首都高 渋滞 事故 ラーメンなど つれづれなるままに -15ページ目

朝から松屋で馬鹿なやりとり(怒)



店員さんは いい人でした


店にはいって食べてると

酔っ払いの60歳くらいとその子分30歳くらいの組み合わせの二人組


別に一人親父がひとり

自販機を通さず持ち帰り牛丼を注文



さて ここから何がおきるか?

一人親父が普通に帰ったあと


二人連れの60歳の方の親父が

店員をつかまえて

「おい あの親父毎日会うけど あいつ自販機で

チケット買わないだろ なんであいつだけ優遇されてんだよ」

とつっかかるw


店員さん 名札みるとストアマネージャとかいてある

30歳くらいの若い男性


「自販機が使えない方もいらっしゃるので そういう注文も可能です

ただし、人の代わりを自販機がやっているので、ご提供までの時間は

自販機の方がはやく 手売りの場合は ご提供が遅くなります」

と回答

するとおやじ

「なんだよそれ 不公平だろ なあ(と若い奴をふりかえる)

(若い奴は そうですねえ しかいわない)」

「だったらよお 明日から俺も自販機で買わないけどいいか?」

店員
「はい 大丈夫です。ただし提供は遅くなります」

おやじ
提供がおそいなんて聞きもせずに

「そうか じゃ 明日からそうするよ」

で そのときおばちゃんが入ってきて 自販機が動かないんだけど

と ホントか嘘かわからんが助け船w


店員が離れると

60歳が30歳のほうに  でも不公平だよな

なんで あのおやじだけ優遇されてんだよな

気に入らねえな と ほざき

30歳の方は そうですねえ としか言わないw

あのおやじ偉そうで気にいらねえんだよ とまだ言っている


だったら そのおやじに直接いえよ という感じだ。

なぜ店員にあたるかね。

こっちの料理の提供遅れるんだけど

って よく見たら顔が赤いだけで酔っ払いじゃないなこいつ。


なんなのこれ?


丁度6:30頃

なんか似たような親父達がいっぱいいる。

近くの会社の出勤前なのだろうか?

スーツとかではない ふつうの服にジャンパーだ。


別になんの仕事しててもいんだけど

そんなに嫌なら 松屋にこなければいいじゃん!

と思った・・・・。


朝の松屋は 常連客でいっぱいなのね・・・・

一見さんは入るべきではなかっったね。

すみませんです。


店員さんは常に冷静な対応だった。

まぁ 類似品がいっぱいいるんだろうね。


そんなに直接やりとりしたかったら

吉野家にいっておくれ。

って 最近行ってないけど 吉野家もチケットになってんのかな?

平和台 氷川台にはないもので いっとらんです。

大黒PAはチケットだったけど。



ちゅうわけで

帰宅した朝飯時の めんどくさいやりとりでした・・・。















金沢1泊2日の旅


3月30日~31日に1泊2日金沢へ

プライベートでw

業界人からすれば

年度末になにやってんの?

