ドライブ・マイ・カー 2021年 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

日々接した情報の保管場所として・・・・基本ネタバレです(陳謝)

監督    濱口竜介
脚本    濱口竜介、大江崇允
原作    村上春樹「ドライブ・マイ・カー」文藝春秋刊

キャスト
家福(かふく)悠介  :西島秀俊
渡利(わたり)みさき :三浦透子
家福音        :霧島れいか
高槻耕史        :岡田将生
イ・ユナ          :パク・ユリム 言語障害を持つ演者
コン・ユンス       :ジン・デヨン 演劇祭スタッフ
ジャニス・チャン  :ソニア・ユアン 高槻の相手役の演者
柚原           :安部聡子 演劇祭スタッフ

感想
賞をもらった事もあり、なじみの映画館で再上映となったため視聴。
内容ほとんど知らないまま、ロードムービー的なものかと思っていたら、
意外にもセックスシーンから話が始まる(それでPG12なのか)
後で、セックスの高揚感の時に話す妻の言葉を記録して戯曲を作るという説明がされるが、最初それを観た時は「何や?これ」状態。
自分の知らないところで他の男とセックスをしていた妻。

それを咎める事もせず毎日を重ねていたが、ある日突然妻が急死。

それまでの話は導入部で、二年後 とのテロップの後出演者の表示。

演出家兼俳優である家福のマイカーを、どうして女性ドライバーが運転する事になるのか、その辺りの持って行き方がうまい。
寡黙で仕事に徹していたそのドライバー みさきが、次第に心を開いて行く過程が丁寧に描かれる。
3時間という映画の長さは、みさきが心を開いて行くために必要な時間だったと考えれば、全く違和感なく腑に落ちる。

クルマの設定が微妙に地味でイイ。サーブ 900 TURBO。3ドアハッチバックでサンルーフ付き。このサンルーフがいい仕事。車中の二人がタバコを喫った時、開いたルーフから吸っているタバコを外にかざす。
家福自身が、この車を購入して以来課していた車内禁煙をみさきが破った時の儀式でもある。
他にもタバコでいい場面が。みさきが家福を連れて北海道の郷里へ行った時、倒壊した家の前でみさきが線香代わりにタバコを立てる。
また後席ドアがないことで出入りにワンアクション必要であり、それが映画に有機的な雰囲気を生み出している。

劇中で演じられる「ワーニャ伯父さん」は家福と音の関係も現しており、あらすじを知っておくのもいいだろう→こちら

この時期にロシア戯曲を扱ったものが注目されるのは微妙だが。


最終の場面で韓国ナンバーの同型サーブを運転するみさき。同じ型の車を買ったのか、家福と一緒に住んでいるのか説明はない。

ただ、顔にあったアザが消えている事から、人生にポジティブに向き合う姿勢が見えた。

ネットでたまたま見つけたレビューが良かった→こちら
裏話含む11のエピソードがこちら
特に主演の西島秀俊が、照明や録音部の仕事のすばらしさに言及していたのが印象的だった。
オマケ
みさきの喫煙関係で、原作の改変問題があったらしい。こちら
原作でみさきの郷里が、実在する「中頓別町」から単行本化時「上十二滝町」に変わったいきさつ。村上春樹のオトナの対応。

あらすじ
舞台俳優の家福悠介。妻 音との二人暮らし。

家福は音が入れた自分以外の配役のカセットテープを愛車サーブ900ターボの車中で再生し、セリフを覚えるのが習慣だった。

もう一つの習慣は、音とのセックスの最中に彼女が発する戯曲の断片を記憶し文字に起こす事。それが彼女の脚本になる。

最近起こしている物語は、高校の同級生 山賀の家にたびたび空き巣に入る女子高生の話。山賀の事が好きだが告白出来ず。

空き巣に入った時はいつも何か小物を盗むなどの爪痕を残す。

家福が演じる多言語演劇「ゴドーを待ちながら」の幕間に楽屋を訪れる音。若手俳優の高槻耕史が挨拶したいと言うので連れて来たという。

寺で行われている何度目かの法要に出席している家福と音。

遺影は彼らの娘。それが終わって帰宅した二人は、喪服を脱ぐのももどかしくセックスにのめり込む。そして文字起こし作業。
ある日いつもの様に空き巣に入った時、山賀のベッドで自慰行為を始めてしまう娘。そこに誰かが帰って来た。山賀か?父か?母か・・・

