いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
今日はイスラエル在住のユダヤ人、アリさんの動画を紹介したいと思います。
アリさんは、YouTube「懸けはシオン」という チャンネルで、
イスラエルやユダヤの歴史や文化などいろんな話題を日本語で話しています。
彼は正統派ユダヤ人なのでイエス・キリストは信じていないようですが、旧約聖書はとても詳しいですね。
今日取り上げるのは、700年も前にユダヤ人が宇宙の年齢が約150億年だという事を、聖書の言葉から導き出してわかっていたというお話です。
とても興味深いので、文字起こしをしてみました。
結構長いので、どうやって導き出すのか計算方法のところを主に文字起こししています。
このことを知ると、聖書の創世記でつまずいていた人も科学に矛盾していないと感じるのではないでしょうか?
「宇宙の年齢:700年前に約150億年だとユダヤ人が分かっていた」2021年3月23日
宇宙の年齢に関して科学と聖書が矛盾するとよく思われますが、字義通りの方法と秘密の方法でこの矛盾を分析します。
驚くかも知れませんが、日本で言うと鎌倉時代に宇宙の年齢が約150億年だとユダヤ人が既にわかっていましたよ!
自然と聖書は同じ神様が創造したのだから、正しい解釈に辿り着けば矛盾するどころか一致するはずだという姿勢です。
宇宙の年齢が矛盾する?
創造の1週間があって、その後は最初の人間であるアダム以来のそれぞれの寿命を単純に計算すると、宇宙の年齢が5781年になります。
この動画では2つの方法でその矛盾を分析して、実は矛盾がないと証明させていただきます。
1つ目の方法は「プシャット」、つまり聖書の字義通りの解釈による方法です。
もう一つの方法は、「ソッド」、つまり奥伝の秘密の解釈による方法です。
これは驚くかも知れませんが、700年前に書かれたソッドの解釈の本に、宇宙の年齢が約150億年だと説明されるので、そのすごい計算を紹介します。
*創世記1章に神の天地創造の様子が書いてあり、計算に不可欠なのでざっと書いておきます。
*ブログの下の方にも創世記1章全文と2章の途中までを聖書アプリからコピペして載せておきます。
「初めに、神は天地を創造された。 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。」創世記 1:1-2 〜新共同訳
1日目 神は「光あれ」と言うと光があった。光と闇を分け、光を昼、闇を夜と呼ばれた。
2日目 「水の中に大空あれ」大空の下と大空の上に水を分けた。
3日目 「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ」乾いた所を地、水の集まった所を海と呼ばれた。種を持つ草と木を生えさせた。
4日目 「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ。」太陽と月、星を造って昼と夜を治めさせた。
5日目 「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」水中生物と鳥を造った。
6日目 「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」
「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」地上の生物と人を造った。
7日目 神は御自分の仕事を完成され、仕事を離れて安息なさった。
*アダムとイブの話は2章以降に出てきます。3章に蛇の誘惑のことが出てきます。
プシャットの方法
宇宙の年齢について科学と聖書が矛盾しそうなのは、聖書の誤読のせいだと思います。
アダム以来の歳月は確かに5781年だと言われて、
因みにユダヤ暦はアダムの創造から数えられるから今年が5781年ですね。
最初の人間が5781年前に現れたというのも科学と矛盾しそうでしょうが、次の動画でそれを詳しく説明させていただきます。
大事な点ですが、創世記によるとアダムが天地創造の1週間の六日目に創造されましたね。
つまりこの5781年間の前に六日間ありました。
ま、それで大した違いはないと思われるでしょう。
ところが、この天地創造の六日間が明らかに僕らが今知っている24時間の1日を指すわけではありません。
例えば、太陽がその四日目に創造されて、大地が創造されたのは三日目でした。
字義通りに読んでも、ここに現れる「一日」は、太陽の位置によって計る地球の自転する時間を指しませんね。太陽と地球がまだ存在していなかったからです。
しかも、聖書の他の箇所を見てみると、神様に対して使われる「一日」が24時間ではなく、ある時期を指すと分かります。
詩篇90:4にこう書いてあります。
あなたの目の前には千年も過ぎ去れば昨日のごとく、夜の間のひと時のようです
翻訳には「昨日」だけが現れますが、この節には創造の1週間と同じく「ヨム」、つまり「一日」が書いてあります。
約千年前に生きていた有名な解説者のラビであるラシがこの節に関して、
人間の千年間が神様の一日のごとくだと説明しました。
つまり時間には相対性がありますね。
一応神様は時間を創造した時間と物質に限られていない存在ですが、明らかに「一日」と書いてあっても「時期」として抽象的に解釈すべきでしょう。
だからこの天地創造の1週間は、実際どのくらいの時間が経ったのか、字義通りの読みから分かろうがなく、もっと深く分析しない限り計算できません。トーラー、すなわち律法がその詳細を直接に伝えるつもりがなかったと言えるでしょう。
それより、宇宙に始まりがあって、その創造にちゃんとした構造と設計があったと伝えます。
言い換えれば、神様がある意味を持って宇宙を造ったと律法が教えます。
じゃあどうして律法が宇宙の年齢を直接に伝えないのですか?