だろうけど、こうでもしないと変わろうとしない業界に渇をいれるために



っってのは嘘で

長男が中学に上がるため、子供料金はこれが最後ってことで

急遽きまった金沢行き。


長男の目的は新幹線かがやきにのることだけどw



私は 学会で数年前に来て以来の2回目


学会の時は駅前ホテルと金沢大学の往復&夕食の移動のみで

兼六園とかの観光はゼロだったので

観光は初


長男のこだわりで かがやきは東京駅から乗車

春休みだけあってホームは子供いっぱいで

写真撮影もすごいw


10:24東京発 12:52金沢着 早いですね~


金沢駅撮影




























ホテルに荷物を預け

雨が降りそうだったので抑えていた



タイムズかーぷらすを使って

二十一世紀美術館へ


そこで子供達が唯一楽しんだのが

プールw













上からと下から











周りは融雪パイプが埋まっているようで

バタバタすると怒られたw


私の母親と嫁で 買い物してる間 子供達は外で走り回り時間をつぶすw


次どこいくか? ということですでに15:30だったので

近くの近江町市場へ 車で移動

バスだったらここまでスムーズじゃなかったかもw

近江町市場は16時だったので すでに閉店モードw

お客さん閑散で 地元の人が 夕飯の買い物をしていた。

観光だと ここで生魚を買うわけにも行かず、

ぐるっとまわって 安い魚をみつつ 通過して

最後に のどぐろせんべいだけ購入して終了



これで宿に戻って 近くの店で夕飯


2日目 快晴

兼六園はいくのだけど 時間が余りそうだったので

子供達が楽しそうな 千里浜へGO


まあ 単純に自分が走りたかっただけどいう意見もあるww

朝4時頃起きて どっかないか地図みてたら

あら 意外に千里浜ちかいじゃん と思っただけw


市内から車で30分程度で着いちゃう近さ


のと里山海道が無料で快適な自専道

途中SAPAらしきあるが 国道なので道の駅w


途中で降りて 千里浜なぎさドライブウェイへ

ICから降りて車が行かない方へいくと

砂浜へ降りられる。


って 本当に砂浜の上を走るわけで ちょっと間違えば海にどぼんだなこれw





まあ こんな感じだ


写ってるのは次男4歳 身長約110cm


なかなかハンドルが取られて面白い区間

一人だったら 多分なんかやってるw

でも4人乗っていたので 安全運転で



その後は兼六園へ

帰りは国道159号 国道159と8の重複区間 国道159(山側環状)と

ナビ通りにもどる。

そしたら 千里浜から兼六園近くまでなんと信号ゼロ。

これはすごかった。

要は 359号しかなかったところへ

山側から市内へ一発アクセスできる

道路をつくり それをアクセスコントロールした

形でほぼ高架立体。

長男もびっくりの信号ゼロ。

使う側からすれば ものすごく便利だけど

ここまで必要かどうかは不明・・・


ってことで あっというまに市内へ到着で13時

兼六園到着。


写真は 有名なやつ。


なぜか子供2人が知っている





どうも 鉄道すごろくの金沢のところの

絵が この灯籠らしいww


恐れ入りました

一緒にやってるけど そんな記憶ないよ

親父には・・・















14時過ぎまで見学して 14:40頃駅に戻り

15:52 かがやきにて東京へ戻る




長男切符を記念にもらう


東京駅についた かがやき

18:28着



金沢駅で あわびめし 購入したが

たしかに美味いが 1600円かぁって感じ


長男は 大好物のますの寿司を購入して

あっというまに食す


次男は なぜかこのあと地元駅にて すき家で鶏そぼろ丼

家にかえって完食w


市内は 基本バス移動なんだろうけど

平日だったので 車快適でありました。

車なければ千里浜いけなかったしよかったよかった


ただ 金沢には 子供遊ぶ場所少なそうなので

長期滞在はないかな・・・・。



評価

労働時間革命 (小室淑恵著) から どう働くか などなど(長文)

Amazonで予約とりよせた本

労働革命


ワークライフバランス社 社長小室氏の著書

いままでも 多くの類似書籍が出ているが

それの 一種集大成的な構成。


ワークライフバランスについて

なんの知識も無い人にとっては いろいろな事例もあり

わかりやすい構成となっている。


背景から 今後どうなるか というところを踏まえて書いてあるので。


いまさら出生率が増加して 人口増加など ほぼ見通せない状態 かつ

高齢者率が増加し 介護しなければならない世の中

そして少なくなった労働人口の中で 出産、子育てを経験する女性が

離脱したら 国 企業が成立しなくなるのは目の前。


それをわかってないおじさん達に読んで理解してもらう本

ただ 読んでも いやいや違うでしょ やれるだけやってみるのが人間でしょ

となるかもしれない。


それはそれで正しいと思う。 小室氏もやるだけやるのには当然賛成のスタンス

ただ、それを労働時間がながいことを やるだけやったと

することが違う と 一種 働き方のパラダイムシフトといえる。


日本がイノベーション出せないのは 会社にばかりいて

ライフしてないので サービスを享受する側になる機会が少なく

だから なにをされたら楽しいか? なんて発想にならず

イノベーションもおきない という一つの理論も示されている。


つまり 今まで属人的にされてきた企業の仕事を

必ずWアサイン以上の 複数人で対処し、一人抜けてもなんら

変わらないように動かすこと

チームで8時間労働で最高のアウトプットが出せるように

管理するのが マネージャーの仕事。


ライフの時間が増えることで、その時間は思いっきり勉強、娯楽の時間とし、

そこで得られた経験等を踏まえて ワーク時間は超集中してやる。



そうすることで 介護、育児で短時間労働だったり

在宅だったり 8時間に関係ない、かつどこで働こうが関係ない

仕事の仕方がでてくるはず。


ただ チームで動かすにはコミュニケーションが必要で

短時間 在宅等で直接会えない場合 ITツール活用で

なんら問題なく出来る時代。


そのかわり マネージャのワークは 

ワーク時間内で そのチーム力を最大化すること。

つまり コミュニケーションの鬼になることが求められ、

人対人が最重要。


そのためには こまめに会話、雑談でもいいが

常に誰がどういう状態にあるか把握し

何かあったら その場でその状況を踏まえた判断をする。

それができなければ マネージャ失格


まあ いままでも やってきているマネージャはいっぱいいるが

超時間労働ができない時代になれば 淘汰される。

そうならない前に いろいろ試して動いていこう

という考え方もある。


東レの方や サイボウズなんかはそんな考え。

いま 安泰なときにいろいろ試して

いざ もう介護、育児まったなしになったら 勝つ。



これ 個人でもやっておいたほうがいい。

自分が会社にフルタイムいれなくなったら

どうやれば やっていけるのか?


奥さん子供がいる家庭なら

奥さんが急に入院

子供が小学生2人

近くに親戚はいません

学童行かせても18時には終わり 夕飯無し

さて あなたはどうしますか?


これに答えられないと 今後働けなくなる時代が来るでしょう。

特に20代、30代。


上記の奥さんとお父さん お母さんと置き換えた場合

介護の課題となります。


こういう基本背景を持った上で 自分達の仕事環境をどうするか

考えるべきです。


こっからは個人的意見です(長いです)


建設コンサルタント業界も

単に 労働時間短縮 とか 残業禁止 ノー残デーとか

いろいろ取り組み先行しており、

とりあえずやってみればいいじゃん が流行っているようですが

やるのはいい それでPDCA回せばいいので。


しかし やる際の理念がないので それが回らない。


今後の国 企業をどうしたいから やるのか?

という部分が薄い。


ここが 建コンなら発注者 受注者全部に浸透しないと

変わらないでしょう。


インフラをこれからも100年維持する 建設する

それは国民を安全安心に暮らせるようにするため

いままでは それを超時間労働で支えてきたが、

これからは 支える人数が少ないので それをやっていたら

みな24時間労働になる。そんなのは無理なので いろいろ変えることで

国民を幸せにする

これが理念 と個人的意見。


これを建コンの1企業として支える 

発注者として支える


そのためには 少ない労働力で 高いアウトプットを出さないと

国のインフラはどんどん廃れていく


だから みんなで どうやればできるか考えよう


そういう時期です。


だから 考えない奴は去れ といいたい所ではありますが

実際そこまで深刻だと危機感もっている人間が少ないでしょう。


1億総生産なんとか とか国が打ち出していますが

実態はなかなか見えない。

国がやらない 会社がやらない ではなく

個人がどうやっていけば 国がよくなるか まで考えなければならない。


契約社員 派遣社員は 最長5年までで それ以上は無期雇用という

法律が降りてきて、それのリミットは平成30年


これも先の政府が なるべく正社員を増やして安定させようという施策ですが

働く人の中には 会社にしばられないで 自由に働きたいけど

その会社が気に入っているので そのまま働きたい という人もいて

そういう人のは なんでこんなことしたんだよ的な政策になる。



企業側も 弾力労働力を固定にしなければならないリスクが増え、

いままで弾力労働でやってきた会社大変だ。


5年以内には入れ替えるか 無期雇用か。


働く方が安定を求めている場合 無期となるだろうし

会社側としても欲しい人材は無期雇用契約社員


さらには 社員への登用もあるだろう。


これらを考えるには、

前述 どうすることが国にとって一番いいことか?

