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YELLOW DX FILMS 〜shimajirouの映画感想〜

日々の感想や思いを自分勝手に書き綴っていきたいです。
映画、本、音楽、ゲーム。
まあいろいろです

海外ドラマ、最近やっと落ち着いてきましたね。(韓流は別枠)
「24」以降、海外ドラマは何でも宣伝され、当たり外れが激しかったですが、
最近は本当に落ち着いて来ました。
というか、もてはやされなくなった。
良い事です。

良いと言われている「24」「LOST」なんかも、
途中や最後停滞気味、マンネリ気味だったりして、
一話目からラストまで面白い物なんてないとは思いますが、
最終的に、ダレ場も含めて作品として面白い物は、
海外ドラマ、日本のドラマにも少ないと思います。
日本の「ラッキーセブン」も、一話目こそアクション含め期待感ばっちりでしたが、
今や、大泉洋を中心に、役者の個性に任せっきりで・・・。

話はもどり、
最高の海外ドラマです。
みなさんそれぞれ色々とあると思います。
僕はとりあえず今の所2作品です。
「ツインピークス」「ヒーローズ」「宇宙船レッドドワーフ号」「BUFFY」
と好きな海外ドラマは多いでが、
上記の4作品は、あくまでも個人的なものです、趣味がかなりを占めています。
アメコミ好き、デヴィッド・リンチ好きの僕はダメなところも含めて愛している、
まあ子供や、恋人に向ける思いと同じです。

本当に最高だなと思う作品は、
「アルフ」
「名探偵モンク」
この2作品です。

まず「アルフ」、多分誰でも知っている作品。
エイリアンを所ジョージが吹き替えしています。
ある家族の家に宇宙船が落下して、その家族と居候宇宙人のドタバタ劇。
ほとんど一話完結で、毎回脳内リセットして観れます。
まあドラえもんと同じですが、素晴らしい道具も、
宇宙的な何かも出てきません。
ただ、宇宙人の姿をした変なおっさんが居候しているという。

しかし、毎回観ていると、
宇宙人と家族一人一人の関係性、隣人、親戚、その他の人々との交流、
それがドラえもんや、似た作品よりもすごく憧れるというか、うらやましいというか、
理想の家族、理想の生活に感じてきます。
本当に家にアルフがいたらたまりませんが。
彼らの生活、この物語の世界観に浸ってみると、本当にのんびり心地よです。
一人暮らしの方や、何か嫌な事があった時は彼らの家におじゃましてはいかかでしょうか?
と、あんまり詳しい内容は書きません。観ればわかりますから。

次回は「名探偵モンク
かなり有名な作品ですが、少し前なので知らない人も多いのでは。
ありがたい事に、最近ソフト化され、シーズン5までレンタル中。
僕は買っています。
観ないと損です、では。
この映画は素晴らしいです。
ドロドロの心をえぐり取られるくらいの人間ドラマしか、
バトルシップが飛び交い、黒い男がコーホーうるさいスペースオペラしか受け付けない、
という人以外は誰でも楽しめます。
だから僕はかなりギリギリのラインの人間でしたが
かなり楽めました。

登場人物もそれぞれリアリティーがあり、
その普通だからこそ面白い人々や、
起こる出来事が自然と笑顔になりました。

役所広司さんの素晴らしい演技(演出)最高です。
怪訝に感じていた映画というものに、
自分が関わる事によって徐々に引き込まれて行く。

自分も昔、映画を撮りたいのは僕だけで、
あとは何も知らない地元の友人や先輩達が
撮影を楽しみに協力してくれた事。
今思うとダメな脚本なのに、
オレは何か好きよ。」と楽しんでくれた先輩達を思い出します。

と、親子のドラマ、監督の葛藤と成長。
色々あるのかもしれないけど、一番気になったのは、
劇中劇のゾンビ映画
何故あんな内容なのだろう。
パンフレットに、沖田監督はほとんどゾンビ映画を観ていないと書いていた。
この映画的に観れば、このゾンビ映画の内容で問題もなく、気にもならなかったのだけど、
だけど気になる。