考えてみると、律法は3300年前に啓示されたと言われますね。
その時点で宇宙が138億年間存在してきたと言われたら、人類がほんの最近現れてきた軽微な存在だと皆凹んでしまって、倫理的な上達などが不可能になるおそれがあったでしょう。
史実を間違った解釈で捉えると破壊的な結果になりますよね。
しかし前の動画で説明した通り、律法が正確な解釈を教えると思われます。
天地創造は計画によって行われた有意義な成り行きだったと律法が語ります。
その成り行きの最後に人類が現れたから、神様を認識して仕えるという人類の任務が宇宙の目的そのものだと分かって、人類が軽微どころか、宇宙ほど大いなる意味を握っています。
人間は律法から古よりこの正しい解釈を知ってきたおかげで、倫理的と霊的な進歩が可能になったと言えるでしょう。
律法がアダムの創造から歳月を詳しく数えるのも、人類の有意義な任務を強調するためですね。
今までの話をまとめますが、聖書の字義通りを吟味してみると、科学が提供する138億年の年齢を矛盾する記述はどこにも書いてありません。
ソッドの方法
物理学者のラビ•アリエ・カプランが1979年の講演で説明した内容を紹介します
古より伝わってきた「安息年の周期」という宇宙の年齢を計算する方法を紹介します。
これはユダヤ教の神秘主義思想と呼ばれる「カバラ」の教えです。
律法の教えと同時に啓示された口伝律法では、賢人のラビたちがこの話題について様々な興味深い教えを伝えました。
創世記1:5 夕となり、また朝となった。一日である。
ベレシート・ラバ3ではこの節に関してラビ達がこう教えます。
「なり」はヘブライ語で「イェヒ」ではなく「ヴァイェヒ」と書いてあって、その形が続きを指すから律法が語る創造の一日目の前に既に時間の順序があったと分かります。
賢人のラビ達がこの点をもっと詳しく説明しました。
神様が今の世界を創造するまで、複数の世界を創造してから滅ぼしてきたと、ベレシート・ラバ9に書いてあります。
創世記1:31からこの秘密を学びます
神が造ったすべての物を見られたところ、それははなはだ良かった。
ここには「すべての物」という表現が、滅ぼされた複数の世界を指して、
「それは」が我らの単数の世界を指すと教えられます。
因みにこの教えが宇宙学のみならず、恐竜やいわゆる旧人類の絶滅にも一致しますね。
そしてタルムードのサンヘドリン97Aには、宇宙の年齢を計算する基本を伝える教えがあります。
そこにはこの世界が7000年間続いて、その7つ目の1000年間が安息日のような状況になると書いてあります
律法には「シェミッター」すなわち安息年という制度があって、7年の周期の最後の年に作付けをやめて負債を免除するという戒律です。
タルムードの教えから、世界の時間はこの安息年の周期と安息日に基づいているとわかります
しかし7000年という数字は計算の始まりに過ぎません。
千年 千年 千年 千年 千年 千年 千年←(安息日のよう)
1世紀に生きていた賢人のラビ・ネフニヤ•ベン・ハカナが書いたと言われる「セフェル・ハテムナ」という本にもっと詳しく説明されます。
そこにはこの7000年間は安息年の周期の1つだけで、全部で7つの安息年の周期があると書いてあります。