が理念だろうと思う。


そうなるように会社 部 チームを動かすには

こういう人材、人数が必要 という方針を決める必要がある。


そこにあてはまる人ならば

有期雇用でリリースではなく

無期雇用もしくは社員登用

が妥当と考える。


グループ チームには

マネージャー

サブマネージャー

業務責任者格

担当者格

という構成となるだろうから、

建コン業界だと そこに資料作成アシスタントとして

PCで資料作成する契約社員等が比較的多く存在する。


担当者格までは 専門知識を活用した課題解決ストーリーが求められ、

アシスタントには そこからの指示での資料作成が求められる。


しかし 担当者格がいっぱい仕事をしたい場合

すべて指示していたのでは回らない

そこで 半分くらい自分と同じくらい考え、その中で勝手に

資料を作成してくれるアシスタントがいれば その分担当者格は別の仕事が

いっぱいできることになる。


これは 担当者格 それを管理する立場の人間が

どう考えるかで変わってくるところ。


うちはこうしたいから こういう人材 というのは同じではない


ただし 理念は同じなので その理念下で 

グループとしての理念が成立しないといけない。


場合によっては 担当者格もう1人

とか それえお束ねる人1人 とか

必要な人材は違ってきていい。



しかし 考えるときに 先の介護 育児等の

働けない状態になることを 想定しての人材確保が求められる。



私個人的には 若手担当者から 俺はもっとこういう仕事がしたい

だから ◯◯までできる人を増やしてくれ

そうすれば 自分はこういう仕事含めて2倍できる なんていうのが

でてくればな とは思ってる。


それは 自分が35くらいのときに

仕事はやろうとおもえば まだいっぱいある

でも これ以上やると 質が低下する というぎりぎりのところまで来たとき

上司に半分技術が理解できるアシスタント1人 単純アシスタント2人つけてくれと

懇願したことがあるから。



それにより 自分が方針を決めて そのあと外出していても

次の日には資料の80%素案ができている

ちょっとそれを直して単純なら 単純アシスタントに

技術的にならもう1回再検討


これが毎日できれば 相当回った。

そういう経験があるから。


そして さらには社員◯人いれば

発注者Aの仕事が2億 Bの仕事が1億できる

なんてことに発展して チームができあがる という流れ。


よって、そのチームが発展する過程に

どんなチームが最強かどうか 常に考えている状態になる。


最近 サボっていたけど

いろいろ雇用や働き方変革などが課題となってきて

再度考え直すいい機会になってきている。


他の業界、企業で出来ていることが

この業界でできないとか 最初に決めつけるやつがいるが

まさに とりあえずやる ただし理念ありで。


そう強く思う。


そうしないと こんな(あえて)業界に 学生誰も来ないよ!!

来てもやめちゃうよ!


人間 必ず人のためになろうとする意識がある。

それを活かす方法を考えないとね



私個人は

父と同じ昭和のおやじなので

とことんどこまでもワークするのが好きだし

ライフもワークもないと思ってるw


怒られるかもしれないけど ワークもライフの一種。

その中で 自分の知識 能力が

国民のためになるなら いくらでも使う

その代わり 代価は頂く。

それでいいよね? ダメかな


歌手のばあい

その天性をいかして みんなを楽しませたり感動させたりするのが仕事だよね?

おそらく彼らだってライフの一種でやっているはず

ただ プロなので たゆまぬ努力をして

みんなをたのしませる。

そのかわり その天性と努力に代価を頂く


プロスポーツだって同じ


みな同じだと思う



みんなをたのしませるために

自分も楽しみながら仕事するのが大事


私の場合 渋滞とか安全対策とか 

もう大好物なわけで こんなやつの稚拙な知識等で

みんなが笑顔になるなら なんでもやりますという スタンス。


だから苦しかろうが 努力と感じない。


その流れが たのしく仕事ができる ってことだろう。


基本的には 好きなことを仕事にするのが幸せ とおもってるけど

まあ それが答えではなく 私の場合の多分ベター。


人によっては 仕事は金をもらうだけの作業

それを使って別のことをやることがライフ

それもまたベター



答えなんかない  そういうことだろう


とにかく まずどうしたいのか?