ウラジオストクの国際演劇祭に招待され成田に向かう家福だが、寒波のため欠航との知らせを受けて帰宅する。

居間に向かおうとした時、音が誰かと激しくセックスしているのを鏡ごしに見る家福。

そのまま静かに家を出た家福。
その後も家福はその件を音には一切話さず今までの生活を続ける。

また接触事故を起こした事で緑内障が発覚した家福。
その時期彼が取り組んでいたチェーホフの戯曲「ワーニャ伯父さん

稽古のため、音が吹き込んだセリフを相手に車内で聴き、話した。

ある日出掛ける前に音が「帰宅したら話したい事がある」と言う。

晩に家福が帰宅すると倒れている音。

救急車を呼ぶが意識回復せず亡くなった。
死因はクモ膜下出血。涙を流すことなく葬儀を終えた家福。

二年後、家福は演出面で高評価を受け「ワーニャ伯父さん」は代表作となっていた。広島で開催される国際演劇祭の招聘を受ける家福。
事務局のユンス、柚原から概要の説明を受ける。一ケ月半の稽古と二週間の本番。オーディション応募者ファイルを受け取る家福。

自車で来ていた家福に柚原が、ホテルと稽古場との運転は専用ドライバーを充てると説明。車内での稽古をするため自分で運転するという主張は、過去に事故かあったためと容れられず。
ドライバーの渡利みさきはまだ若い女性。一応テスト前提でキーを渡した家福は、いつも通りカセットでセリフの稽古を行う。

ホテルに着き感想を聞くユンスに、翌日からの出迎えをみさきに依頼する家福。


翌日はオーディション。多言語演劇でもあり韓国、中国、香港と多岐。日本からの応募もある。音と肉体関係があったと思われる高槻も。
高槻とジャニスは、演じたい役がマッチしたので同時オーディション。

キスまでする過激な行動に思わず大きな音を出す家福。
最後のテスト者は聴唖者。聞こえるが話せない。手話による演技。


ワーニャ伯父さん」の配役が決まり顔合わせ及び稽古が始まる。
主役のワーニャは家福がやると思われていたが高槻に。
読み合わせでは感情を排して淡々と読む様に指示する家福。

戸惑いながらも従うキャストたち。


稽古のあと高槻が家福を飲みに誘う。音さんの本を演じるのが好きだったと言う高槻。音の脚本と僕は別物だと言う家福。
女性関係から事務所を追われてフリーになった高槻。しないと分からない事もあると反論する高槻。音さんは家福さんの妻で幸せだった・・・
僕たちは同じ悲しみを共有している、同じ女を愛した、と家福。
隣席の男が写真を撮ったのに因縁をつける高槻。

翌日の稽古で高槻のパートにダメ出しする家福。テキストに集中しろ。
稽古の後、事務局のユンスに食事を誘われ彼の家に行く家福。

みさきも求められて食事に同行。

家で待っていたのは配役であるユナ。妻だという。

最初から言ったら家福が落とし難いと考えたユナ。夕食を食べながらなれそめを聞く家福。ユナに会ってから手話を覚えたと言うユンス。
ユンスに問われ彼女の運転を絶賛する家福。車に乗っているのを忘れる。席を外して飼われている犬と遊ぶみさき。

