彼岸花咲いてここが私の寝るところ
父が亡くなって、この家に住むようになってから、
一番めんどくせーと感じるのが庭だ。
こちとらずっと賃貸マンション住まいだったから、
台風だの地震だの隣室の火事だのでその部屋にダメージを被っても、
引っ越しすれば済むことだとお気楽なもんだった。
ところが持ち家となるとそうはいかない。
たとえば欲しくもなかった庭の手入れを強制される。
そこに持ってきて庭にはご立派な松の木が2本あった。
五葉松=ごようまつというやつだ。
剪定だの水やりだの、メンテをちゃんとしないと
「こんな立派な松の木なのにダメにしちゃいますよ」
などと言われる。
冗談じゃない。そもそも俺が植えた松じゃない。
だいたい、俺はこういうのが大嫌いだ。
きみも知っての通り、俺は自然が大好きだ。とーぜん樹木も好きだ。
だがその松は決して純粋な自然ではない。
たまたまナイスバディに育った木に好事家=マニアが目をつけて、
そのプロポーションを維持させるために矯正を加え、剪定を繰り返し、
本来自然に育つべき樹木の成長を止めている代物だぜ。
むかしの中国に存在した纏足と同じだ。何が美しい?
しかも、プロポーションによってその松の木の値段が変わるんだぜ。
うちの五葉松の一本はン百万円したらしい。反吐が出るわ。
てなわけで、二本の松の木は、
庭園業者に引っこ抜かせて引き取ってもらった。
買取価格はゼロ。その代わり作業賃もゼロ。念のため。
かくして目障りだった松の木は姿を消したが、
庭の手入れはしなきゃならない。生け垣の剪定とか草むしりとかな。
だがそれもめんどくせーってことで、考え方を変えた。
やはり野におけ蓮華草
自然のままがいっちゃんよろしい。
なので今うちの庭は荒れ放題である。
昭和天皇が若いころのことだ。
御所の庭を散歩しているとお付きの者が言った。
「そろそろ雑草が増えて参りました」
若き天皇は穏やかにこう答えた。
「この世界に雑草という名の植物は存在しません」
このエピソードは、おそらく意図的にリークされたものだろう。
すなわち雑草=庶民、植物=人間と置き換えれば、
天皇の、国民あるいは人類に対する認識がどういうものか推察できる。
「この世界に、庶民という名の人間はひとりもいないよ」
どうだい。庶民が聞いたら涙がチョチョ切れる名言ではないか。
そういう効果を狙って木戸内大臣あたりからリークされたんだろうな。
さてうちの庭だ。
彼岸花が咲いた。
ところが目障りなことに、その手前にいわゆる雑草が生い茂っている。
だが私は、かの昭和天皇の見識を美しく立派だと思っているから、
これを雑草と呼ぶわけにはいかんし、引っこ抜くのもためらわれた。
考えた。
わかった。これは雑草ではない。
敵だ。
うちの中から庭の彼岸花を見えなくする敵だ。
敵ならば排除すべし。
てなわけで、こうなった。
この写真では見切れている手前部分に「敵」の無残な姿がある。
それは次回。
久しぶりのブログなので疲れた。
なのでここでいったんやめて次回に続く。
どうせ見ないが来年の大河は秀吉ネタらしい。
信長秀吉をもっとも苦しめたのは他の戦国大名ではなかった。
一向一揆だ。
続きはそういう話から入り、ガザに続く。
井の中の近眼
百田尚樹の発言が物議をかもしている。
あまりにもレベルの低い話なので無視していたが、
いまだにそれがネットでのネタになっているのでひとこと言う。
広島の原爆被災者の慰霊碑。
そこに刻まれた文言。
「安らかに眠ってください」
「過ちは繰り返しませぬから」
これに百田がかみついた。
原爆を落としたのはアメリカではないか
過ちを犯したのはアメリカだ。
なぜ日本人が、それに関して反省し謝る必要があるのか?
まったくもって正論である
百田の言っていることは100%正しい。
ただし中学生のレベルで判定するならばだ。
彼がそう発言したという記事を初めて読んだ時の、私の感想。
はあ?
あんた中学生かよ?
私がそう感じた理由は明確である。
原爆を落としたのはアメリカではないか
過ちを犯したのはアメリカだ。
なぜ日本人が、それに関して反省し謝る必要があるのか?
