山本昭彦のブログ
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ハレルヤ!そこに愛はあるんか? 

 

ちょっと前に、NHKBSで

「さらば愛しきアウトロー」をやっていた。

物語が始まってからしばらくして私は大いに怒り、かつ憂えた。

RRとスペイセクが初めて出会う。

RRが「ぼくはセールスマンだ」と言う。

それに対してスペイセクが言ったセリフが、こういう字幕になってた。

「何を売っているの?」

 

 

ばかものー!肝心な単語が抜けとるやんけ!

 

 

私には劇中の原語を完璧に理解できるほどの英語力はない。

だから、以下は以前見たDVD版の字幕との比較ではあるのだが、

このセリフは、そこでは次のように字幕化されていた。

「聖書でも売ってるの?」

 

 

この映画はRRの引退作品であり、

それは制作時点からそのように決まっていた。

だから、この作品の脚本家や演出家は、

劇中に、RR本人や、彼の出演作や、

彼が生きた映画の時代に対するオマージュを

これでもかと盛り込んだ。

そのことについては100選のNo.100で詳しく述べている。

 

 

聖書を売るセールスマン。

これはまぎれもなく「ペーパー・ムーン」へのオマージュだ。

だからスペイセクのセリフは

「じゃあ、あなたも詐欺師ってことかしら?w」という意味になる。

それは、彼女の「まだ相手を見定めようとしている」警戒心に、

ユーモアというシロップをコーティングしたセリフだ。

 

 

だが、この場合、RRの本業は銀行強盗なのだから、

RRとしては、スペイセクの勘の良さや観察力に警戒せざるを得ない。

あるいは「詐欺師ほど頭は良くなくてね。もっと単純な悪党だw」と、

小出しにヒントを与える、

クイズの出題者のような悪戯心を引き起こされたかもしれない。

それがこのあとの、ふたりの会話や関係性につながっていく。

それが「ぼくはセールスマンだ」「何を売ってるの?」では

小学生が書いたシナリオ以下ではないか。

 

 

翻訳者が「ペーパー・ムーン」を見ていないとしてもだ、

なぜそこに「聖書」という単語が使われているのか?

そこにどんな意味が隠れているのか?

英語圏あるいはアメリカでは、どういうニュアンスになるのか?

それを考えてみるべきだろうぜ。

映画のような聖書の押し売り詐欺が、かつて実際に行われていたことを、

この翻訳者はおそらく知らないまま「聖書」を切り捨てたのだろう。

 

 

「ペーパー・ムーン」は、

それ自体が過去へのオマージュのような映画だ。

ボグダノヴィッチはこの作品でも「ラスト・ショー」でも、

古き良き時代の合衆国をモノクロ映像で慕情たっぷりに描いた。

両作品はいずれも1970年代前半に作られている。

RRが「大いなる勇者」や「スティング」「追憶」といった

代表作・ヒット作を連発していたころだ。

その時代にあえてモノクロで撮ったこの二本には、

ボグダノヴィッチの映画への深い愛情が感じ取れる。

 

 

だから、あの字幕に「聖書」の単語ひとつが入るだけで、

私たちは「愛しきアウトロー」が、

RRや、彼の映画や、RRたちの時代の映画を

こよなく愛してきた人びとによって作られていることを知る。

 

 

私は以前、三人の好きな映画監督の名を挙げた。

ロイ・ヒルとボグダノヴィッチとタランティーノ。

三人に共通しているのは、

徹底して自分の作りたい映画を作っていると感ずる点だ。

彼らが、この映画をいちばん見せたい人は誰ですかと問われたら、

それは私自身だと答えるだろうと思えることだ。

「愛しきアウトロー」はそういう人びとによって撮られ、

そして私たちもまたその仲間に加わることができる、

これはそういう映画なのだ。

 

 

ひとしきり、そういうことに思いを巡らせたあと、

私はふと心配になった。

「聖書」を省いてしまった翻訳家のことだ。

あんた、このままだと、あと3年以内に仕事をなくすよと。

 

 

映画の字幕=翻訳なんてA・I の最も得意とする仕事だろう。

ところで、字幕の基本は確かに翻訳だが、それだけではない。

翻訳文をできるだけ簡潔に短くまとめるという国語力が必須だ。

原語をまんま翻訳しただけでは日本語の文章が長くなる。

それでは画面の中で面積を取りすぎるし、

だいいち観客の読むスピードが追い付かない。

観客は2時間のあいだ、役者の顔も演技も見ることができず、

ただ文字を読むことだけに集中することになってしまう。

 

 

だから私たちはA・I にこう指示をする。

1、この映画の中のすべてのセリフを日本語に翻訳し文字化せよ。

2、その日本語を、会話が成立する範囲でできるだけ簡潔にまとめよ。

 

 

この指示を受けたA・I は、

2時間の映画なら2時間半で仕事を終えるだろう。

音声を再生して聴き取るなら2時間は絶対必要だからな。

もし音声を聴き取らせるのではなく、

原語のシナリオを文字データで与えることができるなら、

作業は30分で終わることになる。

翻訳家のギャラがいくらかは知らんが、そのコスパは比べるまでもない。

 

 

だがおそらくその時、A・I は「聖書」を省くだろう。

NHKBS版が、それでも確かに「会話は成立している」ように、

A・I もまた「聖書」を不要な単語に仕分けるだろう。

人間の感情を考慮する必要のない仕事はA・I に奪われる。

映画への愛のない翻訳もまた、A・I にとって代わられるだろう。

 