なんでこんなにユルユルなのか?
監督の書いた脚本を、Pなどの一声でダメゾンビ映画に改変されたのか。
それとも、撮りたくもないゾンビ映画を無理矢理撮らされているのか?
だから自信もやる気もないのか?
しかし、劇中で映画監督が誰かの質問に対しゾンビについて
「ハイチの、ブードゥー教の・・・」と語る場面がある。
このシーンから映画監督はゾンビが好きなのかと考えるが疑問が残る。
日本は火葬だからゾンビはありえないという話も出て来る。
しかし、ゾンビをかじった事があるならわかると思うが、
(※ゾンビがかじると言う訳ではなく)
ゾンビは一概に埋葬された死者のみがゾンビになるわけではない。
宇宙からの放射線、ウィルス感染などが考えられ、
生きている人間もゾンビになりえる。
だから日本でもありえる話だ。
つまり、どのようにでも話が作れる。
だが監督がハイチやブードゥー教というワードを出した限り、
「ホワイトゾンビ」などのかなり昔の作品や、
ロメロ作品などの王道ではあるが偏った知識しか無く、
自分でこの映画の為にちょっとかじった知識で撮ってるのだと感じた。

しかし、エンディングの海で出て来たあの頭は、
やはりこういうジャンル映画が好きなのかとも勘ぐるが、
しかしこれも王道。
やはり無理矢理撮らされているのだろうか?

うーむ、映画の素晴らしさとは別に悩まされます。

YELLOW DX FILMS ~shimajirouの映画感想~-キツツキと雨
といっても、ゲーム原作の「逆転裁判」です。
ということは、三池監督作品です。

賛否あるみたいですね。
そこまで賛も否もする作品でもない気がする。
観終わった直後の感想は、
豪華な重箱に豪華な料理が多種多様に入っているが、
食べてみると味が無いといった感じの映画でした。

ストーリーは、ゲーム原作と考えても良いと思います。
ゲーム原作の場合は、キャラに特化してストーリーがダメダメだったり、
ストーリーをいじりすぎてキャラクターがおざなりになったり。
でも、「逆転裁判」はドラマが薄い。

原作ファンが喜ぶキャラ、小物、シークエンス等、
かゆい所に手が届いていますが、
原作をリスペクとし過ぎたためか何か物足りない。
途中までそれが何か気付かなかったのですが、
裁判シーンで気付きました。

この原作ゲームの一番面白い所は、
裁判アクションな所なんです。
現場証拠などを集め、裁判でそれを検事にぶつける、崩す。
それをまた検事が返し、それをまたひっくりかえす。
裁判を舞台に格闘アクションをしているんです。
相手を徐々に突き崩して行く事の快感。

それをこの映画では、自動で(ゲームじゃないからあたりまえ)するわけです。
ということは観客に快感はないわけです。
映画としてストーリーを追って行くだけ、ドラマ性も薄いし感情移入出来ない。
だから、
「演出、映像はカッコ良かったけど、どこがよかたっかはわからない?」
って事になる訳です。
子供向けにしても、ファン向けにしてもどっちつかず。
裁判での天井から出て来るディスプレイ、事件等の恐怖表現、素晴らしいです。
そこだけは。
かなり正攻法な演出なんです。
CGなど仕掛けは奇抜なんですが、やってることはノーマルなんです。

普段地味な証拠を見つける、証人から何かを聞き出す、
記憶を遡り重要な何かを思い出す、みたいな事を過剰演出すべきだと、
検事と格闘技の様な苦悶しながらの裁判での戦いとか。

もっと演出的に逆転の発想をもってほしかったです。



三池監督。



いつか他の三池作品について書こうと思いますが、大好きな監督です。
この監督の作品の楽しみ方は、今回の三池崇史は? なのです。
一作々観て面白いか否かではなく、三池作品を時間軸で観て行く事。
忍たま乱太郎」と「一命」はかぶっているのかとか、
オーディション」撮った人が「ヤッターマン」か! とか
多作でありノンジャンルというかオールジャンルなんですが、
三池監督作品は、あえて言うなら三池崇史というジャンルの映画なんです。
SF、アクション、ホラー、コメディー、三池崇史。
しかし他の監督にはこのジャンルは作れない。
だからこのジャンルの作品が好きなら、
面白い、つまらない関係なく楽しみましょう。
 子供向け映画だ。
 演出はそうであっても、完成度は他の大人向け?映画と変わりなくしなければならない。
 この映画は、二年前のTVシリーズ「仮面ライダー電王」と現在の「仮面ライダーディケイド」のコラボ作品であり、TVのストーリーともリンクしている。僕は子供の頃からヒーローものが好きで、仮面ライダーとアメコミヒーローはかかせなかった。
 率直に言うとがっかりした。いくら子供向けでもストーリー、演出が破錠している気がする。プロデューサーはこれでGOを出したのか?

