悠釣亭のつぶやき -102ページ目

プロレス談義

ワシはアメブロで、ほとんどプロレスの記事を見ることはない。
でも、時折、いつも見ているブログに記事が出てたりすると、
「今もなおプロレスはやってるんだ」ってな感傷的な気持ちに
なる事はある。
そんな程度だから、プロレスについて、自身が記事にしたことは
ないんだが、今回、思い出も含めて書いてみた。


プロレスを見るようになったのは小学校の高学年か中学の頃
かなぁ、半世紀以上も前の話だ。
今の人達は名前も知らないような、相撲から転じた力道山や
相方の、柔道から転じた木村政彦などが活躍してたな。

外人勢はルー・テーズ、シャープ兄弟、ザ・デストロイヤー
なんてオドロオドロシイメンバー達。
ジャイアント馬場、アントニオ猪木などが出てきたのはその
ずっとあとのお話しだった。


子供の頃は銭湯に行ってたんだが、自宅と銭湯の間にテレビ屋
さんがあった。
家庭にはテレビがまだない時代だったから、テレビを見るのは
希少体験だったわけだ。
そのテレビ屋のショーウィンドーにいつも外向きにテレビを
映してたから、つい見てしまうんだな。

風呂上がりに通りかかると、人だかりが出来てる時はプロレス
中継の時。
どうしても見入ってしまうな。

もう、戦後十何年も経っていたけど、外人達に日本人がボコボコ
にやられた後、最後に力道山が、空手チョップで打ちのめす
ってのが、当時の日本人には途轍もない快感だったんだろうね。

見入ってしまって、気付けば、門限はとうの昔。
慌てて家に駆け戻る。
悠「帰りました」
親「どなたですか?うちの子はとっくに帰って寝てますけど」
悠「意地悪言わんで明けてぇな」
親「どこかの家と間違うてはりますやろ」

絶対に開けそうもないので、色々と考えた挙句、門脇の山茶花
によじ登り、1階の屋根伝いに自室の窓をこじ開けて入った。
それ以来、プロレスを見ることが極く少なくなったように思う。


もう一つの思い出は、家の近くでプロレスの地方巡業があって、
若手のレスラーたちが同じ銭湯に来ていた。
物凄い筋肉で、子供らが取り囲んで見ていた。
「思いっきり殴ってもエエよ」って言うんで、渾身でみぞおちに
パンチを打った。

バチンっと跳ね返って、こちらの拳がメチャ痛かった。
他にも、背中を湯船のコンクリートにブチ当てるなどの
パフォーマンスもしてくれた。
身体中バットで叩いて鍛えてるという話もあった。


プロレスはシナリオがあって、どちらが勝つかを予め決めてる
という話は知ってたが、バックドロップや飛び蹴りや4の字固め
などの荒業に耐えるには、こんなにも鍛えなきゃならんという
ことを初めて知った。

そんなにも強い身体を持った力道山でさえ、刃物には負けた。
傷害事件で刺され、あっけなく逝った。
それ以来プロレスを見ることは無くなった。