平和の君、神の愛が現れるには3 | 預言者のコラム2

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俗言ではなく、預言者の視点から哲学、
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「あなた方の日々の生活を、あら捜しや不平、憎悪、嫉妬のないものとせよ。あなた方が平和の聖霊に支配を与えるにつれ、平和の君、神の愛が現れるだろう」
3976-23

「あら探しや、不平を」ないようにしなさい、というのは、あらゆることに沈黙せよという意味ではありません。
キリストは当時の祭司たち(つまりいわば警官や政治家たち)に苦言を呈していました。そして個人の過ちを追求することはなかったではありませんか。
姦淫の罪のマグダラのマリアを赦したり。
しかし、祭司たちの横暴には黙っていませんでした。

我々もこのようでなければいけません。
人の悪を何でも容認するべきではありませんが、その人が反省しているなら放っておくべきです。
政治は、人命にかかわります。悪人が横暴であり、国民の生活や命を脅かすのであれば、上手に非難すべきです。
(今の香港や北朝鮮のような場合は静観することも手である)

そして助けが必要な人は助ける。姦淫をしない。心を正す。怒りを捨てる。
そのような態度で、世の平和を祈るなら効力はあるだろう、ということなのです。
一人でもそのような人が多いことが望まれます。