というロジックを、私が初めて読んだ、または聞いたのは、
まさしく私が中学生のときだったからだwww
そのときに限っては、私もこう思ったものである。
なるほど。確かにその通りだよなー、と。
つまりさ、今回百田センセイが言い出して、
ちまたで議論を呼んでいるあの発言は、
彼のオリジナルでも何でもなく、
もう何十年も前から言われて言い古された、
右派お決まりの定型文に過ぎないってことだ。
ついでに書いておくと、
私の中学校での修学旅行先のひとつが広島で、
資料館を訪れてアレな写真とかもいっぱい見た。
それらは「夕凪の街 桜の国」の劇中において
主人公の友人がゲロ吐くほどのアレな展示物だった。
さらについでだが、
小学校の修学旅行先は長崎で、
そこでもやっぱり資料館で同様の展示物を見た。
なんでもイマドキでは、
それらがあまりにもアレなもんだから、
一部は展示しないことになっているらしいが、
アホかいな、何のための資料館やねん?とは思うなあ。
さて百田発言だ。
最初に断っておくが、
こと、あの戦争と原爆については、
私は百田の当社比100倍学習している。
「永遠の0」が映画化されるにあたり、
私はその原作本を書店で手に取ってみた。
テキトーに開いた2・3ページを読んだところで書棚に戻した。
「少なくとも俺が読む価値はない」
そう判断したからだ。
私がたまたま読んだのは、
零戦の弱点について記述した部分だった。
零戦は非力なエンジンでも高性能を発揮させるために、
その機体が極力軽く作られている。
そのために防弾装備は皆無に等しく、
早い話がめちゃ撃たれ弱いということを述べていた。
それは事実である。
百田はなーんも間違っていない。
だが、その記述はまるで
「零戦のすべて」的なムック本の丸写しのように読めた。
なんせ当社比100倍だからな。
その手の本をさんざん読んできた私には感じ取れることがあった。
これは著者のオリジナルな見識ではない。
もっとも初心者向けの資料から得た知識を、
さも訳知り顔で並べなおしただけ、とな。
むろん次のような言い訳は成立する。
「永遠の0」は、あの戦争を知らない読者、
=零戦初心者に向けて書いたモノなのだ。
だからその部分の記述が、
初心者向けの基本的な要点の羅列になるのは当然だと。
だから言ったじゃん。
百田はなーんも間違っていないって。
零戦のことはどうでもいいのよ。
百田尚樹という作家が、
自分が体験したことがなく、
従って書物や取材によって追体験するしかない事柄について、
どれほど深く探求し考察し、自らの見識を成立させているか?
そのレベルが、この資料丸写しな記述と、
その行間に見えちゃったってことなんだ。
本を読んでいないので、
私は百田尚樹の「永遠の0」について一切の評価をしない。
私が「永遠の0点」と呼ぶのは映画に限られる。
言うまでもなく映画の評価はプロデューサーと監督に対してのものだ。
その映画については、すでに100選で記事にしている。
確か3回連続で採り上げたと記憶しているが、
私はそこでふた通りの評価を述べたはずだ。
それは、
これほど、あの戦争を戦った人々の心を踏みにじる映画はない、
とかなんとかコキおろす評価Aと、
自己チューな主人公は、
何よりも自分の生活を優先する現代日本人のメタファーであり、
公より私を優先する日本人を批判するためのキャラクターだという
好意的な評価B、そのふた通りだ。
実際には、演出がド下手くそなのと岡田准一の格好良さのせいで、
評価Bを狙った、おそらく原作者の真意 はかすんでしまっていたがな。
もし映画の冒頭にこんな字幕が出たらどうよ?
この映画の受け取り方はお一人様一個に限らせていただきます。
そうなれば評価AもBもCもあったものではない。
だが幸いなことに、
私たちはそれが無制限に許されることを知っている。
今日の感想と明日の感想が正反対でもかまわないのだと。
さてそこで百田発言だ。
「過ちは繰り返しませぬから」
過ち=原爆投下だろ?それはアメリカがやったことだろ?
どうして我々日本人が悔い、被災者に詫びねばならないのか?
碑文の文言に対する評価として、これは正しい。
ただしそれも評価A=BもCも~Zもあるうちのひとつ にすぎない。
そしてこの場合の評価Aは中学生レベルであると私は言っている。
百田が評価Aを主張する根っこには
東京裁判史観に対する反発がある。
その点では「中学生としてはかなりレベルが高い」けどね。
戦後、合衆国が日本国民に対して行った情報政策、
いわゆるウォーギルドインフォメーションに基づいて、
この戦争に関しては100%日本人が悪かったのだというPRが
日本国民に対して大々的に行われた。
その総決算が東京裁判だ。
その結果として日本人の心底に植え付けられたのが
まったく私が悪うございました的な自虐史観である。
百田はこれが大嫌い。
だからあの碑文にもかみつくわけだ。
これに対して、広島市とかの言い分では、
この碑文は、
戦争という過ちを、私たち人類は決して繰り返さない
という意味なのだと、概略としてはそんな感じになっている。
これが大人の評価というものだ。
これは政治家が得意なキレイごとのその場しのぎではないよね。
まさに全人類が希求すべき理想を述べとるやんか。
だが井の中の近眼は決してそれを受容せず自論だけを述べる。
井の中の蛙、大海を知らず
されど空の高さを知る。
だがその蛙の脳が近眼では、空の高みにある理想は見えない。
あんたそう言うけど!的なケンカ腰で
自己の主張を繰り返す中学生と何も変わらないレベルのままだ。
だからこの記事の最初に書いた通り、
あまりにもレベルの低い話なので、私はこれを無視して来た。
東京裁判史観あるいは自虐史観を批判するなら、
そしてそれをする者の立場がいやしくも国会議員であるならばだ、
それらによってこの国の精神性がどのように歪み、
事実としてどのような弊害をもたらし、
だからコレコレの政策をもって、この誤った歴史観から日本人を救おう、
そのような論陣を張るべきではないか。
それを言うに事欠いて、
もっとも辛い思いをしてきた人びとの、
祈りの象徴というべきこの碑文をネタにして、
しかも何十年も前から使い古された
オリジナリティのかけらもない言葉で叫ぶなんてのはさ、
なんつーかめちゃ恥ずかしい真似だと思うぜ。
あんた仮にも作家様なんやろ?
