復活の日(小説)1964年 作:小松左京  コロナ禍の今、読むべきもの | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

日々接した情報の保管場所として・・・・基本ネタバレです(陳謝)

 

5/11付の朝日新聞 文化の扉 に「小松左京 現実が後追い」と題して「復活の日」が紹介されていた。
映画が1980年に公開されているが、その数年前に小説で読んでいた。細菌パニックもののハシリとして、現在のコロナウィルス騒ぎのためか注目されている。

(5/2付 アマゾン SF・ホラー・ファンタジー部門のベストセラー1位とか)
以前こちらでレビューしているが、あまりにもお粗末で一体何を読んだのか思い出せない。
そこで今回、ちょっと馬力かけて再読。

感想
東京のラッシュアワーが、日を追って閑散として行く様は、ここ最近のTV映像そのものであり、実にイヤな感覚に包まれた。
物語では、宇宙空間から採取してアメリカで研究が続けられていた細菌が盗まれ、イギリスで改良される。

それが更に盗み出されたが事故で菌が流出、という経緯を辿る。
DNAが二重らせん構造である事が判明したのは、この作品発表から僅か10年前。この作品で「核酸」と言われても、ほとんどの人はイメージし難かっただろう。早わかりサイト
インフルエンザ他の様々な菌の背後に潜んで、動物の神経を破壊する毒に変異するシロモノ。
この辺りは小松得意のハードSFとして、十分魅力的。

テーマは「人類の愚かさと再生への希望」てなところか。今作での地震関連のネタから「日本沈没」のモチーフを得たという。

今回レビューは、自分の覚えとして書いているので「しつこい」
軽いあらすじが知りたい向きには映画レビューがいいだろう。
映画は原作をほぼトレース出来ている。

違うのはヒロインの扱いぐらいか。
映画ではあのオリビア・ハッセーが主演の草刈正雄と愛し合うが、原作では母親とも言える年配女性。

その肩を揉む吉住(なーんだ・・・)
映画関係者があれこれ話しているものがある(コチラ

時間はかかるが、まあ面白い。


あらすじ
プロローグ(1973年3月)
米原子力潜水艦ネーレイド号。搭乗員の吉住が、日本近海の地殻変動調査を行っていた。驚くべき変動。
艦長のマクラウド大佐が、気を利かせて吉住に日本の風景を見せる。廃墟となった東京には誰も上陸出来ない。

なぜ、こんなことに・・・

第一部 厄災の年

第一章 冬
1 北緯53度6分

196X年2月。ポーツマス軍港近くの軍事施設から出ようとする、カールスキイ教授。憲兵の厳重なチェックで、コーヒーの入った魔法瓶も開けられる。休暇で姉のところへ行くという教授。
だが教授は車を乗り換え尾行を撒きコーンウォールに向かった。
教授を待ち受ける男たち。

魔法瓶のフタに仕込んであったアンプルがドライアイスに包まれている。
それは-10℃で増殖を始め、5℃で毒性を持つと共に猛烈な増殖を始めるという・・・
MM-88と呼ばれる、それの対抗薬品を作るため、ライゼナウ博士に送るのが教授の願いだが、男たちは注文主の意向をただ実行するだけ。
騙されたと知ったカールスキイ教授だが、薬物で気絶させられ、車で運ばれる。
アンプルを持った男たちは、全木製のモスキート級飛行機でアルプス越えに挑む。
その同じ頃、その遥か南方の南極大陸で、もう一つの出発がなされようとしていた。

2 南緯69度25秒
原子力砕氷船「知床」の甲板で、ドーム建設用の積荷作業をチェックする吉住利夫は、先輩の田口三佐から借りた海泡石のパイプで煙草を喫う。
1957年の第一次から、途中での中断を経て再び南極観測の機運が起きた。各国とも力を入れている。
出航を前に、吉住にパイプを渡す田口。

