徒然なるままに山と歴史を・・・

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このブログでは登山記録、また、歴史旅について書いていこうと思います。

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2026年4月 丸沼北岸の環湖荘駐車場から四郎岳・燕巣山に行ってきました。

 

2026年4月29日

  05:32 環湖荘 駐車場 スタート

  09:18 四郎岳 [休憩 18分]

  10:09 四郎峠

  10:20 1891ピーク

  11:20 燕巣山 [休憩 21分]

  12:21 1891ピーク

  12:28 四郎峠

  13:30 環湖荘 駐車場 ゴール

    歩行距離 11.6km

 

今回は数年前から温めていた四郎・燕巣です。金精道路の通行止めが解除されてすぐのタイミングでしたが、丸沼高原スキー場の先も路肩にはほとんど雪も残っていませんでした。

環湖荘の駐車場では出発の支度をしている人が何人かいましたが、皆さん釣り客でした。

支度を終え、丸沼とは反対の、駐車場の奥の方へ向かいます。

 

駐車場の先で沢に下り、さっそく渡渉があります。

 

5分程四郎沢に沿って歩くと堰堤が見えてきました。

 

堰堤を越えるとすぐに渡渉です。

 

何度も渡渉を繰り返しながら進みます。

 

壁のような堰堤の左に登って越えていきます。

 

渡渉を繰り返して進むうちに、両側から崖が迫る谷になってきました。

 

沢は岩を流れ、右岸の道も岩で滑りやすくなっていました。

 

スタートから30分程行くと沢が二股に分かれ、倒木が二本の沢をふさぐような感じになっていました。

 

沢の間を登るロープを伝って登ります。

 

右下には岩肌を流れる沢が見えます。

 

左側の沢を見下ろしながら進みます。

 

倒木を避けながら沢を遡ります。

 

この辺は沢の中を歩きます。

 

さっきの二股から10分ちょっとで再び沢が二股になりました。一旦左の滝を登ってみましたが道はなく、倒木を乗り越えて右の沢を遡るのが正解でした。

 

倒木から20m程行くと左に登っていく急な道がありました。

 

雪渓のようなところに沿って登っていきます。

 

右上に突然岩壁が現れました。

 

雪渓に沿って登っていきます。すぐ横に笹が茂っているので、雪の上の方が安全に登れます。

 

雪渓になりました。途中で右に上がる道のようなものがありましたが、まっすぐ雪渓を登ってみることにします。

 

ノーアイゼンでつま先を雪に蹴り込みながら直登してきました。かなりの急登です。

 

15分程雪渓を登ると雪はなくなり、すぐに笹薮になってしまいました。

 

右上にあるはずの登山道に戻ろうともがきながら笹をかき分けていきますが、いつの間にか左の方に向かっていました。

 

笹は直径1cm程ある太いものが密生していて、背丈をはるかに超える高さになっています。この太い笹にはじかれて、メガネを弾き飛ばされ、しばらくメガネ探しをし、両手に持っていたはずのストックがいつの間にか1本なくなっていました。メガネは発見できましたがストックは見つかりませんでした。無くしたことに気付かない程必死の藪漕ぎです。

 

1時間半程の藪漕ぎをし、ちょっとだけ開けている所に出ました。燕巣山が見えました。

 

更に笹を漕ぎ森に分け入り、悪戦苦闘は続きます。

 

2時間近い藪漕ぎを終え、何とか登山道に出ました。

 

登山道は傾斜がきつく、所々にロープもありました。

 

残雪があちこちにあります。かなり硬くなっていて、さっきの雪渓のようにキックステップもできず、右に左に避けながら登ります。

 

南側が開けた所がありました。雲が低く、白根山は見えません。奥の方にうっすら武尊山の下の方が見えました。

 

白根山の左手前の燕巣山ははっきり見えます。

 

傾斜が緩くなってきました。山頂はもうすぐです。

 

四郎岳(2156m)に到着です。ようやく一息つけます。リュックを下ろしたら、熊スプレーの誤噴射防止のプレートがなくなっていることに気付きました。これも薮で紛失したようです。

 

四郎岳山頂は南側が少し開け、丸沼高原スキー場がよく見えました。

 

休憩中にチェーンアイゼンをつけて、四郎峠への激下りに挑みます。

 