帰りの車でみさきに、運転を身につけたいきさつを聞く家福。

北海道 上十二滝村の出身。水商売の母のために駅まで一時間の道を、車で中学の時から送迎したという。

運転のせいで睡眠が妨げられると殴られた。
運転を褒められた事を喜ぶみさき。


ある日の稽古に向かう時、高槻が運転する車に抜かれる家福。

隣りには劇のパートナーのジャニス。

その後彼の車が事故を起こしている横を通り過ぎる家福の車。
高槻とチャンは稽古に遅刻。その稽古のあと言い訳する高槻。

ジャニスの件は言葉が分からない彼の意思疎通方法。

分別を持ってくれと咎める家福。

どこでもいいから走ってくれとみさきに頼む家福。

着いたのはごみ処理施設(広島市環境局中工場)。

舞うゴミが雪みたいだと言ったみさき。

ここを設計した建築家は平和公園、原爆ドームを繋ぐ線上にここを作って吹き抜けにしたと説明。広島に来た理由を聞く家福。

五年前の地滑りで実家が家ごと土砂に飲みこまれ、母が死んだ。十八になって免許を取ったばかりだったので、母の葬儀のあと車で西に向かったが、広島で車が壊れた。それでここの清掃車のドライバーになった。今は二十三歳か、と呟く家福。
家福さんの名は珍しいと言うみさき。おめでたい。同じ事を妻に言われたと返す家福。音という名が結婚をためらわせた。二年前に死んだ。
大事に使われているのが分かるので、この車が好きだと言うみさき。
カセットで練習を続ける家福。

ある日皆を公園に連れて行き野外で稽古をさせる家福。

ユナとチャンの会話(片方は手話)

二人の間に生まれる独特な空間にみさきも立ち会う。


稽古の後、家福の車に来て話したいと言う高槻。自分の車は修理中。
後部座席に並ぶ家福と高槻。稽古の時のユナとジャニスに起きた事を聞く高槻。このテキストにはそういう事を起こす力がある・・・
なぜワーニャをやらないかを聞く高槻。チェーホフのテキストから自分が引き摺り出されるのに耐えられなくなったと言う家福。
自分が場違いだと言う高槻に、社会人としての君は失格だが、自分を差し出してテキストに応える事が出来ると激励。

そこで再び彼を撮る者が居たため、早々に店の会計を済ませる家福。
車に戻るまでの間にどこかへ走った高槻は、しばらくして戻って来た。

僕は空っぽなんですと言う高槻に、妻との間に娘がいた事を話す家福。四歳の時肺炎で死んだ。生きていれば今二十三歳。
音は女優を辞め、家福はTVから舞台に戻った。

数年虚脱状態だった音が突然物語を語り始めた。

セックスの直後に語り、家福が書き留める。そうして出来たものをコンクールに出して受賞し、彼女の脚本家としてのキャリアが始まった。

それがいつしか習慣になり、娘の死を乗り越える絆となった。

互いを必要とし、セックスも満ち足りていた。
だが音には複数の別の男がいた。多分彼女が脚本を書いた相手と。
自宅に連れて来たことも。それを音さんに話したことは?の問いに

「一番恐れたのは音を失う事だった」
気付いている事を知られたら一緒には居られない。
気付いていたという事は? 君は何か知っているのか?
 

音さんから聞いたという話を始める高槻。女子高生は初恋の男の家に空き巣に入る。それは知っていると言う家福。彼女はある日山賀のベッドで自慰行為をしてしまう。誰かが帰って来る。それが誰だか分からないまま話は終わる。だが高槻はその先を聞いていた。
もう一人の男。それはただの空き巣。彼女は山賀のペンを取ってその男の左目を刺し更に何度も刺した。気付けば彼女は空き巣を殺していた。家に帰った彼女は全てを告白するつもりで登校したが、山賀には何の変化もなくいつも通り。何も変わっていない。
山賀の家に監視カメラがセットされていた事以外は。
自分は自分の責任を取らなくてはならない・・・
監視カメラに向かって「私が殺した」と叫ぶ彼女。
 

これを聞いた時、大事なものを渡された気がした。
どれだけ愛している相手でも、他人の心をそっくり覗き込むのはムリ。
自分が辛くなるだけ。でもそれが自分自身の心ならしっかり覗き込むことが出来る。自分自身をしっかり見つめるしかない。そう思います。
高槻を降ろして別れた家福は、助手席に座り直した。

左目は緑内障でもある家福の象徴。

嘘を言っている様には聞こえませんでした、とみさき。
分かるんです。嘘を聞き分けないと生きて行けなかった。
いいですか?とタバコを出すみさき。「ああ・・・」
火をつけて喫ったタバコを、開いたサンルーフから上に出す。
家福も同じ様にタバコに火を点け、その横に手を並べた。