荷を積んだヘリに乗り込む吉住。 

3 東経7度24分
「知床」が出航した頃、アルプス越えに失敗して飛行機が墜落した。黒焦げ死体が三つ。全木製機だったためきれいに焼失。

捜索隊が踏むガラスの破片がジャリジャリと音を立てた。
その冬は厳しく、残骸に雪が降り積もる。
冬も終わり、イタリア北部にも春が訪れ始める。

第二章 春
1 三月

ローマに向かう高速道路で、スポーツカーが事故を起こした。

ほとんど外傷のなかった男-俳優のアントニオ・セヴェリーニは即死。助手席の女性は大怪我を負った。
アルファロメオ社初のガスタービン車。同社は神経を尖らせた。
一週間が過ぎ、女性への聴取がようやく出来たが、彼は過去の事故のトラウマで安全運転だったという。それがいきなりハンドルに突っ伏して、急カーブでトレーラーとぶつかった・・・
彼女が錯乱して聴取は中断。締め出される記者たち。
その後彼女-ミスMは死亡。心臓マヒだった。
事故報告で、アントニオが事故前に死んでいた事が判明。

鑑識医は急用でローマに行ってしまった。
その医師も三日後に死んだとの報告があった。

2 四月第一週
南極では冬ごもりの準備。

ハム交信の記録内容を吉住に告げる、技師の辰野。
日本で、インフルエンザや小児マヒが流行りかけているという。
日本を出発する少し前、取材で会った女性記者を思い出す吉住。

世界の各地で起こる、少しづつ変わった現象。

それを結びつける人など居るだろうか。
台北に奇病-集団心臓マヒ。ポーランドの野ネズミ集団死。
三月中頃から欧州とアジア中央部で流行し始めた、インフルエンザと小児マヒ。次第に西と東に広がり始めていた。

3 四月第二週 -その一
新聞記者の則子。

デスクに指示されて流感と小児マヒ流行の記事を取りに行く。
厚生省の技官に話を聞くと、今度の流感ウィルスは型がはっきりしないからワクチンが大変だという。

ワクチンの原料は卵。作るのに百日かかる。
そして技官は、最近「ポックリ病」が増えているとも言った。
帰宅した則子は、アパートで死んだネズミを見つけて悲鳴を上げた。さっきまで飲んでいたTVディレクターに電話を入れる。
怖くてその男と一夜を共にした則子。写真立ての男を見られて「今、南極へ行っている人・・」
翌日、情夫気取りで出て行く男を見送り、つまらない事になったと思う則子。だがその心配はなかった。

男は、自分の車で帰る途中、運転を誤って死んだ。

4 四月第二週-その二
カンサスシティの養鶏場で、鶏や七面鳥の死亡。

中国江蘇省。老人がアヒルの大量死を知らせる。
その三日後に日本の九州養鶏地帯に家畜伝染病が襲った。
「チベットかぜ(発生地域からそう言われた)」はわずか一週間のうちに、スピードアップされた国際交通を通して全世界に種を植え付けた。そして潜伏期間の異常な短さ。
研究所で分離された「チベットかぜ」ウィルスは全く新しいAマイナス型。
「チベットかぜ」とほぼ同時に鶏を襲った新種のニューカッスル病。これに罹患した雌鶏は産卵が止まる。

そしてこの伝染病も全世界に蔓延の兆候を示す。
ワクチン製造には受精卵が必須。
阪大微生物研の梶教授はワクチン開発の一方、インフルエンザ死亡者の組織からウィルスを分離し、その特性を調べると、HA型の特徴も現れた。
梶教授の発表を受けてWHOは、4月20日に世界的大流行(パンデミー)を全世界に発信。インフルエンザが比較的軽く見られているのに対し、重大な警告を与えた。

WHO事務局で、職員のロバート・マカリスターと書類を検討するアルベール・デュポワ博士。

世界各国が行って来た細菌戦略の事をマカリスターに聞かれ、肯定するデュポワ博士。アメリカも。
まさかインフルエンザを細菌戦用に研究している国もないだろう、と言いかけて考え込む博士。
おたふく風邪、ニューカッスル病、インフルエンザA型、HA型・・・ミクソウィルス系全体を動かすようなものがあるのか?

