家族葬が終わり、その後の手続きがどっさり。

締切が早いものからどんどんやっていこうとした、葬儀の2日後の朝。


娘「なんか変、、、」


と言い、リビングのソファーで横になり、

その日1日、食べ物は受け付けませんでした。


熱はないし、葬儀の疲れがどっと出たんだろうと思ってのんびり過ごさせました。


しかし、翌日も食べ物どころか水を飲むのもしんどいと言いだしました。

唇をぬらす程度しか無理で、座るのもしんどいと。


これは、ほっといても良くならないし脱水症状で危険だと判断し、

「歩くのむり」

「注射されるのいや」

と言って泣く娘を、保管していた息子のベビーカーに乗せ!かかりつけに駆け込みました。


診断は【自律神経失調症】


先生は

「これは、、、時間薬しかないね。一応胃を動かす薬出すけど、たぶん効かないと思う。また点滴してあげるからね」


ひどい脱水症状で点滴の針を何度も刺された娘は、2度と点滴されたくないから翌日はスプーン1杯の水分を1日かけて飲みました。


その翌日は味噌汁も飲み、すこーしずつ脱水症状は軽くなっていき、起き上がれるようにもなり、3週間後は2時間ほどおもちゃ屋でウロウロできるまで回復しました。


夏休み直前に自律神経失調症になった娘は、2学期の発育測定で体重が前回よりマイナス7キロでした。


私は旦那が亡くなるまでの間、ゆっくり覚悟することができたけど、娘はパパがもう目が覚めない、亡くなってしまう、と聞かされても現実として考えることができず、ずっと目が覚めることを願い続けていたんだな、、、


亡くなった瞬間に、恐ろしい現実が一気に娘にふりかかり、自覚できないほど大きな悲しみで心がやられてしまった、、、


あの日「なんか変」と言ったのは、今まで感じたことのない異変で、言葉に表せなかったんだな、、、


娘のことをそこまで考えられてなかったことをとても反省しました。


亡くなってから30分もしないうちに、看護師さんから

「葬儀社が何時に来られるかわかったら教えて下さい」

と言われ、旦那が倒れた直後に登録していた葬儀社に電話しました。


普通のテンションで対応されたり、担当にまわされるまでの間待たされるのは、今の精神状態じゃきついな、、、と思いましたが、

ワンコールで出て、静かに「この度はご愁傷さまでした。車の手配でよろしいでしょうか?」と丁寧に対応されてほっとしました。


そしてその場ですぐ、あと何分で到着するか、担当者は誰かを教えてくれました。


車が着くまでの間に、病室の荷物を片付け、旦那はきれいにしてもらいました。

そしてようやく、この姥捨山から出ることができました。


当時はコロナによる死者が多い時期だったのでお通夜は2日後になりました。


友人が多くて賑やかな雰囲気が好きな旦那には申し訳ないけれど、ごく少人数の家族葬にさせてもらいました。


旦那の棺には、娘が書きためていた沢山の手紙と息子が描いた絵を入れました。

幼なじみの1人は、娘が父の日に

“パパおきて!いっしょにあそぼうよ!はやくおきて!”

と書いたメッセージカードが目に入り、たまらず号泣していました。


葬儀が終わり、魂だけになった旦那は約2年半ぶりに自宅に帰ってきました。


もう病院からの電話に怯えなくてもいいし、ヘルパーにイライラさせられることもなくなりました。


私は久しぶりに安心して眠ることができました。


しかし、すぐにまた心配な出来事が起こりました、、、。




子供たちの夏休みが始まった数日後、実家に2人を預けて旦那の面会に行きました。


15分しかないので、猛スピードで2ヶ月間にあった出来事を旦那に話しまくりました。


途中で、このフロアではあまり見ない“看護師さん”から呼ばれました。


廊下でその看護師さんから、旦那の肺がだいぶ硬くなってきて酸素が入りにくくなってる事と、

血圧がぐっと下がり危険な状態になることが増えてる事、

そして痙攣発作が起きるようになってきていて、薬で対処してるがその薬が効きにくくなってきている事を聞かされました。


そして、


「次、また痙攣発作が起きたら、もう戻ってこないかもしれない、、、そういう状態だということだけ理解しててほしい」


と、言いにくそうに言ってくれました。


私はそれを聞いて、あぁもう長くないんだな、、、やだな、、怖いな、、


そう思いました。


旦那のそばに戻った私は、何も言えなくて旦那を見つめるだけしかできませんでした。


帰り際、看護師さんから

「お母さんは子供を見てあげて、いつも通りに過ごせばいいからね!」

と、励まされました。


その日の真夜中に電話がなりました。


出る前から何の知らせかわかってしまいました。


「急変して、今、血圧が50切りました、、、ゆっくり慌てないで来てください」


その言葉から、血圧が下がるスピードがゆっくりで、これが最後だからしっかり心を整えてから来てね、という意味合いがあると感じました。


子供たちは電話の音で起きていたので、着替えを手伝い、義母と実家に連絡を入れて病院へ向かいました。


そして家族に見守られながら、旦那は静かに旅立ちました。


14回目の結婚記念日の前日でした。