孔孟の教えは古いのか?
今の世の中、孔孟の教えなんて言ったって、知らない人の方が
多いんじゃないかなぁ?
でも、徳育と言う方向から見れば、これほど確かな教えは無い
んじゃないかとも思える。
人間生活の基本を微に入り細に渡って、教え諭しているのは、
人間はシッカリ教えないと善悪の区別さえなくなって、世の中が
混沌となってしまうという偉大な経験があったからであろう。
さすがに、昔の中国は人口も多く、戦乱も多く、人間のあるべき
姿を考えざるを得ない状況が常時あったためか、偉大な思想家を
輩出した。
昔の日本人達は様々な思想の中から、自分達に合うものを
上手く選び出し、体系化し、全日本的な教育システム(寺子屋から
藩校に至るまで)に浸透させ教育した。
戦後教育を見てみると、「アメリカは偉大だ」、「日本の戦前教育は
間違っていた」が原点となっているように思われる。そこには中国を
見下していたと言う背景もあった。
また、徳育が為政者の都合の良いように使われてきたという反省も
あったと思う。
しかし、今その結果を見ると、「どんな国にしたかったのか?」を
充分に考えていなかったと疑わざるを得ないことが多い。
途中での反省も無く、戦後教育システムは暴走した。
アメリカから得たものは社会システムはそこそこ評価できるように
思うが、こと教育に関しては悪い面ばかりを学んだようだ。
徳育はほとんど無し(アメリカにはキリスト教があった)、エリート
教育は皆無(多くの大学は看板だけになった)、機会平等は結果平等と
取り違える(格差社会の稿で書いた)。独立自立の精神すら置き忘れた。
今からでも遅くない。日本人の精神を支える思想を体系化しないと
坂道を転がり落ちてゆくのは明らかである。
中国やインドの方がよほどシッカリしていると思うのは私だけか?
思想を体系化するなんて一大事業のように思えるが、孔孟の教えや
武士道は昔から日本人の心の支えだったんじゃ無いのか?
今さら、孔孟の教えや武士道なんて、って言う前に、これを現代風に
受け入れやすく、分かりやすく解き明かしたっていいじゃないか?
百の教育に一や二くらいは取り入れても良いのではないか?
すぐに取って代われる思想体系が無い以上、暫くは、今あるものを
活用するしか無いと思うが・・・(溜息)。