全世界の防疫陣は、ワクチン製造を組織培養法に切換えて困難な戦いに挑んでいた。だがチベットかぜの背後に隠れて、恐るべき影が迫っている事に気付いていなかった。
その奇妙な性格が、本質を捕える事を妨げた。不幸な偶然。
そして過去にあった不幸な偶然。
1957年。ノースカロライナ上空で起きた、B47爆撃機が誤投下した水爆。6段階の安全装置の五つまでが故障しており、最後の一つで防がれた。
気付かない防疫陣。

厚生省の要請は「ゴールデンウィークの外出、人ごみは避けて」
人々はまだ知らなかった。科学者たちでさえ気付いておらず。

第三章 初夏
1 アメリカ

メリイランド州、フォート・ミード
国防総省(ペンタゴン)で事務官から報告を聞くF中佐。

その中の計画BV8号に引っかかった。

取引き失敗に終わった案件。仲介業者が現れなかった。

Fもそれに関わっており、陸軍付属研究所のマイヤー博士を推薦していた。

ニューヨーク、55丁目、セント・レジスホテル
二人のCIA関係者が話す「取引物件」の話。ボートンのイギリス陸軍細菌戦研究所で、すごいやつを作っているという情報。

その件でフォート・デトリックの研究員マイヤーが動いている。

すごいやつの原種はそこから盗まれたもの。
元はといえばブルックスの航空研究所で宇宙から採取された細菌。交渉はうまく行きかけ、DIA(国防情報局)の連中が取引きする筈だったが、相手が急に手を引いた。
その後、細菌研究所員のカールスキイという男が自殺した・・・

メリイランド州、フォート・デトリック
アメリカ陸軍細菌戦研究所に着いたF中佐は副所長と対面していた。くしゃみをするFは、ここでもインフルエンザの研究をしているのかと聞く。肯定する副所長。

今回のはうちの製品じゃなさそうだ・・・
マイヤーに会いたいと言うF。Fはマイヤーの伯父でもあった。
マイヤーに、失敗に終わった取引きの件について質問するF。
一昨年この研究所から盗まれた細菌の改良版が、その物件。
あの菌種はバケモノだと言うマイヤー。

1964年、人工衛星が高層の宇宙空間から採集したもの。

6種のうちの一つを継代改良で作ったRU308が盗まれた。

これにはもっと恐ろしい秘密がある。
その話をこれ以上続けさせたくなかったFは、副所長に指示してマイヤーを陸軍の精神病院に入院させる。
マイヤーの件はその後問題になる事はなかった。

副所長もFも、インフルエンザが悪化して一週間足らずで死亡。

ワシントンDC、ホワイトハウス
深刻な顔つきの大統領。

チベットかぜは国防にも打撃を与えつつあった。国防長官が軍関係へのワクチン支給を要望するが、無理だと大統領。
身体コンディションの悪化が偶発事故を誘因する・・・

防衛システムの人員損失に対する「全自動報復攻撃システム(ARS)」の切り替えスイッチが思い出される。
ソ連首相がインフルエンザで死亡したとの報告。
軍縮協定はお流れか・・・たかがインフルエンザのために!と吐き捨てる様に言う大統領。

2 イギリス
ロンドン

陸軍省の一室に集う男たち。英国陸軍細菌戦研究所長のリンドネル卿、同研究部のランドン博士、陸軍大臣クローニン。

そして情報局所属のグレイ少佐。
グレイは、死んだカールスキイ教授の事で聴取に来た。

直属の上司だったランドン博士が説明を始める。
P-5と呼ばれる特別研究室で行っていたのは核酸兵器の開発。
核酸は、ウィルスの芯になっている遺伝物質で、単なる化学物質。生細胞の中で増殖する化学的毒物。
カールスキイは、ライゼナウという分子遺伝学研究者の助手として癌染色体の研究をしていた。ライゼナウは4年前に行方不明。
生体ウィルスの形態を経ずに増殖して行く、純粋な核酸兵器の可能性を思いつき、偶然見つけた病原体からそれを作り出したカールスキイ。

MMの由来は「火星の殺人者(Martian Murderer)

