今年の4月8・9日に実施されたJALタイムセール、もう忘れた方も多いのではないでしょうか。
オイラは参戦する気は全くなかったのですが、興味本位で覗いてみたらなぜか残っていた長崎便.....結局ポチッとしてしまったのです。
いつも通りですが、皆さんの考えるような観光は一切していません。
これから長崎旅行を考えている方には全く参考にならないと思いますが、食べモノについては多少は参考になるかと思います。
5月10日 04 亀山社中記念館
坂の町長崎ですが、この寺町通り界隈までは多少のアップダウンはありますがGGYには許容範囲の勾配でした。
ふと見つけてしまったのは
道路ッ端にある石碑と奥にある「亀山社中210m」と言う看板です。
「見た目はけっこうな坂だけど210mならたいしたことないか。」簡単に考えて小路へ入ってしまいました。
技術屋にとって数字は絶対で嘘はつかないのですが、逆その数字に惑わされることもあるんですよ。
「測量士」の資格持ってんだから水平距離と斜距離の違いくらい気付よ . . . .今から考えると当然のことが、どうしてこの時気がつかなかったんでしょうかね。
やっぱりね、どんどん道路勾配がきつくなって階段が出てきました。
途中にこんな案内図(看板)もありましたが、不勉強がたたって1人も知ってる名前がありませんでした(涙)。
まだ上がるんかい!!!
やっぱり長崎の坂を舐めちゃ逝けませんね、自転車が売れない理由がよぉ~くわかりました。
そしてエッチラオッチラ坂と階段を上がること約15分、やっと到着しました。
亀山社中は坂本龍馬らが結成した日本で最初の結社、いまでいうところの会社ですね。
この場所は元々は亀山焼きという陶器の窯元でしたが廃釜、その跡地を高田利平氏氏が購入したものを坂本龍馬らが借り受けて亀山社中を起こしたそうです。
そしてその高田利平氏って前日に逝った立ち呑み高田酒店の五代目当主、調べてみたらすごい巡り合わせでした。
立ち吞み屋と侮ってはいけませんね、建物も歴史があるのでぜひ立ち寄ってください。
では館内へ . . . . .館内は一部撮影禁止の場所があるので、写真の構成がおかしくなってますがご容赦ください。
こちらには刀やピストル等が展示されてます。
部屋から見た景色、龍馬らも建物こそ違え同じような景色を見ていたのでしょうね。
こちらは龍馬の等身大の写真があり、この写真の前で刀(レプリカ)を持って台に肘をついて、龍馬と同じポーズで記念写真が撮れます。
2階には隠し部屋がありました。
ここで幕府の目を盗んで龍馬たちが策を練っていたのでしょうか。
見学を終えて外へ
コチラは記念館のすぐお隣にある公園ですが、龍馬のブーツ像と呼ばれていてブーツは靴を履いたまま履くことができ舵輪を握ると長崎市内が一望できます。
そしてコチラにも亀山社中資料館がありましたが、休館日でした。
さて、坂は上がったら下りなければなりません。
またまたこんな坂を下ります。
どんどん下りていくと、鳥居が並んでます、
それよりも道路横の土地に置いてあるミニバックホウ、どっからどうやって搬入したのかが謎です。
そしてやっと平地に下りてきました。
この鳥居は亀山社中の後ろ側にある若宮稲荷神社の鳥居、お参りするには今下りてきた坂と階段を上がらなければならないんだよね。
信仰のためとはいえ、年とったら大変だよ。
そして中島川の河畔に出てきました。
この場所からちょっと歩くと、先日徘徊した新大工町になります。
上野彦馬が1862年(文久2年)に開業した日本初の営業写真館「上野撮影局」の跡地です。
このポーズの有名な写真、この写真館で撮られたものだそうです。
さて、それでは頃合いもいいし次に逝きますか。