2024年6月 長野県北地域の三大修験道場を巡ってきました。
その②-2 飯縄神社里宮 です。
飯縄山から下り、飯縄神社里宮にやってきました。神社の入口の30m程先にある駐車場からは長野市内を見下ろすことができます。
駐車場から坂を下ってくると、左側に神社があります。参道の左側には里宮の社号標が、右側には現在の名称である皇足穂命(すめたるほのみこと)神社の社号標が建っています。皇足穂命神社は延喜式内社ですが、論社でもあり、ここは武田信玄が創建したと言われているので、式内社は長野市中条の方のようです。
鳥居の手前に看板がありました。飯縄神社奥宮の開山祭は、私たちが下山した時には終わっていたようです。下山中にすれ違った人たちは、随分遅い時間に登ってくるなあ、と思っていましたが、開山祭に参加してから登り始めた人たちでした。
鳥居に掛かる扁額には枠と屋根がついていました。
両側に杉が立ち並ぶ石段を上っていきます。
石段を上ると正面に拝殿があります。
拝殿の扁額にも飯縄神社とは書いておらず、「全国飯縄総社」的なものを感じることはできませんでした。
畳敷きの拝殿の奥に祭壇があります。
拝殿の後ろに橋が架かり、本殿とつながっています。
拝殿の斜め前にご神木の大杉があります。巨木があると神秘的感があって、飯縄修験の総社の雰囲気も多少は感じられます。
飯縄修験を修めて飯縄の法を習得した者は「飯縄使い」と呼ばれ、空を飛べるようになるとされています。室町幕府管領の細川政元も女色を断って修行に明け暮れ、嫡子をもうけなかったことで、細川管領家の衰退を招いてしまいました。しかし武田信玄や上杉謙信など多くの戦国武将からも篤く信仰されていました。
飯縄神社里宮から戸隠神社に向かう途中、飯綱湖南岸から飯縄山が見えました。
飯縄山の南側のピークの右に奥社の社殿が見えます。
【北信の三大修験 ③-1:戸隠神社放光社・火之御子社】パワースポットを巡る夫婦旅 に続く・・・