がなければ それに対する法制度にどう立ち向かうかも出て来ない。


それを 一度話合うのも良い手段だろう

たぶん 個別に違う。


うまくいっている企業 グループなんかだと

かんがえないかもしれない

だって なんもしなくてもうまくいってるから。


こういうのは危機感がないと考えない。

しかし危機がきてからでは超遅い


安定しているうちに動かないと終わりだ

長男 小学校終了


いつのまにか 身長165cmになりやがった

長男 昨日小学校卒業


あっというまの12年か


次は中学

ヘタレなので 全国クラスのソフトテニス部は

顧問が怖いといって 回避する模様・・・・・ なんてこったw

やれば いくらでも うるさく教えてやるのにw



同時に通っていた テニスとスイミングも卒業

スイミングは3歳から 泣きながら通ったので

これは褒めてやろう


テニスは2年と短かったので それほど

うまくはなってないけど ちゃんと通ったな


スイミングは明らかに 私より長く泳げるし早い

ただ 体力が無いので つづかないけど・・・


スイミングはティップネスだったから ジムにも通わせるかw

私は75まで増えた体重を10落としたいのでミニライザップに通いたいw

もうちょい安いミニライザップって需要あると思うんだけどww


長男通っていた小学校

120人中40人が私立だと・・・
 すげえなあ

それも開成 麻布 桜陰って・・・


ま 長男はしまじろう程度なので

学校のテストはほぼ100ってかんじで

普通のテストだと まあ並。


普通の都立高校いければ十分でありますな

嫁は いい高校 いい大学ば いい会社に入れる確率あがるから

といいますが


私は 仕事は一生だから 好きなことをやるのが一番

それに 最短で行ける方法探せ とだけ 伝えてあとはおまかせです。


もちろん なんかあれば 背中は蹴ってあげますがww


なので 冷たいようですが

幼稚園とか学校の卒業式とか なんの感慨もありませんww
(すみません だから冷徹だといわれるのですが・・)


その過程でしかないので お世話になった先生方には

もちろん感謝ですが。

長男の場合 途中でいろいろありましたが

当時の問題ある担任は みな残ってないしw


最後 他の生徒が友達同士で写真とか話ししているときに

長男は 単独行動で(ようは友達がいないw)、

先生方の所をはしってまわって 話をして サインしてもらっていたのが

印象的です


偏頭痛持ちで しょっちゅう保健の先生には6年間お世話になったので

保健の先生にはかわいがられてましたww

でも 6年になってからはだいぶ減ったな。



次の6年であっというまに中学高校。


好きなことをやって いろんな人を助けたり笑顔にしてくれれば

それでよいです。


パソコンいじくる


なぜかまほろバケーション聞きながら


明日25日は長男小学校卒業式

なんだかあっという間に中学生ですね

となりゃ あっというまに20歳になるってことだなw


ところで使っているパソコン

以前どっかでかいたように キーボードのかなりのところが

消えてしまったので キーボードを換装することに。


また、HDDも12000時間越えてあやしくなっってきたので

ぶっこわれないうちにSSDにってことで、1TBのHDDを2TBのSSDへ

これ どちらも頼むと それなりの金額がかかる


購入して自分でやっちゃえってことで

キーボード4,500円で ぽちっと調達

SSDも サムスンの2TB 5年補償があったのでこれをぽちっと。

10年補償ものが新しく出ていたけど予算オーバー。


HDD換装はなんどもやったことがあるので 問題ないとおもってたが

キーボードは初なので ちと不安の中スタート


いろいろサイトをあさっていると

全部ばらすところまでの過程は 写真入りのサイトがあったので

それを参考に 裏のねじを全部取り

つぎに蓋はずしたところで、DVDドライブと本体をつないでいる

線をきらないように 注意してはずして これですぱっとはずれる。


さて ここからがわからない。

なんせ キーボードがはまっているのは見えるのだが

開くところがどこにもみつからない。

悩むこと20分


もしかして ってことで

ドライバをねじこんで うりゃっとやると

あらま ぺりぺりってなんか音がするww


えええええ

両面テープでくっついてんのかよおお キーボード君w


外した後の残骸写真がこれ



ごらんの通り金属板に

両面テープがはってあり

本体にべたってしてあるだけという・・・





なので新品にも両面テープを適当にはっつけて

同じ場所にはっつけて

はい では終了ってことで また元にもどしていく。


で こんな感じに




とりあえず全部みえるようになり


タッチも元に戻った感じ




あとはホイールパッドの左クリックが

つかいすぎて 削れているが ここは直すのには

部品交換だろうから ちょっと後回し。


そして SSD換装

まずは もともと持っている むき出しHDDを入れるケースに

SSDを入れて USBで接続


そして クローン作成にいつも使っている

ACRONIS True Imageを用いて

クローン作成  さすがにデータが1TBあるので数時間を要したけど。


あとは HDDをねじ1つはずして抜き取って

同じ所にSSD入れて 元に戻してはい終了

こっちは簡単。


ちなみにレッツSXシリーズは7mm厚さですので

9.5は入りませんです。 ご注意を


こんな感じ





結果 起動が超速


ファイルの読み書きも当然早い




ということで


パソコンがかなり生き返った感じ


丸2年経過で

自分の一部としていつも動いてくれているので

メンテナンスして さらに使える漢字。


セキュリティの名和氏は 相当負荷かけているようで

レッツがだいたい1年でダメになるってことだったので

パソコンしらん人が7年くらい余裕でモツだろ

って話をすると おいおいってかんじ・・・・


古くなるとメンテナンスで

金と時間かかっているんだけど

あんた知らないよね といいたいところだ。


IT機器等担当がいない会社は

そうとう苦労されているようだ。

実際50人くらいの会社なら

1人くらいIT専任で いろいろ見てる人いるくらいだし。


上場してるのにIT機器担当がいない会社があるらしいが

ほんとかよって感じ。

そんなところの IT戦略とかセキュリティとか信じられない感じになるよねえ。

そういうこところにかぎって

うちは どこからも攻撃なんてうけないよ と根拠のない自信があったりして


でも 実際は無名な会社でも IP絨緞攻撃で当然攻撃されてるのに。


20年前だと まだまだITといっても

ワープロ専用機とかパソコンでも単独だったので

なんら問題なかったけど

いまや ネットワークあたりまえ インターネット当たり前

その中でビジネスやっていくのなら

そういうところのインフラ整備は当然必要なもの。


しかし そういうものや世界に興味が無い人がうえにいくと

そんなところには 当然金はかけないのだろう。


資料作成にPCはなくてはならないし データ保存等に

サーバーは必要だし もう文房具といっても過言ではないw


あれ 話がなんかちがうほうにw


ま いつものことなのでお許しを



おそらく 上みたいな修理をかましていけば

業務効率があがったりすることもある。


また 業務系のソフトなんかも導入すると

いろんな効果があるはずなんだけど その効果がいまいちみえないので

導入に対するB/Cは? と言われるとなかなか説明が難しい。



どうしても理系技術者は さいごの導入のところでそういう説明が必要。


17年前にLAN等導入時も

なんでLANなんか必要なんだ? なんで1人1人アドレスがいるんだ?