 

ひと月ほど前に、初めてA・I 生成動画によるCMを作った。

私にとっては動画のA・I 生成自体がまったく初めての体験だったので、

そのプロセスを学習することを主眼として臨んだ。

結論から言えば、私の演出メソッドはおおむね9割ほどが反映できて、

とりあえずは満足するものができたのだが、

それは仕事を請け負い報酬を得るプロとしての満足にすぎなかった。

 

 

生身の人間を演出することもない。

現実の情景をカメラに収める撮影も皆無。

その作業の、なんとつまらなかったことか。

私はたいていの場合、撮影とか編集とか、完パケが仕上がった時とかに、

や~俺ってやっぱ天才(当社比)?へっへっへ

というカタルシスに酔うものなんだが、今回は悪酔いさえしなかった。

そうさ、まるでノンアルを飲んで終わり、みたいな感じだったな。

 

 

ブログの更新をたいがいさぼっていた。

太平の眠りを醒ます蒸気船は、

今まではウクライナとかイランから来てたんだが、

ウクライナは戦争が始まった時に書いたとおりに泥沼化し、

ハッタリざんまいのトランプにいちいち反応するのも馬鹿らしくなって、

記事にするのもめんどくせーという状態だったわけね。

今回わたしを起こした黒船はA・I だ。

 

 

オッペンハイマーの記事。

それも、映画が公開される一年以上前に書いた

「未見のオッペンハイマー」の記事。

あの中で、私はすでにA・I について述べている。

ハレルヤという名のスーパーコンピュータが人類を滅ぼす。

ビル・ゲイツの60年前に、

手塚治虫さんはすでにそれを予言していたと。

 

 

私はいまだにチャットGPTを使ったことがない。

そういうことを次回から書くが、

結論から言っておこう。

私は金輪際ああいうのを使わない。

それは、便利なモノは人間をダメにするからという、

ごく単純な事実に基づく。

バイクでコンビニに突っ込むやつはいないっていう、アレとおんなじだw

 

 

 

 

刺身の天ぷら

 

私が大学生のころ。

福大には学食が4つあった。

なにせ学生数25000というマンモス大学だったからな。

それだけ胃袋があれば学食もそんだけ必要だった。

でもって、

我が映画研究部の部室と同じ棟にあったのが第二食堂。

とーぜんここが私の主な餌場になった。

 

 

ここは外部業者が運営を委託されていた。

業者=商売人が経営しているだけあって

他の学食と違って微妙に町場の食堂ぽかった。

食券売り場に名物オヤジがいて、

きょうのランチはみんな大好きチキンカツとか、

閉店前になると、パックのお寿司50円引き!とか、

やたら声を張り上げていた。

 

 

ある日、そのオヤジが大声で、

聞き捨てならんことを言っているのが私の耳に届いた。

今日のランチはさしみのてんぷらです!

???

 

 

刺身と天ぷらは、ともに独立した料理名だ。

仮に刺身に衣をつけて油で揚げたとしたら、

その段階で、それは魚の天ぷらと呼ぶべき料理になる。

そうだ。

刺身を天ぷらにすることはできるが、

それを私たち日本人が、刺身の天ぷらと呼ぶことは断じてない。

私はオヤジに尋ねた。

その摩訶不思議なメニューはいったいどんな料理なのだと。

オヤジは答えた。

白身魚の天ぷらですよ、おいしいよー

 

 

いや、おいしいとかどうとかじゃなくてさ・・・

見事に肩すかしを食らって土俵を割りそうになった私だったが、

なんとか脳の態勢を立て直して再び尋ねた。

じゃあどうして、わざわざ「刺身の」と言うとるんです?

オヤジは「決まってるじゃないですか」という顔で答えた。

「刺身だから骨がないってことです」

 

 

あのなー

福大生25000人の中に、

「刺身の天ぷら」がそういう意味だと読み取るやつは、

ひとりもおらんわ。

そもそも俺らはフィレオフィッシュ大好き世代だぞ。

魚の天ぷらに骨が残ってるほうが珍しいわい!

私はそう思ったのだが。

 

 

繰り返すがこれは私が大学生の時の出来事だ。

この当時の私は、それから数年後の自分が広告の世界に身を置き、

CMを作ることになるなんて思ってもいなかった。

だが、刺身の天ぷらはやがて、

私の広告企画のメソッドの核のひとつとして

今に至るまで記憶され続けることになる。

 

 

第二食堂の親父が落としたリンゴは

確かに私の体内に入った。

ブッシュ・ジュニアとトランプの話の、

これは前フリである。

ふた通りの戦艦の復活

 

 

むかし湾岸戦争の時のNHK報道で、

たしかBBCの記者の報道の同時通訳だったと思うが、

日本語のアナウンスでこんなのがあった。

 

ここペルシャ湾にはすでに

多国籍軍の戦艦が30隻以上集結しています。

 

いや戦艦は来てねーし。

つーか今、世界中の戦艦かき集めても4隻しかねーし。

私はテレビに向かってそうツッこんだのであった。

 

 

