日本製鉄が盟友トヨタに突きつけた「知財チャイナリスク」10/19日経ビジネス報道 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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感想
現役時代知財担当だったのでこの件については注目している。
元々日本製鉄(旧「新日鐵住金」)はトヨタと固い絆で結ばれていたのが、教え子でもある宝山鋼鉄に受注を奪われてしまったという図式。
今回特徴的なのは製造メーカだけでなく利用側のトヨタも含めて訴えている事。
日本製鉄は、今までのトヨタとの蜜月関係に期待して一千億レベルの投資を行って来たから、引くに引けない部分があるのだろう。

ただしあまりうまく行かない様な気もする。
トヨタ自身は「抵触のない物を前提に購入している」とあくまでも傍観者を気取る。本件におけるトヨタ見解
電磁鋼板の品質はモータの性能に直結するものであり、この提訴は市場にかなりのインパクトを与えるだろうが、これに対して宝山がどう反論するのか、今後が見逃せない。
電磁鋼板とモータの性能関係についてはコチラ
 

 

記事本文 日経ビジネス(転載ご容赦)
日本製鉄が盟友トヨタに突きつけた「知財チャイナリスク」

2021.10.19 岡田 達也 日経ビジネス記者
 

日本製鉄が、電動車のモーターに使う電磁鋼板を巡り、トヨタ自動車、中国鉄鋼大手の宝山鋼鉄が自社の特許を侵害しているとして訴えた。日鉄はトヨタが1997年にハイブリッド車(HV)「プリウス」を発売して以来、電磁鋼板を納め続けてきた盟友だが、裁判所の判断次第ではトヨタの電動車事業に影響が出る可能性もある。日本を代表する大手
メーカー同士の特許紛争の背景に何があるのか。

調達の手続きは適正だった――。トヨタは当惑している。14日のオンライン会見で担当者は「今回の提訴は材料メーカー同士で協議すべき事案。弊社が訴えられたことは大変遺憾」と述べた。トヨタは材料メーカーとの取引に当たっては、特許抵触がないことを材料メーカーに事前確認している。宝山製の電磁鋼板についても、「他社の特許侵害がないことを製造元に確認の上、契約している」とする。

前回記事「『教え子』中国・宝山鋼鉄が特許侵害? 日本製鉄提訴が示す聖域」では、日鉄と宝山の友好関係の変化を振り返った。日鉄とその大口顧客であるトヨタの間にも近年、すきま風が吹きつつあった。

事前交渉は物別れ
日鉄は「トヨタ、宝山との協議の中で解決したかったが、難しかった。

自動車メーカーを特許侵害で訴えるのは初めてだが、技術開発の成果を守る必要がある」と主張する。
提訴に踏み切る前に交渉の席を設けたが、物別れに終わったことを明らかにした。

日鉄がトヨタに突きつけたのは、サプライチェーン(供給網)に潜む知的財産の「チャイナリスク」だ。ESG(環境・社会・企業統治)に対応し、企業にはエネルギー消費削減、人権や特許権に配慮した供給網構築が厳しく求められるようになっている。

部材やサービスの購入先が他社の知財に抵触している可能性があれば、供給網から除外しなくてはならない。

日鉄の電磁鋼板を使った電動車向けモーターの鉄心材料


もし東京地裁が製造・販売差し止めの仮処分を認めると、トヨタは国内における電動車の部材調達や生産、そして販売にも影響が出ることも想定される。トヨタの供給網を長年支えてきた最大の鉄鋼メーカーによる提訴の衝撃は大きい。
すきま風が吹き始めたのはいつからなのか。

動揺した日鉄。「宝山はつなぎ役でしょ?」
およそ2年前、日鉄社内ではトヨタが宝山の電磁鋼板を使用し始めたことに大きな動揺が広がっていた(「日本製鉄、電磁鋼板に『チャイナショック』の試練」を参照)。

トヨタは宝山製電磁鋼板の採用に踏み切った理由を、世界的な電動車シフトで電磁鋼板のニーズが急増する中で「調達先を広げて電動車を安定生産するため」と説明していた。

「(トヨタが宝山製を採用したのは)あくまで弊社の生産能力が増えるまでの一時的、つなぎ役にすぎない」。

当時、日鉄の営業や財務の幹部はそろってこう強調していた。
だが内心はおだやかではなかった。

日鉄は鉄鋼需要の長期的な需要減少を受け、複数の高炉を止めて粗鋼生産能力を減らす構造改革を進めている。ただ、財布のひもを固く締めていても、将来の日鉄を背負って立つ電磁鋼板だけは例外だ。