さっき薮から這い出た所を右に見ながら下っていきます。

 

登山道は笹が刈られていますが、雪解けの滑りやすい道は気が抜けません。ふと見上げると、燕巣山が雲に隠れていました。

 

両側が深く落ち込んだ鞍部に出ました。

 

四郎峠と書かれた看板が目立たない感じで木につけてありました。計画ではここから下りない予定です。

 

丸沼方面と反対側は急斜面です。

 

燕巣山への登りが始まります。

 

振り返ると四郎岳山頂が雲に隠れていました。

 

ほとんど平坦な道になりました。倒木の先の左側の茂みが1891ピークです。

 

1891ピークを過ぎると両側が切れ込んだ細道がありました。

 

細道からは丸沼やスキー場が見えました。

 

細道の先から急登が始まります。

 

急斜面を直登していきます。

 

時々道がわかりにくくなりますが、とにかくまっすぐ登ります。

 

急登はまだまだ続きます。

 

この辺は多くの倒木がありますが、苔が生え、土に帰ろうとしている感じがいいです。

 

急登を45分程登り続け、傾斜が緩くなるとかなりの残雪がありました。ウサギの足跡についていきます。

 

残雪を過ぎてもまだ先がありました。

 

ようやく山頂が見えてきました。

 

燕巣山(2222m)に到着しました。さっきは雲の中だったようですが、山頂は薄日も差していました。

 

尾瀬方面から流れてくる雲のせいで、今月初めに登った鬼怒沼山や黒岩山は見えませんでした。

 

南東側の稜線の始まりは笹藪でした。計画ではここから湯沢峠へ出て、湯沢沿いを丸沼まで下るつもりでしたが、再び藪漕ぎする気にはなれず、四郎峠に戻ることにしました。

 

杉木立のスキマからはスキー場が見えました。

 

ウロウロしながら、あんぱんをバナナミルクで流し込んで、一息ついてから下山開始です。

 

ウサギが歩いた雪の斜面の先から激下り開始です。

 

傾斜はきつく、足元はぬかるみ、チェーンアイゼンが役に立っています。

 

ずっと下ばかり見ていましたが、顔を上げると四郎岳山頂が見えていました。

 

下る途中からは時々丸沼やスキー場が見えます。

 

細い鞍部から登り返します。

 
すぐに1891ピークを通過します。

 

1891ピークの先もずっと下っていきます。

 

四郎峠まで戻ってきました。

 

四郎峠から先も急な下りです。

 

刈られた笹の間を下り、倒木を越えて、細い急坂を下ります。

 

四郎峠から10分程下ると、右手に残雪の谷が見えてきました。

 

少し下ってよく見ると今朝の自分の足跡がついていました。

 

すぐに雪の上に出ましたが、だんだん雪も少なくなってきました。

 

ロープを伝って沢を渡ります。

 

沢の合流点に下りてきました。倒木の右側を乗り越えていきます。

 

沢の中を下っていきます。

 

案内表示がありました。この先で左岸に登ります。

 

沢の合流点に出ました。またロープで下ります。

 

岩肌を流れる沢の右岸の岩場を行きます。コケが生えて滑りやすいので、ここを通過してからチェーンアイゼンを外しました。

 

堰堤に出ました。右側から越えていきます。

 

渡渉する際に、沢にチェーンアイゼンを放り込んでジャブジャブ洗っていきます。

 

渡渉して堰堤の右を越え、渡渉して堰堤の左を越え、何度か繰り返してようやく環湖荘の建物が見えてきました。左の坂を沢の方へ下っていきます。

 

最後の渡渉です。並べられた岩を伝って渡ります。

 

環湖荘に戻ってきました。ゴールです。

 

駐車場の一角にレストランとトイレが並んでいます。トイレの中はきれいで設備も新しく、洗面の小さな花瓶には生花が活けてありました。

 

帰り支度を整えてから丸沼に行ってみました。

 

丸沼に近い駐車場から四郎岳と燕巣山が一望できました。

 

今回はあまり天気も良くないようだったので、いくつかあった候補からこの山を選びました。金精道路が開通してすぐだったので、もっと雪が残っていることを期待していたのですが、雪山気分でコースを外れて痛い目に遭ってしまいました。しかしいい教訓になり、飛ばされたメガネが発見できたことをヨシとすることにします。

