
ちょっとYouTubeを見て。
あれ?こここんなんあったっけ?
と思っていってきました。
昔、なんかこのへんは森になっていて、バリバリ切ってるのはみてましたが。
なんか知らん間に発掘調査してたみたい。

めっちゃ綺麗に整備されてました。
そういえば、昔横の神社を見て、失礼ですが、特に目当てのものはないなと思って帰ったのを思い出しました。
百済王寺は読んで字のごとく百済の王様が白村江の戦いで負けた時に、日本に逃げてきて住んだ寺というか、集落ですね。
白村江が663年でここに来たのが750年。
負けてすぐは四天王寺あたりにいたとのことですが。
このへんの時代は疫病とか天災とかがあったから、誰もいないとこに来たのかな?とか思いますね。
すぐ後に長岡京に遷都したり、京都に遷都が794年やから。
ざっくり言って色々あった時代です。
百済からこっちに来ても少なくとも百年くらいは帰る気満々で王位継承とかしてないとこの名前が残らないですよね。
そのスピリットが素晴らしく好きにさせてくれる場所です。
なんか良い仏像でもあったのかな?
やはり、仏教が昔広まった要因の一つは、不老不死ですね。
藥師寺は薬師如来といって薬を持ってる仏さんに対する信仰。
何の病気でも治してくれる。
ここもそんな感じやったのか?
なんで発掘調査したら、石を新品みたいに洗うんかね?
もうそれだけでそこらへんにある石と変わらんようになってまうやん。
千年以上かけて付けた、年季を取らないで欲しいね。そして、石どこいったんや!
しっかりおいといてよね。現場に。
穴のないイマイチ礎石と変わらん感じの心礎。
足りんにしても、古い礎石置いといてほしい。
一つ一つ味わいがあるんやから。
どこの凝灰岩かな?
おそらく二上山やろけど。
礎石がたりひんのは誰か持っていったんかな?
結構足りませんよね。
こんなデベソの礎石、庭には使いにくい。
削ればええねんけど。
それやと少しもったいない。
残念なのは元興寺型。
予算が少なかったんかな?
礎石は伽藍石とか言うかっこいい名前で言うパターンもありますね。
ふるいのはそこに柱乗るから分厚い。
そして年季が違う。
まぁ、どっちでもええねんけど。
古いのが味あるわ。
この750年から1274年を飛び越えて来た礎石を!
ヤバいよね。
しかも、何?
この形。
しっかり削られてるし、意図があるんか?
変な形やから盗まれなかった説もありますね。
イマイチすきになれない元興寺型ですが、三角の溝掘ってるー!!
なにこれー!!?
意外に良いやんー。
ポケモンでいうルナトーンみたい。
そっくりじゃね?
ではでは。































