「0点」の中で、主人公はいきなり軍事評論家になる。
真珠湾とミッドウエイと、そしてガダルカナル航空戦のしょっぱなで、
「日本海軍が犯した戦略的・戦術的ミス」を指摘して批判するんだ。
彼は海兵=海軍の士官学校 を出ていない。
つまり戦略も戦術も学んでいない、空中戦専門の技能者でしかない。
そんな一介のパイロットがそれをやっちゃうんだな。
でもって、
その内容がまさしくミリオタ初心者のレベルなのよ。
「あちゃ~やっぱこんなレベルかよ」と、私は呆れたものさ。
そこに著者のオリジナルな見識は1ミリグラムも含まれていない。
ただし、これはこのシーンが原作にもある場合の話。
映画にしか存在しないシーンなら百田に責任はない。
なんにしてもだ。
百田の歴史認識、特に東京裁判史観に関する見識そのものが、
そういう初心者レベルでないことを、私は祈りたいと思うよ。
デモシカであっても国会議員なんだからな。
過ちは日本と合衆国の両方にあるよ。
戦争したんだからな。
いつも言っているように戦争は馬鹿がやるものだ。
コロナの時、やたら話題に上ったのが有識者会議ってやつだ。
そのころ記事にしたことがあるんだが、
戦前の日本に「総力戦研究所」というものがあった。
端的に言えば「米国と戦争をして勝てるか?」を研究する機関だ。
公的機関である。民間でこんなことやったら即逮捕だ。
ところが驚くべきことは、その構成員のほとんどが、
官僚とか学者とかの非軍人だったってことだ。
いわゆる有識者の集団だったということだね。
WW1でフランスを指揮した首相クレマンソーの名言がある。
「戦争という大事を軍人なんかに任せられるか」
戦前の日本にも、まだこういう良識が存在していたんだな。
この機関が、開戦の3か月ちょい前に出した結論。
「アメリカと戦争したら絶対負けます」
しかし、この結論がその後の国策に反映されなかったことは
誰もが知るとおりである。
当時はまだ陸軍大臣だった東條英機が、
この結論に対して言い放ったセリフが実に見事である。
「しかし戦争というものはやってみなければわからないものだ」
どや?すごいやろwww
コロナの時の記事では、そういうことを述べている。
この「総力戦研究所」を扱ったスペシャルドラマが、
今度の土日の二夜連続で放送される。NHKだ。
ただし。念を押しておく。
「この作品は事実に基づいている」は
「事実ではない」と同義である。
歴史を語る創作物には必ず何らかのバイアスがかかっている。
「事実に基づいているが必ずしもすべてが事実ではない」
そういう創作の中にどんな真実を見つけるか。
そこが大事。
それは忘れないように。
ジャン・ポールよ、かかっておいで
まず大前提を述べる。
国際問題について。
自然環境保護について。
反原発とかについて。
そういったことについて、
日ごろからなーんも考えとらん日本の若者が、
そういったことについて、
外国の同世代から尋ねられた時に感じる恥ずかしさ。
同じ若者なのに、彼らは意識が高い、という劣等感みたいなもの。
これ、思いっきり勘違いだからね。
国籍関係なし。
どんな国でも、国民ひとりひとりのインテリジェンスの格差はある。
きみに質問して来たフランス人がどの程度か知らんがな。
きみならもっとまともな答えができたはずなんだが。
いきなり攻められてちょっとあせったか?
なぜ日本は核シェルターを備えなかったか?