なんでサーバーなんているんだ? なんでインターネットなんて?

と まぁ 説明が大変だったしw


それによる効果 といわれたので

血気盛んな30歳の担当者は 今導入できるときにやらないと

数年後にはこれが当たり前になりますよ と説き

そのとき 丁度ミニ出向していた事務所が

LAN導入で 各社ノートPCをもってきてつないで仕事をするスタイル

そこでIPとかアドレスとか プリンタ設定とか必要で

これができると こうやって共有ができるってのが

現場でできあがっていたので 見てもらったりして

ほぉって感じ。


そりゃ ノートPCなんて見たことある人いない時代だったし・・・・
当時は文豪と計算専用機だったかなw



たしか 勝手に持ち込んでいた私用PCをもっていった記憶ある。


そうそう だからPC黎明期には

個人持ち出しで いろんなソフトを買ってきて

こんなの すごく役立ちますよなんて 紹介したりして

まあ 広めるのが大変だったな

って これは当時30歳の担当者の話ですがw


ちなみに 私はホームセンターとかいっても

まったく萌えない位 不器用ですが

PCはそういう人でも できちゃうようですので

HDDがおかしいとか 交換する位は機種によってはすぐできます。


特にHDDは安いので。


ちなみに そんな面倒なこと よくやりますね

といわれても いつもどおり 好きなことは苦労と感じないってやつなので

放っておいてくださいww





マスコミの嫉妬としかおもえん


経歴をつっっつくマスコミ



確かに民間企業で

経歴詐称で入った場合、

なんかあればやめさせる口実になるけど

なにもなく 功績あげてればやめさせる理由など何もなし。


今回の場合 彼は誰かに損害を与えたのだろうか?

でなければ やめさせる理由としては

使えるかもしれないけど ラジオも15年で

人気番組だし なんも問題ない気がするが・・・・


学歴の高そうな方がそろってるマスコミには

自分より下のやつが 儲けてることに

嫉妬してがんがん刺しまくってる図式にしか見えない・・。



会社の中で部下の実績を使って


経歴詐称で偉くなる人いっぱいいますけどww

宇部新川


最近 仕事の関係で 東京~宇部の往復が多い

決して遊んでるわけではないけど

なぜか 研究開発系は 水面下で動かしている雰囲気があるw


本当は ◯◯(開発している物)日記とかいって

会社の掲示板に日記形式で書きたいくらいだけど

いちいち許可とって書くのも面倒なので 書かないけどw

任せてくれれば書くけどw


宇部といって すぐ出てくるのは宇部興産だろうか。

街の海側一帯が 宇部興産の敷地で

宇部興産専用道路があることは 有名。


山の方から海まで民間企業が道路作って

維持しちゃうなんて すごすぎる。


宇部興産に一番近いのは 実は宇部駅ではなく

宇部新川という駅。

市役所もこちらにあるし、中心はこっち。

うべしんという塾の本部も 新川駅前にある


ま ただ列車の本数は 時刻表みてもらえばわかるけど かなり少ない

基本 ご多分に漏れず 車社会の街。

列車は学生がほとんど。



昨日は 地元会社さんのご厚意により

夕飯が ふぐのコース!

いやはや ありがとうございました。

あんなすごいのは 食べたことありませんです。

ごちそうさまでした。


お店は高級なお店というわけではなく

地元の方が普通に飲んでる店だが

前もっていっておくと いろいろ準備しておいてくれるらしい。

店のおばちゃん 当然地元でいろいろ教えてくれた。

宇部は 小魚系がうまいらしい。

じゃことかはぜとかおっしゃっていた。

それも 他の地方ではやらないような感じで(飲み過ぎで忘れました)


ふぐのひれ酒

酒好きな方が なんども後から酒をつぎ足して飲んでましたw

確かに香ばしくてうまい。

でも こんなに飲めんw

獺祭(店の表記はだっさいw)があったので

のむことになり これがやばかった。

好きな方はご存じの通り とにかく飲みやすく

逆に 酒好きなひとは敬遠。

私の場合 酒には弱いが 日本酒の味は好きなので

やばい飲み物

一次会が終わる頃には もう頭痛発症w


その時点で21:30

飲んだ人の勢いで なぜか二次会へ


ここで いろんな人の本性がみれたので

いいことにしようww


個人的には もうここではまったく飲めずw



ま これで ビジネスがうまくいくことでしょう。


宇部新川駅周辺は

昼間 あまり人の流れがみえないけど

夜になると いろんな流れが見えてくる。


車社会なので 代行も多い。

でも 店はどこもひろめで ぎすぎすしてなくて

時間もゆったり流れている感じ。


決して金をもっている街とはおもえないけど

(もちろん宇部興産がいるので それなりの税金は)


なんかゆったりすごせそうな街

そういえば ときわ動物園が

リニューアルグランドオープン3月19日 今日!