2026年4月 女夫淵温泉駐車場から鬼怒沼山・黒岩山を周回してきました。

  03:31 女夫淵駐車場 スタート

  04:46 八丁の湯

  04:55 加仁湯

  05:07 日光澤温泉 [休憩 21分]

  05:59 丸沼分岐 [滞在 2分]

  06:30 オロオソロシの滝観瀑台 [休憩 9分]  

  08:18 鬼怒沼南岸 [休憩 37分]

  09:13 鬼怒沼巡視小屋

  10:08 鬼怒沼山 [休憩 35分]

  13:19 2069地点

  13:44 2043地点

  14:55 黒岩山 [滞在 8分]

  16:32 1648地点 [休憩 9分]

  17:15 1542地点 [休憩 11分]

  18:23 遊歩道合流

  18:44 女夫淵駐車場 ゴール

    歩行距離 26.3km

 

今回は2年前のリベンジです。女夫淵駐車場には前日の23時前に着きましたが、川俣湖あたりから雪が降っていました。予報は朝から晴れでしたが、雪の中の出発となりました。

 

鬼怒川を渡った所から階段を上ります。

 

前回はここを見落として1時間のロスをしてしまいましたが学習しました。この分岐を右に曲がって、ずっと下った先の吊橋(鬼怒の中将乙女橋)を渡ります。

 

吊橋を渡って20分程行くと二ツ岩橋と砥の岩橋が連続している所に出ました。

 

土砂崩れで遊歩道が通れず、河原を歩いているうちに元の道に出そびれたりして、若干のロスはありましたが、ようやく八丁の湯に出ました。

 

八丁の湯からは歩きやすい道路です。5分程行くと奥鬼怒スーパー林道の鉄橋があり、向こうに加仁湯の灯りが見えてきます。

 

加仁湯の前の足湯からは湯気が上がっていました。宿の左側の坂を上って道路に出ます。

 

まだ静まり返っている日光澤温泉に着きました。

 

雪の中とは言え、水分無補給だったのでここでご馳走になっていきます。

 

水場の横の渡り廊下をくぐっていきます。

 

相変わらず雪がチラチラ降っているので、宿のすぐ上の温泉神社の軒下を借りて休憩させてもらいます。

 

温泉神社でアイゼンをつけて再スタートするとすぐに茂音橋があります。

 

丸沼の方へ行く吊り橋が見えてきました。

 

大沼分岐です。

 

吊橋の真ん中辺りまで行ってみました。

 

雪も止んで時折日が差すようになった頃、オロオソロシの滝展望台(観瀑台)に着きました。この先鬼怒沼まで休憩できる所はないので、前回同様ここで休憩します。

 

観瀑台の先しばらくは踏み跡がありましたが、やがてGPD頼りになります。たまに標柱を見かけると安心できます。よく見たら前回引き返したポイントでした。今回は観瀑台から40分程でした。

 

前回のUターン地点の先で密度の濃い樹林帯になったので、そこは避けて谷を登ってきました。

 

天気はすっかり回復しましたが上空には強風。折れた杉が隣の杉にもたれかかって、風が吹き抜けるたびにギューギュー不気味な音を立てていました。

 

また夏道に合流したようです。鬼怒沼まであと700m。

 

落葉樹も混ざる森になり、だいぶ上空が見えるようになってきました。

 

森を抜けて急に開けました。念願の鬼怒沼湿原の南岸に到着です。

 

強風が吹き荒び、北岸の方では地吹雪が発生しています。

 

これから行く鬼怒沼山方面。すぐそこには風紋が見られます。

 

強い風にさらされながら休憩しつつスノーシューに履き替えて南岸を出発し、湿原を突っ切ってきました。

 

木道は見えませんがベンチが露出していました。

 

振り返ると雪原の向こうに日光白根山や根名草山が見えていました。

 

北岸に近づくにつれて燧ヶ岳が見えてきました。山頂の方はわずかに雲がかかっています。

 

右の森の中に巡視小屋が見えました。中を覗いてみようと思いましたが、外開きのドアの1/3くらいが雪に埋もれていたのでパスです。

 