説明するまでもなく、

報道の同時通訳にあった「戦艦」とは軍艦のことであり、

駆逐艦やフリゲートをひっくるめてそう呼んだに過ぎない。

正しい用語としての戦艦とは、軍艦の類別呼称のひとつであり、

大口径砲を主武器とし、相当の防御力を備えた大型艦を指す。

湾岸戦争当時に存在していた戦艦は、米海軍の4隻のみである。

 

 

だが一般の人びとには、

戦艦=戦うふね=軍艦=戦艦という認識があってもおかしくない。

爆撃機も攻撃機も偵察機も、軍用機はぜんぶ戦闘機。

装甲車も自走砲も対空車両も、戦闘車両はぜんぶ戦車。

シロートがそういう認識であっても責めるには当たらない。

むかしの佐伯の年寄りに至っては、

スズキもヤマハも私のカワサキZ400FXも、

バイクはみんなカブだったしなw

「あのカワサキのカブはナナハンか?」

知らないバイク乗りが聞いたら禅問答かと思ったやろw

 

 

ところが先日、日本政府はこのような意味のお触れを出した。

正式な艦種類別の呼称に関わらず、

軍用艦艇一般を戦艦と呼ぶことに差し支えはない。

むろん高市総理の、例の台湾有事発言をフォローするためだ。

 

 

どーでもいいことだ。

高市戦艦発言を「軍事知識の欠如」とか批判してるのは

野党の揚げ足取りか、ミリオタの鬼首GET鼻息にすぎん。

水は低きに流れ、悪貨は良貨を駆逐するのが世のならい。

意味が通じればいいじゃんというのがオトナの作法。

湾岸報道に関しては、

戦争報道においてNHKがこういう誤訳をするな!とは思ったが、

高市発言については、

そらまあこの人ならこの程度やろとしか思わなかった。

なんにせよ、この政府見解によって「戦艦」は復活した。

 

 

 

戦艦復活ネタでもうひとつ。

こっちのほうが今日の本題だ。

去年、トランプがマジな「戦艦復活構想」を言い出した。

案の定、ネットではトランプを冷笑嘲笑する声があふれた。

 

 

戦艦が海軍の主力だったのはWW2までだ。

特に太平洋戦争では、すでにその初期の段階から

海軍の主戦兵力は航空機と航空母艦に移行していた。

なんでかっつーと。

かの戦艦大和の主砲は口径18インチ。

世界最大の艦砲であり破壊力も世界最大。

その射程距離は42000メートルでこれも世界一。

これほどの巨砲を備えた戦艦は世界のどこにもなかった。

 

 

佐伯物語を書く過程で旧海軍の士官の方々に取材した。

ある方がこう言った。

兵器の開発は常にアウトレンジを目指すものなんです。

アウトレンジ=射程外。

戦艦大和の場合なら、

敵の大砲の射程外から、大和だけが一方的に砲撃できるわけで、

理屈の上では、こちらは無傷なまま敵を無力化できる。

そういう考え方がアウトレンジだ。

 

 

距離だけのことではない。

敵より足が速ければ機動力においてアウトレンジできるし、

兵器の破壊力が敵に勝れば、攻撃力においてアウトレンジできる。

レーダーの性能が敵に勝っていれば、

敵に気づかれないうちに先手を取れる、これもアウトレンジだ。

中国のバスケの身長2.3mのあの子もそうだな。

 

 

大和は砲撃戦において、

射程距離と、破壊力と、防御力の点で、

米海軍の戦艦をアウトレンジできるように設計された。

ところが空母が実用化されると、

そのすべてにおいて戦艦の優位性が失われてしまう。

米空母は、大和の射程の数倍の距離から数百の艦載機を飛ばす。

距離と攻撃力と機動力でアウトレンジされた世界最大の戦艦は、

一方的に袋叩きにされて海底に沈んだ。

そもそも国力、特に工業力の点において、

日本は最初っから合衆国にアウトレンジされていたんだがな。

 

 

そーいう戦艦を今ごろ作ってどーすんねんwww

ネットに棲むミリオタたちは、

そう言ってトランプの戦艦復活構想をあざ笑った。

ミリオタという人種は、

その分野についてだけはやたら勉強するものらしく、

戦艦の戦闘における脆弱性だけでなく、

維持の経済性や人員の確保の問題とか、

そういう点にも突っ込んで、トランプ構想をこき下ろした。

 

 

彼らは自分が、軍事や国家経済や国家戦略について、

俺は合衆国大統領より物知りで頭がいい

と自負しているらしいw

あほか。

トランプがなんぼ思いつき大統領でも、

今さら旧来型の戦艦を復活させようと思うわけないやろ。

 

 

トランプが考える戦艦とは

おそらくアーセナルシップだ。

大きな艦体にありったけのミサイルを積み込んだだけのふね。

ふね自体が大きい分だけ、

弾道ミサイルも巡航ミサイルも対艦ミサイルも対空ミサイルも、

必要に応じて積み放題。

火器管制=目標の識別・選定・測定・発射指示等の作業は、

随伴するイージス艦が行い、

Aシップにデータを送ってミサイルを撃たせる。

つまりAシップは単なるミサイル発射装置、

すなわち純粋なウエポン・キャリアだということだ。

海自のイージス艦が同規模の通常艦より1000憶円高額なのは、

装載する電子装備が高価だからだ。

その点Aシップ自体は単なる箱舟だから

ふね自体は安くできる。

このふねを含む艦隊がインド洋に進出すれば、

合衆国はそこにミサイル基地をひとつ持ったのと同じことになる。

 