「ジャン・ポール、ぼくの話を24時間聴けるかい?」
それなら答えてあげられるんだが、と開き直ればよかったなw
そんなの一言で説明できることじゃないんだが、
うーむ。
では筆舌に尽くしてみるとするかw
それはね。
日本には
東西冷戦の当事者であるという意識が皆無
だったからだよ。
もし昭和20年代からベルリンの壁崩壊までに、
日本で核シェルターの必要が叫ばれていたとしたら、
それはソ連や中国からの核攻撃を想定してのことだった、
ってことになる。
特に朝鮮戦争。
国連軍総司令官のマッカーサーは限定的な核の使用を進言した。
トルーマンはこれを却下し、
逆にそれを理由としてマッカーサーを解任したが、
もし実際に核が使用されていたなら、
報復の赤い原爆が間違いなく日本本土に落とされただろう。
なぜってその時の日本は米軍の占領下にあったんだから。
そのように、
現実的な核戦争の危機に隣り合わせていたにもかかわらず、
日本には当事者意識がなかった。
なぜって「もう戦争はこりごり」だったからだ。
そして憲法9条というお墨付きが、
国民に、戦争から目を背けることを認めたからだ。
私は何を根拠にそう言うのか。
自衛隊だよ。
自衛隊はまぎれもなく軍隊だ。
独立国家として自衛のための武力を保有するのは、
少なくとも現在に至るまでの人類にとって当然の権利であり、
国家の義務だ。
憲法9条はそれを否定してはいない。
「国家間の紛争を解決する手段としての武力行使」を認めていないだけで、
自衛のためのそれについては言及していない。
だから自衛隊は存在できた。
しかし自衛隊は、生まれた時から違憲のそしりを受ける存在だった。
「戦争をしない国になぜ武力が必要なのか?」みたいなことを言う、
脳ミソが豆腐でできとるような連中が9条を盾に自衛隊をを否定した。
それに対して多くの日本人はどういう態度をとっていたか。
なんつーか、知らんふり・見て見ぬふり、
みたいな感じだったな。
少なくとも小学校中学校でそういう授業やディベートはなかった。
誰もが、戦争を他人事と思い、思おうとしていた。
脳ミソ豆腐な連中に同調はしなかったがあえて反論もせず、
「そういう話をすること自体が何になる?」的な冷めた態度で、
その問題から逃げていた。
それは個人レベルでなく、日本全体を覆った空気感だった。
外国からの攻撃から国民を守ってくれる(はずの)自衛隊をだな、
その国民がほとんど無視し続けてきたんだぜ。
これがどれほど異常なことかは、ここでは問題にしない。
だが、日本人が憲法を隠れ蓑に、
国際紛争や戦争から目をそらし続けてきた国民であるという、
私の言い分の根拠にはなるだろう。
日本人には、もともと地政学の感覚が希薄だ。
島国根性ってやつだな。
国境の概念がないから目は内にばかり向く。
目が内側しか見なければ外国との戦争も意識の外に置かれる。
意識の中から戦争という概念が失われれば、防衛という概念もなくなる。
だから日本には核シェルターがないのさジャン・ポール。
きみの問いに、もしひとことで答えるならこういうことになる。
日本には目に見える国境がないからなんだと。
ノン!それはおかしいだろ。
ミサイルは空を飛んでくる。
陸上の国境は関係ないはずじゃないか?
ジャン・ポール。ぼくは心の中の国境のことを言っているのだ。
だから断言するけどね。
核弾頭の必要はない。
通常弾頭のミサイルが一本、日本のどこかの都市に落ちただけで、
いきなり日本中でシェルター作りが始まり、セメント屋の株が急騰するだろう。
それは日本人の心の中に、
そのとき初めて国境という線が引かれるからだ。
ところでジャン・ポール。
きみは「燃えよドラゴン」を見たことがあるかい?
無礼な武道家に「おまえの流儀は?」と問われたブルース・リーは答える。
「Fighting without Fighting」
それをせせら笑った無礼者を、彼は結局その流儀で負かしてしまうんだが、
「戦わずして勝つ」というこのエピソードは、
ほんとは日本のサムライの話なんだよ。
ボクデン・ツカハラという人だ。
ぼくは、日本がサムライのスピリッツを失わない限り、
核シェルターを必要とせず、セメント屋が大儲けすることもなく、
ミサイルも飛んでこないし、ウクライナのようになることもない、
そう確信しているよ。
井の中の蛙、大海を知らず
ということわざがある。
普通は視野の狭い島国根性を嘲笑する意味で使われる。
だけどね。
元々かどうか、あとからの付け足しかは知らんが、
これには続きがあるんだ。
井の中の蛙、大海を知らず。
されど空の高さを知る。
日本人は確かに島国根性だが、
少なくとも私たちは理想を見失うことはない。
それがどんな高みにあってもだ。
ジャン・ポール(仮名www)が日本に遊びに来たら、
私がそんな話をしてやるとしよう。
「これでいいのか!」を日本語に訳しなさい
反語の技法というやつがある。
古文とか漢文とかでよく使われる。
吉川水滸伝で、仏教僧になった魯智深が犬肉を食うくだり。
店の亭主があわてて止めに入る。
「亭主、なんで止めるのか?」
「そいつは犬の肉でっせ。なんぼなんでも」
しかし魯智深は気にしない。
「よろしい。犬の肉だからとて卑しむことはない」
そして「豈、差別すべけんや」と
犬の腿のあぶり肉に食らいつく。
豈は「あに」と読む。「どうして」みたいな意味だ。
犬の肉だからって、なんで差別するもんかい。
魯智深はそう言っている。
だが、高校の古文漢文では、ここはこう訳さななければならない。
犬の肉だからと、どうして差別しなければならないだろうか。
いや、差別するべきではない。
古文漢文を現代文に訳すとき、こういう反語の表現の場合は
原文に本来は含まれていない
「いや~ではない」と念押しをする付け足し文を、
必ず加えるようにと、私たちは教えられた。
私は現国と古文を教えていた樋口先生にゆーたわ。
「念押しみたいな部分はいらないんじゃないですか?」
「だってもともとが、ちゃんと否定のニュアンス入ってるんだし」
先生は答えた。
「山本。お前は正しい。しかし試験の解答としては間違っている」
前後の文脈によるが、たとえば「これでいいのか」には、
いいはずがないわ!というニュアンスが含まれることが多い。
だが字面だけを見れば
「これでいいのですか?それともダメなのですか?」という
純粋な疑問文と読み取ることもできる。
単なる疑問文か?それとも反語の技法か?