再び湿原に出ると、燧ヶ岳山頂の雲はなくなっていました。

 

名残惜しいのですが、巡視小屋の北側から森に入ります。踏み跡はないので適当なところを緩やかに登っていきます。

 

森を20分程登ると時折開けて遠くが見えます。高原山の手前に川俣湖が見えました。

 

ピークの東を巻いて行くと鞍部に出、鬼怒沼山がすぐそこに見えました。

 

登って行くに従って木の密度が濃くなり、杉の枝葉を掻き分けて登った先に鬼怒沼山(1241m)の看板がありました。鞍部からは10分ちょっとでした。

 

狭い鬼怒沼山山頂は樹木に囲まれ、わずかに杉のスキマから白根山・錫ヶ岳や燕巣山が辛うじて見えました。

 

予定のタイムをオーバーしたらここから引き返すつもりでしたが、順調に来られたので先を目指すことにしました。鬼怒沼山の北側を20分程下って少し登り返すと、向こうに雪庇が見えました。

 

杉林の中の急登は枝を掴んで手繰り寄せながら登ったものの、雪の壁のようなところもあり、流石にスノーシューでは厳しいので途中で再びアイゼンに履き替えました。

 

尾根の右側に出ると日光方面が、左側に出ると尾瀬方面が見えます。至仏山も見えました。

 

森を抜けたら雪庇の際に出ました。危ないので再び森に入ります。

 

燧ヶ岳や会津駒方面が見えました。

 

稜線の左下の斜面をアイゼンを突き刺しながら進みます。

 

こういう所は杉の幹に手を回しながら行きます。

 

この先がチェックポイントの2069ピークです。

 

2069ピークから10分ちょっとのところに倒木帯がありました。向こうには会津駒ヶ岳が見えました。

 

倒木帯を3分程登った先は2055ピークです。

 

2055ピークから下ってきました。この広い鞍部の左の方に水場があるようですが、この時期は関係ありません。

 

鞍部から10分程登って2043ピークの下まで来ました。このピークの右を巻いていきます。

 

2043ピークの下を抜けて20分、広く緩やかな傾斜のこの辺りが尾瀬沼へ行く道との分岐です。右に行くと尾根を巻いて黒岩山に行きますが、まっすぐショートカットしてみます。

 

地図ではそんなに急斜面でもなさそうなのに、壁のような感じになってしまいました。しかしこのまま行きます。

 

急斜面を15分程登ります。

 

登った先で南から西の方が大きく開けて絶景が広がります。思わず景色に見とれてしまいましたが、予定より1時間遅れているので山頂を目指します。

 

黒岩山(2160m)山頂に出ました。鬼怒沼からここまで目印や踏み跡がなく、少し進んではGPSを確認していたので、だいぶ時間がかかってしまいました。

 

北に会津駒ヶ岳。その右奥に飯豊連峰がうっすら見えます。

 

栃木・福島県境の山並みが続き、奥に那須連山、右に高原山。

 

高原山から右に日光連山。

 

山頂に雲がかかる男体山と右に日光白根山。

 

奥に武尊山。

 

至仏山から燧ヶ岳。

 

高原山アップ。ゲレンデのある明神岳。

 

女峰山・小真名子山・太郎山・男体山アップ。

 

日光白根山・錫ヶ岳・笠ヶ岳アップ

 

武尊山アップ。奥にうっすら赤城山。

 

雪の表面が、一旦溶けたことで張った薄い氷の膜によって、光り輝く至仏山。

 

ドーンと燧ヶ岳。

 

早く下りないと暗くなってしまうので、名残惜しいですが下ります。

 

黒岩山からの下りは、尾根の東寄りの比較的傾斜の緩い所を降りました。尾瀬沼分岐の辺りで来た道と合流し、更にその先の適当な所から南東の森を下ります。意外と急坂でした。

 

下りもちょいちょいGPSをチェックしていきます。

 

少し登り返すとチェックポイントの1648地点です。だいぶ急ぎましたがまだ40分遅れ。しかし小腹がすいたので少し休憩していきます。

 

1648地点の先辺りから雪がなくなってきて、10分程でこんな感じになってしまいましたが、枯葉で足を滑らせないようにアイゼンはつけたまま下ります。

 

道なき道を時々下り、ちょっと登り返したりします。

 

