現代の達人たち。
血の出るような修行の果てに掴まれた境地、精緻な技術、壮絶な肉体。
令和の生ける武士
空手会と武術会の今卜伝
する方もされる方も唯一無二
武と芸、奥義の合気は選ばれしものだけが?
冠光寺流、愛魂は誰もがみな大丈夫です。
うつうつした梅雨の日が続き私も凹んでいたところ、ある門人の方からメールをいただきました。
そこには写真とコメントが。
「私の目の前に広がっているのは海の景色と静かな波の音…
はて?
この一体化した空間というかこの感覚は愛魂に似ているかも…」
素晴らしい。
もう本当に何も言うことがない。
それだけ、です。
武術的な動きができなくても、護身術として使えなくても、いい。
一緒に稽古してきてよかった~と嬉しくなりました。
ありがとうございます。
〈おまけ〉
彼女も私も21だった。
当時テレビをみていた私も、そんなもの知るわけもなく歌っていた彼女も、37年の時を経て今ここにある。
紆余曲折たくさんのこと、出会いと別れ、栄光と挫折、絶頂と失望、あるいは絶望そして虚無。
それでも変わらずに貫いてあるもの
【なんでもないもの】
人生という砂の城。
時という波がさらって消え失せても、思い出という光る砂が残る。
愛という人生の砂時計は、当時も今もやさしく静かに止まることなくあり続けている。
今ここに宿るこの魂は、愛の世界の中で気づいて生き続けている。
愛魂とは
このときと今の背景の
【なんでもないもの】に合わせるだけなんです
私の場合、合気愛魂がどうしても観念的になりがち。
手は動かさず口が回るタイプ。詐欺師か?
その私とは違って同門の森坂千秋さんは私より深い理解に加え、武術的な修行も続けられている。
何事に対しても公正中立を保つことは実に難しいが、それを公言実行されていてとても尊敬している。
ブログで目が覚める思いをすることも多いと思います。