そこんところをお前ら受験生がちゃんと理解しているかどうか、
採点者はそこを〇✕の判断基準にする。
だから試験の解答としては、
「いいはずがないわ!」という真意の部分まで記せと
樋口先生は言うわけさ。
めんどくせーと思ったね。
解答の文字数が多くなるのが面倒くさいんじゃない。
入試の試験なんてものが、
なんちゅーかめちゃケチ臭い揚げ足取りに思えて、
そういう採点者のご機嫌を取るみたいな忖度をだな、
この俺がわざわざやんなきゃいけないのかよ!
みたいな感じさ。
それよりさ。
「豈、差別すべけんや」この美しい言葉の響きが、
余計な付け足しで台無しになってしまうやんけという、
腹立ちのほうが大きかったかな。
さて、きみからもらったカロリーメイトのCMばなし。
つまりこういうことだ。
これはこないだの記事で、
由美かおるの蚊取り線香の看板の写真を探したとき、
偶然見つけたものだ。
このおねーちゃんふたりがピンクレディである。
でもって商品のカラーリングがピンクだ。
なので右肩に「ピンクにおまかせ」というキャッチが入っている。
問題はいっちゃん下の「まいったか」である。
「まいった」と「か」はフォントが異なる。
「か」のほうがめちゃ太い。
しかも「か」には「・」まで打たれている。
これは「か」を強調するためだよな。
説明するまでもなく「か」は「蚊」を意味している。
蚊よ!まいったか!まいったか?まいった蚊?
でへへへーこれはそうゆう洒落なんですぅ
ねねね、わかってくれますよね?
すげー面白いと思ってくれますよね?
というまことに情けない広告の、コレは見本である。
私ならこうはしない。
「か」については太字フォントにするだけで十分。
いや級数=文字の大きさ をガツンと上げてみるかな?
でもってちょい傾ける。
それなら太字を使わずにフォントは共通でいいかもしれんな。
なにしろ「・」は金輪際使わない。
そもそも「まいった蚊」という駄洒落コピーが、
広告コピーとしていいセンスなのかどうか?
という点はこのさい脇に置く。
これのCMは見たことがないが、
そういうものがもし実在したのであれば、
彼女たちが可愛く、あるいは色っぽく、または凄味をきかせて
まいったKAと声にしたことだろう。
その出来によっては、駄洒落もチャーミングなコピーになりうる。
だが看板ではそうはいかない。
だからこの看板のデザイナーは「・」をつけて単に強調した。
よりによって最大の悪手を使ったと言える。
洒落はシャレているから洒落なのだ。
ここんとこに注目してね、ここがキモだからねという
こういう押しつけは野暮の極みである。
筆舌に尽くしがたい、という言葉ある。
かの開高 健は、このフレーズが使われた文章を一刀両断する。
「筆舌に尽くしてこそ物書きではないか!」と。
デザイナーなら「・」なしで、
デザインセンスと技法で勝負せえよと、私も思うな。
ラプトルが最後に子供たちになる。
この「いや~ではない」的な、あるいは「・」的な演出を、
余計なことではないかと感じたきみは正しい。
だが試験の答案の解答としては間違っている。
広告はモノを売るために作られる。
そのためには、買い手にいい気分になってもらわねばならない。
そのために広告は、コレは誰に買ってもらうためのツールか?
というふうにターゲットを設定して制作される。
このCMのターゲットは小学生の子供を持つ母親で、
しかも給食のない夏休みに、子供たちの昼ごはん作りに追われる、
そういう人物に設定されている。
そこでだ。
ラプトルが最後に生身の子供たちになることで、
そこには子供たちの元気すぎる日常に手を焼きながらも、
その子たちの成長を愛おしく見つめる母の姿が表現される。
どんなに忙しくてもちゃんとしたものを食べさせている母、
という表現になっている。
そのような理想的な親子関係を象徴するのが、
子供たちの、元気な笑顔を見せて食べている姿だ。
これがラプトルのままで終わったら、
ラプトルはただの食い盛りの子供の象徴で終わる。
あるいはカロリーメイトが単なるエサにさえ見える。
その姿を見て笑う尾野真千子との対比も不自然だ。
繰り返すが広告はターゲットに向けて作られる。
このCMの後半は、ターゲットに対して、
あなたはこの商品によってこのような幸福を得られます、
ということをメッセージするためにある。
ゆーてもね、私ならこうはしない。
ラプトルのままで終わる。
ただし、このリアルCGで恐ろしげにしか見えないラプトルを、
こよなく優しい表情で見つめる母親のクローズアップで終わる。
尾野真千子なら、
こんなお約束なCM用の幸せ家族的笑顔ではなく、
「子のためにかなりがんばってるおかーちゃん」の、
自己犠牲を自己の幸福として感じる尊さの成分を含む笑顔を、
きっと見せてくれるだろう。
それは「理想的な親子関係」や「理想の母親像」ではない。
それでいい。
視聴者それぞれに異なる親子関係があり、
ぜんぜん尾野真千子ではないアレなおかーちゃんのほうが
世の中には断然多いのだ。
それらすべてのおかーちゃんが共感できる
理想的な美しさではないがリアルな美しさの母性を、
私は演出してみたいと思うなあ。
だが、尾野真千子のその表情は、
実際に撮影して見せることのできる映像にならない限り、
それまでは私の、
つまり演出家の頭の中にあるイメージにすぎない。
そやろ?上段に書いたような尾野真千子の表情って
どんな表情やねん?と思ったやろ?
