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モンゴル8000

青年海外協力隊 2009年、モンゴル・ウランバートル赴任。
モンゴルでの日々の格闘日記です。

先日紹介した『俺たちのR25』(だっけ?)は、その人その人の昔話なんかもよく話されていて、団塊世代組なんかは、大学新卒で給料1万とか、2万とか、そういうことをよく言う。


いままで、そういう話を聞いても、「ずいぶん物価が安かったんだな。。。」という感じしかうけなかった


けれど


それで、「家賃を払ったら食費にも困る」という記述があるのを読んで、なんか、頭にふぅっとよぎるものがあったんだけど


そんなに物価が安いわけでもなかったんじゃないか?


と、感じた。今の大卒初任給が20万ちょい?だから、単純に考えて、10分の1の物価 ではなかったんじゃないだろうか。


つまり


今の大卒初任給、20万ちょい。


これだけもらえば、ある程度貯金に回すことも可能だと思うんです。

それだけの余裕のある金額だと思います。

実際、私は月あたり10万ほど貯金していました。


けれど、


給料2万だった時代は、貯金することは考えられないくらいの金額だったんじゃないか。


それが、日本経済が成長するにつれて 国際的にも強くなっていくにつれて

貯蓄ができるくらいの給料を払える社会にまで発展して行ったんじゃないだろうか。




前にも少し触れたけど、今のモンゴルの公務員の給料、日本円にして、ひとつき当たり、


1万5千~2万。


正直、貯金なんてできないと思う。


でも、どんどん経済成長をしていけば、貯金ができるくらいの給与を得ることができるようになるのかもしれない。




そんなふうに、思いました。少し難しいかな。


つまり、たどっているルートは、日本もモンゴルも同じなんじゃないか、ってこと。




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私のジョギングコースを流れるセルベ川。

今日は少し暖かかったから、部分的に溶けていたけど


かなり、凍ってます。

まだ、10月。

ラジオに 出演しました。


なんていうと、なんだかすごいことみたいに聞こえるけれど


なんてことはない、JICA関係の機関が作成している日本語教科書の、各課にあるスキット(会話)の声優を担当したわけです。


しかも私は、主人公の友達でちょこっと顔を出す程度のチョイ役。

録音室が見える部屋で、だらだらジェスチャーゲームみたいなことをして遊んでました。



日本で英語教育を受けたり、教えたりしていたときは、英語教材なんてそれこそ大量にあって、まさか自分で作るなんて考えていなかったけれど


・・・あ、授業で使うハンドアウトなんかはアレンジして作っていたけど・・・


途上国で日本語を教えていると、まず直面する課題が


「教科書が無い」


ってことです。子供にいきわたらない、とかそういう問題じゃなくって、現実、教科書ってのが無いんですね。


まぁ、無いってことはなくって、なんというか、モンゴルの生徒たちのニーズに合った教科書が無いんです。


仕方なく、全世界シェアNo-1である「みんなの日本語」を使ったりするんですが、この本は、ビジネスや何やかやで日本へ行く大人のためにかかれたもの。


だから


「お酒を飲みます」


とか


「課長は来週出張に・・・」


とか、あります。


教室で生徒が真剣に「課長」ってノートに書いているのを見ると、笑えます・・・おっと、不謹慎ですw



まぁそういうわけで、JICAとしても、こっちの生徒に会うようなテキストをこしらえているわけです。


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録音室を見つめる私。

劇団にいたことがある といったら、監督をまかされました。が、特に何もしていません。鼻にボールペン突っ込んで遊んだりしてました。


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チョイ役の出番です。




こうやって、何か、形になるものを創造する っていう作業に関われるとは思っていなかったので、すごく貴重な体験でした。

教師っていうのは実際に教壇に立って、生徒たちに何かを語りかける役割りを担った人であるけれども、それを支える裏には、やっぱり、教科書を作った人、学校を作った人、いろいろな人がいるんですよね。


そう考えると、教師っていうのは、やっぱりアクターなわけで、目の前にいる観客=生徒を、学問というジャンルで楽しませなければいけないわけです。

でないと、支えてくれる人たちに申し訳が無い。




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不謹慎かもしれないけど



早く日本帰って、高校の教壇に戻りたいな。


オレの居場所は、やっぱあそこなんだよな・・・と、教壇を降りて半年、再確認する。

ま、もうすこし、ここでいろんなことやってみようと思う。


俺たちのR25時代 (日経ビジネス人文庫)/著者不明
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私が高校教師になったのは、2007年。いまから3年半前のこと。

そのとき、私はちょうど25歳だった。


学校があり、自宅のあった狭山市から、自転車で20分くらいにある、入間のマルヒロに、水曜日になるとR25が置かれている。


朝は7時前に出勤し一日の仕事の準備をし、朝ゼミをしてホームルーム、授業、なんやかやの雑用、部活を見てから、ときおり、夜遅くまで自習室に残って勉強する生徒の監督をする。


土曜も授業。日曜は、私塾へ通って学校の広報まわり。



水曜日に、マルヒロへ行ってR25を手に取り、ミスタードーナツでドーナツを買って家でドーナツをほおばりながらR25を読む。


ささやかで金のかからない、楽しみだった。



本書は、そのR25で連載されていた、「俺たちのR25時代」という、様々な分野での著名人に、若き日の経験を語ってもらったり、25歳の若者へのエールなどをインタビュー形式で行ったものをまとめた本。