でも すでに飛行機内

仕事でくると 動物園には寄らないわなあ


街の中心から空港まで車で15分というのも便利

飛行機はすべて東京行きだけど。


逆に新幹線に乗ろうとすると不便

九州へ行くなら車 広島もそうだろう


しかし 大阪付近へは 新山口へでて新幹線か


街の中にアーケードがあったりして

昔 右肩上がりの時代はこんなもんじゃなかったんだろうな

というのが想像できる



あとは 宇部興産専用道路を 山の上の方まで 走りたいなぁ














プロポーザル


なんどか出てますが、

現在 私のお客様である某高速道路会社からの業務は

ほぼプロポーザル形式によるもの


実績や表彰有無による基礎点と

提案書とヒアリング対応による評価点をとの合計で競うことになる。


さらに総合評価型となると

これに入札金額がらんでくる、そうなると技術点+価格点ということになる。


評価点数等は おもいっきり公開されているので

書いちゃいますが 提案書とヒアリングの評価は50点満点で

何点取れるかにかかってくる。

すべてが完璧だと50満点だがこれはなかなか出ない。

個人的にも50満点は5回くらいしかない。

どんなに良くても48 44ってのが多い。

こんな感じ で普通に公開されてる


国や自治体は3月年度末切りでの業務が多いので、

発注時期もある時期に固まる傾向があるが

民間高速道路会社の場合 1年中どこで出てくるかは

わからない状況で、 逆に年度末とかに納期が集中せず

1年中平均して忙しいので ありがたいw


国や自治体の仕事している人は

今頃ピークの頂点に来ているはずですので

体壊さぬよう 乗りきってください という状況になる。


話がちょっと脇にそれるが

それって、 つまり一時期に仕事が重なることになり、

ある一定の売上を上げるのに 一時的にものすごく仕事が重なることになる。

例えば年間で120やればいい場合

平均すれば10ずつ12か月やれば終わるが、

極端にいえば 2,2,2,2,5,5,5,5で8か月で28

残り92を4か月 12、20、20,40 でなんとか92

つまり4月から夏頃まで閑散 1月~3月で半分以上

特に3月に40 とかそういうイメージになる。


これ 私のやっている計画的業務なら

頭をひねくり出せばなんとかなるけど

設計や施工などの場合 時間との闘いになり、

かつ それらはミスったら あとで大変なことになるので

ミスも許されない。

この制度がかわらないかぎり

年度末での設計技術者への負担は変わらないので、

納期をずらす工夫を 発注者側でも考えていかないといけない。

そうでないかぎり ブラック年度末は いつまでたっても変わらないだろう

この議論は また別にしないと・・・




で ぷろぽにもどりますが、

仕様書が示されて、それに対して提案書を書き

ヒアリングでその説明をして 質疑応答を受ける

まあ そういう流れになる。


民間同士の場合、仕様書が示され

というより、提案する企業の方が企画書を作成して

プレゼンの場を設定してもらって そこでプレゼンして

よければOK 不要と思われれば終了 という流れだろう。

この場合、多くが切り込み舞台が営業部 企画を作成するのは企画部

実際なにかを作り上げるのが 現場の仕事になるだろう。


建設コンサルタントの場合

昔は全部入札だったため、すべてが金勝負できまっていた。

その入札行為をやるのが 営業部の仕事で

民間同士のように 営業部が切り込み隊長ではいりこむ というのは少なかった。

つまり 現説受けて 入札する人だった。


それが今や 自治体を除いてほぼプロポーザルのような形になり、

現場の技術士といわれる技術部隊が 提案書を書く。

見積もりも現場が作成し ヒアリングも現場

仕事をこなすのも現場 ってことで、

建設コンサルタントの社員は ほぼ土木系出身で

みな現場技術者 というスタイルで、

そのひとが 提案 処理 金の管理 外注の管理 収支管理

までする感じ。


つまり 建コンである程度やっているひとは

会社のすべての流れを経験しているので、

どこに出て行っても つぶしがきく感じはある。


あれ また話がずれてきたな・・・・



そうそうプロポの話でした。

提案書の内容で ダメな典型が

特記仕様書のような感じになってるやつ

これになると ほぼゼロ点


技術士で 経験論文等書いてる人は

そんな書き方はしないとおもいきや 意外とあるんだなこれが。


流れは、きちんと何が課題か把握できてるのか?

その課題に対して どういうやりかたで取り組むと

いままでと違った知見が得られて、世の中がよくなっていくのか?

それに対して 自分がどういう風に臨むのか

が具体的に書いてあり、かつ現場の事を理解していて

それを当てはめればいける というのがわかりやすく書いてあるのが良い。

つまり 解決方法なんていっっぱいあり

模範解答などないわけで、その点 学校のテストとはまるで異なり、

自分で課題をみつけ それを解決するところまでイシューできるかが

キーとなるので、AをBで解くとCと言う答えが出る という勉強だけで

やってたら いつまでもこれはできないことになる。


逆にどんなに馬鹿でも 

これなんかおかしいな?

と思う心がある方が まだなんとかなる。


それがあれば あとは解決方法を勉強したり

経験したりすればいいので これは時間かければなんとかなる。


しかし 物事に対して

なんだこれ?