 

Aシップにそれ以上のアウトレンジ性能を付与するなら、

レールガンとかレーザー光線兵器とか、

膨大な電力を必要とする未来型兵器の搭載も考えられる。

特にレーザー光線兵器の場合はやたら電力を食うから、

それだけの発電装置を艦内に持たねばならない。

それを従来型の艦艇に追加装備することは不可能だから、

いきおい艦体は大型化した新規設計にならざるを得ない。

 

 

ついでに書くと、

イマドキの駆逐艦とかイージス艦とかって、

頑丈さや速度の点ではWW2世代のふねより劣るのよ。

鉄板はペラペラ(当社比)だし、速度もいいとこ60㎞/hどまり。

なんでかっつーと、

ふねの鉄板を少々厚くしても、足を少々早くしても、

飛んでくるミサイルに対しては焼け石に水だからだ。

ところがこれからは、この頑丈さが必要になってくるんだな。

なんでか? 

 

答 これからの近接戦闘の主力兵器はドローンになるから

 

イマドキの駆逐艦の外板では、

蚊トンボみたいな自爆型ドローンの爆発でもダメージを受ける。

かといって、

激安200万円のドローン一機を撃ち落とすのに、

一発一億円のミサイルをじゃんじゃん撃っていては割に合わん。

自爆型ドローンが積める爆薬はいいとこ数十kg。

だったらその爆発に耐えられるだけの装甲を備えればいい。

戦艦級の艦体を持つアーセナルシップなら、

バイタルパート=撃たれるとヤバい部分にだけ装甲を施しても

私らがコート一枚余計に着るぐらいの重量増で済む。

 

 

てなぐあいに、シロートの私でさえ、

これからの戦艦の姿を思い描くことができるんだぜ。

いわんやトランプを甘く見ちゃいけないよ。

なんぼアホでも合衆国大統領になった男だぞ。

 

 

いま日本の、それも民放地上波の報道番組では

トランプアホ論が花盛りだ。

太閤秀吉の朝鮮出兵とか、

ヒトラーのソ連侵攻とか、

「なんでそんなアホな真似したわけ?」的な戦争をやった

アホな権力者は歴史上に確かに存在するが、

トランプにもそのような嘲笑的評価が集中している。

でもなー、私はそこに、

初めて地動説を唱えた男をキチガイと呼ぶのと同じで、

自分に理解できないから相手をアホだと嘲笑するシロートたち、

みたいな空気感を感じてしまうのよ。

 

 

私だって思うよ。

アホですか?バカですか?トランプ?って。

でもさ。本当にそうなんだろうか。

最近トランプはこう発言した。

「今はちょっとマシなやつと話をしてる」

それってペデシュキアンとかアラグチのことじゃないのか?

 

 

前から言ってるように、

大統領ペデシュキアンは医者出身で、

もともとはアメリカとの対話路線を指向していた男だ。

彼が国民に徹底抗戦を呼びかける映像を見て、

でもあんた目が死んでるんですけど?

本気じゃないっぽいんですけど?

私がそう感じたことはすでに書いている。

 

 

外相であるアラグチの場合はこうだ。

イランが湾岸諸国にミサイル攻撃をやっちまったあと、

この人、こう言ったんだぜ。

「イランは攻撃していない」

???

いや、しとるやんか? 実際しとるやんか?

 

 

日本のテレビの人びとは、このアラグチ発言を、

ぬすっと猛々しい開き直りでしかないと決めつけて、

トランプ同様に「イランもアホ」論調を強めているが、

これだってこうは読めないか?

「イランは湾岸諸国を攻撃していない」=

「攻撃しているのはイラン革命防衛隊だ」=

「イラン政府はこの攻撃を容認していない」

 

 

そんなこと言われたってなー、そのミサイルはイランのやろ?

と、私たちは普通思う。

でもさ。

そのぐらい=革命防衛隊の暴走が政府の手に負えないぐらい、

権力の分立構造が深刻化してるってことを、

アラグチは言外にメッセージしていたのではないか?

そう解釈しない限り、

彼の「攻撃していない」発言は意味不明すぎるやろ。

 

 

だったらトランプとしては、

正統なイラン政府と講和し、

さしあたっては急激な民主化を要求することなく、

しかし軍事力は革命防衛隊からイラン国軍に移管させ、

なしくずしに革命防衛隊は無力化し、

正式に国交を回復し、

核に関してはなんたら条約を結び、

かつてトルーマンが焼け野原日本に対してやったように、

戦後の復興についても援助し、口出しし、米軍基地も置き、

イランを中東の同盟国とする、

みたいな構想をもってるんじゃないかなーとも思うのだ。

日本だって、それでコロリと手のひらを返し、

昨日まで鬼畜米英と言ってた相手と仲良くしちゃったやんか。

イランでそれ実現したら、ノーベル平和賞確定やろ。

 

 

そんなトランプの最大の苦手とゆーか下手くそな点。

それを、パパ・ブッシュの話とからめて次回。

 

 

 

 

パンドラの赤い箱・ロシア編

 

 

国家が生まれ変わる時には必ず血が流れる。

それが歴史の約束だ。

というのは、最近よく使うフレーズなんだが、

何事にも例外ってやつがあるもので、今回はその話から入る。

 

 