MM系列を感染させたブドウ球菌を哺乳類に感染させると、猛烈に増殖するが、人体内に入ると自爆して溶けてしまう。
それは無害になったという事ではなく、心筋梗塞症状を起こして死ぬ。MM菌は神経細胞を致命的に狂わせ、自殺細胞に変える核酸を、動物の体内に入ったとたんに放出する。
だが強すぎる兵器は使い道がなく、MM-85からの開発は、毒性を弱めるためのものだった。
毒性の増減を繰り返しながら、MM-87まで作ったところでカールスキイの神経がまいった。
MM-87には他のウィルスに乗って感染する特性があった・・
そこまでの説明から先を遮ったグレイ。
もう少し続けていれば、全世界に吹き荒れている病気を、この菌と結び付ける事が出来たのに。
MM-88の準備をしたところでカールスキイは自殺した、とランドンは話す。
グレイの調査で、行方不明だったライゼナウはチェコで名を変えて研究を続けているのが判ったが、つい一週間前にインフルエンザで死んだ事が判明。
たかが細菌で人類が滅びるなんて、あり得ん、とクローニン。
本件は済んだこととして、グレイに処理を指示する大臣。 

3 日本
ゴールデンウィークも過ぎたが、爽やかな日が続く。

二ケ月前は朝溢れるばかりの乗客だった国電の車両は「押し屋」も「はぎとり屋」も不要となっていた。
誰かが咳をすれば、人々は身を引く。
日本全国のチベットかぜ罹患者は三千万に達し、都市部での罹患率は70%近くなった。
最初に日本に上陸してまだ二ケ月。

しかも死亡率はじりじり上り、25%を越えようとしている。たかがインフルエンザ・・・それが「まさか」に変わりつつある。
紙面を賑わす関連記事。巨人-広島戦お流れ。ミュージカル上演中止。五月小売り物価高騰”チベットかぜインフレ”
そして五月下旬、世界を震撼させた

「ソ連首相、インフルエンザで急死」

K-病院の土屋医師。食事を摂るヒマもなく、不眠不休で患者を診る毎日。看護婦も着替え、風呂の時間もない。
婦人会の炊き出しのおにぎりを食べる土屋。

とうとう死者が一千万を越えた、と看護婦。
土屋は家族を疎開させた。もう一ケ月になる。
一億の日本人が全部感染し死亡率が30%なら三千万の人が・・・

五月の初めから、街中にネズミの死体が見られるようになった。
その数は増え続け、次は犬や猫。
六月初めの銀座で、身なりのいい男が倒れて死んでいた。
その日以降行き倒れは急増。その日は都内で12人。

増減を繰り返し、三日後には一挙に34人。
次々に人は死んでいった。覚せい剤のブームがやって来た。
インフルエンザの特殊ケースとして心臓マヒがある・・・当初はその位置付けだったのが、もとの名称のチベットかぜを追い越して「ポックリかぜ」と呼ばれる様になった。

インフルエンザ対策臨時閣議。死体処理問題に対する報告。
都内だけで路上放置の死体は五万以上。

その処理を自衛隊にお願いしたい・・・
国務大臣が副総理に「非常事態宣言」を打診。

総理は「かぜ」のため欠席。
危篤状態の総理に意向は聞いていた。

必要は認めるが、出す時期は十分慎重に・・・
様々な議論の末、宣言発令を決心する副総理。

ぎりぎりの人数で成立した衆院本会議で可決された「異例の緊急事態に対する政府への特別権限賦与

だが政治の力でもどうにもならない。
広がる交通マヒ、事故、火災。

暴動を銃の威嚇射撃で抑える兵士。

暴動的状況は、日本では小規模散発的だった。

日本の平静さは珍しい例だった。各国で起きた暴動や略奪。
こうして日本-全世界は厄災の秘密も知らされないまま無益な、健気な努力を続けた。

あっと言う間に襲った荒廃。全国レベルの昼間送電停止。鉄道の各支線のストップ。そんな状況でも新聞は出し続けられた。
荒れ果てて行く社会で、新旧の宗教がはびこった。
死体処理の任務をこなす自衛隊員。最初こそ丁寧に扱ったのが、一週間もした頃には穴を掘り、ブルドーザーで片付け始めた。
「バナナ作戦」と呼ばれる、死骸を高く積み上げての火炎放射。
6月30日までに日本全国で八千万人が死んだ。

