オールドファッション | モンゴル8000

モンゴル8000

青年海外協力隊 2009年、モンゴル・ウランバートル赴任。
モンゴルでの日々の格闘日記です。

 いつもと同じ道を歩く。遅くもないし、早くもない。もしかすると、周りからは少し早く歩くように感じられるかもしれない。太陽を浴びた街は思ったほど寒くなく、かなり厚着をした私の額からは、うっすらと汗がにじみ始める。

 この街にやってきて、どのくらいになるだろうか。

 むかし、渋谷の交差点の話を耳にしたことがある。あれだけ多くの人が歩くのに、ほとんど誰もぶつからずにすんでいるのは、なぜなのだろうか。前を歩く人の後ろを歩く。意識的に、注意をしながら歩く。それよりも、「歩く」という行為の文化なのだろう。誰が教えたというわけでもなく、それぞれの役割りを認識し、目的に向かって、ぶつからずに、歩く。そんな、空気みたいなものを身につけているから、みんなスムーズに歩いていくんだろう。それは、歩くことだけではない。空気のように周りを覆っている文化。言い回し。たとえば、英語で"Can you open the window?"と言う。"Yes, I can."と答えたらどうなるだろう。その教室(と、仮定する)を覆っていた自然な雰囲気は、少しばかり損なわれることになる。そうだ。"Can you open the window?"と聞かれたら、"Sure."と言って、窓を開けなければならないのだ。決して字義通りに答えてはいけない。

 そういう意味で、僕は空気になりつつある。この街で、ひとつの形をもった空気として、暮らし始めている。空気になることで、見えにくくなることもあるし、見えてくるものもある。それが、僕と言う人間にどんな影響を与えているのかまではわからないけれど。

 授業が始まる。先生が単語を読み上げ、生徒たちは必死になって聞き取った言葉を文字に変換し、自分のノートに書く。ひとりの「声」が共通の「言葉」になり、それが「文字」となる過程において、それは個別的なものから全体的なものへと変貌する。一滴の水が、海に降り注ぐように。自己主張せず、溶け込んでいく。

 先生が「びょういん」という単語を読み上げたとき、僕の頭の中にはオールドファッションがあった。ほとんど同時と言ってもいいくらい、オールドファッションは僕の頭を支配し、そのカリッとした外側と、ふっくらとした内側、その頑固なまでに完成されたドーナッツが僕を満たした。なぜだかはわからない。しかしオールドファッションは僕を支配し、僕はオールドファッションに支配された。僕はそこに漂うコーヒーのにおいさえ感じることが出来たし、買い物帰りの人々の会話の声さえ聞こえた。

 「せんせい、これでいいですか?」
 生徒の声が僕をオールドファッションから教室へと引き戻した。

 「ちがうよ、それは、「びよういん」だよ。」



----------------------------------------------
オールドファッションが食べたい。
その気持ちを短編小説であわらしてみました。

くだらないたわごとです。