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モンゴル8000

青年海外協力隊 2009年、モンゴル・ウランバートル赴任。
モンゴルでの日々の格闘日記です。

大学の卒業論文のテーマは


「語の意味の形成基盤としての人間の想像力と経験」


サブタイトル「メトニミー的視点かた捉えたメタファー像」



うーむ


我ながら、超めんどくさいタイトルでした。

指導教員に

「タイトル、『メタファーを考える』にしたいんすけど、駄目っすか?」と言ったら


「駄目。」


と言われたので、たらたら長くなってしまったんです。



簡単に言うと


時は金なり



Time is money


っていう表現ありますよね。言葉は違えど、そういう比喩の表現って、恐ろしいくらい似ていることが多い。



で、結局言葉ってのは人間が作ったもの。彼らが彼ら自身の経験とか、想像力とかを働かせてひとつひとつ作っていったもの。だから、同じようなものが多いんよね


ってことです。・・・そうだったっけ?細かくは覚えてないですけど。

メトニミーとかメタファーは省略します。僕の卒論の重要なポイントだけど、話すと長くなるので。



で、この卒論は、100%文献調査だけで書いたものだ、ってことを言いたいんです。


文学部でしたし、僕自身、ひとりでコツコツやるほうが性にあっていたってのもあります。



あれから4年・・・


先生という職業って、わりとその「ひとりでコツコツ」でもなんとかなるんですね。


もちろん授業では生徒とコミュニケーションを取りながらわいわいすすめていくんですけど、こと、他の教員との関係というと、別段気にしなくってもなんとかなっちゃう。


教案(テキトーに)作ったりハンドアウト作るのなんかすごく得意でした。




んで、今。


中間管理職です。


いろんな人の話を聴いて、それを上に伝えて…という作業がことのほか多いです。


加えて、現在在学している大学院では、「開発学」というものを学んでいて、修士論文や修士論文のための調査でいろんな人と話をしてメモを取って・・・という作業が多くなります。


私のような立場で私のような研究をしているのはおそらく全世界で私ひとりですから、(調査の価値がどうなるかわかりませんが)自分としてもおもしろい内容の論文になるんじゃないか、と、ひそかに楽しみにしております。



で、ふと、気付いたんですね。



ああ 人の話を注意深く聴く作業って、わりと楽しいじゃないか、と。



それで、今、企業とかマスコミがこぞって「必要だっ!」って叫んでいるもののひとつに


マネジメント力


ってのがあります。



これって、つまり


人の話を聴いてニーズを把握し、それを正しい場所に届けたりしてものごとをよりよい方向へ導いていく力


なんじゃないか、と勝手に思います。



そしたら…私はけっこうpricelessな仕事を任されているんじゃないか ってさっき夕飯の味噌汁作りながらふとおもいついたんです。



うむ。


「いち教師」ってのもすごくすごく楽しいんだけど


マネジメント ってのも、(けっこうstressfulではあるけれど)なかなかおもしろい。



おもしろいだけじゃなくって責任も伴う、難しいことですけどね。



そういうわけでいつのまにか火曜日が終わりました。


今日のモンゴルはわりと暖かかったですが、氷点下でした。

氷点下を暖かいと感じる人間になってしまいました。。。

いつだったか。


高校の同級生が言っていた。


「俺たちみたいな地域のトップ校を卒業した人間には、やっぱり、地元を盛り上げるとか、地元に利益を持ってくるとか、そういう責任みたいなものがあると思う。それは、私立校出身の人間にはわからない感覚なんだと思うよ。」



高校を卒業するときだったと思うが、先生の誰かが、言っていた。


「卒業生諸君、君たちには、埼玉県北の子どもたちを育てるという責任があるんだ。君たちの中の何十人かが先生となって、埼玉県北の子どもたちをしっかり育てていくんだ。」



高校の部活(応援団)の先輩であり、博報堂出身の加賀崎先輩は、実家の大衆食堂を継ぎ、発展させ、先日、駅前に3店舗目を出した。


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初代加賀家食堂。

安くて、うまい。昼食時には大混雑。


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2代目。Public Diner

おしゃれな雰囲気で、テラスもあり、夏は空を見ながらビールが飲める。


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そして3代目。Public Dining & Cafe

ついに駅前進出。朝8時半から夜12時までという常識破りの時間帯。

出勤前のコーヒーブレイクからランチ、ティータイム、また仕事帰りの一杯まで、幅広く対応。



先輩は、飲食産業というツールを使って、街の人々を盛り上げ、町全体を活性化させている。

ほんと、すっげーなー と思う。



僕も昔、2006年のことだったか。

熊谷市が音頭を取った「あついぞ!熊谷」事業に参加を決意し、


「熊谷花火で10万人笑かそう会」

という組織を立ち上げ、花火大会で花火を出品したり、地元の祭りでテキ屋をやったり、「辛いぞ!熊谷!カレーフェスティバル2006」というイベントをゼロから作ったりした。