4 南極
「連絡の取れたハム仲間はあるか?」吉住は辰野に声をかける。

五人ほどが押しかけて北半球の情報を欲した。
各基地のネットワークで他国の情報を共有している。

オーストラリア隊からはウガンダの様子。ライオンや象も死んでいる。カイロの医師の推定では全世界の半分はやられた・・・
リオからも全滅に近い情報。
そんな中、屋久島からのコールサインを受けて涙をこぼす辰野。
屋久島は島民の九割死亡。医者を求めている。

途切れ途切れの通信は途中で止まった。

アメリカ、イギリス、ソ連、フランス、日本による緊急無線会議。議題はもちろん五大陸を襲いつつある大厄災。
各隊の、本国との公式連絡が途絶えた。

南極は忘れられた・・・いや、思い出すヒマがない。
いったい、世界に何が起こったのか?
十日ほど前のオスロー大研究所の発表では、新種インフルエンザとは全く別の致命的流行病の蔓延。
全世界の防疫陣は、病原体を捕える前に消滅した。

南極は今、氷に閉じ込められている。そして保護と防疫を徹底して行って来た。南極だけが生き残る・・・

わずか一万人足らずが人類最後の生き残り。
各国の協議協力体制の確立が急務。

無線室で、英語の出来る鳥飼医師がコールサインWA5PSの通信を受けている。相手は学者。
聞き取ったメモには「バイフェル菌あるいは黄色ブドウ球菌に潜む新種ウィルスの感染症・・・」
その声は反復テープ。本人は多分死んでいる。

最後に貴重な情報を聞かせてくれた。

北海の底で停止しているアメリカ原潜「ネーレイド」号。

艦長のマクラウド大佐。基地からの応答がずっと途絶えたまま。
「あのおっそろしい「かぜ」はどうなったんでしょうね」と部下が話す。
バーミューダ島沖の海底に留まるソ連原潜「T-232」号。
「おかしい」艦長のゾシチェンコ少佐がつぶやく。

第四章 夏
1 夏のはじめ
「世界」と「人類」を表象するために、いったい何を思い浮かべるべきか?
人間が素晴らしいと思えるのは人間だけ。
直径わずか一万三千四百キロの球体。

様々な指標で語られる地球の姿。
生命の発生。殺し合い、略奪。
二十世紀の「人類」はネアンデルタール人からどれだけ「文化的」になったか。
あと十万年も生き延びれば、人間もようやく「文化的」にになれるだろう-それ以下ではとてもだめだ。
五十何億回目かの公転に、突然猛烈な勢いで繁殖を始めた微生物が、この星の生物を滅ぼす。
こんな事が今まで何千回、何億回起こったことだろう。
その珍しくもないことが、また起こりかけていた。

それは起こり始めて、地球が公転軌道面のわずか三分の一を回った時に、もう終局を迎えようとしていた。

2 七月第二週
ホワイトハウスの執務室に座る大統領は、顔を上げているのがやっと。咳き込む副大統領。二人とも罹患していた。
「死の訪れは常に予測を許さないが、まさか人類が「かぜ」で滅亡するとは」「未知の流行病です」
この状況で主戦派の将軍たちが、いっきょにソ連と中国を叩きつぶす意見書を出したという。
先代のシルヴァーランド大統領の政権からまだ一年。

あの気違いじみた指揮者の遺風はまだ残っている。
「やり忘れたことがある」と副大統領に、秘密金庫から鍵を出す指示をする大統領。 「ARSの・・・電源を破壊してくれ」
シルヴァーランド時代にやったこと。私はそのシステムそのものを廃棄するつもりだった。だが軍部が反発した。
もしスイッチが入れられていて、不測の事態が起きたら・・・・
大統領はそこで息を引き取った。
やっと起き上がった副大統領が、鍵を金庫から取り出して振り返ると、そこにガーランド将軍が。
軍人として国防の責任を果たすのだと言う。
阻止しようとした副大統領だが、そこで崩れ折れて息を引き取った。だがガーランドにも引き金を引く力は残っていなかった。
自家発電装置を入れ、這いながらエレベータに乗り込んで地下7階に向かうガーランド。
そこは大統領特別指揮室。ARS切換えスイッチに向かう。
途中動きが止まり、十分以上経ってようやくスイッチに手が伸びる。スイッチに指が触れた時に心臓が止まった。