荒れた尾根を登り返します。

 

何とか1542地点まで来ました。ここまで12本爪アイゼンを履いてきましたが、ここでチェーンアイゼンに履き替えます。

 

尾根を下りてきましたが、この先に大きな岩があり尾根から逸れます。

 

荒れた藪や密林を突っ切って尾根に戻ろうと足掻きましたが、急斜面を斜めに下りましたが、行っても行っても尾根に出ず、もうまっすぐ下ることにしました。

 

何とか真っ暗になる前に奥鬼怒歩道に下りてきました。ちょうどベンチがありましたが、18時23分、既に日没を過ぎ、休憩している余裕はありません。

 

下りてきたのはこんな荒れた斜面でした。

 

遊歩道に出てしまえばあとは道迷いの心配はありません。3分程で吊橋を渡ります。

 

吊橋からずっと登って分岐に出た所でヘッドライトを装着しました。

 

分岐から5分程で鉄製の階段に出、下った所でチェーンアイゼンを外し、鬼怒川を渡って何とか無事に駐車場まで戻ってきました。

 

 

今回は2年前のリベンジができました。前回鬼怒沼まで来られたらたぶん今回の鬼怒沼山・黒岩山はなかったと思います。鬼怒沼付近までは前回来ていたので順調に来られましたが、その先は道も踏み跡もなく、100mごとにGPSを確認しながら慎重に進んだので、だいぶ時間がかかってしまいました。計画自体ちょっと無理があったかもしれません。反省点はありますが、黒岩山の大絶景を拝むことができ、大満足の奥鬼怒でした。

2026年4月 太平山周辺のパワースポットを巡ってきました。

その4.高勝寺 です。

 

 

午後になってから降り始めた雨は本降りになってしまい、車で岩船山蓮華院高勝寺(天台宗)まで上ってきました。奈良時代後期に創建された古刹です。JR岩舟駅近くの駐車場から上がるのが表参道なので、北側から来たルートは裏参道ということになります。大きな楼門の後ろが駐車場です。

 

山門の向かいに何かあるようなので、まずそちらへ行ってみます。

 

左側に水子供養のお地蔵さんや風車が並ぶ参道の先に石段があります。

 

苔の生えた石段の上に西院の河原堂が建っています。

 

江戸時代に建てられた建物で栃木市の文化財に指定されていますが、鉄骨のつっかえ棒で支えられていました。

 

お堂には彫刻がありました。彩色もされていたようですが、すっかり褪せています。

 

向拝の龍や獅子や象の彫刻は見事です。

 

お堂の扉の上にも色褪せてはいるものの立派な彫刻がありました。

 

扉を開けてみると、中は無惨な状態になっていました。

 

雨漏れのせいなのか、天井の板は全て落ちていて野縁が見えていました。

 

床も一部抜けています。須弥壇には今も小さな仏像がありました。左に小さな仏像がたくさんあるので寂しくはないでしょうが、かわいそうな感じです。

 

急な石段を下って戻ります。

 

山門には大きな提灯が下り、両側には仁王様がいました。

 

仁王様の後ろ側には銅板葺きに替わる前の瓦が残されていました。


 

仁王門の先へ行きます。

 

石段手前の仏像の右に高勝寺の由緒のような説明板がありますが、よく読めませんでした。

 

石段の上に説明板や境内図がありました。正面に本堂、その左手前のプレハブのような建物が閻魔堂です。

 

右側には護摩堂が建っています。

 

閻魔堂を覗くと、閻魔様など十王がいました。

 

左手前には三途の川の手前にいる奪衣婆がいます。

 

右側にも奪衣婆がいました。

 

来年で建立から100年になる本堂です。靴を脱いで上がります。

 

外陣の外におびんづる様がいました。腰と肩を撫でておきました。

 

本堂に奥には御本尊の地蔵菩薩がいますが、彼岸の時だけご開帳されるということなので、見えているのは前立本尊だと思います。手前には掌善童子と掌悪童子という眷属がいます。

 

本堂の廻縁を左に行くと無数の塔婆や石仏がありました。

 

右側には本堂の裏に上がる階段があります。

 

渡り廊下で護摩堂へ行ってみます。

 

渡り廊下からは閻魔堂や鐘楼が見えます。

 