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地元の祭りでの出展の様子。

カレーパンを製作して販売した。



これをやったことで仲間がたくさん出来たし、僕の会に賛同して出資してくれた人は300人を超えた。




埼玉県北の名門校、熊谷高校。

とはいっても、県南の名門、浦和高校にはもう遠く及ばない学力差がある。

片や、毎年東大合格30名以上を出す、公立校全国区レベル。

比べて熊谷高校は、東大は年に1人いくかいかないか(僕の代はどういうわけか3名行ったが)。


良くも悪くも、「地域の名門校」だ。

各中学の生徒会長クラスが集い、地元の方々も優しい目で見守ってくれる。



僕は熊谷高校を愛しているし、生まれ育った熊谷と言う街が好きだ。


そして、加賀崎先輩みたいにしっかりと地元を盛り上げ、地元に利益をもたらす事業を行っている方をすごく尊敬する。



じゃあ、いったい僕に何ができるだろうか。


加賀崎先輩の会社の面接を受けたこともある。ちょうど上で述べた町おこしのリーダーをしていたとき。

飲食で店を持っていっちょ盛り上げようじゃないか!と。


しかし、やっぱり教師になりたい、と思い直した。




いままで生きてきて、28年。だいぶ、自分の性格みたいなものがわかってきた。


調理師として働いたこともあったけど、自分で店を持って…というのはどうも自分の性格に合わない気がする。


自分が得意とするところは


・人前にたって何かを語りかけること。そのバランスを取ること


・まめな作業をひとりでコツコツやること


・文章を書くこと


だ。

良くも悪くも、それが僕だ。



先生として教壇に立ち続けながら、文筆活動を続ける。

それを発展させて、地域レベルにまで声を届けられるようにする。



とりあえずいまやるべきことは、このブログを通じて熊谷の皆様にいろんなことを知ってもらうことくらいか。

日本に帰ってすぐいろんな場所に声を届けられるように、今のうちにいろいろ関係を作っておきたい。



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高校の部活(応援団長)

後ろにいる下級生は、医者になり、公認会計士になり…と、彼らの人生を歩んでいる。負けてらんねぇ。

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上で述べたPDCの開店セレモニー。

応援団OBも駆けつける。



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熊谷高校1年次に行われる臨海学校。

泳ぎの指導のために毎年新潟に集うOB。

彼らも、今なにをしているのだろうか。




*注意*

男ばっかりだな…とおもわれたかもしれませんが、熊谷高校は男子校です。


ROOKIES -卒業- 通常版 [DVD]/佐藤隆太,市原隼人,小出恵介
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漫画を原作にしたフィクションだから、甲子園までいけちゃうんだろうけど、現実は、なかなか難しい。


でも、こういう、かなり問題のある学校でかなり問題のある部活動の監督…とか、クラス担任…としている先生方は、この日本中にかなりたくさんいる。(ルーキーズまではいかないと思うけど)



去年、埼玉県の公立高校で、サッカー部の顧問をしていた。


そのことを思い出して、ちょっと目頭が熱くなった。


どんなに先生ががんばっても、生徒たちの心の中に少しでも「がんばりたい」という気持ちがなければ、何も変えられない。


先生のすることは、小さな小さな「がんばりたい」という種を、大きくすること。


ゼロから何かを作るのではなく、小さなイチを2に、3にしていくこと。



僕が昨年顧問して、共に走って、共に汗を流したアイツらは、今年の夏の公式戦で、1勝した。


うれしかった。



「全力になって、何かをやった」


それで、いいんだと思う。先生は、そういう経験をさせてあげれば、それでいい。



学校教育が、ただ知識を詰め込む場ではなく、いかに生徒の持っている種を大きくさせることができるか。


全力で、何かをさせてあげるか


そういう場であってほしい。





もし見ていれば


熊谷農業高校サッカー部!