手がズリ落ちるはずみにスイッチがOFFからONに変わった。

3 七月第四週
死体が折り重なっている病院の一室。血と汚物にまみれた、白衣を着た男が死んだ。

病名も、原因も知らずに死んで行くのを嘆きながら。
残された女はそれから三日間生きた。最後に電話をかける。

自動音声の言葉に「助けて!」と叫び、男の名前を思い出した。

とても遠い、地の涯てにいる男を・・・

4 八月第一週
ハム通信を聞いている辰野。

相手はサンタフェの少年トビィ、五歳。

だれか助けて!という言葉に、マイクスイッチを入れようとする辰野。それを止める吉住。
南極が生き残っている事を知られたら・・・必死で逃げ込もうとする奴らを殺さなきゃならない。
スイッチを切れという吉住に、せめて聞いてやる、と辰野。
スピーカから銃声。吉住にアッパーを食わせて泣き出す辰野。

5 八月第二週
ヘルシンキ大の文明史担当教授のスミルノフ。

誰も聴く者のいない、最後のラジオ講座。
まことにこれは、人類にとって何という終末。
終局を前にしてなお抗議し、希望をつなごうとする人間の冥蒙こそ人間らしい・・・
過去より、戦争が科学の発達を促して来た。アメリカに亡命し、マンハッタン計画を進言したアインシュタイン。
彼の発見を哲学者がサポートする事で、より一層普遍化出来たのではないか。世界及び人類の根源的意味を根底から変えたかも。

新しい宇宙像。
我々人類は、ついに国家間の対立、殺戮を終結せしめる事が出来なかった。今週、順調に行けば米英ソ三国の全面的核兵器廃止条約の調印がなされる筈だった。
すなわち、終末戦争の時代にあって、全人類の破滅を回避するためのチャンスは「理性と分別」にあったかも知れない。
かくいう自分も、この講座を引き受けた動機は、ヨット修理費を捻出し、妻との地中海旅行を行うためだった。
この人一倍の恥ずかしさにまみれた死こそ、私に対する罰にほかなりません。
講義を・・・終ります。

6 夏の終り
北半球に秋が訪れる頃、五大陸からの電波は次第に消えて行った。三十五億の人間が作り出す喧騒は絶え、数万年前と同じ静寂に帰った。
その年の終りに「人類」は息絶えた。

苛烈な寒気の「最終大陸」の一万人足らずを残して。

九月半ば。アメリカの二隻の原潜と一隻のソ連原潜が、南極と電波の接触を持った。

無傷だった三隻は絶対に浮上するなという厳命を受ける。
その後アメリカの「シーサーペント」で患者発生があり、同艦は二隻によって撃沈された。

インテルメッツオ(intermezzo:間奏曲)
最も危惧された最初の夏は、無事に済んだ。
海棲哺乳類は、ほとんどこの病気には罹っていなかった。

当分はこの動物の肉に依存しなくてはならない。
人類絶滅の最後で情報を提供してくれたコールサインWA5PSは、南極の医師・科学者たちに大きな情報を与えることが出来た。その恩人はA・リンスキイという医学者。

そこの精神病棟患者から、この厄災の真の原因を聞き出し、その性質をほぼ完全に突き止めた。
だが時すでに遅く、悲劇は終末に近づいていた。

死の床からテープでこの情報を発信し、そして死んだ。
その後捕獲した馬の死骸からMM-88が分離発見された時には「リンスキイ・バクテリオ・ウィルス」と命名され、その宿主の球菌は「WP5PS」の名が冠された。

地域を維持して行くためのインフラに対する検討。
食料は四年はもつ。動力は、各国の原子力設備で4、5年。

化石燃料を得るための設備も目途が立った。
元々南極基地は巨大な消費大陸。

それが人類生き残りの役割りを負わされた。

派遣されている者の耐久力、忍耐力は卓越していたが、取材で来ていたジャーナリストが一番初めにまいった。

彼らのいくらかは精神を病んだ。

もう一つ、最高会議が二年目から考慮したのは、子孫に関するもの。南極には全部で十六名の女性がいた。人類に残された最後の女性。一万人の男性とのセックス。非常にデリケートな側面。
最高指揮者のアメリカ コンウェイ提督は、事態を女性を含めた全員にぶちまける。