 平成仮面ライダーシリーズの主役俳優はほとんどイケメン俳優として人気が出て、その登竜門的TVドラマなのは知っての通りだが、今回はそのせいか、主演はストーリー上子供の戻ってしまったという設定だ。主演俳優のギャラのアップや、売れた為に子供番組(映画)にはもう出ないということだろう。自分の人気のきっかけになった作品であるし、友情出演ででも出るべきで、そうすれば好感度上がるだろうに残念な話だ。まあ、僕としては、ストーリーが良ければそんなの問題ない

 この作品は仮面ライダーでありながら、バイクではなく電車に乗り(電車の運転はバイクでする)、変身するの主人公の人間ではなく、イマジンという人間に乗り移った怪物。しかも、主人公の体を媒体に、複数のイマジンが複数タイプのライダーに変身する、いままでのライダーとは明らかに違う。設定も面白いし、アニメの様にコミカルだ。番組紹介はこのへんで・・・。

 今回の本シリーズ4作目になる「劇場版 超・仮面ライダー電王&ディケイド NEOジェネレーションズ 鬼ヶ島の戦艦」(長い)。先ほども書いたが、ストーリー・演出が破錠している。これが電王のノリだからいいとか、子供が楽しめればストーリーが繋がってなくてもいい、訳がない。映画としてダメだ。これを見て育つ子供にも悪い。

 まず、TVとのリンクだが、リンク出来てない。繋がっているようで繋がってない。しかもディケイドのキャラクターは出るが、無理矢理出したかのような登場。それは今の仮面ライダーを出した方が子供は喜ぶかもしれないし、仮面ライダー電王だけのファンに新しいライダーを見せて、視聴率アップさせたいのかもしれない。それならば特に意味を持たせなければ逆効果だ。
 電王の映画では以前「劇場版 超・仮面ライダー電王&キバ クライマックス刑事」というこれまた新ライダーとのコラボがあったが、同じような状況だった。今回の映画では更に、ディケイドの設定上だが、過去作品のライダーが敵として登場する。もうめちゃくちゃ。そんなのは東京ドームシティでやって欲しい。
 演出だが、制作費は知らないが、CGが一部しょぼすぎる。TVドラマの映画化だから、TVと同じレベルのCGでいい・・・はずがない! お金払って観てるんだから、その辺はレベルアップして欲しい。変身シーンや、必殺技もそう。TVなら徐々に短くなったり、省略したりもOKだが、映画なんだからちゃんと見せて欲しい、いや、TV以上の演出にして欲しい。そんなのは制作者の怠慢に過ぎない。要するに、TVと同じことを映画でしてる、じゃあTVスペシャルですればいいじゃん。

 ストーリーもそうで、その時代にタイムスリップ意味が分からない。昔話の鬼の話だから過去へはわかるし、少年の成長の話、実は○○との繋がりが・・・なんてのもわかる。子供映画かもしれないけど、だからこそその意味などを持たせて欲しい。鬼は昔どんな悪さをしていてとか、現在にどんな影響があってとか。しかも桃太郎をイメージした(主要イマジンの名はおとぎ話から来ている)モモタロスとかいるんだから、もっと話を絡めてほしい。全部とって付けたようなストーリーで、ドラマもいいかげん。それで、出演者も今旬な人を出せばいいみたいな。ほんと企画会議が見てみたい。

 カッコイイ映像もなく、電王のライダーを勢揃いさせればいい、みたいな。勢揃いさせるにもカタルシスが必要。キン肉マンだって一人一人犠牲になってキン肉マンを助けて、最後に集結するんだから、だからカッコイイ。

 ですが、この映画というより、このシリーズのキャラクターや設定は凄くいいんです。だからもっとストーリーや演出に凝れば、子供だけじゃなく、大人だって足を運ぶ映画に成り得るのに。もったいないです。


 紀里谷和明監督の2作目。江口洋介さん主演の映画。
 賛否両論、いや否の方が多いかな・・・。

 1作目の「キャシャーン」も同じ状況でした。
 「キャシャーン」の賛否の理由も何となくわかります。
 否は映像のあまさ。前評判ではハリウッド級、音楽PVのような美しい映像、しかし蓋を開けてみればそんなモノはなく、静止画の背景の前で演技する役者、物語はたいして進まず、暴走する(演出的な)感情、ドラマ部。人によって置いてけぼりを喰らうか、はまって感動するか。
 そういえば、一緒に飲んだ某有名プロデューサーも、良い悪いではなく軽くバカにしていました。
 僕はというと・・・実はかなり好きでした。正直、脚本もあまく、映像も一部アクションシーンを除けば、よく言われる大金をかけた自主制作映画。 その通りで、一般のお客さんが面白くないと言うのは正しい。客にしてみれば面白いか、面白くないかの2択なので・・・。だけど自主制作映画だからこそ、客や評論家に媚びてない、100%自分映画でした。映画というより、クリエイター作品として正しいと思う。あと、映画関係者が興行的理由以外でこの作品を悪く言うのはどうかと思う。

