今日は、ちょっと所用で広島にきています。始発の次の6:15発のぞみ3号に乗車して、午前中に広島到着。

 

以前、一回だけ始発ののぞみに乗ったことがありますが、その時には気がつかなかった面白いことがあります。早めに着いて改札に向かったら、多勢の人が立っていて、一体何事かと思いました。まさか、トラブルでもあったのか。今日は大事な用事があるので運休や遅れは困る。

 

そうしたら何と、新幹線の改札口は5:40にならないと開かないのです。知りませんでした。売店はまだ空いていないだろうなと思ったので、食べるものは持参しました。新幹線改札と同じフロアの駅弁屋が一軒開いていて、みんなそこへ向かって突進していました。駅のホームの売店もまだ閉まっていていました。いつも乗車するホームとは違う15番線なので、自動販売機を探すのにもちょっと手間取るなど、いつもと勝手が違いました。

 

私は大抵、広島止まりの新幹線に乗るのですが、今日は博多行きだったので、途中で寝過ごしてはいけないなと、緊張しました。早朝だというのに、満席。サラリーマン風の人たちだけでなく、外国人旅行客の多いことといったら。

 

時間帯が違うと、こうも新幹線の様子が違うのですね。みんな楽しそうでいいな。

大昔、私が小学生だか中学生だかの頃、学習参考書に自由自在というのがありました。それを使って勉強していたのは覚えているのですが、何が自由自在なのか、その当時はさっぱりわかりませんでした。

 

hatena blogの方で、最近、MDノートブックについて書いているのですが、このノートを見ているとなんだか禅の世界に紛れ込んだような奇妙な気分になります。かなりのものを削ぎ落としてシンプルにする。余計なもの削ぎ落とされている。

 

禅についてなど考えたこともあまりなかったのですが、無の境地とか、固定観念に縛られない自由自在な心境を追求することのようです。禅は心の別名、こだわりや偏りがない「無相(一つの相にこだわらない)、無住(一つの場所にとどまらない)、無念(一つの想いにかたよらない」の心境だという説明もされています。

 

今この瞬間に集中するマインドフルネスなんていう言い方が最近の流行りでしょうか。

 

まあいろいろな言い方がありますが、今の自分に一番フィットする表現は自由自在=固定観念に縛られないことです。こうでなければならないという考え方に長い間縛られていたので、固定観念に縛られないということがとても魅力的に感じられます。自由になること、自由を手に入れることと同義かな。

 

この自由になることが実はとても難しいということを現役を退いてからずっと感じていました。何かに縛られ続けていたというより、長い間自分で自分を縛っていたのではないかと思うこの頃です。

 

そういえば、今も自由自在という問題集はあるのですね。知らなかった。

6月19日にthe Obama Presidential Centerが公開される予定です。そのためか、今日あたりソーシャルメディアではこのセンターに関する投稿が数多く掲載されています。

 

アメリカ建国250周年を記念する雑誌New YorkerのMay 11&18号に、Out of Officeというオバマに関するインタビュー記事が掲載されていて、今日はそれを読んでいました。

 

トランプが一度ならず二度までも大統領選で当選し、二度目では以前にもまして深刻な民主主義体制破壊の現実が明らかになってきている今、人々の間にオバマを大統領に!というオバマ待望論が見られることは、当然なのかもしれません。しかし、オバマが現職大統領であった頃と今とでは状況が全く異なるので、再び大統領になるという選択肢はあまり現実的でないのかもしれません。

 

もしオバマがトランプにチャレンジしたらおそらく勝利するだろうけれど、それはオバマがトランプ時代における自分の役割として考えていることとはどうやら異なるようです。オバマはトランプが自分を非難するような暴言を吐いても、いちいちそれに反論しない(取り合わない)と言っています。それをやったら、政治家ではなくコメンテーターになってしまうというのです。いかにもオバマらしい抑制の効いた考え方です。その役割はCBSのLate ShowのホストであるStephen Colbertが果たしてくれているからそれで良いのだそうです(笑)。

 

オバマが間髪入れずに反撃したのは、テキサス知事のGreg Abbotがトランプの意向を受けて選挙区の区割りを共和党に有利に変更した時だそうです。これに対抗してカリフォルニアのProposition 50 (民主党優位の選挙区を5つ作り出す)を実現することに貢献しました。

 

それ以外ではオバマが最も力を入れているのは次世代のリーダー育成です。リーダーシッププログラムを立ち上げて、政治家に限らず社会のあらゆる場面で現実を変えることのできるリーダーを育てること。これをトランプやMAGAへの対抗策と位置付けているわけです。

 

シカゴのサウスサイドに建設されたPresidential Centerは、そのことを如実に反映しています。このセンターは、過去の大統領のPresidential Libraryと言われるものとは異なり、文化的、教育的な、コミュニティーの人々が集まってくる施設として構想されました。一つの建物ではなく、複数の建物から成るキャンパスと言われ、民主主義的な価値を広める使命を担っています。オバマ政権の時の膨大な資料はワシントンD.C.にあるNational Archivesで全てデジタル版で保管されるのだそうです。

 

アメリカ人だけでなく世界中の多くの人がトランプに対する怒りで、このひどい状況をなんとかしたいと思っている時、オバマは"we are playing a long game here,  change is hard and change is slow"ということを思い起こさせてくれる(ミシェル・オバマの言葉)のだという箇所を読んだ時、あらためてオバマ大統領の凄さを感じました。

 

オバマ大統領が当選した当時、多くの国民が熱狂し、期待と希望を抱いたのは今でもよく覚えています。ただ、私はその当時、オバマはあまりにも理想主義的すぎないだろうかと感じて、さほど評価する気になれなかった。でも、議会でAffordable Care Actを成立させたときは、驚きと期待を感じました。

 

トランプのような人物が大統領になって、その政権下で起きる異常事態(!)を目にすると(特に2回目は取り返しがつかない制度破壊をやっている)、オバマの凄さが身にしみて理解できるようになりました。たぶん、最初からオバマ支持の有権者はともかく、そうでない有権者は私と同じようなことを感じているのではないでしょうか。シニシズムや敗北主義に陥るべきではないというオバマの言葉や、これはlong gameだという考え方に希望を見出す人たち、特に若い人たちの中から次世代のリーダーがさまざまなレベルで出現するのも夢ではないと、記事を読んで強く感じました。読ませる記事でした。筆者は、Peter Slevinというライターで、ミシェルオバマについての本を書いています。ワシントンポストのスタッフや、マイアミ・ヘラルドのヨーロッパ特派員なども経験しています。