本能の問題ではなく、種族維持の問題だと説いた。
女性としてよりも、未来の母性としての尊敬。
どうしてもガマンできなかったら?との問いには
「マスでもかいてろ!」

こうして南極は新しい軌道に乗って行った。
二年目の秋、南極で初めての赤ん坊が誕生した。お祭り騒ぎ。
そして次々に生まれる新しい命。
それらが次第にパターンとして定着すると、いつの日か・・・という懐郷の念が皆の胸に刻まれた。
だが毎年調査に出る原潜の報告では、依然として球菌の汚染濃度が高かった。
そして四年が経ち、今年も朗報なく「ネーレード」号と「T-232」号が帰投して来た。


第二部 復活の日

第一章 第二の死
-この火の池は第二の死なり---ヨハネ黙示録
1 レポートST3006
ネーレイド号で南極に戻った吉住は、コンウェイ提督からの電話を受けた。彼が提出したレポートST3006に重大な興味がある。

今回のデータをまとめる必要があると言う吉住に、貴重なコンピューターを融通してくれた。

2 ”われ、これをむくいん”
調査結果を持って最高会議に臨む吉住。
元々吉住は地殻構造の研究者。

四年前にその兆候があったが、今回調査で確定した。
北米大陸に大きな地殻変動が起きる。

だがそれは南極の反対側で起きるもの。

南極とは無縁だと言う吉住。だが場の空気は固い。
まだ生き残っているものがある、とコンウェイ提督。

それは憎悪。
アラスカの大地震を南極と結び付けている。まるで玉突き。
アメリカの前大統領シルヴァーランドの下でARSにも詳しかったカーター少佐が後を継いだ。
RASとは全自動報復装置(Automatic Reaction System)。

3 グランド・スラム
かつて水爆を誤投下する事故があり、核戦略の中での人的要素が問題となった。政権を取ったシルヴァーランドは、人的防衛体制がマヒしていても報復攻撃が出来るシステムを作った。
もしアラスカのレーダー基地密集地帯が地震により破壊されて、警告電波の応答がなければ、大陸間弾道ミサイルがソ連に向けて発射される。

4 この神の御手・・・
それだけならソ連が攻撃を受けるだけ。
これに対し、ソ連国防省のネフスキイ大尉が答えた。
ソ連にも同様のシステムがあり、それが生きている可能性は五分五分。またソ連ミサイルのいくつかは南極を向いている公算が大。「人類は二度死ぬことになる」とコンウェイ提督。

第二章 北帰行
1 消防夫作戦
遺書を書く暇もなく、その当日を迎えた吉住は便箋を広げたが、何も書くことがない。
南極の子である一歳児のヨシコに宛てて書き始めた。

そういえば、今まで「ママ」たちに一度も触れた事がない。
作戦に志願し、クジ引きで当たった。

隊長の中西博士に挨拶する吉住。そして辰野にも。
背を向けている辰野が。「お前はバカだ・・・」
基地メンバー全員の見送りを受けて、雪上車で出発する吉住。
ベルギー隊基地を経由し、ソ連基地までプロペラ機。

そこからジェット輸送機でパーマー半島の潜水艦基地に入った。
そこにはネーレイド号とT-232号が停泊。アメリカに向かう者二名と、ソ連に向かう者二名。

アメリカ組の、吉住の相棒はカーター少佐。
本当に地震は来るのか?とカーター。「来ます」
予想より早いかも知れない。その事が吉住を志願させた。
 

最高会議の作戦は「ARS」のスイッチをOFFにすること。

ばかばかしいと思いながらも「決死隊」を派遣せざるを得ない。
それぞれの場所を知っている、カーターとネフスキイに付ける助手二名の募集に四千名が志願した。

2 冬の最後の夜に
壮行会には幹部の三名が参加。

質素なものだったが、酒だけは各国隊秘蔵分が寄付された。
宴も終わり、提供された幹部寝室に行くと、そのベッドに女性がいた。自ら毛布をはねのけると裸。
垂れ下がった乳房が揺れる。

