◾️リック・ウェイクマンの失敗事業



バイロトロン(Birotronは、アメリカのミュージシャンで発明家であるデイヴ・バイロ(Dave Biro)が考案したテープ・リプレイ・キーボードです。

メロトロンに似ていますが、メロトロンが8秒しかテープ再生できないのに対し、8トラックのカートリッジ・テープを使って、テープをループさせ制限を無くしました。

またサステイン機能やピッチ・コントロールをつけたり、筐体を大幅に小型化するなど色々改良して、メロトロンの後継機を狙っていました。



デイヴ・バイロは1974年に試作機を完成させ、1974年の10月にリック・ウェイクマンに見せたところ、リックはすっかり気に入って感銘を受け、開発製造資金を出資しました。

1976年に広告でB-90モデルが紹介され、世界中のミュージシャン※から予約注文が1000台以上殺到し、売上予定は100万ドル以上の金額になったそうです。

※ ヴァンゲリス、キース・エマーソン、エルトン・ジョン、ユーライア・ヒープ、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ザ・ビーチ・ボーイズ、ザ・フェイセス、レッド・ツェッペリン、キャプテン&テニール、ゲイリー・ライト、ダドリー・ムーア、パトリック・モラーツ、シカゴ、タンジェリン・ドリーム、エドガー・フローゼ、クラウス・シュルツェなどが含まれていた。


しかし、製品版は市販されませんでした。

工場を作ったものの、製造には特殊なモーターや部品が必要で、優秀なエンジニアを雇って製品化に取り組みましたが、大量生産できるコストや生産性を達成できなかったと言われています。


正確な製造台数は不明ですが、完成品を実際に手にできたのは事業主のリックのほか、クラウス・シュルツェ(アーススター)やタンジェリン・ドリームなどほんの一握りだったといいます。

しかも70年代後半にはポリフォニック・シンセサイザーが登場し、テープを使うアナログ楽器のバイロトロンは時代遅れになってしまい、先行きも怪しくなりました。

大量販売をすることができずに事業を断念したリックは、当時の金額で数万ポンドの大金を失うことになりました。



当時リックは、マイケル・テイトと協力し、2台のメロトロンを1つの巨大なキャビネットに収め、ダブル・マニュアル・キーボードを作り上げていました。運搬の振動などで、チューニングが狂いやすいデリケートなメロトロンを大金をかけて改良したものです。

Going For The One』セッションの全長フィルム(『イエスイヤーズ』のビデオに一部だけ収録)で、リックがこのダブル・メロトロンを演奏しているのを見ることができます。


その後新しいバイロトロンを初めて作品の制作に使ったのはリック・ウェイクマンだと言われており、イエスのアルバム『トーマト』の録音に使われています。

例えば「Rejoice」と「Arriving UFO」の最後の合唱や「On The Silent Wings of Freedom」のストリングスの音はバイロトロンで演奏されています。

また『究極』や『トーマト』のツアーにもリックはバイロトロンを帯同しています。

『究極』のツアープログラム(1977年)にはリックの使用機材に「4台のバイロトロン」と記載されています。



スティーヴ・ハウの自伝(日本語版では189ページ)には『トーマト』制作時のバイロトロンへのいたずらエピソードが語られています。

「私が市販の8トラック・カートリッジを密かに入手し、リックがトイレにいった隙に、みんなで彼のダブル・マニュアル・メロトロン・キーボード(バイロトロンのこと)の内部に装着してある8トラックと入れ替えた。リックがメロトロンを弾いたとたん、シールズ&クロフツ、フランク・ザッパなどの曲がまぜこぜになったぐしゃぐしゃの音が飛び出してきた」(ハウ談)


バイロトロンのサウンドは『トーマト』のほか、77〜78年ツアーを収録したライブ盤『イエスショウズ』、『ライヴイヤーズ』やリックの『罪なる舞踏』(楽器クレジットあり)で聴くことができます。

WIKIによればアーススターやタンジェリン・ドリームのアルバムにも使われているそうです。



手元にあるアルバムでは1993年にリリースされた『Rime Of The Ancient Sampler / The Mellotron Album』に、David Keanによる「Lift」という曲が収録されています。

この曲のヴァイオリンとフルートの音はメロトロンですが、合唱はバイロトロンとチェンバリン(メロトロンの先祖)によるものだとクレジットされています。希少な楽器をどうやって手に入れたのでしょうね。


リックが開発と製造に関わったバイロトロン。作品やツアーに使うことはできましたが、とても高くついた買い物でした。