さっき紹介した通り、この世界の前に他の世界と時間の順序があったと教えられますからね。
7000年掛けて7つの周期は4万九千年なので、宇宙がその歳月続くということになります。
7000年×7=49,000年
7つの安息年の周期が経つと、その次の50年目の年がヨベルの年となり、簡単に言うと色々なことが元に戻って直されるすごくめでたい年です。そこから宇宙の安息年の周期は全部で7つあると分かります。
では「セフェル•ハテムナ」によると宇宙には7つの7000年間の安息年の周期があって、全部で49,000年になりますね。
しかしもうひとつの大事な点があって、
約700年前にイスラエルのアッコで生きていたカバリストのラビ・イツハク・デミン•アッコがそれを明かしました。
このラビはすごく有名な解説者のラムバンと一緒に勉強していて、カバリストとして有名でした。
ラビ・イツハク・デミン・アッコが約700年前に「オツァル・ハハイム」という本でこう教えます。
「セフェルハテムナ」が伝える四万九千年は人間の年ではなく、神様の年で数えられています。
前の「プシャット」の方法で詩篇90:4を引用しましたが、これが計算の鍵となります。
あそこにはこう書いてありましたね。
「あなたの目の前には千年も過ぎ去ればきのうのごとく」
つまり神様の1日は人間の千年であり、タルムードでは賢人のラビ達がこの教えを明文に伝えます。
ところでその詩篇90篇はモーセが書いたと言われて、そのため最初の節に「神の人モーセの祈り」と書いてありますね。
だから深い教えが潜んでいるのは当然かもしれません。
では神様の1日が人間の千年なら、神様の一年は人間の何年間となるのか、とラビ・イツハク・デミン・アッコが質問します。
年には365.25日があるから、その1日が千年だと分かるとこう計算します。
1000年×365.25=365,250年
つまり神様の一年は僕らの365,250年ですね。
これがわかると「セフェル・ハテムナ」が伝える49,000年という世界の歳月を神様の時間から人間の時間に引き換えることができます。
しかしその前に、今僕らが生きている時点がその中のいつだとわからない限り、宇宙の年齢を計算出来ないでしょう。
その質問の答えは13世紀にカバリストのラビ・ダビデ・ベン・イェフダ・ハハシッドが書いた「リブナット•ハサピル」という本にあります
「リブナット・ハサピル」は「セフェル・ハテムナ」の最も決定的な解釈です。
その解釈によって、今は六つ目の七千年間の安息年の周期が済んできて、6掛けて7000年は四万二千年だから、既に四万二千年が経ちました。
6×7000年=42,000年
じゃ、神様の時間では宇宙の年齢が四万二千年なら、ラビ・イツハク・デミン・アッコの説明から、人間の時間での年齢を計算できます。
42,000年×365,250=153億年
だから700年前に宇宙の年齢が約150億年だと既に分かっていたというわけです。
日本で言うと鎌倉時代に書かれた計算ですよ。
科学と矛盾するどころか、ユダヤ教の教えが科学より何百年も前に宇宙の年齢が分かっていました。
もうすぐヨベルの年?