私たちの世代はそれを目の当たりにすることができた。

それは全人類にとっての輝かしい勝利のように思えた。

全人類が勝利したってことは、

全人類を巻き込んだ争いが確かに存在し、

そしてそれが終わったとき、負けたやつがいなかったってことだ。

きみたちには理解できないというか、

夢みたいと言うか、なにしろピンとこないと思うんだが、

20世紀がもうすぐ終わろうとする時、それは確かに起こったのだ。

冷戦の終結である。

 

 

立役者はソ連の指導者ゴルバチョフだった。

東西が核を持ってにらみ合い、疑い合い脅し合い騙し合い、

そして憎しみ合う、そういう時代は終わらせるべきなのだ。

1988年の国連総会で彼はそのような主旨の演説をした。

やがて東西ドイツが再統一され、

ロシアがソ連から離脱することによって

ソ連も解体されることになる。

 

 

ソ連=ソビエト連邦はあくまでも複数国家の連合であり、

その中で最大の構成員国家だったロシアが連邦から離脱すれば、

連邦はもはや成り立たない。

このときソ連の大統領だったゴルバチョフに

「いちぬーけた」とケツをまくったのが

ロシアの大統領となったエリツィンだ。

ついでに書いておくと、このときロシアと組んで

「俺らも抜ける」と、ソ連解体の主導的な役割を果たしたのが、

ウクライナとベラルーシである。

 

 

東西対立の象徴的存在だったドイツがひとつになり、

東欧諸国が次々と民主化を達成し、

ついに総本山ソ連が正式に解体されると、

世界は冷戦の終結を喜び、

その主導的立場にいたゴルバチョフを平和の使徒のように讃えた。

ドイツの再統一や東欧諸国の民主化やソ連の解体は、

私たち日本人にとっては遠い国の物語でしかなかったが、

それでも、

よかったねーこれで日本も安心だーみたいな気分にはなれた。

脳内お花畑でサクラサク状態のTVのコメンテーターとかは、

その、人類にとって輝かしい業績を残した偉大な国家指導者を

馴れ馴れしくもゴルビーなどと呼ぶようになった。

まるでアイドル扱いだったな。

「日本人にとっては遠い国の物語」でしかなかった

この段の最初にこう書いたのは、つまりそういうことだ。

アメリカは違っていた。

 

 

ゴルバチョフがソ連のTOPに立ったのは1985年。

この時期の合衆国大統領はレーガンだ。

かつてハリウッドのB級俳優だった男。

そのハリウッドにおいて彼が最もその才能を発揮したのは、

カメラの前での演技やスクリーンの中での活躍ではなく、

映画産業界の共産主義排斥運動=赤狩りにおいてである。

 

 

赤狩り自体はやがて終息し、

ダルトン・トランボやウォルド・ソルトは復権し、

チャプリンに対しては謝罪と名誉賞のオスカーが贈られた。

こうして赤狩りは、

ハリウッドの負の歴史として記憶されることになったわけだが、

その扇動役を務めた者たち、

たとえばウォルト・ディズニーやジョン・ウエインが糾弾され

それまでの地位や名声を失うようなことはなかった。

 

 

レーガンは味をしめたのだろう。

赤狩りは最終的に失敗したが彼自身が失脚することはなかった。

逆に、そこで精力的に働き、それなりの成果を残したことは、

政界の反共主義者やCIAやFBIにとって好ましく見えた。

レーガンはとーぜんこのコネを大いに利用する。

かくして大ヒット作にもオスカーにも無縁だったB級役者は、

やがて政界に転じ、

古巣ハリウッドのあるカリフォルニアの州知事を経て

1981年に合衆国大統領に就任する。

ちなみにそのころのシュワルツネッガーはまだブレイク前。

ミリアスの「コナン」は1982年の公開である。

 

 

大統領となってからのレーガンは本領を発揮し、

ソ連=共産主義の総本山 を悪の帝国と決めつけ、

その脅威から自由主義陣営を守ると称して軍拡を進めた。

日本の首相だった中曽根康弘とは何度もゴルフをし、

ロン・ヤスとファーストネームで呼び合い、

中曽根はレーガンとの会談で防衛費の増額を約束し、

「日本は西太平洋における不沈空母になるでしょう」

とおべっかを使って大炎上し・・・

おいおい歴史は繰り返すもんだなーwww

 

 

ソ連はそれに対抗できなかった。

経済政策の失敗と軍事費の負担によって、

要はめちゃビンボーな国になっていたからだ。

やがて共産党書記長=トップに就任したゴルバチョフは

国家財政と社会秩序の再建=ペレストロイカを提唱する。

財政再建には軍縮が必要であり、

軍縮には仮想敵国との緊張緩和=デタントが不可欠だ。

ゴルバチョフはレーガンと4度にわたる首脳会談を行い、

東西の緊張緩和を進めてゆく。

 

 

では、根っからのアカ嫌いであったはずのレーガンは

これにどう応じたか?

ざけんじゃねえ!今さらてめえらと仲良くできるか!

おらあ役者のころからおめーらアカが大嫌いだったんだ!

とは決して言わなかったw

その真逆だ。

レーガンはゴルバチョフの融和姿勢を高く評価し、

ミハイル、

世界に繁栄と平和をもたらせるのはきみしかいない!