イルマ・オーリックと名乗り「こんなおばあちゃんでがっかりした?」これもクジ引き。
白人の男なら涙を流さんばかりだろうが吉住にはその気がない。
こんないい若者が死ぬなんて、と顔を覆って泣き出すイルマは、ママたちのなかで一番の年長。
肩を揉ませて欲しいと言う吉住。

母子家庭で、たまに帰ると母の肩を揉んでいた。
揉まれるうちに、枕を濡らしたまま軽い鼾を立て始めるイルマ。

3 死都にかえる
出発した二隻の原潜は、北極圏を抜けて二手に別れた。
間もなく北回帰線にかかる頃、同乗していたド・ラ・トゥール博士が来る。リンスキイ核酸の変成体を作ったという。

ワクチン製造へのトライ。
変成体を作るのに中性子線を使ってみたら変化した。それが宿主菌のWA5PSのみを破壊して、人間の細胞中では増殖しない。
だが南極では危険すぎて一度も動物実験をやっていない。
あちらでの生体実験を承諾する吉住。

途中から話を聞いたカーターも乗った。

上陸寸前に注射を受けた二人は、潜水服を着て脱出ハッチから出た。その後水上に出てからゴムボートを開く。
上陸し、カーターの先導で走る。

途中、鳥の群れがいっせいに飛び立った。
「来るぞ!カーター!」叫ぶ吉住「急げ!五分以内に」
毒ヘビに噛まれても、構わず走るカーター。
ホワイトハウス建屋に入るが、地下へのエレベーターは既に降りている。
エレベーターケーブルを伝って降り、シャッターはカーターが手榴弾で破壊して何とかボタンまで辿り着く。

真っ赤な光の明滅。

その後オレンジ色に変わり、次いで緑に変わった。
「ミサイルは発進した」とカーター。
「これで何もかもおしまいだ」
攻撃に対する報復として、残り一時間?

もっと早いだろう、45分か・・・長いな。
カーターは、蛇の毒で手首と顔が腫れ上がっている。
明かりを逸らせろ、と言ったカーター。

その後、カーターは銃で自分の頭を撃ち抜いた。

あと35分。核ミサイルの落下を見ようとして歩きかけた吉住だが、カーターの死骸につまづいて断念した。
「やっぱりここにいるよ」
ライトを消し、緑色のランプを浴びながらじっとうずくまって、待った。

エピローグ 復活の日
ある年の春。北米大陸の道を南に歩く男。髪もひげもぼうぼう。
「南へ行くんだ」
木の実を食べ、魚を捕まえて生のまま食べた。
パナマ運河をどう渡ったのか、翌年の春にはコロンビアに到着。

厄災の年から九年目を過ぎて、部品を寄せ集めた小さな船が南の果てから北上した。

陸地に着き、数回往復してその地に三百人ほどの集落を作った。
そこにひょっこり現れた異様な男。原始人か土人か・・・
「ヨシズミだわ!」走り出した白髪の老婆はイルマ・オーリック。六年間も、よくまあワシントンから・・・・
だが、抱きしめられたその男の目に光は戻って来なかった。

アンリ=ルイ・ド・ラ・トゥール博士の手記
吉住は生きていた。彼はホワイトハウス地下でミサイル攻撃から生き残り、その後リンスキイ核酸菌及びWA5PSの洗礼を受けた。六年前注射した変成菌の免疫効果があったのか?
米ソで発射された、核ミサイルの70%が中性子爆弾だったのは奇妙な皮肉。
吉住は、地下9階で中性子の致死量は免れたが、精神障害を受けた。
宿主細菌WA5PSの変異種を作るには多量の高速中性子が必要。
やっと数年前に人数分のワクチンを作り、第一回調査隊を送り出した。

その報告では陸上哺乳類が復活し、土壌にも原種菌はなく、無害の変種しかない。
中性子爆弾によって原種が変異種となり、原種を駆逐した。

運命の皮肉。

今、南米の南端に、最初の街が出来た。厄災の年から十年目。
本当の意味での「復活の日」はいつ来るのだろうか。
いや、復活されるべき世界は、大厄災と同様な世界であってはならない。
無限回衝突した末に、ようやく理性が現れるといった効率の悪いやり方を避ける責任は我々にある。
「復活の日」は更に遠い。

そして、その日の物語は、私たちの時代のものではあるまい。