遠くモンゴルから、結果を見ていた。


1勝、おめでとう。いいじゃねーか。やったじゃねーか。見ていて、うれしかったぞ。


連絡が遅れてすまない。そのうち、森田先生に手紙を送るから、読んでください。


これからも、全力で、何かをやってください。


なんでもいいから。なんだっていいから。全力で、何かに取り組んでください。



また、会おう。



仕事がら、いろんな人と関わって、いろんな人といろんなはなしをする。


日本の高校で先生やってたときは、こんなにたくさん、話、してなかったなー と、ふと振り返る。


よく、日本にいたとき、生徒に言われていた。


「先生って、授業以外はあんまり喋らないですね。」


そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


話すことが仕事になったから、そのぶん、あまり話さなくなったのかもしれない。

マラソンを始めて、自分と対話することが多くなったから、あまり話さなくなったのかもしれない。

本を読むようになったからかもしれない。

いろんな経験をしすぎて、退屈になったのかもしれない。



今日は、そんなことがいいたいんじゃないんだけれど


今の仕事は、いろんな人と話すことが多い。



今、学校には、大学から教育実習生が来ている。

いろいろ問題はあるけれども、いちにち、いちにちと、進歩していくのがわかって、すごくほほえましい。


僕も昔は実習生だったし、つい2年前は、教育実習生指導教員として、つきっきりで指導したこともあった。

そのとき指導した女の子は、無事に私立の高校の専任教員になったようだ。

そうやって、リングみたいなものができていくんだろう。どのくらい太いかまではわからないけれども。


いま、学校にやってきている実習生は、全員がモンゴル国立教育大の学生たち。

いってみれば、エリートだ。

簡単に日本と比較できないけど、教育の一番手だから、筑波とか学芸大とか、そんなとこなんだろう。



それで、彼ら、彼女らともよくはなしをする。


「先生になりたいの?」


大学4年生で、教育を学んでいるのだから、そういう質問をするのは、なんというか、当然の成り行きと言うか、僕のボキャブラリが少なくてそれしかいえないというかなんというか…


まぁ、結局その質問は必ずするわけで。



けっこう多くの学生は、


「はい、先生になりたいです!」


って言うのよね。これが。


へぇ!って、正直驚いちゃって。僕は。


だって、給料、低いから。なりたい職業なのかなぁ、と思っていて。




と、思っていたら、実習生の一人が


「卒業したら日本に行って働きます!」


って、言ってきました。

もう内定が出ているらしくて。それで、へぇ、すごいね。何をやるの?って聞いてみたら


「トヨタの工場で住み込みで働きます!」


って。

なんていうか、すごくすごく内心複雑になってしまいました。



確かに、モンゴルにいるよりも、給料はいいかもしれない。いや、間違いなくいいんだろう。


けれどそれは日本で考えたら、国立大学を出たような人がする仕事じゃない。

彼とはよく話すけど、考え方もしっかりしている。




これが、途上国か。


せっかく蓄積した知識が、効率的に使われずに、国外へ流出してしまう。

国外で使われるのならまだしも、「経済」という大きな波に、知識までもがさらわれてどこかへいってしまう。




目的が達成できたらモンゴルへ帰って、ちゃんとその知識を使った仕事についてほしい。


そのくらいしか、かけてあげる言葉がみつからなかった。







モンゴル8000

大きなビルディングと、放牧された家畜が共生している国、モンゴル。


モンゴル8000
何年か後、どんな景色になっているんだろう。


ちなみに、写真を流れる川は、ずいぶん前から凍ったままだ。

 いつもと同じ道を歩く。遅くもないし、早くもない。もしかすると、周りからは少し早く歩くように感じられるかもしれない。太陽を浴びた街は思ったほど寒くなく、かなり厚着をした私の額からは、うっすらと汗がにじみ始める。

 この街にやってきて、どのくらいになるだろうか。

 むかし、渋谷の交差点の話を耳にしたことがある。あれだけ多くの人が歩くのに、ほとんど誰もぶつからずにすんでいるのは、なぜなのだろうか。前を歩く人の後ろを歩く。意識的に、注意をしながら歩く。それよりも、「歩く」という行為の文化なのだろう。誰が教えたというわけでもなく、それぞれの役割りを認識し、目的に向かって、ぶつからずに、歩く。そんな、空気みたいなものを身につけているから、みんなスムーズに歩いていくんだろう。それは、歩くことだけではない。空気のように周りを覆っている文化。言い回し。たとえば、英語で"Can you open the window?"と言う。"Yes, I can."と答えたらどうなるだろう。その教室(と、仮定する)を覆っていた自然な雰囲気は、少しばかり損なわれることになる。そうだ。"Can you open the window?"と聞かれたら、"Sure."と言って、窓を開けなければならないのだ。決して字義通りに答えてはいけない。

 そういう意味で、僕は空気になりつつある。この街で、ひとつの形をもった空気として、暮らし始めている。空気になることで、見えにくくなることもあるし、見えてくるものもある。それが、僕と言う人間にどんな影響を与えているのかまではわからないけれど。

 授業が始まる。先生が単語を読み上げ、生徒たちは必死になって聞き取った言葉を文字に変換し、自分のノートに書く。ひとりの「声」が共通の「言葉」になり、それが「文字」となる過程において、それは個別的なものから全体的なものへと変貌する。一滴の水が、海に降り注ぐように。自己主張せず、溶け込んでいく。

 先生が「びょういん」という単語を読み上げたとき、僕の頭の中にはオールドファッションがあった。ほとんど同時と言ってもいいくらい、オールドファッションは僕の頭を支配し、そのカリッとした外側と、ふっくらとした内側、その頑固なまでに完成されたドーナッツが僕を満たした。なぜだかはわからない。しかしオールドファッションは僕を支配し、僕はオールドファッションに支配された。僕はそこに漂うコーヒーのにおいさえ感じることが出来たし、買い物帰りの人々の会話の声さえ聞こえた。

 「せんせい、これでいいですか?」
 生徒の声が僕をオールドファッションから教室へと引き戻した。

 「ちがうよ、それは、「びよういん」だよ。」



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オールドファッションが食べたい。
その気持ちを短編小説であわらしてみました。

くだらないたわごとです。