そう思われてしまう企画はダメなんだな。
試験の答案=製作者側が広告主に提出する企画コンテ は、
「いや~ではない」的な、
誰もが納得できる、
誰にも不安を持たれない解答であることが求められる。
だからこうなったとも考えられる。
怪獣か恐竜か?
実在した恐竜であるラプトルを、なぜ怪獣と言わせるのか?
これについての解答は簡単だ。
メインターゲットの母親=女性にとっては
恐竜も怪獣も興味の対象外だ。
特に恐竜はな。
少女期に学研の恐竜図鑑に熱中した女性なんてそうはいない。
そういう彼女たちにとって、
恐竜とは過去に実在した恐ろしい凶暴な生物であり、
怪獣はファンタジーの世界のキャラクターである。
音にすればよりリアルだ。
キョウリュウとカイジュウ、ちょっとでも可愛げがあるのはどっちか。
この演出家はそう判断したのだろう。
「ラプトルは怪獣じゃない!」
などと鬼首GET顔するような脳まで近視な視聴者なんか無視。
CMはターゲットに合わせて作るものさ。
その腹のくくり方は、私は好きだな。
筆舌に尽くしてこそ物書きではないか。
開高さんのこのひとことを私は大事にしてきた。
私がこの企画を考え付いたのなら、
筆舌を尽くしてラプトルで終わるプランを推しただろう。
だが、それが認められなかったら私の負けなのだ。
その時は、子供になるプランをベストに仕上げることだけを考える。
もしかしたらこのCMも、
そういう道をたどって生まれたのかもしれない。
豈、オンエアだけで評価すべけんや、だ。
私がこの企画を思いついたのなら、とはいかにもエラそうだが、
ジャンケンのあと出しちゃうよ。
食い盛り=恐竜なんて企画は何年も前にやっとる。
制作予算がふたけた違うから、めちゃチープなやつだったけどな。
焼肉屋のCM キャッチは「かかってきなさい肉食家族」
ただし私は企画だけやって演出は別の者が担当した。
コンテの段階で社長の即決。
その理由は「これは男の子にウケる」
このことを言いたくてな。やはりターゲットなのである。
きみのラインにあったこのCMに関する疑問は、
すべて「ターゲット」の概念で説明できるということだ。
だが、1個の動画コンテンツの面白味として、
「いや~ではない」的な演出を残念に思ったきみのセンスを、
私は好ましく思うよ。
だけどアレだぞ。
そうすれば子役二人のギャラが浮いたはずというご意見には、
いや!そーゆーことやないやろ!
と、思わず突っ込んだがなwww
どちらも憎んでいた。どちらも怖れていた。
この数年、12月になると
「クリスマス・チキン」をアップするのが恒例になっている。
アレは自分でも好きな記事なんでな。
でもって、7月下旬には、毎年コレをアップしようと思い立った。
以前に一度は記事にした内容だが、今回新たに書き下ろす。
九州の東海岸。その中ほど。
豊後水道に向かって=東に向かって、
両腕を突き出したようにふたつの半島が伸びている。
それに挟まれた広大な水面が佐伯湾であり、
私が生まれた佐伯市はその奥に位置している。
北側の腕の突端に小さな島がある。
保戸島=ほとしまという。
佐伯からは直線距離で20キロも離れていない。
1945年=昭和20年の7月25日。
この島を米軍機が襲った。
来襲したのは空母から飛んできた艦載機だった。
記録にはグラマンF6Fヘルキャットとある。
これは艦上戦闘機と呼ばれる機種だ。
戦闘機は敵の航空機を撃墜するための、つまり空中戦用の機体だから、
スピードが高く運動性に優れている必要がある。
必然的に機体は小柄で、
たいていの場合、搭乗員はパイロットひとりであることが多い。
つまり戦闘に関する、少なくとも現場での判断は、
このパイロットひとりにゆだねられる。
保戸島を襲ったF6Fは、この島にある日本海軍の施設を狙ったらしい。
九州と四国のあいだの豊後水道。
ここは日本海軍の艦艇が、その根拠地である瀬戸内海から
太平洋に出ていく時のメインストリートだ。