とか

それおかしいだろ

と 思う心がないと それは解決するコンサルタントとしては

向いてないんじゃないか と個人的には思う。

私が人事だったら こいつ頭がいいな

というのも取りたいけど それと別に

なんか これ変じゃない って思うことあるか聞いて、

いっぱい出てきたり それに対して具体にアクションしてる人も多く採りたい感じかな。


そういう多様な人が集まると 強力な組織ができると思うので。

あれ また組織論に・・・・


プロポでしたね


私の場合は、社内的には

某高速道路に思い入れがありすぎる マニアックな奴扱いww 

なので プロポ通ってもあんま評価されずw


その1社だけで 年間12~14仕事もらってるだから

それなら給料1?00万いけるよ とかおっしゃっていただいたこともあるが

現実にはその半分かなw


どこかの会社が 給料はその人の市場価値で決めるとおっしゃっていた。

そういう評価なら もうちょっといいかもww    なんて。


まぁ とにかく仕事受注できなければ

企業は成立しませんしね。


おそらく 某高速道路会社さん1社の仕事だけ

こんなにやってる人は 他にいないかもww

いらっしゃったらすみません。


独立して すぐに受注できる業界なら それもいいいんだけど

民間同士と違って いろいろ登録だったり 会社として実績だっったり

個人で動けないぎょうかいなので 独立が極端に少ない業界でもある。


独立するなら 当初はコンサルタントの下請けで売上あげて

そのうち登録して 直接自治体等の仕事で実績をあげて という

やりかたしかなく どんなにいろんなところに気に入られている人でも

即 いままでどおり受注 とならないところが難しい・・・


ちなみに2月開札になったプロポは2件とも

ありがたいことに 受注。

1件は狙ってたけど 1件はいつもの本命がいるところなので

提案書自体を30歳の若手に書いてもらって 

当たって砕けろで出て行った案件。


うちが良かったのか 相手が悪すぎたのか

わからんけど 受注に至る。

受注したからには 全力でやらんとね。


これで入社当時からずっとやりたかった

安全対策を1事務所除いてやれることになる。

安全対策は 劇的に減らす対策というのは

今となるとなかなかないが、まだまだやるべき事はいろいろある。



ちなみに 私の場合は

子供の頃から某高速道路走っていたせいもあって

ほぼ全部知っている というところがスタート地点。



その上で このカーブがあぶねえなとか

ここのJCT こっち側1車線でもいいだろ とか

この車線変更あぶねえな とか

父親もよくつぶやいてましたが 私もそう感じたことが原点でしょう。


それ以上に すごい原点をもってる人が出てきたら

きっと私は勝てませんww


そんときは その方に仕事をゆずったほうが

よいものがいっぱい出てくるだろう と思うので。


今は まだまだうちがやっったほうが

他がやるよりは 途中途中でもいい提案ができる

という 想いで動いてる感じ。


ここをこうやっって改善したら

きっといいぜ という熱い想いがなければ

なかなか解決はできない。


業務で いろいろ提案しても

それを実行するのは クライアントの方なので

その方が動けるモチベーションをつくるのも 我々の仕事。


で 動き出したら 動き方の戦略・戦術も指南できればより良い。

そうすれば いっぱい協議機関があるような

難案件でも 改善が実現に至るかもしれない。


実際 管理技術者になれるようになって

最初にやった業務がそれで、

ここが通れば 協議が進む と言うことに対して

いろいろ案をひねり出して図面を作成し、

交差点運用から見ても これならいけるから

推してみてください なんてお願いも多かったw

その結果 某所の改良が1年間で実行出来た。

そのけっか表彰頂け 今のような受注に至る

なので その時のクライアントの方には大変感謝であります。

あれ 別の担当者だと

こんな面倒なのやってられないよ 的な流れになったでしょう。


それをやりきれたのは お互いに良い経験でした。


他の方がどう考えているか不明ですが

私がプロポに臨むスタイルとしては、

とにかく現場をよく理解し、それにあった提案をする、

そして その根底には その道路への愛がでかい

これにつきますww

これがあるから そう簡単には負けないw

愛がなくなったら 途端にダメになるでしょうねww



逆に そんな道路に対して愛もないのに

プロポとか業務ができることに私は尊敬しちゃいます。

なんで そんなにできるの?って。


直したいと思うから必死に考えるわけで、

それもないのに 淡々と良くすごい提案したり

仕事ができるなあ と。 頭がいいってのはこういうことか なんて思うことも。


こっちは頭がないので

現場に対して どんだけ想いがあって

想いがあれば どこまでも考え抜く

ってシナリオなんですけどね。


とにかく 提案書を書くときは

読んだときに 現場が目に浮かぶような臨場感ある

ものを書きたい。


そのためには 知識を古くしないためにも

定期的なマーケティングドライブが必要なわけですねww












亀戸サンストリートは 人生47年のうち約20年を過ごした場所


この3月で 亀戸にある サンストリートという

23区内には珍しい 文字通り オープンで通路に

屋根がなく SUNを感じれる 店舗集合型の施設



サンストリートはここ


ついでに wikiも


平成9年11月開業で この平成28年3月で終了となります。

約20年やってたことになりますが、私の20年とは ちょっと意味が違うのです


私が就職したのは 平成5年9月(中途半端)w

これには理由がありますが 今回はそれはさておき、

そのときに 会社の事務所があったのが

このサンストリートがある 元セイコーインストゥルメンタルの土地だったのです。


そのなかの1つの小屋みたいな2階建てのプレハブが

仕事場でした。

社会人最初がそこなので、すげえな

と思ったのを覚えてますが、いろんな理由で

教授から紹介してもらって なんも知らないで就職したので

なんも考えてませんでしたw


そしてそこからセイコーが撤退(たしか平成8年)とともに

会社も 亀戸の他のビルに場所を変えたわけで

そこから 平成23年まで亀戸に。

つまり 私的には平成5年から23年まで亀戸

その中でも サンストの土地にはゆかりがあったため

約20年(ほんとは18年)と そういうわけです。


平成5年から8年までは 亀戸のこっち側には

店も少なく 食べるところも少なく

毎日 ジャンカレー(いまここいちがある)か 洋食屋(閉店)さんか 

うどんやさん(閉店)かの3択でしたww


どれも うまくて好きだったんですけどね。

ジャンカレー ノーマルは450円 カツカレーが650円だったかな

うどんは 3玉まで増量可能だったので 若いときには助かりました。

洋食やさんは 会社の方々と 夕飯とかよくいったもんです。

当然 すしざんまいとか まいどおおきに食堂とか そんなもんはない時代


えっと 飲み屋街は昔から健在ですww


当時は社有車が プリメーラで

20代の社員が8名ほどいたので

よく 夜 社有車つかって 遊びにとか 飯にいったもんです

(あ これ時効だよね・・・)