そう褒めたたえた。

 

 

レーガンがその通りに言ったかどうかは知らんよwww

でも確かにそういう対応をした。

ゴルバチョフのことを信頼できる人物だと持ち上げ、

彼がソ連国内の改革をさらに進めてゆくことに期待感を示した。

これなんか、

まず20世紀最大級のホメ殺しと言っていい。

日本はゴルバチョフを脳天気にアイドル扱いしただけだが、

レーガンは見事に、彼にトドメの毒を盛ったのだ。

 

 

レーガンにはわかっていた。

ロシア帝政からいきなり共産主義国家になって、

近代ビジネスのノウハウなんかろくに学んでいないソ連が、

いまごろ我々の猿真似をしたところでコケるに決まっている。

その改革を急げば急ぐほど社会の軋轢は増し、

軍縮によって既得権益を脅かされる軍人や軍需産業は、

四方八方からゴルバチョフの脚をすくおうとするだろう。

ソ連を滅ぼすのは我々ではない。

この男に任せておけばいい。

それで「悪の帝国」は内側から崩壊するだろう。

そして現実の歴史は、まさにそのように進んだ。

レーガンは赤狩り時代の経験から、

共産主義国家はそのようなものであることを学んでいた。

・・・のだと思う。

 

 

ソ連の崩壊と時を同じくして、

東欧の共産主義国家=ソ連の衛星国家は

相次いで民主化を達成した。

この過程においては相応の血が流されることもあったが、

なにしろそれらの国家は生まれ変わった。

ここからが肝心なんだ。

ソ連の衛星国家の体制が代わるということは、

ワルシャワ条約機構の解体を意味したということだ。

NATOに対抗するために作られたこの軍事同盟は、

ソ連が正式に解散する半年前に消滅している。

 

 

ゴルバチョフにとって、これは当然の結果だった。

彼は確かにそれを目指していた。

しかしそれは、ソ連に対抗するための軍事同盟である

NATOの解体とセットでなければならなかった。

ソ連が西側と友好関係を結べば

そもそもNATOが存在する意味はなくなるはずだ。

逆に、それでもなおNATOが存在し続けるならば、

一方的にソ連を威圧する軍事力だけが残ることになる。

それでは何のための融和か?ということになるからだ。

その件に関してレーガンはゴルバチョフに同意していたが、

しかし同意していただけだった。

レーガンと、その後を継いだパパ・ブッシュは、

この約束を反故にしたばかりではなく、

旧ワルシャワ機構加盟国が、次々とNATOに加盟する道を拓いた。

 

 

ベルリン郊外の航空博物館で、

旧西ドイツ空軍の戦闘機=アメリカ製のF4ファントムⅡと、

旧東ドイツ空軍の戦闘機=ソ連製のMIg21が、

メインホールの真ん中で、仲良く並んで展示されていた。

私はそれをずいぶん長いあいだ見つめていた。

日本だったら、この二機の戦闘機には、

かたっぽに福岡の山本中尉が、

もうかたっぽには青森の工藤中尉が乗り組んで、

お互いを敵として殺し合う間柄だったのだな。

そんなことを思いながらだ。

 

 

西ドイツはNATOの加盟国だった。

その西ドイツと東ドイツが統合された。

その統合に際して、この統一ドイツを

NATOのメンバーとして認めていいか?ってことになった。

なんたってこないだまで敵だった国を含むんだからな。

そんなわけで、旧東ドイツ軍は

統合によって自動的にNATOに吸収されたわけではない。

国際会議が開催されて、つまり正式な手続きを経て、

統一ドイツはあらためてNATOの一員となった。

 

 

それからはポーランドもチェコもハンガリーも

かつて東側にいたあの国もこの国もその国もどの国も、

次々にNATOに加盟することになった。

エリツィンと、彼の後を継いだプーチンは思っただろう。

アメリカにしてやられた!

たった10年かそこらで我が国の西側は敵だらけになっている。

これではまるで詐欺だ!ペテンだ!騙し討ちだ!

だからアメリカ人を信用してはならなかったのだ!

 

 

プーチンがウクライナのNATO加盟を断じて容認しないのは、

つまりこういうことだ。

それは単に、

国防ラインが近づいてくるという戦略的な不利益だけではなく、

かつて受けた騙し討ちの屈辱を、

我々はもうこれ以上受けるつもりはないぞという、

メンツと感情と怨念を含んでいるってことだ。

 

 

ソ連解体後のロシア=エリツィンは急速に市場経済に移行する。

多くの国営企業を民営化し、貿易や金融を自由化した。

つまり西側資本主義の猿真似である。

うまくいくわけがない。

しかもだ。

このとき合衆国はすでにクリントンの時代になっていたが、

エリツィンはクリントンを通じて、

彼の財務次官ローレンス・サマーズに指南を乞うた。

世界銀行の総裁までやった男だ。

さあ? ビルとローレンスはどうするよ?

 

 

「ローレンス、そういうわけなんでうまくやってくれ」

「そうですな、ひとつあの白熊を氷漬けにしてやりますかw」

そんな会話でもしたんじゃないのか?とーぜんだろ。

合衆国にとっては、ロシアはコケればコケるほど都合がいい。

なんでロシアの経済を健全化し力をつけさせる必要がある?

むしろ甘い言葉で急進的な変化を推奨してやればいい。

オーバースピードでコーナーに突っ込んだら車はどうなるか?