米海軍はこの戦争のかなり早い段階からここに潜水艦をひそませ、
日本艦隊の動向を監視していた。
日本軍としては当然これを発見し、排除しなければならない。
海中を行動する潜水艦はレーダーでも捉えられない。
なので音を頼りに探す。
それには水中聴音機という装置を使う。
はやい話が、海中に設置したマイクで
潜水艦が発する機械音や排水音を拾う仕組みだ。
豊後水道の海底には、この水中聴音機が多数設置されていた。
その集中観測所が置かれていたのが保戸島である。
島の中央やや東側に遠見の丘と呼ばれる高地があって、
水中聴音機の観測所を含む軍施設、
正確には佐伯防備隊 保戸島派遣隊の建物は
この丘の上に置かれていた。
派遣隊は戦闘部隊ではないから陣地構築はなされていない。
この時期になると米軍機による本土空襲は日常的になっていたから、
むしろその所在は目立たないようにされていたはずである。
保戸島は、そもそもが漁業と農業の島だ。
小さな島だから、
農業と言っても当時は自家消費レベルだと思うがな。
海岸線には漁村。
内陸には田んぼと畑があるばかりの農村風景が広がっている。
米軍機が攻撃目標と見定めるような建造物は何ひとつなかった。
保戸島を襲った2機のF6Fは、
アレがどうやらそれらしいと目星をつけたのだろう、
小高い丘のふもとにあった木造の建物に照準を合わせた。
ちっぽけな民家しかないその島で、
そこにだけは明らかに他と異なる大きな建屋があり、
しかもその脇には練兵場とも見える広場を有していた。
記録によれば、このときF6Fは3発の爆弾を投下したことになっている。
初弾が目標に命中し爆発した。
パイロットは快哉を叫んだかもしれない。
だがそこは彼らが目標とした、日本海軍の施設ではなかった。
木造二階建ての、横長の建屋は校舎。
練兵場と見えたのは運動場。
目標とされたのは小学校だった。
これが目標誤認による誤爆なのかどうか、
それは現在に至るまで解明されていない。
校舎は一撃で粉砕され、百人以上の児童が即死に近い殺され方をした。
惨事はそれだけでは終わらなかった。
爆撃後いったん上昇したF6Fは、反転して再び小学校に機首を向けた。
その時は、爆撃による即死を免れた児童たちが、
泣き叫びながら校庭に走り出してきたところだった。
F6Fはこれに銃撃を加えた。
F6Fの搭載する機関銃は口径12.7ミリ。
陸戦兵器なら重機関銃に分類される破壊力を有している。
数値や軍事用語ではピンとこないなら、
そもそもが金属製の飛行機を撃墜するための兵器だと思えば、
その破壊力が想像できるだろう。
弾丸の直径は12.7ミリでも、これが人間の体に当たれば、
大人のこぶしがすっぽり入るほどの穴が開く。
腕に当たれば腕が吹っ飛び、頭に当たれば頭蓋骨が砕け散る。
その弾丸が逃げ惑う児童たちに浴びせられ、
ここでまた数十名が惨殺された。
繰り返すが、これが誤爆であったのかどうかは解明されていない。
ここから先は、私の分析と解釈であることを断っておく。
F6Fのパイロットが、
小学校を軍施設と誤認したのだとしても不思議はない。
前段で、保戸島は漁業と農業の島でどーたら、と書いたのは
つまりそういうことだ。
上空からこの島を眺めれば、この小学校の建屋が、
この島の中で、最も大きく立派で整然とした建造物に見えるだろう。
二階建の横に長い校舎は兵舎に似ていなくもない。
そして兵舎の近くには、訓練や整列集合のための場所としての
グラウンドのような広場が併設されているのが一般的だ。
学校の校庭=運動場はそれに見えるだろう。
さらに、この時がどうであったかは確認できていないが、
小学校ならば校庭に国旗が掲揚されていたかもしれない。
これも誤認の元となる要素と言える。
では、最初の爆撃が誤認だとしても、
反転して、逃げまどう児童たちに
機銃掃射を浴びせたことはどうだろう。
F6Fの戦闘速度は、少なくとも時速400キロ以上。
その速度で飛びながら、その目標が子供か大人か判別できるか?
