老人というブログを書いてからすぐに、3週間ぶりに泳ぎに行きました。今日も泳いだ。

 

そうしたら、なんと、急に気分が明るくなったのです。血流も良くなり、とにかく気分が良いのです。まあ、老人には変わりないのですが。

 

夫は、「ヘミングウェイには老人と海という小説があるけれど、あんたは老人とプールだね」などと言うのです。なかなか上手いことを言うなあと思いました。

 

もう一つ大笑いしてしまったことがあります。

 

トランプ政権がHarvard大学に対して、大学における多様性のポリシーを変えなければ連邦資金を差し止めると言うような脅しをかけたことは記憶に新しいところです。それでトランプ政権の教育長官(Secretary of Education)のLinda McMahonがHarvard宛に書簡を送ったことがちょっと話題になっています。

 

Threadsで見つけて大笑いしたのですが、Harvardはその書簡を全面的に添削し、真っ赤にしてソーシャルメディアに載せたらしいのです。間違っているとか、辻褄が合っていないとか、たくさんのクエスチョンマークとか、とにかく赤字で直しまくっているのです。

 

さすがHarvardです。

 

Harvardを相手に何かを要求し言うことを聞かせようとするなんて、相当の覚悟と知性がなければまず無理でしょう。

 

教育長官のLinda McMahonは、コネチカット州上院議員選挙に出馬したこともあります。彼女はWorld Wrestling Entertainment(WWE)のCEOで、当時も話題になっていました。別にレスリングを貶めるわけではありませんが、いくらビジネスパースンとしてWWEを数十億ドルの市場価値を持つグローバル企業にまで育てたとはいえ、Harvardを相手にできるだけの知性を持っているとは言い難いです。と言うよりも、トランプ政権にHarvardやそのほかのIvy League出身者っているのでしょうか?

 

優れたもの秀でたものを潰そうとする独裁者トランプの政権ですから、いるはずもありません。

 

私は大学で学び、大学で教えた人間なので、高等教育を攻撃したり潰そうとしたりする勢力は許し難いと思っています。まともな文章も書けないんだから。

時々、ほぼ日の糸井重里さんが書く「今日のダーリン」を読んでいます。5月6日の今日のダーリンを読んでいたら、赤瀬川原平さんの『老人力』が目に止まりました。多くの著述家が老人とか老いについて書いているらしいです。赤瀬川さんの『老人力』、読んでみたいなと思いました。

 

というのも、もう2週間以上風邪が抜け切らず調子の悪い日が続いていて、気力も体力もなくなったと感じたからです。外を歩いていてもなんだかとても疲れて、買い物袋をぶら下げていたりすると途中で休みたくなるほどです。

 

以前はこんなことはありませんでした。家にいても、いろいろやって夕方になるともうバッテリーがほとんどゼロ状態で、赤が点滅している感じ。喋るのも辛い。

 

一体自分に何が起こったんだろう?どこか悪いところがあるんじゃないか?漢方の先生は、季節の変わり目は寒暖の変化も激しく、多くの人がだるさを感じるものだから、無理せず休めといいます。そしてあまり喋らない方がいいと言っています。そのせいかも知れません。

 

でも、もしかしたら自分が歳をとって老人になったからではないか?そんなふうに感じるこの頃です。70歳になって、元気なつもりでいても、やはり今までとちょっと違うような気がするのです。老いはごまかせないのではないでしょうか。それが気力・体力の減退につながっているのではないでしょうか。

 

いつまでも若くありたい、外見ではなく意欲的であり続けたい。そんなふうに思っていても、もう疲れて限界だと感じることも多くなりました。あ〜あ、そんな自分は嫌だなあと思うものの、仕方ないという心の声も聞こえてきます。

 

糸井重里さんはもうすぐ77歳になるのだそうです。私よりも7歳も年上で、ほぼ日の会社を経営し、今日のダーリンを毎日書いています。すごいなあと思います。それで糸井さんがどんなふうに老いを捉えているかが気になります。糸井さん曰く、個人として「老いている」ことと「生まれている」ことがある、どちらも合わせて「変化している」ということだろう。続けて次のように言っています。その変化を「観察したり、考えたり」しながら、「うまくやれることを、やっていく」。

 

なるほど。「うまくやれることをやっていく」というのはなかなか魅力的な考え方です。私の場合、何ができなくなったのかを考えて、どうしてできないのかなどとごちゃごちゃ考えてしまいそう。そうではなくて、うまくやれることもあるはずだからそれをやればいいじゃないか、と気持ちを切り替えることがとても大事になってきます。

 

買い物の帰りに疲れたら途中で足を止めて休めばいい。その時目に留まる綺麗なツツジに感動して心を和ませればいい。いろいろやりたくても意欲や体力が続かないなら、今日はここまでにするときっぱり諦めてまた明日やればいい。明日になれば意欲が湧いてもっといいアイデアが浮かんでくるかも知れない。

 

最近そんなことを考えています。

 

私は長年大学で講義をすることを通じて、学生に向かってどのような内容をどのように話せば関心を持ってもらえ、また理解してもらえるかを試行錯誤してきました。退職した今でも、あれで良かったのか、もっと適切な講義内容と伝え方があったのではないかと思うことがしばしばあります。

 

そんな中で、昨日、世界災害救急医学会開会式で敬宮愛子さまが開会の言葉を述べられたことが大きな話題になっています。

 

その内容を聞いてみたのですが、素晴らしいと思いました。あんなふうに話ができるのは、かなりの準備があってのことでしょうが、何よりも相当頭脳明晰でなければ不可能だろうなあと思いました。理屈が通っていて、明確な言葉でシンプルな言い回しができること。簡単なようでかなり難しいことだと思います。

 

聴衆に鮮烈な印象を与え、大きな共感を呼ぶような話ができたらどんなに素晴らしいでしょうか。それがとても難しいことをよく知っているだけに、愛子さまの話に感動してしまったわけです。

 

皇室に関するゴシップはソーシャルメディアに溢れかえっていて、それには全く関心のない私ですが、愛子さまは好きだなあ。