小説家から歌手、俳優、映画監督など、幅広い人たちが、カッコいいことを言う。



トータス松本や、石田衣良、唐沢寿明など、カッコいい人たちがたくさんいるなかで、私はなぜか、江川達也にひかれた。


江川達也…まじかるたるルート君、東京大学物語など、正直「問題作」を書き続ける漫画家。


彼は、それまでの人生経験から、「基本的に、人は約束を守らない。」「状況に応じて平気でルールを破る。」という。悲観的ではなく、楽観的に。


そこから、


「人に気持ちが伝わるなんて思わない。他人じゃなくて、自分がやればいいんだ。」


と言ってのける。


好きなことが無い、とか、やりたいことが見つからない、とか言っている最近のヌルい若者に対して、


「外国の軍隊とか漁船とか、健康を害さない程度に条件の厳しい仕事について、”これが終わったらあれをやるぞ”って全部書き留めておく。そしたら好きなことなんて簡単に見つかるよ」


と、最後を締めた。



痛快。


自衛隊と、それより辛かった高校の応援団、漁船じゃないけれど、2年間過ごした船上生活。。。すべてを経験した私は、これを読んでニンマリとしてしまった。




人は、変えられない。変えられるのは、自分だけ。



そう、私もいつも思っていた。そういうわけで、日本に行ったら何をやりたいか、既にたくさんあるけれど、書き溜めておこうか、と思う。

いま、週に5日、走っている。

毎回、だいたい6キロ。だから、週に30キロ。


1ヶ月に130キロくらいというところ。


ずっと前…うん、小学生5年生の夏休み、友達と朝走るようになってから、長距離は好きなスポーツだった。

昨年の11月から、思い立って毎週50キロ走るようになった。


さぁ、今日もいこうか。

そんな心持ちで、シューズの紐を縛る。ニット帽をかぶり、インナーを着、手袋をはめているのは、モンゴルだから。10月の今で、最低気温は氷点下。日本でいえば真冬だ。


モンゴルは基本的にジョギングをする習慣はまったくないが、近くに高級住宅地や、アメリカ大使館があるせいで、走っていてもそんなに変なふうには見られない。


家の近くにある川沿いを、5周。だいたい35分。

氷の下を流れる水を横目に、走る。

川べりにはときおり羊や牛がいる。寒いのに川遊びをしている子供もいる。



今月の初めだった。

こっちへ来て3ヶ月。

気付いたら、「走ろう」という気持ちになっていた。

体が、走ることを求めていた。あとは足を前に出すだけだった。


今日の夕方は、ゲルから出る煙で、少しもやがかかっていた。

それでも、関係ない。


この街でも、やっぱり僕は走り続けるんだろう。

標高1600メートル、極寒のモンゴルで、2年後のサロマ湖100キロマラソンを目指す。


そしていつか、4DESERTという、4大レース

ゴビマラソン(中国) 250キロ

サハラマラソン(エジプト) 250キロ

アタカママラソン(チリ) 250キロ

南極マラソン(南極) 250キロ

を、制するのが、夢だ。

http://www.events.4deserts.com/


現在、28歳。

まだまだ!


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モンゴル8000

現在の私のランニングコース。人口過密の首都にあって、これだけのコースを確保できることは、幸運というほかない。

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)/村上 春樹
¥540
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僕はいつも2足以上のわらじをはいて、生活している。

慣れてしまったので、


「そんな生活、忙しいでしょう」


と聞かれても、別に忙しくなんかないと思っている。

たまにそれが、人に悪い印象を与えることもあるかもしれない。

「気取っている人」

みたいに取られるかもしれない。


でも、そんなことはどうでもよくって、今日も今まで修士論文系の作業をしていた。

もちろん昼は仕事していたけど。


家に帰ると、夕飯を作り、食べ、大学院の作業をする。他のこまごまとした仕事をすることもある。

そして全部終わってから寝るまでの時間、好きな本を読む。


この時間は僕にとってものすごく重要な時間で、これがあるから、毎日平穏に過ごせているといっても良い。


一日のなにやかやを終えて、好きな本のページを開く。

ときおり、ビールを飲みながら、本を読む。

これが僕に余裕を持たせる。


昨日読み終わった。「国境の南、太陽の西」

春樹さんの作品ではマイナーな位置におかれるかもしれないが、どちらにせよ、好きな作品。


青山でバーを経営する主人公は、言う。



「僕はいつもと同じようにスーツを着て、ネクタイをしめていた。アルマーニのネクタイとソプラニ・ウォーモのスーツ。シャツもアルマーニだ。靴はロセッティ。僕はとくに服装に凝るたちではない。必要以上に服に金を費やすのは馬鹿馬鹿しいことだと基本的には考えている。普通に生活している分には、ブルージーンとセーターがあればそれでこと足りる。でも僕には僕なりのささやかな哲学がある。店の経営者というものは、自分の店の客にできればこういう恰好をして着てほしいと望む恰好を自分でもしているべきなのだ。僕がそうすることによって、客の方にも従業員のほうにも、それなりの緊張感のようなものが生まれるのだ。だから僕は店に顔を出すときには意識的に高価なスーツを着て、必ずネクタイをしめた。」



自然なことだと、思う。


けれど


昨年勤務していた公立校の先生は、スーツを着て学校に来ることはほとんどなかった。

それで、生徒に服装の指導ができるだろうか?


今、僕は、学校に行くときは必ずシャツ、スラックスで行く。

他の人は、行かない。

ジーンズで行く人もいる。




誰かに見られている。

教員ならば、なおさらだ。



あの人みたいに、なりたい。

そう、思わせる大人でありたいと、いつも思う。


そしてそれが、その人を形作るんだと、考えている。


そういう意味で、僕は村上春樹さんを尊敬しているし、あの人のようになりたいと思う。