 

 

 

我々はかつて敗戦国日本に対して大いに経済援助をしたが、

アレはちょっと失敗したな。

ジャップは俺らの想像以上に金儲けに長けていて、

車だテレビだと、やたらプロジェクトXしやがったせいで

我が国の企業が大打撃を受けることになってしまった。

ロシアを相手にあの轍は踏まないようにしよう。

そんなふうに考えるのが合衆国としては当然だった。

お人好しのエリツィンは完全に経済政策に失敗して失脚した。

プーチンがアメリカを全く信用しないのは当然である。

私は1ミリグラムもプーチンの肩を持つ気はないが、

あの男を育てたのはアメリカだということを憶えておこう。

 

 

歴史の話はとりとめがない。

なぜなら歴史は、前後に左右に上下に、過去に未来に、

そして無数の人間の心につながっているからだ。

次回はちょっと戻ってパパ・ブッシュの時代の話。

 

 

東西冷戦の最大勝者となった合衆国にとって、

残された敵はイスラム原理主義だ。

ゴルバチョフの改革によってソ連軍はアフガンから撤退し、

タリバンやイランなどのイスラム過激派は

さしあたっての行動の自由を得た。

その意味では、ゴルバチョフが提起した東西融和は、

その達成と共に

新たなパンドラの箱を開けてしまったのだとも言える。

な。歴史はすべてつながっているのだ。

 

 

 

 

 

リンゴはなぜ枝から落ちたのか?

 

 

リンゴはなぜ枝から落ちたのか?

地面のアリンコたちはこう答えるだろう。

そりゃあ俺らに食われるためさ。

 

 

このフレーズは、以前なんかの記事で初めて使ったんだが、

それがどの記事だったのかは憶えていない。

憶えちゃいないんだが、そのとき私はこう思ったのだ。

これって、

俺の、ものの考え方や行動規範を見事に表現しとるな、と。

 

 

サナエがドナルドをヨイショした。

世界に平和と繁栄をもたらすことができるのは

ドナルドしかいない。

案の定、ネットは炎上中だ。

 

 

いま世界に戦争の惨禍と経済危機をもたらしている者、

その張本人こそトランプではないか!

それをなんだ!このおべんちゃらは!媚態外交ここに極まれり!

批判の多くはだいたいこんな論調だな。

アホか。

これは外交とか交渉とかにおける初歩的アプローチにすぎん。

それを、物事や人の発言の表層しか見ることのできない連中が、

よってたかって鬼首GET顔をさらしているw

 

 

日本国内閣総理大臣が合衆国大統領に釘を刺した。

世界に平和と繁栄をもたらすことができるのは、

戦争を終わらせる決断を下すことのできる、

世界でただひとりの人間、

つまりトランプさん、あんただけなんだよ。

テレビではこのような解釈を論ずる者もいた。

 

 

私も同意見だ。

というか、表の外交辞令と裏の本意は一体であって、

すなわちこれは、

ヨイショ+要求もしくは脅迫=ホメ殺し

という高等話術wwwである。

「三国志 Three Kingdoms」にも

こういう、言葉の上では相手を立てつつ、

しかし実際には脅迫してるみたいな交渉シーンが少なくない。

 

 

今の季節なら就職戦線まっさかり。

私には経験がないのだが、入社試験の面接では、

まずたいていの者がその企業をヨイショするもんだろ?

入社したあとは取引先をヨイショするやろ?

でもって、ちょっとえらくなって、

しちめんどくさい案件を部下に押し付ける時は、

山本君きみならできる!

いや、これを任せられるのはきみしかいない!

てな具合に「脅迫」するやろ?されたされた

これがホメ殺し。日本人なら誰でもやってることだw

 

 

実際には、高市さんはこの部分を日本語で話した。

それを通訳が英語でトランプに伝えたんだが、

報道番組で見た限りでは、その英語は聞こえてこなかった。

だから、それがどんなニュアンスだったのか分からない。

きのう私たちがテレビで聞いたのは高市さんの声だけであって、

トランプの耳に届いた言葉ではないわけだ。

いや、たとえ聞こえていても、

私の英語力ではニュアンスの解析までは不可能なんだがな。

それはサチコさんにでも任せるとしようw

 

 

さて、この高市発言に怒り狂っている人びとだが、

たとえば共産党のなんとかいうおばはん。

これはトーゼンだ。

左翼野党は権力者を批判するのが仕事。

特に、相手の言葉尻をとって極悪人に仕立て上げるのは

共産主義者の常套手段、とゆーか馬鹿のひとつ覚え。

その最大の歴史的事実が文化大革命。

あのおばはんが紅衛兵に見えたわw

 

 

てな具合に、左翼だろうが右翼だろうが、

脳ミソが頭蓋骨のどっちかに偏ってるような連中の言うことに

私はいちいち目くじらを立てたりしない。

だがひとりだけ、見過ごせない者がいたのでそれを書く。

 

 

豊原功補という俳優がSNSでこう発信した。

あまりにも未熟で幼稚 

これほど出鱈目な言動があるだろうか

 

 

これが共産党員の発言なら私の知ったことではない。

だが豊原は俳優だ。役者だ。だから見過ごせない。

誰やったかなーと思って調べて、ああこいつか。

何本か出演作を見てるはずなんだが、あんまり印象に残ってない。

印象に残ってないというのはそう悪いことじゃない。

ちゃんとした芝居をやってるってことだ。

最近はこのへたくそ!学芸会!コンビニ芝居!

