を口説いてくる男は皆
『一緒にいると落ち着く』
と、言う。
私は恥ずかしそうに、少し困ったように
『そんな事初めて言われました』
と笑いながら嘘を吐く。

男達はそれを鵜呑みにして
『可愛い』と言う。
私は『バカだな』と思いながら
いかにも男慣れして無さそうなフリをする。

そんな私がベッドの上で乱れる姿は
相当クるらしい。
自分だけが知っている。という

優越感があるのだろう。


だからかどうかは知らないが
どの男達も私を離したがらない。
浮気を繰り返す人も何人かいたけど
向こうから別れを切り出されたことは一度もない
うえに復縁を迫られる確率はとても高い。


私はいつも潮時だな。と思う瞬間がある。
一つは相手に飽きたとき。
もう一つは相手に結婚の意思が見えたとき。

私に結婚願望なんてない。
結婚こそが女の幸せだと思ってる男が多いが、時代遅れだ。


私は別れの最後のセリフはいつも相手に言わせるようにしている。
女から振ってしまうと面倒なことになる可能性が高いからだ。
男には自分が振ったんだ。という優越感をプレゼントしてあげるのだ。



深夜2時。
彼がいつものように知らない香水の匂いを纏って帰ってくる。
私は初めてその香りに触れる。

「こんな匂いのする香水持ってた?」

彼は少し慌てて
「いや、会社の女の子のじゃないかな?」と誤魔化す。

私は静かに泣き始め
「ごめん。もうずっと前から気付いてた。」と無理矢理笑ってみせる。

彼は「ごめん…」と呟いて
部屋に沈黙が流れる。
私の1番嫌いな時間だ。この時間が1番無駄だと思う。

彼は「嫌いになったとかじゃないんだよ?本当に大事に思ってるよ。」
とか、なんとか言っている。

私は涙を拭いながら
「ごめんね。私、地味だから。嫌だったよね。」とか言ってみる。

彼は「違う!違うよ?」となんだか慌てているけれど、こんな不毛な言い合いは早く終わらせたい。

私は「ごめん。ずっと気付いてたのに、一緒にいたくて言えなかった。でも、もう離れてあげなきゃな。て思って。私ももう見て見ぬふりはできないから…」
と真っ直ぐ彼を見つめて言う。

彼は数分考え込んで大きく溜息をついて
「ごめん。分かった。別れよう」
と言って泣いた。


悪い人ではない。女癖は悪かったが、自分が相手を傷つけたという意識がある人だ。
だからすんなり別れてくれた。


別れ際、私はいつも少し泣きそうな顔で
「今までありがとう。幸せだったよ。あなたも幸せになってね。」
と伝える。

男の中で私は忘れられない女となり、数年後に『元気?』なんて連絡をしてくるのだ。
どの男ともヨリを戻す気なんてさらさら無いが、いい思い出として男達の記憶に残りたいのだ。


彼と別れたあと、私にはもう別の男が控えている。

「私はきっと今でいう毒親だったのだと思います」

そう語るのは私の母だ。



幼い頃から走るのが好きだった私は、小学生から陸上を始め念願のオリンピックへの切符を手に入れたところだった。

そんな時に私の母へのインタビューの依頼があった。
母は「大した事なんて言えないよ」と一度は断ったものの、熱心な記者に圧され渋々インタビューを受け入れた。


ー我が子がオリンピック選手なんて、どんな気分ですか?

ハツラツとした声で、何かを期待するような眼差しを母に向けている。

「誇らしい…ですかね…」

母は自信なさげに答えた。
ふと視線を私に移すと、小さな声で「あっち行ってなさい」と部屋から追い出された。
まぁ、娘の前じゃ言いづらい事もあるのだろう。


それから数ヶ月後、母のインタビューが掲載された雑誌が店に並ぶ。
見出しはこうだ。

『オリンピック選手の母、涙の告白!私は毒親だった!!!』

スキャンダルでも載っているのか?と疑うようなものだった。
引っかかったのは『毒親』というワードだ。
私はレジに本を持っていき、合宿所で読みはじめた。



『娘がオリンピックに行けるのは、彼女自信の努力が実っただけのことです。
私は何もしていません。
どんな育て方をしていたかと聞かれますが、私はただ彼女のご飯をつくって、朝起こして…本当に必要最低限のことしかしてません。

母親らしい事は何も。

毒親って言うんですよね?

私自身、自分がそうだったと思ってますから。

お恥ずかしい。


私は娘を自分のお人形かなにかだと思っていたんです。

我が強い娘だったので、何度も衝突しました。

自分の思い通りにならないあの子に苛立ち、何度ひどい言葉を浴びせたか覚えていないくらいです…。

そのくせ周りには自分が正しい親かのように振る舞ってました。

娘を手のかかる大変な子供に仕立て上げて。

さも苦労しているかのような顔をしてました。

でもね、あの頃は本当に大変は大変だったんです。


私と娘は相性が悪い。

それは紛れもない事実だったと思います。

けれど投げ出すわけにはいかない。

私にはそれが呪いのように感じました。

誰に話しても理解してもらえない。そもそも人に話すのが怖かったです。

我が子を愛せないなんて。

そんな親、異常でしょう?