もうひとつ大事な点を加えさせていただきます。
宇宙の時間には7つの安息年の周期があります。
それぞれの周期が7000年であり、既に6つの周期が経ったから、四万二千年が経ったと分かります。
これはアダムが創造されるまでの時間で、つまり人間の時間ではなく神様の時間でした。
神様の1日が人間の千年だとわかると、神様の年から人間の年に引き換えることができて、その四万二千年が人間の153億年となります。
しかしアダムが創造されて以来、人類史が始まってもはや神様の時間ではなく人間の時間で計算します。
だからその153億年にアダム以来の5781年を足さなければなりません。
では今は過去ではなく現在と将来の話をちょっとだけ説明してみます。
結構複雑な話ですのでもし迷ってしまったら前もって誤ります。
創世記1章と2章を見てみると、アダムが創造の6日目に造られて、七日目の安息日が始まってから活躍し始めました。
しかもその七日目に関しては、他の六日間と違って「夕となり、また朝となった。七日である。」とどこにも書いてありませんよね。
ということは、現在がその創造の七日目の途中だと分かります。
ちなみに神様の安息日ですから、今は神様の気配と活躍があまり目立たないのはそのためですね。
言ってみれば、天地創造の1週間に現れる1日は日ではなく、安息年の周期を指します。
つまり人間の時間である現在が7つ目の安息年の周期でしょう。
この周期は他と違って神様の七千年間ではなく、人間の七千年間続きます。
それがわかると、前に引用したタルムードのサンヘドリン97Aをより深く理解できます。
あそこにはこの世界が七千年続いて、その7つ目の千年間が安息日のような状況になると書いてあります。
現在の人類史の世界を指しますね。
今が5781年だから、つまりその七千年間の六つ目の千年間がもうすぐ終わるところです。
安息日のごとき7つ目の千年間が始まりかけています。
しかし戒律によって安息日を早めに始めますよ。
だから神様がその7つ目の千年間、つまり争いのない償還の時期を、安息日と同じく早めに開始すると思われます。これはメシアの時期と言われて、奇跡的な平和の世界になるそうです。
間もなく始まるとよく言われています。
そしてその千年間の後に7つ目の安息年の周期が終わったら、四万九千年の後に来るヨベルの年が始まり、世界が完成の状況になると言われます。
今回の動画はいつもより複雑な説明を試みましたが、最も伝えたかったメッセージは宇宙の年齢に関しても、ユダヤ教の聖書と科学が矛盾しなくて、むしろ同じ結論を出すということですね。
だからやっぱり全てが聖書と科学の正しい解釈によると思います。
(文字起こしここまで)
宇宙の年齢の計算方法、ちょっと複雑だけどわかりましたか?
私は一回聞いただけではよくわからなくて、文字起こししてやっとわかりました。
わかったと言っても本当に正しく理解できているのかどうか…
神の1日は人間の千年に等しいことや、安息年の周期やヨベルの年、ヘブライ語の意味などがポイントかなと思います。
ヘブライ語で解釈しないと聖書の深い意味はわからないですね。
創世記1章の記述から、アダム以前に複数の世界が創造されていたという事が分かるなんてすごいですね。
創世記1:5 夕となり、また朝となった。一日である。
「なり」はヘブライ語で「イェヒ」ではなく「ヴァイェヒ」と書いてあって、その形が続きを指すから律法が語る創造の一日目の前に既に時間の順序があったと分かるとか、ヘブライ語を知ってないとわからないです。
創世記1:31 神が造ったすべての物を見られたところ、それははなはだ良かった。
ここには「すべての物」という表現が、滅ぼされた複数の世界を指して、「それは」が我らの単数の世界を指す…ということは、滅ぼされた六つの世界より今の世界のほうが良いのでしょうね。だから以前のように滅ぼさないで完成に向けて精錬させていくのでしょう…
レビ記25章に、「安息年」と「ヨベルの年」の規定が書いてありますね。
「イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。 あなたたちがわたしの与える土地に入ったならば、主のための安息をその土地にも与えなさい。 六年の間は畑に種を蒔き、ぶどう畑の手入れをし、収穫することができるが、 七年目には全き安息を土地に与えねばならない。これは主のための安息である。畑に種を蒔いてはならない。ぶどう畑の手入れをしてはならない。
あなたは安息の年を七回、すなわち七年を七度数えなさい。七を七倍した年は四十九年である。
その年の第七の月の十日の贖罪日に、雄羊の角笛を鳴り響かせる。
あなたたちは国中に角笛を吹き鳴らして、 この五十年目の年を聖別し、全住民に解放の宣言をする。それが、ヨベルの年である。あなたたちはおのおのその先祖伝来の所有地に帰り、家族のもとに帰る。
レビ記 25:2-4, 8-10 新共同訳
7000年間は安息年の周期の1つだけで、全部で7つの安息年の周期がある
七千年 七千年 七千年 七千年 七千年 七千年 七千年←今ここ?
