見守るより突き放す | マジシャン ギンガ!オフィシャルブログ銀河レベルで世界観満載

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マジシャン、ものまね芸人、イベンターとしての活動内容。グルメレポ、銀河レベルで世界観が満載な日常をお伝えします。たまに過激な自論を述べることもあります。

ある人が言っていた、、

見守るだけが優しさじゃない、時には突き放す優しさもあるって。…

確かに見守られてばかりいても、重荷に感じることもある。

時には自分一人で考えて、自分の意思を確認したいこともある。

たとえば、勉強にしても仕事にしても、指導者や教育する人間は必要だけど、それに取り組む理由や目的は、自分自身が決めること。。

過去には、何故ここにいるのか、自分は何をするべきなのか、自分は何者なのか、誰かにその答えを教えてほしい時もあった。

それらしい答えを教えてくれた人もいたけど、結局は自分の目的も、生き方も、やることも、あるべき姿も、なりたい自分も決めるのはその人でも他の誰でもなく、、自分なんだってことに気づいた。。



僕はそれを考えたとき、それを決めたとき、目的を定めたときというのは決まって、誰かが突き放してくれたときだった。

親しかったはずの友人であったり、元恋人であったり、尊敬していた人であったり、大好きだった人であったり。

突き放されることは、悲しいことかもしれないけど、逆にいえば少し自由になって、自分を俯瞰して客観的に見つめ直せるチャンスでもある。

自分の目的を、存在価値を確認できるチャンスでもある。

その人たちにその意思があったかなかったかなんて別として、そのチャンスをくれたことに、自由を見出せてくれたことに、自分のほんとうの目的に気づかせてくれたことに、感謝している。



2年ほど前まで、僕はずっと見守ることばかりが優しさだと思っていた。

でも、ちょっと違った。

人は見守られる必要もあれば、時には突き放されて一人で考える時間も機会も必要になる。

人として大切なことに気づくためにも。。

だから今の僕は、道徳を知らない友人を、あえて突き放す。

平気で約束を破る友人を、あえて突き放す。

独りよがりで平気で周りの人を傷つける友人を、あえて突き放す。



ある友人へ…ごめんね、君のこと嫌いじゃないけど、嫌いになりたくないから、あえて突き放す。

だから、自分の中の迷路に迷ってる自分の希望、、見つけて。

そしてまたいつの日か、きたるべき機会のとき、、また会おうね。







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今より見える景色が、変わってくるかもね。

少し突き放してみると、自分の可能性と共に、広がって見えてくるだろうね。

この大空の下のどこかでまた会える日を、、楽しみにしてるね^ ^