だから必死でした。必死であの子の衣食住を揃えてました。

何のためだったのかと聞かれたらきっと自分の為です。

あの子の為ではなかったと思います。

それが私の、母親としての証明になると思っていたから。


あの子は勝手に大きくなりました。

知らぬ間に自分で選んで進んでいました。

今さら私が母親面して出ていくなんて、おこがましい。

私は毒親です。』




そう締めくくられていた母のインタビューは、衝撃的だった。

たしかに母との相性の悪さは幼い頃から感じてはいた。

けれど、母に愛されていないとは思っていなかった。驚いた。


今、思い返してみても私はわりと大事にされていたと思う。


好きだと呟いたおかずは次の日も食卓に並んだ。

雨の日は頼んでもないのに、学校まで迎えに来た。

風邪をひけば大袈裟な量のゼリーやスポーツ飲料を買い込んで

クラスでイジメにあったときは泣きながら怒っていた。



母は私を愛してはいなかった…?


たしかに母はぶっきらぼうではあった。

口も悪かった。

ひどい言葉もたくさん言われた覚えはある…

毒親だったのだろうか。

私にはそれがわからない。


小さい頃から優柔不断な私に母はずっと

「自分で決めなさい」

と言った。

自分で選んで、自分で決めろ。

と。

失敗したときの言い訳を最初から用意することを許さなかった。

何があっても、それを決めたのは自分なのだから誰かのせいにしてはいけない。


母は一貫して私にそう教え続けた。

それが今の私に繋がっていると思っている。

私の根幹はそこにある。


母はそのことを覚えていないのだろう。


「ふふふ」

思わず笑みが溢れる。


そんな風に思っていたのか。

とんだ勘違いだ。

正直母の悪態なんてなんとも思っていない。

この人、口が悪いなぁ。

くらいにしか思っていなかった。

それをこの人は今でも自分への罰のように思っているのか。

衣食住を揃えただけ?

親元を離れ、それがいかに大変なのかを知っている。


あぁ、バカだなぁ。


勝手に大きくなるわけがない。

勝手に選んできたわけがない。

何もわかっちゃいない。

私がどれほど感謝しているか。

あなたの愛情が私を育てたことをすっかり忘れている。


母がどれだけ私を愛していなかったと言っても

私はそれを否定する。


親元を離れるまでの18年間。

欠かさず用意されたご飯も

苦手だと言っていたお弁当も

温められた部屋も

夜食に作ってくれた鍋焼きうどんも

眠れない夜に淹れてくれたココアも

不器用ながらも作ってくれた誕生日ケーキも

面倒くさそうに教えてくれた料理も


全部全部、否定するには十分すぎる材料ではないか。



「あなたのソレはひどく身勝手よ。」

そう言い捨てたあの人は
涙で目が真っ赤だった。

あの人は僕よりひと回りも歳上で
とても大人でかっこよくて僕の憧れだった。
あの人が『女』に見えたのは
煙草をふかした姿を見てからだ。

窓を開けて、春の風に髪を揺らしながら
あの人は遠くを見つめて煙草を吸っていた
それがなんだかとても綺麗でドキリとしてしまったのだ。

「煙草を吸う女は嫌いなんじゃないの?」
あの人はからかうように笑って
「先生は違う」と小さく呟く僕に
「ずいぶん勝手ね。」と困ったように笑った。




先生に告白をしたとき
1度目は茶化されて、2度目は「ありがとう」とだけ言われ、3度目でやっと向き合ってもらえた。

その時に恋人がいることも、もうじき結婚することも先生は教えてくれた。
幸せそうな先生の横顔があまりに綺麗で
僕は嫉妬してしまったのだ。

結婚なんてしなければいい。

僕は必死だった。
必死で先生に向かっていった。
誰に何を言われてもいい。僕は先生が好きだ。
それがすべてだった。

「あなたにとっては若気の至りですむんでしょうね。」
先生がそう冷たく言い放ったのは
婚約が破断となった時だった。

その知らせを聞いたとき僕はちっとも嬉しくなんかなかった。

「良かったわね。あなたの望みが叶ったわよ。私もう結婚しないのよ。それで、あなたがもらってくれるのかしら?」
まくし立てるようなその言い方に僕は戸惑いながらもプロポーズをした。
先生は呆れたように笑って
「そう。私、子供が欲しいの。子供が産まれたらしばらくは仕事できないけど、あなた養ってくれるのよね?仕事はどうするの?どこで働くの?給料はどれくらい?生活していける?」

突きつけられた現実に僕はただただ黙り込んだ。

先生は深い深いため息を一つついて
「先生としてあなたに言うのはこれが最後よ。」
と、静かに語りだした。

「結婚は生活よ。夢や希望ではない。現実に続いていく生活。私はね、憧れで結婚を口にするような年齢ではもうないの。
気持ちを相手に押し付けて手に入れられるものではないのよ。あなたのソレはひどく身勝手よ。」

僕の頬を涙がつたう。

「どうしてあなたが泣くのよ。それはあまりに卑怯だわ。今、泣いていいのは私だけよ。」

「ごめんなさい、、、」
それしか言えなかった。



それから僕は先生と一度も話すことなく卒業した。
先生はその後、新しい恋人ができあっという間に結婚したという噂を聞いた。