そして聖書によるとアダムが創造されてから約六千年と言われています。
ユダヤ暦では、5781年と言われています。
千年 千年 千年 千年 千年 千年 千年
そしてヨハネ黙示録20章に書いてある千年王国というのがもうすぐ始まるところですね。
その前に大患難時代というのがありますけどね…もうすぐ…
わたしはまた、一人の天使が、底なしの淵の鍵と大きな鎖とを手にして、天から降って来るのを見た。 この天使は、悪魔でもサタンでもある、年を経たあの蛇、つまり竜を取り押さえ、千年の間縛っておき、 底なしの淵に投げ入れ、鍵をかけ、その上に封印を施して、千年が終わるまで、もうそれ以上、諸国の民を惑わさないようにした。その後で、竜はしばらくの間、解放されるはずである。
わたしはまた、多くの座を見た。その上には座っている者たちがおり、彼らには裁くことが許されていた。
わたしはまた、イエスの証しと神の言葉のために、首をはねられた者たちの魂を見た。この者たちは、あの獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった。彼らは生き返って、キリストと共に千年の間統治した。
ヨハネの黙示録 20:1-4 新共同訳
千年王国は悪魔サタンがいない平和な時代が続きます。
大患難時代を乗り越えて、その時代を生きたいと思いませんか?
ヨハネ黙示録21章に千年王国後の世界が書かれていますね。
新しいエルサレム…完成された世界の状態ですね。
ところでカバラとかタルムードと聞くとちょっと悪いイメージがありませんか?
アリさんが別の動画でも話していましたが、タルムードに悪い事は書いてないと言ってました。
Wikipediaによると、タルムードってモーセが伝えた口伝律法だそうですね。
タルムード(ヘブライ語: תלמוד Talmud、「研究」の意)は、モーセが伝えたもう一つの律法とされる「口伝律法」を収めた文書群である。6部構成、63編から成り、ラビの教えを中心とした現代のユダヤ教の主要教派の多くが聖典として認めており、ユダヤ教徒の生活・信仰の基となっている。ただし、聖典として認められるのはあくまでヘブライ語で記述されたもののみであり、他の言語に翻訳されたものについては意味を正確に伝えていない可能性があるとして聖典とはみなされない。
創世記1章〜2章
初めに、神は天地を創造された。
地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
神は言われた。 「光あれ。」 こうして、光があった。
神は光を見て、良しとされた。
神は光と闇を分け、 光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。
夕べがあり、朝があった。第一の日である。
神は言われた。 「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」
神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。
そのようになった。 神は大空を天と呼ばれた。
夕べがあり、朝があった。第二の日である。
神は言われた。 「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ。」
そのようになった。
神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。
神はこれを見て、良しとされた。
神は言われた。 「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を、地に芽生えさせよ。」 そのようになった。
地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。
神はこれを見て、良しとされた。
夕べがあり、朝があった。第三の日である。
神は言われた。 「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。 天の大空に光る物があって、地を照らせ。」 そのようになった。
神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。
神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、 昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。
神はこれを見て、良しとされた。
夕べがあり、朝があった。第四の日である。
神は言われた。 「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」
神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。
神はそれらのものを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」
夕べがあり、朝があった。第五の日である。
神は言われた。「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」 そのようになった。
神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。
神はこれを見て、良しとされた。
神は言われた。 「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。 男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた。 「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」
神は言われた。 「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。 地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」
そのようになった。
神はお造りになったすべてのものを御覧になった。
見よ、それは極めて良かった。
夕べがあり、朝があった。第六の日である。
創世記 1:1-31 新共同訳
天地万物は完成された。
第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。
この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。
これが天地創造の由来である。
主なる神が地と天を造られたとき、 地上にはまだ野の木も、野の草も生えていなかった。
主なる神が地上に雨をお送りにならなかったからである。
また土を耕す人もいなかった。
しかし、水が地下から湧き出て、土の面をすべて潤した。
創世記 2:1-6 新共同訳
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