舞台を使っての通し稽古が始まる。ワーニャ役の高槻が銃を撃つ。
そこに警察関係者が訪れ、高槻に11月24日夜、男性と喧嘩になりその顔面を殴打した事の事実関係を聞く。自分がやったと認める高槻。
その男性が昨日亡くなった。連行されて行く高槻。

家福を訪れる柚原とユンス。高槻が傷害致死の容疑を認めたという。
そして公演をどうするかについて柚原が話す。対応は二つ。

家福が出るか中止にするか。家福さんはセリフを全部覚えているから混乱は起きないと言うユンス。僕には出来ないと言う家福に
「それでは中止にしましょう」と冷静な柚原。
考える時間を下さいと言う家福に「二日待てます。それが限界です」

「どこか落ち着いて考えられる場所、知らないか」とみさきに聞く家福。
車を走らせようとするみさきに
「上十二滝村、僕に見せる気あるか?君が育った場所」
「何もない場所です。それでも良ければ」「ああ・・・・」
走るうちに妻が死んだ日の事を話し始める家福。話したい事があると言われたが、その晩すぐには帰れず車で走り回った。深夜に帰ると音が倒れていた。もう少し早く帰っていたら。そう考えない日はない・・・

母を殺したと言うみさき。最初の土砂崩れの時、自分も母と一緒に家の中にいて、自分だけが外に出られた。その後次の土砂崩れで家が全て埋まった。助けようとすれば出来たかも知れない。

頬の傷はその時できた。

手術をすれば目立たなくできると聞いたが、消す気になれない・・・

「君は母を殺し、僕は妻を殺した」  「・・・ハイ」
車をフェリーに乗り入れる。そして出航。
北海道に渡り、更に車を走らせる。
村に着き雪をかぶっている実家の残骸に案内するみさき。

母には幸という別人格があったという。みさきが十四歳の時に現れた。
幸は、母がひどい暴力を振るったあとによく現れた。
幸は知恵の輪が好き。一緒にクロスワードパズルもした。

理由もなく泣く時は抱きしめた。その時間が好きだった。

母の中にある最後の美しいものが幸には凝縮されていた。

あれが私を繋ぎ止めておく演技だったのか、分からない。

演じていたとしても、それは地獄のような毎日を乗り切るためのもの。母が死んだ時、幸も死ぬんだと分かっていたけど動けなかった。

家の残骸から登ろうとするみさきの手を取る家福。
家福さんは、音さんの事を全て本当として捉えるのは難しいですか?
音さんには何の謎もないじゃないですか。
ただ単にそういう人だったと思う事は難しいですか?
家福さんの事を心から愛した事も、他の男性を求めたことも。
何の嘘も矛盾もないように私には思えるんです。おかしいですか?
ごめんなさい・・・

僕は、正しく傷付くべきだった。本当をやり過ごしていた。

僕は本当に傷付いていた。気も狂わんばかりに。
でも、だからそれを見ないフリをした。自分自身に耳を傾けなかった。
だから僕は音を失ってしまった  永遠に  今分かった。
僕は音に会いたい。

会ってどなり付けたい  責め立てたい  僕に嘘を言い続けたことを。
謝りたい  僕が耳を傾けなかったことを  僕が強くなかったことを。
帰って来てほしい  生きて欲しい  もう一度だけ話がしたい。
音に会いたい  でももう遅い  取り返しがつかない。
どうしようもない  生き残った者は死んだ者のことを考え続ける。
涙を流す家福。
どんな形であれ、それがずっと続く。
僕や君は、そうやって生きて行かなくちゃいけない。
家福の胸に頭を寄せるみさき。それを両手で抱きしめる家福。
大丈夫。僕たちはきっと、大丈夫だ。

演劇祭の公演。家福が演じるワーニャ。
「・・・僕だってまともな人生を送っていればショーペンハウヤーやドス
トエフスキーにだってなれたんだ・・・」
それを観客席で観るみさき。
劇の終盤、ワーニャの言葉にソーニャが手話でしみじみと語る。

「仕方ないわ。生きていかなくちゃ・・・・おじさん、泣いてるのね。で
ももう少しよ。私たち一息つけるんだわ・・・」そして終演。



赤のサーブでスーパーへ買い物に来るみさき。車は韓国ナンバー。
買い物を済ませて車に戻る。

マスクを外すと頬の傷跡は消えていた。