トヨタの堤工場(愛知県豊田市)の生産ライン。


橋本英二社長は「電磁鋼板は中国に対抗できる戦略商品なので投資は惜しまない」と宣言。九州製鉄所、瀬戸内製鉄所などで1000億円超の資金を投じて電磁鋼板の生産能力の増強投資を急いでいる。

なかでもハイグレード電磁鋼板は現行比で約3.5倍と大幅に増やす方針だ。こうした投資も最大顧客のトヨタの電動車戦略への援護射撃、という思いがあった。

だが、宝山という気になるライバルに水を差された。

「トヨタの認証を通って大規模な供給を実現した、初めての非日系製鉄所」。2021年4月のIR(投資家向け広報)資料で電磁鋼板について宝山はこう記すなど、トヨタ御用達の仲間入りを強調した。日鉄からすればトヨタの宝山製採用は、トヨタのために家を建てているさなかに、他の人と別の家に住み始められてしまったかのような状態だった。

恒例の鋼材価格交渉にも緊張感
トヨタが調達先を増やすことは安定調達のために至極まっとうな活動だが、電磁鋼板の価格上昇を抑える狙いもあったとみられる。

今夏の車用鋼材価格交渉で日鉄がトヨタに強硬姿勢で臨んだことが話題となったが、日鉄は設備投資や研究開発費に多額を投じた電磁鋼板を他の鋼板のように安価に売ることはできない。

ここでも両社の間の溝が浮き彫りになった。

日鉄は1997年に発売された初代「プリウス」以来、トヨタに電磁鋼板を供給してきた

世界的な脱炭素シフト、自動運転やコネクテッドなどの先端技術「CASE」の激しい開発競争など、自動車業界は100年に1度ともいわれる大変革期にある。そのせいか、供給網を構成する部品や素材企業に対してトヨタが以前のように目配りできなくなっていると指摘する向きもある。

「調達先に原価低減への協力を求めるばかりで、『痛み』をきちんと理解できていないのではないか」。

数年前、ある老舗自動車部品メーカーの経営が行き詰まった際、トヨタでは変化に苦しむ部品会社の内情を把握しきれていなかったことが社内で問題視された。

トヨタとの相互依存を甘受
とはいえ、日鉄側にトヨタへの甘えはなかったか。トヨタは自社だけでなく部品メーカーの分まで日鉄など鉄鋼メーカーから集中購買している。トヨタと日鉄による年2回の交渉で決まる長期取引の価格を参考に、部品メーカー向け一括仕入れの価格も決まる。

こうした長期大量取引のおかげで、日鉄が長年、高炉の火を落とさず国内製鉄所の稼働率を維持し続けられたのは確かだ。価格面でも同じことが言える。主原料の価格変動を基本的に転嫁できるため、集中購買によるディスカウントはあるにせよ、長期で見れば安定した利益を出せた。とりわけ国際的に鋼材価格が大きく下落するような不況時でも、ある程度の利幅を確保できた。

技術面でもトヨタの厳しい品質要求が日鉄の自動車用鋼板などの技術水準引き上げに貢献してきた。稼働率維持、価格安定、技術向上というメリットをもたらしたトヨタとの相互依存を日鉄が甘受し続けた側面は否めない。

構造改革の一環で9月に高炉が停止された日鉄の瀬戸内製鉄所呉地区(写真:共同通信)


今回の特許紛争は知財チャイナリスクだけでなく、日本の大手企業同士の緊密な取引関係に基づく「もたれ合い」とも呼べるような商慣行が、グローバル競争が激化する中で揺らいでいることも浮き彫りにした。

日鉄は21年3月期に2期連続となる最終赤字を計上した。22年3月期は一転して最高益を見込むが、まだ病み上がりなだけに安易な妥協は許されないという事情も日鉄側にはある。

特許紛争の行方はまだ分からないが、今回の提訴によってトヨタと日鉄の間で緊張感が一段と強まるのは間違いない。司法の場での対立の先に自動車業界と製鉄業界の両雄はどんな関係を築くのか。

それぞれの業界でのグローバル競争を見据えた、新たな互恵関係を見いだすことが求められる。

 

 

今日の一曲 
Crusaders
  「Lillies of the Nile」