このプリメーラで国道16号1周とかって

今はそんな話ではないですね・・・




そう そしてその頃 ちょうどオウム真理教が

亀戸7丁目だか9丁目のほうに 事務所というか

なんというかを開いていて それは何を作っているのか

もう亀戸は 毎日悪臭の毎日でありました・・・・

窓は閉め切らないとってかんじで・・・

ほんとひどかったあれは


会社の掘っ立て小屋は 2階建てプレハブで

意外と広くて 2階にはソファがある会議室があり

まあ そこで7連泊とかしたもんですw

だって 大先輩が作成した交通シミュレーションが流れないんだもん・・・・



そしてその場から離れることになるも

亀戸の北口の方の 同業者がはいっていたビルにうつり

亀戸生活は続行へ


そうそう うつったビルに 翼システムってのがはいっていて

カーコンビニ事業が大当たりで ものすごい勢いで成長

毎年新人が100人以上いるんじゃないかって感じで

やってたのですが たしか平成11年脱税で おちていって

いまは カーコンは売却したような


あれをみていたんで

伸びるのも落ちるのもあっという間なんだよな 会社は と再認識した事件でした

同じビルで起きていると その勢いが目に見えてかわるので・・・




それ以降

サンストリート開業当日から毎週土日

駐車場渋滞を見に行くのが私の日課になりました。

渋滞オタクですからね


国道14号の左車線を駐車場待ちがずらっとならんで

亀戸7丁目の交差点まで達する感じで まあ すごかった。

駐車場400台ですからね 23区内ではこれでも当時は広い方でした。


で どうも裏に使われてない出入口があるので

なんだこれ っってことで 某KC庁の某大先輩に話を聞くと

出入り予測ではかなり厳しかったが 裏は住宅街で

どうも車両の出入りが許可出来ない感じ そんな感じだった記憶です。


てかさ 地元にいて なんで うちの会社が

そういう交通影響予測・解析やってないわけ??wwww


要は 事業者はセイコーという民間。

会社は 当時民間からの受注はほぼゼロ

つまり そういうパイプがなかったわけだ・・・

結局 そういう予測するには PTのデータが使える会社てことで

某あの会社がやられたようです。



当時入社したてで なんで事前に営業しないだ とうすうす感じた記憶


あの駐車場1Fからはいり 2Fにあがると

そこからは3Fに上がれず 1Fに降りるしかない。

最初から3Fを選択しないとダメな構造

狭いのでしかたないのですが

それが災いして まあ なかのオペレーションが

めためた というのも渋滞要因でした


どっかに昔とった写真がいっぱいあるはずなんだけど

どこいったかなw まだデジカメじゃない時代ww


個人的には

1Fにあったキムラヤ(ディスカウント)の電化製品売り場

2Fにあったトイザらス

1FのTSUTAYA 金券ショップ シャツ工房

ラーメン元楽 カレーのカザーナ(いまはない)に

大変お世話になりました。


元楽は このへん当時ラーメン屋がなかったので

ほんと通いましたね。

ぶた飯とのせっとで腹一杯食べました。


かざーなは カレーの食べ放題だったのですが

950円だったので さすがに時々いく感じ。

でも いったときには もう午後は仕事にならないくらい食べましたw



平成12年には結婚して2年だけ亀戸7丁目にいたので

よく 夫婦でいったもんです 特になにがあるってわけではなく

ご飯食べて 歩くだけw


平成14年に柴又に結婚して長男が生まれてからは

柴又から亀戸まで車で通勤

それは 鉄道だと3線約1時間かかり定期代も1か月結構高い

サンストの駐車場が 平日だけなら月極9800円ってのやってくれたので

これを活用して 柴又から蔵前橋通りで通勤。

これ 夜帰るときは20分程度で超かいてき

あさは 7時すぎると巽橋の渋滞が半端なかったので

たいてい6時には家を出る感じに。

これが早朝出社の始まり


ま 子供を風呂にいれるのがしごとだっったので

毎日20時までには帰宅して速攻 風呂生活。だったので

はやく寝て早く起きるが このときに確立した感じ。


そう ここで役だったのが

サンストのトイザらス!!


おむつ始め なんでもかんでもトイザらスで調達して

車で持って帰る そういう生活。

だから 車&サンストが最高の組み合わせだった。

おみやげで鯛焼きもよく買った(これは今でもある)


そんなとき 休日昼飯たべに ふらっといくと

真ん中のステージで がらんがらんの

ステージで 誰だこれってのがよくパフォーマンスしていた。


いやはや それが 今のPerfumeなわけですよ

これがそんときのYOUTUBE

これも


わたしは こんなかぶりつきでは見てませんww


客は ほとんど遊びに来た家族連れ

なので がらがらな場所でMCしていた記憶

サイン見たければ ラーメン元楽にいっぱいはってあります。

当時は 誰これだったので 誰も見向きせず・・・


私も化けるとは思わず・・・


あれを知っていると 今のPerfumeが別人にしか思えない・・・・

いやあ 売れるってすごいわ

まあ よく考えたらアミューズの力と本人達の努力だよな・・・


あとは 奧華子とか よくライブしてましたね

今考えてみると メジャーデビュー前だったようですw


プロレスイベントの時は すっごい満席だし

上の通路も満員だった記憶です。


平成23年に 会社が飯田橋へうつるまで

そんなこんなで ほぼ毎日行ってた感じかな



なので 施設がなくなるのは 哀しくもあり

これで 亀戸がどう変わるのか? という楽しみでもある。


今流行のような 高層ビルになって

上はビジネスとマンションで下は物販とか

面白くないよな・・・ とか。


屋内施設ならあるけど

東京だと サンストスタイルの場所は少ないですからね


最終月の 3月に奧華子さんはライブやるみたい

だけど 今だと あそこやばいことになりそう


さすがにPerfumeは 予定無しww


全然いってないので 3月中は

家族で行きたいところだな

31日も通常営業なので

最後は25時TUTAYA終了で サンスト終了の予定です。