みたいな印象を残すやつのほうが多いからな。

しかし豊原君、この発言はコンビニ芝居だぜ。

 

 

イマドキの若い子を演出する時、最近の私はよくこう叱る。

なかなか上手だよ。その芝居、コンビニで買ってきたんか?

画一的で直線的で馬鹿にも理解できる濃い目の演技ってことだ。

喜びは笑顔で、悲しみは泣き顔で、怒りは大声で表現する。

それをコンビニ芝居という。

 

 

清酒を美味く飲むための温度は、

ひや・ひなた・人肌・ぬる燗・上燗・熱燗の範囲でなければならない。

数値で表せば10度あたりから55度ぐらいまでか。

キンキンに冷やした冷酒とか、舌が焼けるほどの熱さなど論外。

人を心地よく酔わせる温度は酒も芝居も同じだ。

最高の喜びは熱燗の涙で、絶望的な悲しみは水のように冷めた笑顔で、

それが芝居ではないか。

豊原君の発言は沸騰温度の怒り。

これでは誰の心にも沁みはしない。

素人ならそれでもかまわん。

だが役者の「表現」としては、これこそまさに未熟と言えないか?

 

 

仮にも役者であるなら、

高市の発言の真意を、表から裏から上から下から、

ひっくり返してねじって徹底的に考察して洞察して、

その上で、人の心に届く言葉でものを言ったほうがいい。

豊原君は台本に向かってはそれをするだろうし、

カメラの前でも舞台の上でもそうするだろうと信ずるから、

あえてゆーとく。

 

 

ゆーてもね。

豊原功補がこの記事を読むことはまずありえんやろwww

だったら、この記事は誰のために何のために書かれたのか?

それを洞察せーよ。

 

 

私もきみもアイザックではない。

内閣総理大臣でもなければ合衆国大統領でもない。

引力とか重力とか首相発言がどうとか合衆国の世界戦略とか、

そんなの知ったことではない、それでいい。

そのリンゴがなぜ今そこに落ちてきたのか。

そのリンゴに自分はどのように向かい合うのか。

大切なのはそこなのだ。

 

 

ロシア軍がキーウを攻めたその日のうちに私は書いた。

勝ち目はない。今すぐ白旗を揚げるべきだと。

さもないと、今後どれだけの人間が命を落とすことになるか?と。

ここで私は「降伏すべきだ」とは言ってない。コレ大事よw

しかし私は、それ以上具体的な言及を避けた。

いい機会だから書いておこう。

 

 

その白旗は誰が掲げるのか?

むろんゼレンスキーだ。

あの時点では、まだ「戦争」は始まっていない。

戦争は当事国どちらかの宣戦布告によって成立するのだが、

そうなる前に白旗を揚げれば、それは「国家の降伏」を意味しない。

そもそもロシア軍の侵攻目的は、

NATO加盟を標榜するゼレンスキー政権の転覆にあった、はずだから、

ゼレンスキー個人が出頭することでその目的は達せられ、

両国はとりあえず紛争が始まる前の状態に回帰できる。

そこからは両国政府の駆け引きだ。

 

 

侵攻軍に対して「5時間後に降伏する」と伝え、

それまでにキーウ中のマスコミを集め、

ゼレンスキーひとりが白旗を掲げて侵攻軍の前に立つ。

そしてその映像を全世界に生中継する。

それを涙ぐんで見送る妻子のアップが挿入されればなお効果的だ。

こないだまでタレントだった男にとってこれ以上ない大舞台。

その命ひとつと引き換えに、さしあたって数千の命が救えるなら、

そしてメディアを通して全世界を味方につけられるなら、

タレントとして、そして大統領として、

ふたつの人生の、それはまことに華々しい最期と言えるだろう。

それでいいやんけ、というのが当時抱いた私のプランだ。

 

 

むろんそこから先にプーチンがどう出るか、

ウクライナは平和で安全なままいられる保証があるのか?

学級委員たちはそう言って私を責めるだろう。

知ったことか! 

そのリンゴを俺ならそう食うだけだってことだ。

そこから先はウクライナ政府とウクライナ国民が決めることだ。

人びとが生きていてこそそれができる。

私が確信をもって言えるのはそこまでだ。

 

 

今回も同じ。

自国の大統領を完全シカトして

湾岸諸国にミサイルを撃ち込み続ける革命防衛隊。

あのハマスにさえ「もうやめとけ」と言われる無軌道さ。

もし連中が核を持っていたらどうなったよ?

フセインの大量破壊兵器ばなしはブッシュのでっちあげだが、

革命防衛隊の狂気は本物だ。

 

 

この戦争はやるべきではなかったが、

現実に、リンゴは枝を離れて私たちの前に落ちてしまったのだ。

戦争を始めた以上は終わらせねばならず、

そしてそれは、私たち人類にとって最大公約数的な良果、

すなわち段階的なイランの民主化と核の脅威の排除、

それらが達成される希望を持てる形の終戦でなければならない。

痛ましい犠牲の数々にはむろん胸が痛む。

だが国家が生まれ変わる時には必ず血が流れる。

これが歴史の約束だ。

私たちは、過去だけではなく今この時も、

そういう歴史の中に生きていることを自覚しなければならない。

 

 

国家が生まれ変われる時には必ず血が流れる。

これが歴史の約束だ?

次回は、実はそうでなかったケースもあるんだなーって話。

 

 

 

 

 

 

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