芭蕉 | べしょうのブログ

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金物ライフ満喫中!!

滋賀の大津には松尾芭蕉の足跡が沢山ある。

ゆかりのある人なので、小学校からやはり入念に習います。

そして僕の行きつけのラーメンや来来亭のよこに弟子の墓。竜ケ岡俳人墓地。

自然石で見事に墓を作ってます。

ヒガンバナが綺麗にささやかに咲いてます。

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詳細はこちらをご覧ください。

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中の様子。

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どれとして同じ石は無く、どうみても関西の石ではないやろうというような石もチラホラ。青石も紀州のやつやとしたら~大変です。

しかし、石は覚えられん!川から覚えろと言いますが、日本にどんだけ川あんねん!またいずれ覚えます。

そして謎の心礎。義仲寺に塔が建ってたとしたら、これはプレミアもん。



久々にこんなんを見たら義仲寺にいきたくなりました。

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義仲寺の名前の通り、木曽殿の墓です。その墓の横に、松尾芭蕉の墓がある。

芭蕉は東北の旅を終えた後、京都・嵯峨に構える別荘「落姉舎(らくししゃ)」と、芭蕉が愛した源平時代の木曽義仲の墓がある、義仲寺の庵に交互に住んだ。

1694年 芭蕉死去。遺言は「私を木曽義仲公の側に葬って欲しい」。この言葉に従って、没した夜に弟子10名(去来、其角他)が亡骸を川舟に乗せ、淀川を上って翌日に義仲寺に到着。14日夜に門弟80人が見守る中、義仲の墓の隣に埋葬された。


僕も死んだらその横に…

あ~駄目ですか~。そうですか~。


まぁこんだけ芭蕉と木曽殿のことを延々とコピペして何が言いたかったかというと。

地元に縁があるばしょう→一文字ちょっと変えてべしょうにしたって話です。

basho→baesho です。baのaをウムラウトにしたら「ベ」になるというかんじです。


たまに聞かれるんで~。ほいじゃ!