右の道は渡り廊下の下をくぐって奥の院に行く参道です。

 

護摩堂には地蔵菩薩がいます。二童子の間にいるのは不動明王のようです。天狗のお面もありました。

 

本堂に戻って靴を履いて、渡り廊下の下を抜けて奥の院へ行きます。左側にはたくさんの石仏が並んでいました。

 

少し行くと石祠がありました。

 

石祠の先には石仏やベンチがありました。

 

更に行くと、また石仏がありました。

 

一番奥の石仏の所に奥の院と刻まれた石柱がありました。奥の院とはお堂のことではなく、この場所のことのようです。

 

石仏の後ろにフェンスがあり、地蔵橋と刻まれた石柱がありました。

 

すぐ先に切り立った岩山があります。かつては向こうに奥の院があり、地蔵橋でつながっていたそうですが、東日本大地震で崩落し、奥の院がこちら側に移されたそうです。

 

旧奥の院の後ろが太陽光発電所ですが、東側にも増設するようです。

 

雨のせいで下界は霞んでいました。

 

本堂の辺りに戻ってきました。

 

本堂の裏に行ってみます。階段に沿って百観音と呼ばれる石仏が並んでいます。

 

少し行くと孫太郎尊拝殿があります。石造の扁額には孫太郎神社と刻まれていたようですが、下の二文字が削られていました。

 

入口の上には天狗のお面が掛けられています。

 

お堂の中には翼にある天狗が祀られています。孫太郎は霊場を守護する為に飛んできた天狗と言われています。

 

更に階段を上ります。

 

境内にはたくさんの石仏がありますが、服を被せられたものがあり、ギョッとさせられます。

 

階段の先は広くなっていて、右奥に孫太郎尊本殿があります。3基の石燈籠がありますが、2基はフェンスの向こうにあります。

 

お堂の前には狛犬でしょうか。風化してしまってただの石といった感じです。

 

孫太郎尊本殿はお堂の中に納められている小さな石祠でした。天狗的なものはありませんでした。

 

向こうのテーブルの奥に逆鉾のようなものがありました。

 

三重塔方面へ行きます。

 

右の高い所が岩船山の山頂です。岩船山は船の形をした岩山で、山頂が舳先にあたるそうです。この辺りは霊場の一部で、たくさんの塔婆があってちょっと気味が悪いので、山頂はパスします。

 

服を被せられた石仏も不気味さを醸し出しています。

 

坂道は途中から階段になり、下りてきました。

 

階段を降りたところに三重塔がありました。

 

正面から見ても均整の取れた美しい塔です。

 

1階は4面全てに扉がついていて、その両側には彩色の施された彫刻がありました。

 

こちらは右側です。

 

三重塔から降りてきたところに鐘楼があります。山門や三重塔と同時代の江戸中期の建立と考えられています。

 

鐘楼の右に血の池があります。

 

血の池の水は赤くはありませんでした。罪を犯した女性が落とされるところだそうです。

 

比較的駆け足のお参りでしたが40分かかりました。

 

 

2026年4月 太平山周辺のパワースポットを巡ってきました。

その3.清水寺 です。

 

 

大中寺から太平山塊の南麓の林道を西進すると大きなイチョウがあります。その横の急な階段の上が金滝山清水寺(天台宗)です。

 

清水寺の階段の先にまっすぐ道が続いています。この下の両側が駐車場です。

 

清水寺は奈良時代初期に行基によって創建されたと言われる古刹です。

 

本堂の手前に仏足石がありました。古いお寺でたまに見かけます。

 

本堂の左の方に行くと見晴らし台があります。

 

見晴らし台からは枝垂桜の向こうに小山や間々田方面が広がっていますが、雨のせいで霞んでいました。

 

東側の駐車場の先に石畳の遊歩道があったので行ってみます。

 

遊歩道の緩い坂を上ってきました。

 

正面に観音堂へ行く石段が続いていますが、右の晃石山方面に行ってみます。

 

上の方に小さなお堂が見えました。

 

来た道を折り返すように上へ行ってみます。

 

少し登っていくと下から見えた建物がありました。

 

建物の正面には板が取り付けてあり、逆ハート型の穴から覗いてみると、新し目のお札や御幣がありました。ました。

 