 そこで「GOEMON」。今日観ました。
 感想は、今一歩。確かに面白い。しかし今一歩なんです。
 脚本は少し物語と合っていない表現があったり、笑いのシーンが下手だったり(笑いをセリフで説明してました)。説明セリフが前作より少なくなったのはいい。
 映像は前作より向上したが、まだ粗が目立った。合成に違和感があったり。しかし、おおっ!と思うくらい美しいシーンもあった。
 そして前作までとはいかないもののやはり今回も感情の暴走。暴走というのは、例えば怒り、相手に掴み掛かるシーンがあるとする。やはりその場合、その直前に怒る人物の心の動き(表情の変化や、伏線のようなシーン)があってそうなる。それによって観客も同じ様に心が高ぶったり、その怒りに納得する。しかし、「GOEMON」は急に怒る。伏線らしきものはあるが機能していない。だから感情移出来ず置いてけぼりを喰らう。ただキレただけに見える。
 このように、脚本、演出面では少し問題がある。
 じゃあダメなんでは? そう、完成度だけで考えれば一般の客の感想はダメでいい。しかし、映画関係者は面白くないで片付けてはいけない。映画「300」のマネだという声もある。確かに、「300」や「ロードオブザリング」に似たシーンはあり、「300」にはかなり影響を受けていると思う。だがこれはある意味正しい方向性なのだと思う。僕は紀里谷監督に近しい思いを感じる。僕も同じ方向性に映画の未来を感じるから。
 映画はいままで大きくは実写とアニメの2極。中間がない。CGは補う役割だから、実写では実在しないものを描き、アニメでは情報量を増やし、世界観に広がりを見せる。だが演出で考えると、実写は実写のまま、アニメはアニメ。
 「300」はその中間の存在に見えるが、あれはアメコミの1コマ1コマをそのまま実写化した結果だからあのような表現になるし、少し違う。
 簡単に言うと「GOEMON」は実際の役者を使い、アニメ・漫画の演出をしようとしている。「マトリクス」「300」などは実写でアニメであった映像をつくり出している。演出と映像の違い。「シンシティ」の方が近いのかもしれない。
 紀里谷監督には実写とアニメに違い・境界はないんだと思う。僕もそう思う。よく、アニメだから、実写だからと分けられがちだが、これだけCGで多くを表現出来る今、その違いはほとんどないし、差別化する必要もない。押井守監督は自身の著書で、「すべての映画はアニメになる」なんて事を言っている。少し違うかもしれないが、僕は映画の次の段階は、「実写とアニメの壁がなくなる」だ。映画と言う総合芸術はさらび表現を広げ、何でも取り込むべきだと思う。
 「GOEMON」この作品は、その一歩、いや二歩目なのかもしれない。映画の先の表現を考えている映画人はこの作品に何か映画の未来を感じるだろう。
 現在の表現で十分と思っている、止まっている映画人はCGに頼ったダメな映画に思うだろう。それも間違いではなく、CGなど使わない人間ドラマの演出でも、突き詰めれば突き詰めるほど先が見えない。どちらも正しい。確かに紀里谷監督は人間ドラマを描く事については弱い。映像表現に頼る監督はそれがかけている人が確かに多い。だからどちらかを捨てるべきではなく、どちらも生かすべきだ。
 だから考えて欲しい、紀里谷監督はまだ監督2作目、まだ新人。2作目で「ゴッドファーザー2」級の作品を撮ったらただの天才だ。ただのジョージ・ルーカスだ(スターウオーズもドラマ欠如?)。ケータイ小説のようなアホな恋愛ものだとか、TVドラマを映画化する行為に比べれば、天と地の差。 そう考えると2作目で「GOEMON」は素晴らしいと思う。 紀里谷監督は映画表現の未来を切り開き、将来大化けする可能性もある。とても楽しみだ。
 結論、「GOEMON」の完成度はまだまだだが、その表現には未来を感じる。