ジャップはチビだと聞いていたがなるほどなと、
パイロットはそう納得していたのだとも考えられる。
見た目の違いは身長だけではない。
このころの日本の、
特に田舎の男児はほとんど例外なく丸坊主だ。
そのころの合衆国で男子がジャーヘッドにするのは
軍隊に入る時と刑務所に収監される時だけだ。
丸坊主は兵隊のアイコンってことだ。
女児はほとんどがオカッパ頭である上に、
決定的なのが全員がモンペを着用していたことだ。
アメリカならロングヘアにポニーテール、
なにより女の子ならスカートをはいているだろう。
つまりこのパイロットたちが、児童を日本兵と誤認した可能性は、
十分にありうるってことだ。
私には、このF6Fのパイロットを弁護する気は一切ない。
ただ、この惨劇を、
彼らの故意による残虐行為に違いないと予断しては、
もっと大事なことを見落とすことになる。
あるいは、戦争ってこんなに残酷なんです的な、
そこらの薄っぺらなライターが書く記事のレベルで戦争を語ってはならない。
だからとりあえずは、
わざとじゃなかったことにしておくだけだ。
このF6Fは、米第3艦隊の一翼を担う第38機動部隊の所属機で、
その中の一隻、空母ランドルフの搭載機である。
気になることがあって調べてみたんだが案の定、
ランドルフはこの年の3月=保戸島の惨劇の4か月前に、
神風特攻隊の攻撃を受け戦死者60名を数える損害を出していた。
あるいは戦死者の中に、このF6Fのパイロットの戦友もいたかもしれない。
おっと、待ちな。
だからこのF6Fのパイロットは復讐心に燃えていたのだなんて、
そんな単純な話じゃないぞ。
米艦隊の将兵たちにとって、
カミカゼは全く理解不可能な、
常軌を逸した狂気の戦法だった。
最初、彼らはそれを、
被弾して生還の可能性を失った日本機の自発的な自爆だと認識した。
だがやがて、
それが最初から体当たりを目的とした組織的な戦術であることが判明する。
そしてそれがカミカゼという名であることを、
その名の由来と共に知った時、彼らは戦慄し恐怖した。
攻撃による損害や、自分の戦死戦傷を怖れたのではない。
俺たちの戦っている相手は本当に人間なのか?という、
オカルトにも似た、それは恐怖だった。
人間の心が恐怖で満たされたとき、
精神は理性によってそれを抑制しようとするが、
本能は心の内壁に
憎悪という名の毒を分泌させて恐怖を中和しようとする。
そしてしばしば本能は精神を制御できず、
毒の分泌量は適正値を越えて心は自家中毒を起こす。
俺たちが戦っている相手は本当に人間なのか?
そうさ悪魔だってここまではやらないだろうよ。
いいだろう。よくわかった。
ジャップは人間じゃないってことがだ。
そんな連中に俺たちが殺されるなんてことがあっていいのか?
冗談じゃないぜごめんだね。
F6Fのパイロットの心がここまで蝕まれてしまっていたとしたら、
保戸島の惨劇が、故意によるものか誤認かはどうでもよくなる。
その建物が狂人どもの巣に見え、
ジャーヘッドのチビな生き物たちはグレムリンに見えた。
あるいは子供と認識できていたとしても、
それは悪魔の子供たちであり、
艦内で見つけたら必ず踏みつけて殺すゴキブリと同じだった。
であれば、
繰り返すが故意か誤認かという問題ではなくなる。
日本人だって同じだ。
このころ日本本土は連日のように空襲を受けていたが、
そこで撃墜されパラシュートで脱出した米軍機の搭乗員が、
着地した地点で日本の民間人に取り囲まれ、
竹槍で虐殺されたというような事例はいくつも起こっている。
どちらも怖れていた。
どちらも憎んでいた。
どちらも毒に冒されていた。
ガザではついに餓死者が出始めた。
日本を含む二十数か国の外相がイスラエルを非難する声明を出し、
BBCのニュースではこの数日のトップ扱いがガザについてだ。
だがネタニヤフは強硬姿勢を崩さない。
このままでは彼が、
大量殺戮者としての悪名を人類史に残すのは間違いないだろう。
それでも彼は断固としてハマス壊滅を呼号し続けている。
ハマスだけのことじゃない。
マクロンのパレスチナ国家承認に応えてネタニヤフは、
「パレスチナはイスラエルを壊滅させる存在である」
そう声明を出している。
ありゃー言っちゃったね。ハマスじゃなくてパレスチナなんだと。
だからガザの子供たちが餓死しようが爆死しようがかまわんってことだ。
いまハマスの戦闘員となっている者たちも、
かつては確かに「失われた国の子供たち」だった。
であれば、パレスチナの脅威を完全に排除するには
クレンジング=民族浄化しかないということなんだろう。
実際、ガザの食糧配給所では信じられないことが起こっている。
少しでも食料を得ようと集まった群衆に、
イスラエル軍が銃撃を浴びせ、あるいは砲撃を加えて、
今までのところ、この無差別攻撃の死者だけで千人が数えられている。
保戸島のF6Fがやったことと何も変わらない。
今回、この記事を書こうと思い立ったのも、
この食糧配給所での虐殺を知ったのがきっかけだ。
どっちにしたって、もはや狂気の沙汰と私たちには思える。
そして、かつてはカミカゼもそう思われたはずなのだ。
他人事じゃないってことだ。
保戸島には行ったことがない。
行く必要を感じなかったからだと思う。
私の父が生まれ育った大入島には何度も足を運んでいるが、
ふたつの島は船で一時間ほどの距離だ。
だから保戸島の風景とか、海岸に立った時の風の匂いとか、
そういうものを私は、知らなくても感じることはできた。
だから行く必要を感じなかったのだろうな。
それほど近しい気がする保戸島のことなので、
この記事も、まるで見てきたような文章になっちまったわw
歴史を学ぶときは、
必ずその時代の空気を感じ、
当事者の視点で受けとめることが大事だと
きみには常に教えてきた。
歴史は前後だけでなく上下左右360度につながっている。
過去を学ぶことは世界を学び未来を想うことだとも教えてきた。
今日の記事は、そのことを思い出しながら書いた。