お社の前から見下ろすと、かなりの高度感があります。

 

下ってくると下にテーブルが見えます。

 

テーブルの先の橋には注連縄が渡されています。斜め上にはさっきのお社のが見えますが、その為の注連縄ではない感じです。

 

橋の先で道が分かれます。そのまま観音堂へは行かず、左に行ってみます。

 

観音堂の正面の石段の下に出てきました。

 

石段を登っていくと、左側に十三仏が並んでいました。

 

十三仏から更に登ると、観音堂まであと少しです。

 

振り返ると桜の右に大平町方面が見えました。

 

観音堂の右には滝行の行場がありました。手前には不動明王がいます。

 

観音堂にお参りします。

 

厨子にはガラスがはめられていて、光って見づらいですが、観音様の上半身が見えました。

 

右側の毘沙門天はよく見えましたが、左の勝軍地蔵はよく見えず、見る場所を変えたりしているうちに照明が消えてしまいました。もう一度鰐口の下に行って人感センサーで点灯させて見てみます。

 

観音堂の外陣の格天井には色々な草花が描かれていました。

 

そろそろ駐車場に戻ります。

 

 

2026年4月 太平山周辺のパワースポットを巡ってきました。

その2.大中寺 です。

 

 

お昼過ぎに太平山大中寺(曹洞宗)にやってきました。境内の入口に大中護国禅寺と刻まれた石柱が建っています。右側には石仏や石碑が並んでいました。

 

石柱の間を抜けて行くと左側に駐車場があります。駐車場から参道に出、まっすぐ続く石段の両側は杉並木を行きます。

 

参道の先に山門が建っています。四脚門で手前の柱には袖塀がついていました。皆川城の搦手門を江戸初期に移築したものと言われています。「道林法席」と書かれた扁額が掛かっています。

 

山門の先にも石段があり、その上に本堂が見えます。

 

参道の右の方に、古い観音様が目立たない感じに立っていました。

 

観音様の上の方に地蔵堂が建ち、その右奥には茅葺き屋根の小さな建物が見えます。

 

参道をまっすぐ行ってみます。

 

石段を登って振り返ると、山門に枝垂桜が覆いかぶさっていました。

 

参道の先には本堂へ続く石段があります。この石段は油坂と呼ばれていて、立ち入り禁止になっています。災いを防ぐ為のようです。

 

油坂の下を右へ行くと地蔵堂が建っています。

 

二間四方のお堂の中には簡素な内陣が設けられ、半跏のお地蔵さんがいました。

 

地蔵堂の横から石段を登ると本堂の玄関の前に出ました。平安時代末期に創建された大中寺は、上杉謙信や徳川家康との繋がりが深く、江戸初期には関三刹の一つになっています。

北関東に進出した上杉謙信は、叔父が大中寺の住職をしていたこともあってこの寺を庇護し、焼失した伽藍の復興を行い、永禄11(1568)年には北条氏康とここで和議を結んでいます。

 

玄関の屋根の上には龍と書かれた瓦が載っていました。

 

油坂を上から見てみます。

 

本堂は障子が閉まっていましたが、右に一ヶ所だけ雪見障子になっていました。

 

雪見障子からは枕返しの間が見えるようになっていました。

 

ご本尊のお釈迦様はよく見えません。幕についている「丸に隅立四ツ目」は我が家の家紋と同じでした。

 

向拝の海老虹梁や手鋏には細かい彫刻がされていました。

 

本堂の裏に開山堂がありました。

 

向拝虹梁の欄間には龍がいました。

 

扁額には米法光?よくわかりませんでした。

 

本堂の前を抜けて右の方へ行くと、馬首の井戸というのがありました。

 

井戸は埋まってしまったようです。

 

馬首の井戸の下に不開の雪隠があります。さっき下から見えた茅葺屋根はこれでした。

 

入口からのぞくと、入って右に板がついていて、真ん中から向こうは行けないようになっていました。

 

板の向こう側も同じような造りになっていました。

 

不開の雪隠から少し下ると太平山神社がありました。

 

だいぶ風化が進んだ小さ目な狛犬がいます。

 

太平山神社の中は格子戸で仕切られていて奥に本殿のお社がありました。

 

再び山門をくぐって駐車場に戻ります。